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前世では料理が趣味だったし、異世界+料理のラノベも大好きだったが、実際に異世界に来てアクティブに料理するかというと、それはまた別の話。そもそも物語の好みとしては地球料理無双に限るし、得体の知れない異世界食材を開拓するというのも興味はない。まあ、迷宮攻略をやらなくなったら、ひょっとすると食材ハンターとか始めるかもしれないけど。
そういうわけでこの世界での料理レパートリーというと、既知の食材を使っての煮る燒く揚げるに毛が生えたようなものに留まっているのだが、それでとくに困っているわけでもない。
というのも、この世界にはなんと、胡椒のようなスパイスが存在するのだ。しかも地球みたいに戦争が起きるほどに希少なわけでもなく、そのへんの森に入ればなんぼでも自生してるし栽培もされている。ひょっとすると遥かな昔に、戦争が勃発する前に盗木されて広まったのかもしれないけど。
他にも地球で言うところの塩、唐辛子、油、卵、トマト、玉ねぎ、乳およびチーズもこの世界ではポピュラーな素材なので、ちょっと地球料理を齧っていればもはや勝ち確っていうレベル。全粒粉だけど小麦粉もあるし、インディカぽいけど米もある。
最初にロマノフからいくつかの料理を教わってたけど、どれも煮る燒く揚げるにうぶ毛が生えた程度だったので、転生料理男子の敵ではなかった。既知の食材を使って地球料理に寄せたほうが遥かにうまいもんになる。あとは俺の料理を食べたロマノフが「このようなもの、初めて口にしました」とか言うたびに、「イクイリウムの猟師料理だ」とか「竜の知恵で覚えた」とか適当に誤魔化すだけの簡単なお仕事だ。
そしてこれから作るのは、確か「猟師料理」ということにした気がする、カルボナーラだ。
用意する材料は卵、塩、胡椒、油、塩漬け肉、チーズ、小麦粉だけ。簡単でうまい。これぞ男の料理にふさわしい。
パスタはオレッキエッテ。「小さな耳」というネーミングのショートパスタで、スナック菓子のチーズ○ットをみたいな形とサイズ。全粒粉でがんばって長細い麺に仕上げても口当たりがいまいちなので、たいていは開き直ってオレッキエッテ、ラザニア、クスクスで妥協してる。作る手間さえなければペンネぐらいはなんとかしたいんだけど。
塩、油、小麦粉で作った生地をまとめて寝かせている間に、パスタ作りの援軍を頼むことにする。
「晩飯作るの、みんなにも手伝ってもらっていいかな?」
「もちろんでございます。ちなみに何を?」
「カルボ。耳で作るから、手が多いほうが嬉しい」
「おお、それは楽しみですな」
ヘラで伸ばして形を作るだけの簡単な単純作業だということを説明して、ミックさんとミオさんの手も借りる。それぞれが自分の分を作ればいいだけだから、5分もかかるまい。ロマノフには俺の分も合わせて多めに作ってもらうけど。
厨房の作業台にみんなが集まったところで、生地を伸ばして2cmほどの太さの棒状にまとめ、端から1cm間隔で切っていく。
「この生地をこのように。ヘラで平らに伸ばした後に、親指の爪ぐらいの丸まったものに被せるだけでございます」
成形のやり方はロマノフに任せ、大鍋に塩を入れて湯を沸かし始める。隣の炉にも鍋を置き、そちらではアラシシ肉の塩漬けを細切れにしたものを加熱していく。肉の脂がいい感じに溶け始めるまでに、ソースの要である卵液の準備だ。
卵8個ぶんの卵黄に、削って備蓄しておいた粉チーズと胡椒を振り入れて手早くかき混ぜて出来上がり。
「パスタの準備はどう?」
「終わっております。こちらを」
山盛りのオレッキエッテを大鍋の湯に放り込んで茹で始めたら、ソースの仕上げだ。フライパンを火から外して卵液を流し入れて手早く混ぜ、温度が下がってきたらほんの少しだけ火にかけて、また火から外すことを繰り返す。
卵を生食できる日本だと、適当な丼で卵とチーズと黒胡椒を混ぜて、そこに塩漬け肉の脂を絡めたパスタをぶち込んで混ぜるだけなんだが、残念ながらこの世界には卵を生食する文化はない。理由は地球の歴史と同じで、まれにサルモネラ的な食あたりを起こすことが知られているから。
よってカルボナーラにおいては、衛生的な観点から手抜き調理が許されない。卵黄だけを使ったのも、なにも本格派のレシピにこだわりたかったわけではなくて、白身を混ぜると卵の凝固温度が低くなってしまい、十分な加熱殺菌をしようと思ったらボソボソのカルボナーラになってしまうからだ。
茹で上がったパスタをザルに揚げたあと、十分に熱を通した卵ソースのフライパンに投入。あとはフライパンの予熱とパスタの熱に任せてざっと混ぜ合わせて出来上がり。
「お待たせー。あとはダイニングで、それぞれ自分が作ったパスタの量ぐらいのぶんを取り分けよう」
フライパンを取り上げて振り返ると、目を見開いて硬直しているミオさんと目が合った。
「ミオさん? ダイニングに行こ?」
「あ、はい! 行きましょう!」
ダイニングにはロマノフが抜かりなく用意してくれた白ワインもあり、最高の晩餐になった。初めてカルボナーラを食べたミックさんとミオさんが感動している様子はなかなかの見ものだったが、食後にあらかじめ用意しておいた白プリンを出すと、ひとくち食べた2人が揃って目を見開いて硬直したのは最高だった。これぐらいの反応を見せてくれると、実に作り手冥利に尽きる。
「ミオさん、さっき厨房でもそんな顔してましたね」
「あ、そうでしたか……。えーと、その、クリエさんって…………料理もできるんですね……」
「冒険者ならたいてい煮たり燒いたりぐらいはできますよね?」
「いや、そういうことじゃなくてですね。ちゃんとした料理を、です」
「それはまあ、いつもロマノフに作らせっぱなしじゃ悪いですから」
そんなやり取りに珍しくミックさんが横入りしてきたと思ったら、「今日の料理の作り方を教えてくれ」とか言い始めるもんだからみんなで爆笑してしまった。
とても小規模な地球料理無双だったけど、なるほどやっぱり楽しいもんだな。
ほろ酔い気分で食事を終えたあと、みんな楽しい気分になっていたのか、ごく自然に呑み会へとスライドして、さんざん呑んで喋って笑った。それぞれ聞き上手だし、冒険者をやっていれば鉄板ネタもいくつかあるので、話題が尽きることなく気づけば痛飲。ミックさんのろれつの回りが怪しくなってきたところで、そろそろお開きにしようということになった。
ちなみに呑み会にスライドしたあたりでマーティンが帰ってきたが、ディーレと散々飲み食いしてきたあとらしく、早々に自分の部屋に引っ込んでいった。あの感じだとたぶん、はしゃいだディーレにさんざん振り回されたな……。
「――えぶりしんえぶりしんえぶりしんえぶりしん♪」
本日の食事当番だった俺は、泥酔してて手元が怪しいのを存分に楽しみつつ、最後のお勤めである洗い物を片付けている。パスタのときの食器は浅い木の碗と木の匙と決まっているが、この展開を見越していたのかロマノフが用意したワイン用のコップも木製で、どれほど手元が狂っても食器を割ってしまうことがなさそうなのは気が楽だ。
「あいみんびーじぼー♪」
鼻歌の単純な調子のところで食器を洗い、合いの手のところで洗い終わえた食器を逆さにして洗い済みのものに重ねていく。山にいた頃によくオーダーと無限ループで歌っていたのだが、泥酔してるせいか合いの手から先の部分がよく思い出せない。
この手の鼻歌はロマノフだけが耳にしているが、例によって「イクイリウムの猟師の歌」と誤魔化している。
「――えぶりしんえぶりしん♪ あいみんびーじぼー♪」
残る食器はあとひとつ。これを洗い終えれば、あとはベッドにダイブして明日の二日酔いとの戦いだ。もちろん、念の為にお腹がパンパンになるまで水分を摂っておくつもりだけど。泥酔したときは大量の水を飲んでから寝るっていうの、民間療法のようだけど俺個人としてはかなり効果がある。二日酔いに怯えながら寝て起きてみれば、まだぜんぜん酔いが残っているのに頭痛が一切ないという。
「――えぶりしんえぶりしん♪ あいみんびーじぼー♪」
「……あんいれいざおぶらぶあんいれいざおぶらぶ」
よし、洗い終わった。酔いも絶好調な感じで世界がぐるんぐるんで、オーダーが俺に続いて歌ってくれた幻聴まで聞こえる。そうか、そういやそんな歌詞だったっけ。
コップになみなみと汲んだ水を、3回に分けてなんとか胃袋に流し込み、息をつく。あとはベッドにダイブして目を閉じて、ぐるんぐるん回る世界と胃の重さの両方と戦いながら目を閉じてれば、そのうち朝になってるはず。
いま使ったコップを洗うのはもうしんどい。ロマノフに任せちゃおう。
そうして厨房でやるべきことを全部済ませて自分の部屋に向かおうとしたときに、いつの間にかそこに立っていたミオさんに、俺はようやく気がついた。
「あれ、ミオさんまだ寝てなかったんですか?」
「喉が渇いちゃいまして。寝る前にお水をと思って」
「なるほど。呑んだ後って喉、乾きますよね。新しいコップ、自由に使ってください」
「ありがとうございます。ところでクリエさん?」
「はい?」
「どうして地球の歌を、歌ってたんですか?」
「地球の……――はい?」
どうも、実年齢55歳の異世界人、クリエです。泥酔してます。いえ、泥酔してました。
55年生きてきていま初めて、びっくりして酔いが醒めるっていうの、経験しました。
「クリエさんが今歌ってたの、牛飼いの女のやつですよね?」
幻聴じゃなかった。続きを歌ってたの、ミオさんだった。
え? つまりミオさん、同郷の人ってこと?
ていうか俺まさかの身バレ?
え? これどうなんの?
え? え?
音楽ネタがウケないのはわかっているんですが、「鼻歌で身バレする」っていうのをどうしてもやりたかった……!




