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 号泣が嗚咽に変わり、少しずつ静かになったてきたなと思ったら、なんか様子がおかしい。ハグしてるのもしんどくなってきたのでそっと身を離してみたら、ミオさん俺にハグされたままスヤァしてた。自由かよ。やりたい放題だなこの女。


 熟睡してるミオさんをロマノフに頼んで客間のベッドの放り込んでもらって、突然の嵐が過ぎ去って平和を取り戻した居間でくつろぐ男3人。あー、ロマノフのお茶が美味しい。


「なんというか……すまなかった……」

「いやミックさんは悪くないでしょ。ミオさん人当たりいいから、たぶんずっとモヤモヤっていうか闇みたいなのを出さずにいたんだろうし。ずっと一緒にいるわけでもないのに、そういうの抱えてて爆発しそうとか、ふつう気づけませんって」

「なんと言いますか……やり切れぬお話でしたな……」


 途中までとんでもなく剣呑だったロマノフも、救う救わないの話になったあたりから落ち着いていた。仲間を失う経験を重ねて生き残ってきた冒険者なんてのは、他人を見殺しにする選択を繰り返してきたようなもんだからなあ。


 それでもロマノフのような一般的な冒険者のほうが、構造的には抱える闇が浅い。仲間を喪った理由を自分たちの未熟さに見つけ出し、パーティとしてより強くなることで解決の実感を得られやすいからだ。


 乞われて死の淵から引っ張り上げた患者が、拾った命を改めて無駄にしたり、拾った命を使って別の人間に害を為すという因果を強く実感するというのは、命を救うことに特化したヒーラーという人種だけが圧倒的に多く積み重ねていくストレスだ。ロマノフだって何度も仲間の命を救ってきただろうが、おそらく「自分がそいつの命を救った」という実感は薄いだろう。


「ロマノフってさ、『あいつの命は俺が救ったぜ』みたいなのって、けっこう感じてる?」

「わたくしたちの場合ですと、仲間が死ねば自分の命に関わりましたので、無償で救ったなどという実感はそれほどありませんが……しかしアレックスだけはうんざりするほど助けてやる羽目になりましたので、あいつの命はわたくしの物だと言ってもよろしいかと」


 誰だよアレックス――って、ギルド長だった。キャラと名前が合ってないから、おっさんとかギルド長としか呼びたくないんだよなあ。


「ミックさんは、そのへんどんな感じ?」

「迷宮探索と距離を取る冒険者には……ごろつきのような連中も少なくない。そいつの命に助ける価値があるかどうか、それを決めるのはこちらだ……」


 にゃるほど。住んでる世界が違えば、けっこうドライに自己責任みたいな感じにもなるか。


「しかし……ミオの気持ちもわからんでもない。しかもあいつは……あんな思いを抱えていても……自分の目の前で救えぬ命があれば、いつも悔しそうに泣いていた……」

「聖女かよミオさん。ヒーラーに向いた性格のようでいて、とことん向いてねえなあ……」


 ミオさんの傷に共感できなくもないから、俺たちなら寄り添えるかと思って一緒に頑張ろうみたいなこと言ったけど、そんな自分から傷つきに行くような難儀な性格の人、俺ごときの人生経験でケアできるんだろうか。ぶっちゃけ見た目と実年齢が一致しないだけで、俺なんかロマノフより生きてないしなあ……。


 まあ、ケアできなくてもいいか。誰かが傷つくんならみんなで一緒に傷つこうって話だ。


「連れてきておいてなんだが……クリエは、本当にいいのか……?」

「別にさっきのは気にしてないし、たぶんミオさんも抑えきれなくて爆発しただけだと思うから、とくにわだかまりはないですよ? もしさっきのくだりがきっかけでミオさんの心が壊れちゃってたら、そんときはさすがに考え直しますけど」

「そうか……すまんな……」


 むしろ能力的には申し分ないというか、盾役を期待してたら超絶ヒールがおまけに付いてきたんだから、その点だけ考えるとこのチャンスを逃がす手はないってぐらいだ。あと美人なのも正義だし。


「ところでその大盾、どっから持ってきたんですか?」

「メリヤスの冒険者ギルドだ……。あいつは色々なところに顔が利くからな……預けてある……」


 ああ、冒険者ギルドでも超絶ヒーラー様として崇められてて、「盾ぐらいお預かりしますから頻繁に顔を出してください」みたいな感じか。ひょっとしてそこらじゅうの貴族の家とか領主の家とか、なんなら王城とかにミオさんのクローゼットみたいなものがあったりするんだろうか。


 ロマノフが納得顔で頷いてるところを見ると、こいつもたぶんギルドをクローゼット代わりにしてたクチか。そういえば、そもそもこの屋敷だってロマノフが謎の特権で専有もとい占領してたんだった。力を示せば取り込む気満々で便宜を図ってくれるっていうのは、どこも同じでわかりやすくていいな。


 しかし便宜を図ってもらうのはともかくとして、国だのギルドだのに取り込まれたくはない俺みたいなのにとって、そういうわかりやすさはひたすら邪魔だ。世界初の迷宮最深部攻略とか成し遂げた日には、一体どんなことになるんだろうか。そういうのが煩わしいから最深部攻略が終わったら速攻でとんずらする気だけど、そのへんもみんなで話し合っとかにゃならんか。


 国の手駒にされそうになった際に俺がとんずらした場合、ミックさんとミオさんは「すべてリーダーのクリエがやったことです。私らよくわかりません」とか言ってりゃのらりくらりと追及をかわせそうだし、もっぺん攻略しろとか命令されても「パーティが全員いないと無理」とか理由つけてりゃどうにかなりそう。


 問題なのはマーティンで、あいつの家、この国の辺境伯だからなあ……。俺がとんずらしたあとでマーティンが迷宮探索を渋ったりしたら、絶対に実家のほうに国のハラスメントが及ぶ。パーティが揃わず迷宮探索ができなかったとしても、あれほどの剣士が貴族から輩出されて、貴族の元締めである国家が放っておくわけがない。


 そうなると芋づる式にディーレの将来も決まってしまう。魔族と一触即発な感じになってるマーティンの実家としては、魔族のハーフの嫁なんかそうそう受け入れられないはずで、そこに持ってきて国に目をつけられるとなれば尚更だ。そしてそういう事情でマーティンとディーレが結ばれない流れになったとして、そんなクソみたいな話をディーレはともかくマーティンが許すはずもなく。ダニーさんを連れてディーレの実家がある魔族領にとんずらこく未来が視える。


 ……なんだこのめんどくさい話。


「クリエ様、先ほどから表情のほうが随分と楽しそうなことになっておりますが?」

「ごめん。ひとつも楽しくない将来の想像してた」

「ミオ様がお目覚めになられるまで、もう少しかかりましょう。よろしければ、われわれもその話に加えてみては?」

「そうだなあ……ほとんど俺の推測っていうか想像だから、誰かに聞いてもらうのもいいか」

「クリエの推測など……事実のようなものだろう。興味深い……」


 俺が話すにつれて2人とも「めんどくせー、聞くんじゃなかった……」みたいな表情になっていくけど、聞きたいとか興味深いって言ったのはお前らだ。話し終わるまで絶対に逃がさねえからな?



 鉛色に輝く俺の未来予想図を聞かせたあと、ロマノフとミックさんの意見を聞いたらそれぞれこんな感じだった。


「その未来しか想像できませんな。わたくしが第4階層の攻略を成し遂げた際にも、国からの干渉はありましたゆえ。それが煩わしかったので、職員として冒険者ギルドに所属するという形に落ち着きました」

「悲観的に過ぎる……と言いたいところだが、おそらくそうなるだろうな……」


 要するに、2人揃って同じことを言った。ロマノフなんか実際に国に取り込まれかけてたということで、おおよそ俺の想像通りの展開になるんだろうなということが補強されてしまった。めんどくさ。





 ミオさんの様子を伺いに客間へと向かう途中で、大きな溜息をひとつついて鉛色の未来予想を頭から消し去る。客間の前でこれやったら、まるでミオさんに会うのが嫌みたいな感じになっちゃう。


 客間の扉にノックを3回。なんでも地球では国際標準マナーなんてものがあって、親しい相手を訪ねるときは3回、初めて訪れた場合は4回とか、ノックのマナーが決まってるらしい。ちなみによくある2回ノックは、それがよく使われるシチュエーションの通りに、トイレの扉を叩く際の回数らしい。


 ちなみにこの世界の標準マナーは知らん。マナーにうるさいロマノフが教えなかったということは、たぶん標準マナーとかないんだろう。


「どうぞお入りください」


 ノックを終えてすぐに、しっかりした声が返ってきた。どうやらミオさん起きてたらしい。


「おはようございます、ミオさん」


 声をかけながら客間に足を踏み入れると、ベッドの上に正座したミオさんが、三指ついて頭を下げてた。え、この世界にもそういう挨拶ってあったの?


「クリエさん、この度は大変な失礼をいたしまして、お詫びの言葉もありません」

「あ、いや、そういうのいいんで、頭を上げていただければ」

「いえ、もう少し続けさせてください。わたしが治癒師として勝手に抱え込んできた葛藤を、治癒師の能力があるわけでもないクリエさんに叩きつけてしまったのは、理不尽の極みでした」

「わかるんだけど……そうやって立場の違いみたいな話になると……」

「ちょ、クリエさん!?」


 靴を脱いでベッドに上がり、ミオさんと同じ体勢になって頭を下げる。


「ミオさんたち治癒師の方々が味わう辛さを心の底から理解できるわけでもないのに、生意気を言いました。ごめんなさい」

「とんでもないです! わたしが勝手に見境なくなったのがそもそものっ――!」

「まあまあ、もういいじゃないですか」


 言いつつ顔を上げて膝の上に手を置き、背筋を伸ばす。見ればミオさんも同じ姿勢になっていて、まるで「そもさん」「せっぱぁ!」とか始まりそうな雰囲気だ。


「実際のところですね、心の底から共感できればいいのかというと、そうじゃないと俺は思うんですよ。共感した先にあるのがもっと深い闇だった、なんていう類の話だと思いますし」

「はい……そうかもしれませんね……」

「でも、そこそこの共感しかできなくても、支え合うことはできると思うんですよね」

「支えてくれるんですか? でもわたし、クリエさんを支えられる自信はありませんよ? ミックさんから聞きましたけど、クリエさんって5年前からずっと、とんでもないままじゃないですか。学園を卒業したばっかりの子たちだけで第3階層の階層主とか、普通だったら倒せませんよ?」


 5年前のあのときは、俺よりも盗賊の首領のほうがとんでもなかったけど。まあそれはさておき。


「階層主戦はミックさんも手伝ったんですが……」

「ほとんど何もしなかったって言ってましたよ」

「それを言ったら俺もですね。前衛の2人がとんでもないので」


 とりあえずロマノフとミックさんを待たせてるので、続きは夕飯を食べながらにしましょうと話を切り上げて、居間にミオさんを案内して俺は厨房に向かう。今日は食事当番なのだ。


 客間を出るときに「いまどきの子たちって、どうなってんだろ……」ってミオさんが呟いてたけど、そこには俺も同意だ。ハーフ魔族のディーレはともかく、マーティンあいつほんとどうなってんだ。


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