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馬車に乗ればアクシデントを呼び寄せる転生者が2人も乗っているのに、初日の旅路は何事もなく平和そのものだった。なにしろ探索とか討伐じゃなくてただの里帰りなので、こちとら初手から魔除けの匂い袋――オーダーの鱗を全力開放で、このあたりの魔物だの獣だのが近寄ってくるような余地は一切ない。そしてミックさんが活動していたホゲットの街の冒険者ギルドが街道の治安維持に努めているおかげで、野盗のたぐいもほとんど見かけなくなったらしい。
道中では5年前に盗賊と冒険者と俺でやいのやいのした場所を通過したが、こんなにのどかな場所だったのか……と、ずいぶん印象が違った。そりゃどんな景色でも、死体がごろごろ転がってるのとそうじゃないのとで印象違うわな。なお馬車Bに乗っていたミックさんはというと、そのときのことをよく知らないディーレとギルド長にたっぷりとその話をして車中の暇を潰したらしい。
野営のほうに関しても、ディーレかミオさんが極度の風呂好き設定で水浴びを強く要求するなどといったこともなく、当然の結果としてラッキースケベも一切なしだ。意外ときれい好きだというギルド長が諸肌脱いで身体を拭ってるのは見たけど。
そういうわけで交代で見張りをするという必要もほとんどないのだが、一応はローテーションで誰かが起きていることになっていて、今は俺の時間。当番じゃないミックさんとミオさんも一緒に焚き火を囲んでるけど。
ここ数日の距離感で言うとミオさんは俺の横に座っていそうなものだけど、ミオさんは火を挟んで俺とは反対側の右斜め前、そして俺の左手にはミックさんが、いつもより少しだけ距離を空けて座っている。俺の右横と火を挟んで左斜め前に座るべき人たちは、今日はここにはいない。最初に起きてきたミオさんが始めた、5年前の野営シーンの再現ごっこだ。
「思えば、不思議な縁だな……」
車中で当時のことを語り聞かせた余韻が強く残っているのか、珍しくミックさんがそんなことを言う。運命に見せかけた台本とか筋書きを疑っている俺とミオさん的には、なんの不思議もなく必然の縁みたいな認識になっているが、なるほど転生者側じゃなければミックさんみたいな感慨もあるか。
「人の運命は決まっているという考え方がありますが、もしそうだとして、わたしにとっては好ましい縁だと思いますね」
「えっ」
素で驚いて声が出たせいで、ミックさんに怪訝な顔をさせてしまった。いやしかし、声ぐらい出るよ。ミオさんが辿ってきた運命って、好ましいか? 治癒の力があるせいで嫌な思いをして、実家をメチャクチャにされてお父さんも殺されて、転生したと思ったら不治の病に倒れてこっちに戻されて、オモチャにされてる感がハンパないんだけど……。
「運命が決まってるのであれば、受け入れるしかありませんから。過ぎたことを恨むより、この先に期待したほうがいいなって思ったんです」
「おお、ポジティブだ……」
「ポジティブになれたんですよ。クリエさんとの縁のおかげで」
ミックさんがますます怪訝な顔……違うな、これは「こいつらひょっとして?(ヤッてんのか?)」っていう顔だ。やってない。
「ミックさん、違うからね。ミオさんと不思議な縁があったことが判明しただけだから」
「そ、そうか……」
まあでも確かに、筋書き通りの人生って考えると最高に気に食わないんだけど、楽しいか楽しくないかで言うと、悪くないシナリオなんだよな。雑に視点を変えて考えれば、前世でRPGやってて「どうせ筋書きなんか決まってるんだし」とか思って楽しくなかったかというと、それはそれ、みたいな。
しかもたぶん一本道のシナリオじゃなくて、いくらでも分岐はできる。どんな道のりでも振り返れば「運命」ということで片付いてしまうのだが、そこに至るまでに自分で選ぶ余地があるなら何も問題はない。
「まあ、俺としても……悪くないっていうか、むしろ好ましい縁かもなあ」
この世界にとっての主人公はミオさんかマーティンなのかもしれないけど、俺個人の物語の主人公である俺としては、これまでの物語に満足しているし、この先の展開にも期待してる。というか前世での40年よりも、この世界での15年のほうが遥かに充実感があるのは間違いない。
ああでも、前世はラストシーンがちょっと良かったんだよな。助けた少女にトラウマ残したけど。
2日目の行程も何事もなく。俺の実家からいちばん近い村であるサフォーク村まであと50kmほどまで来たところで、馬車を降りてイクイリウムまで徒歩で向かう。この地点からイクイリウムまではおよそ30kmほどあるが、サフォークからイクイリウムまでの道のりは少し引き返すような感じでやはり30kmほどあるので、ここから山越えのショートカットをしたほうが早いのだ。
空荷となった馬車はここから護衛無しで最寄りの村へと向かうことになるが、そのあたりの危険手当を含めた値段で頼んであるし、飛ばしていけば1時間ほどで村までたどり着けるので、いちおう無事は祈るが心配はしていない。
「ねえクリエ、予想は付いてるんだけど、一応確認していいかな?」
「おう。なんでも言ってくれ」
「山を越えていくっていっても、道がないように見えるね?」
「そうか、天才マーティンをもってしても、道が見えないか……奇遇だな、俺もだ」
道がないのは当然だ。普通、こんなところからイクイリウムまでショートカットしていく人なんかいるわけがないし、そもそも富士山とか高尾山ばりの観光スポットというわけでもないから、イクイリウムに行く人自体がめったにいない。人が通らず、獣が頻繁に降りてくることもなければ、道ができるはずもなく。水の通り道がつけられていて、谷になり始めているような場所もない。
とはいえこちとら体力自慢の冒険者。いちばん体力がなさそうなダニーさんでさえ、ディーレと一緒にはるばる魔族領から歩いて旅をしてきた程度には健脚だ。山に分け入って道なき道を進むぐらいは造作もない。ほんのちょっとだけめんどくさいけど。
山を踏み分けつつ順調に10kmほど進んだあたりで、山の雰囲気に違和感を覚えた。実家まで20kmほどのこのあたりまで来れば、オーダーの鱗の気配を感じた獣は逃げるのはなく、むしろ山の主人への挨拶みたいな感じで近寄ってくることが多いのだが、そういった姿をまったく見かけない。
はっはーん、さてはママ、迎えに来てるな? 手頃な場所があったらそこで休憩を取って、ついでにみんなに説明しとこう。
人が寄り付かない森の中といっても、木がまんべんなく生えているわけではない。平坦で空き地のようになっている場所はそこかしこにあるもので、少し進んでからすぐに見つかったその空間は、3人ぐらいが腰掛けられそうな岩も顔を出していて理想的な場所だった。
「ここで休憩を取ろう。年長チームはあの岩をどうぞ」
「おお、すまねえな」
てっきり「年寄り扱いするんじゃねえよ」みたいなくだりがあるかと思ってたので、ギルド長が素直に礼を言ってきたのには拍子抜けした。しかし年長チームでいちばん若いダニーさんだけが足のマッサージに精を出してて、ロマノフとギルド長がけろっとしてるのは味わい深い眺めだ。
「えーと、いいペースで来ててうちまであと20kmぐらいだけど、たぶんそこまで歩かないでいい気がする。なのでダニーさん、あとちょっとだけ頑張ってね」
「うん? 20kmぐらいでもなんとかなりそうだけど、そこまで歩かないっていうのはどういうことだい?」
「たぶんっていうかほぼ確信なんですけど、俺のママが迎えに来てるっぽいんです」
「えっ、すぐ近くにプラチナドラゴンがいるの!?」
父親のダニーさんよりも早く、娘のほうががっつり食いついてきた。そっか、ディーレもオーダーに会うのを楽しみにしてくれてるのか。ふっふっふ、うちのママは美人だからな、会って存分に驚くがいい。
それから3kmほど歩くと、森が切れて先で草原が広がる場所に出た。その草原のど真ん中に、陽光を存分に跳ね返して白銀に光るオーダー……と、なんか獣がいっぱい?
ああそうか、森の中でちっとも見かけなかった獣たちが、オーダーパイセンに挨拶に来てるのか。って、ここなら安全だみたいな感じで日向ぼっこしてんじゃねえよどいつもこいつも。挨拶終わったら持ち場的なとこに戻れよ。
ていうかオーダー、なんか神々しいっていうか尊い感じも手伝って、森の中で動物に慕われるブッダみたいな絵になってるんだけど。それ入滅フラグじゃねえの? 縁起悪いからやめてもらっていいですかね。
ともあれ、無事に再会したからには挨拶だ。オーダーがいる距離まで届くようにと腹から声を出して、大きく手を振る。
「ただいま! オーダー!」
『待っておったぞ、クリエ。元気そうで何よりだ』
俺は元気よく大声でただいまって言ったのに、オーダーは手抜きでもしたのか、辺り一帯に聞こえる念話みたいなので返してきた。なにそれどうやんの。
というわけであれが俺のママ、みたいな感じでみんなのほうを振り返ったら、俺とディーレ以外の全員がひれ伏してた。
さてはあの白銀トカゲ、威厳を盛るためにわざわざ大袈裟な念話みたいなのを使いやがったな?
いつも誤字報告をしてくださってる方の存在がとてもありがたく、「ありがとう誤字報告の方……わたしきっと、この小説をちゃんと終わらせてみせます……!」って紫のバラの人を想う北島マヤみたいなことになってる今日このごろです。
ゆうてこのお話、たいしたカタルシスもなく終わる予定ですけど。
そんでしれっと続編とかスピンオフとか言って続けるまである。




