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05

 どうも。天海あまみそうあらためクリエ、8歳(+40歳)です。俺はいま、母親の宝物庫に来ています。


「く……クリエ……もういいんじゃないか? あんまりジロジロ見ないでくれ……」


 そして、背中の翼で器用に顔を隠して恥ずかしがってるのが、この世界での俺の母、プラチナドラゴンのオーダーです。


 母が恥ずかしがっているのは、強欲ドラゴンとの誹りを受けてもおかしくないほどの、圧倒的な金貨宝石の量、量、量。


「よくもまあこんなに貯め込んで……」

「し、仕方がないのだ! これはドラゴンの性質なのだぞ!」


 うまい具合にバラけて置かれているのでパッと見には気づきにくいが、注意深く眺めると似たようなサイズで似たような色で似たような輝きの宝石がいくつもいくつもある。


 これ前世で見たことあるなー。同棲してたときの、彼女のクローゼットだ。同じような服を何着も持ってるのに似たような服をさらに買ってきて、服のしまい場所がないないって言うんだよなあ。そんで「似たようなやつで古くなったやつ、捨てれば?」って言うと、みんな違ってみんないいみたいなこと言うんだよなあ。


 女子かっ! まあ、オーダーは立派な女子なんだけど。ていうかメスなんだけど。


「これとこれとかさ、いやホントはもっとあるけど、どれかひとつだけ持ってりゃいいんじゃない?」

「なっ、何を言う! クリエには同じようなものに見えても、これはひとつひとつ違うのだぞ!」


 ほーら言った。女子かっ!て心の中で突っ込みつつ、ここは強硬手段に出ることに決めた。


「ほーお? そりゃあひとつひとつ違うだろうけどさあ……オーダーちょっとあっち向いてて。俺がいいよーって言うまでこっち見ないでね」


 オーダーがチラ見していないことを確認しつつ、かなり似た宝石を3個選んで拾い上げ、精霊魔法で印をつける。


「はい、もうこっち向いていいよー」

「むう。いったい何をしようというのだ」

「いま俺が持ってる宝石ね、これを右からA、B、Cとします」


 俺がやろうとしていることを察して、オーダーの顔色が変わる。いや、ドラゴンだから顔色変わらないけど、気まずい感じの雰囲気で何となく分かる。


「クリエ……、この母を疑うというのか? 母は悲しいぞ……」

「いやいや、母さんの凄いとこを見たいだけだから」


 そう言いながら宝石を背中に隠して、軽くシャッフル。自分ではABCがそれぞれどこに行ったかを把握しているつもりだが、念のためにAは印なし、Bには水を1滴、Cには砂粒をくっつけてある。シャッフルの結果、オーダーから見て右からCABだ。


「さて、どれがABCでしょう?」

「ふふん、ドラゴンの宝石を見る目を侮るでないぞ。これがB、これがC、これがAだ」


 そうですかー、お母さん。右からBCAですかー。そうですかー。


「全部ハズレ。印がないのがAで、水がついてるのがB、砂がついてるのがCでしたー」

「うわああああああああああああああん」


 最初にABCそれぞれの印を教えてくれてないんだから、正解をクリエのさじ加減ひとつでどうにでも操作できる、だからインチキだ。などとゴネられたけど、不正がないことは俺の心がしっかりと知っているので、生温かい微笑を返しておく。


「とはいえ元の場所に戻せってのもアレだから、これからはなるべく増やさないようにしよ?」


 そう言うと、しぶしぶながらも納得してくれた。けど絶対、ケロッと忘れて増やしちゃうんだよなー。女子だもんなー。


 ――それにしても懐かしいな、アレ。


「万が一、宝石や金貨を捨てることになったとしても、それ(・・)だけは絶対に捨てぬぞ」


 ふてくされながらも、優しい目でそれ(・・)を見守るオーダー。そこに置いてあるのは、割れた卵の殻と、その中に収められたドラゴンドロップ。俺がこの世界に生まれてきたときに割った卵で、ドラゴンドロップのほうは親子の絆を確かめあったときにオーダーが流した涙だ。


「大丈夫。たとえ俺に反抗期が来たとしても、これを捨てろとは言わないはず。ていうか、もしそんな事を言ったとしたら、なんかに操られてるか偽物かのどっちかだと思っていいんじゃないかな」


 この世界に転生して8年、オーダーの優しい愛情をたっぷり受けてすくすく育った俺は、マザコンっぷりもすくすくとこじらせてきている。そんな俺にとって、オーダーが大事にしてくれている俺との思い出の品など、まごうことなき家宝認定だ。反抗期ごときで捨てろとか言うはずがない。マザコンの偏愛ナメんなよ。


 とはいえまあ、身体が成長してくるにつれて、このまんまじゃマズいんじゃないかという懸念もあって。


 正直なところ、マザコンはどうでもいい。愛情込めて育ててくれた母親のことを大好きで何が悪いって感じだ。そのうち反抗期を経てそこそこの距離を取ることになったとしても、生まれてからずっと受けてきた愛情を忘れることは絶対にないと確信できる。なにしろ転生者特典で0歳から記憶があるし、母親が自分のために何をしてくれているのかを前世の知識と経験でほとんど理解しながら育ったのだから、そこはもう感謝しかないのだ。


 ただ最近、それが問題で。


 おそらく身体の成長が関係してるんだけど、そもそもの中身が48歳のおっさんなのもあって、なにかにつけて「ああ、前世の彼女で言うところのアレか」とか思ってしまったりと、オーダーに関して純粋な母親とは異なる見方をしていることが気になり始めた。生々しい言い方になるが、女性として見ている部分があるということになる。


 前世でさまざまなエロを(おもにネットとレンタルDVDで)極めつつも、「さすがに母子はちょっと……」と敬遠していた俺にとって、こういうベクトルはあまりよろしくない。おそらくは、ドラゴンと人間という種族の違いが、親子という意識が曖昧になる要因だろうなとも思うが。


 こじらせたマザコンの特効薬はただひとつ、母親以外の魅力的な異性と出会い、恋に落ちることだ。その結果、マザコンがこじれてたわけじゃないという事実が判明すると余計にこじれたことになるが、それはまたそのときに考えるとして――。



「――というわけで、早めに実家を出るようにしようかなと」


 思えばこうやって包み隠さず話せるのも、親子としてはイレギュラーである。こういう話をするときになると、やはりなんとなく「転生者とその保護者」というスタンスになるわけで。それはたぶんオーダーも同じで、もうちょっと包んで隠そうぜってぐらい実質的な意見を返してくれる。ほら、今も。


「わかる。そもそも母親というのものには、息子が嫁を連れてくることを良しとしないタイプがいるものらしいが……。実際にクリエがこの母に溺れぬよう、他の女子に出会う機会を早めたいと聞くと、どう表現していいのかわからぬモヤモヤが胸の底から湧き上がってくるぞ」

「それ母性なのか女子モードなのか、ほんとわかりにくそう……」

「喪失感と嫉妬が綯い交ぜになっているのだろうな。恋というものをしたことはないが、失恋というのはこういうものであろうか」


 そっかー、オーダーも微妙な感情なんだなあ。育ててもらった俺からしてみれば、たぶん母性由来の部分が圧倒的に大きい気がするんだけど、やっぱり俺ら、異世界ドラゴンと転生者なんだもんなあ。


 もとの世界だって昔は近親婚をバンバンしていたわけだし、もし親子じゃない感情があったとした場合でも、この洞窟でオーダーとずっと一生に暮らすっていう選択の言い訳はぜんぜん立つ。いち生物の振る舞いとしても、おそらくそれほど間違っちゃいない。


 だけどなんか、なんかなあ。そういう約束されたような(ちょっとアンモラルで)穏やかな未来が示されてても、素直にそれを選び取れないこの感じ。なーんか覚えがあるこの気持ちって、なんだっけなあ。


 ああ、そうだ。田舎を出て上京するって決めたときのあの感じだ。


 高校は中退したけど、彼女はいて。地方の大都市にも高卒で就ける仕事はいくつもあって、いざとなれば家業を継ぐという選択もあって。同級生のヤンキーが早々にデキ婚してたりして。俺もそういうのに近い感じで、なんとなく仕事を見つけて、早々になんとなく結婚してっていうルートがかなりはっきりと見えていたあの頃。


 親や親戚がそうだったように、家族のバックアップのもと、見知った社会にどうにか組み込まれて生きていく。そういう地方社会での王道的な選択を、良しと思えなかったあのとき。


 家族の庇護を離れ、いち個人として見知らぬ社会に出て己の価値を証明したい――という説明できない衝動に駆られてしまう、あの青臭くて、しかしほとんど誰もが持っていただろうあの感覚。


 人間って、転生しても変わらないんだなあって苦笑したくなるし、転生しても将来の選択が付きまとってくるのかとも苦笑したくなる。


 だがこれではっきりと分かった。この世界でも俺は、親元を離れて知らない社会に飛び出してみたいんだ。帰省するたびにヤンキーに家族が増えてて、そのうち出世もしていってて、「どうして俺はこいつと同じ選択をせず、わざわざ上京してうだつも上がらず苦労してるのか……」と激しく後悔したあの選択を、できることならやり直したいって思ったはずのあの選択を、もう一度繰り返したいんだ。


 アホなのかな。アホなんだろうなあ。


「前世で上京を決めたとき、親離れに苦労した覚えはなかったんだけど、今生の母離れはきついなー……」

「まあ、冷却期間というのか? 少し距離を置いてみることで見極められることも、おそらくあるのだろう」

「それなんだよなあ。親離れの話なのに、なんで別れ話とか別居の話みたいになるのか」

SFすごくファンタジーなのだから、仕方あるまい。野菜マシマシの」

「思ってたのとだいぶ違う野菜がマシマシされてる感じのな」


 そもそも転生者って問答無用で王都とかに出るもんだと思ってたし、親と離れたくないーっていう葛藤があるってのも、想像してた野菜と違う。もっとこう、チート能力はないけど実はもっとタチが悪い能力に目覚めましたー!とか、そんなつもりはなかったのにハーレムでしたー!とか、魔王が女で一目惚れされましたー!とかいうのがマシマシされてるんだと思ったよ。


 どうしてこうアンモラルだったり地味な葛藤だったりとかがマシマシされているのか。


「解せぬ――であるなあ」


 心でも読めるんですかお母さん。そういえば母親って、子供の顔を見ればだいたいどんな事を考えてるのかわかるっていいますよね。そんなに顔に出てましたか俺。でもそれだったら俺に言わせてくれてもいいと思いませんかそのセリフ。転生者が言ってみたそうなセリフだってことは、お母さんにもわかりますよね?


 それはさておき、上京だ。仕事決めて住むとこ決めて、引っ越しの準備もしなくちゃだなあ。


「上京するにあたって……まずは職探しだなあ……」


 と言ったら、オーダーがかわいそうなものを見るような目で俺を見てきた。なんで?

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