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第3階層を適当に探索し、オーガの戦鎚に付与された恩寵がおおよそ絞り込めたところで、その日の探索は終了にして街に戻り、向こう1週間ほど自由行動ということにした。
こちらのマナを瘴気に変換する腕輪によって、ディーレは毎日迷宮に潜らずともコンディションを保てるようになった。せっかくなのでこの機会に、マーティンとのデートを兼ねて街の散策なんかを楽しんでくれればいいんだが。
なんて外野が余計な心配しなくても、絶対するよな、デート。なんかあのバトルジャンキー疑惑がある2人だと、「街より迷宮のほうが楽しいね!」「そうだね」とか言ってそうだけど。
まあ、あのバカップルのことはいい。この1週間のうちに、俺にはやっておきたいことがある。ミックさんに屋敷まで来てもらったのはその一環だ。
「俺が……盾か槍を……か」
「ミックさん器用だから、ひょっとしてできるんじゃないかなーていう俺の思いつきですけど」
「槍ならまあ……使えんこともないが……」
そう言って思案顔になると、しばらく考えを巡らせているようだった。しかしやっぱり使えるのか、槍。各自で償還品を持ち込んで検証してるときも、ミックさんが持ち込む武器を選り好みしたことはなかったので、そこそこ器用貧乏もといオールラウンダーだとは思ってたけど。
「クリエは……盾のほうがいいのではないか?」
「そうですねえ、明確な理由があるわけじゃないんですけども、今のパーティにもう一手加えるなら、守備力のほうを高めたい気はします」
「明確な理由は……ある。中途半端な火力の長物で牽制するより……クリエを守って存分に弓を使ってくれたほうが……効率的だろう」
「その弓というか、矢が通用しないような相手のときに、槍が欲しい気もするんですよねえ……」
そんなことを言ってても話が堂々巡りになるだけだなんだが、ミックさんは前向きに考えてくれるようで、2、3日ほど時間をくれと言って帰っていった。
ひょっとしてミックさん、なんかの理由で二度と手にしないと封印した愛用の槍とか盾とかあって、今頃はどっかからそれを引っ張り出してきて「まさか……コイツを再び使うことになるとはな……」とかそういうのをやってくれてるんだろうか。
3日を覚悟していたら、ミックさんはでっかい盾を持って2日後にやってきた。おお、まさか本当にあったのか、なんかの理由で二度と手にしないと封印した盾。
と思ったらミックさんの後ろから、金髪ショートの女性がひょっこり顔を出した。大盾に隠れて全然気が付かなかった……。
「お久しぶりですね、クリエさん。なんていうか……青年?になりましたねえ……」
誰だこの美人。
口ぶりからすると会ったことはあるらしい。金髪碧眼で言葉遣いは丁寧。ん? 盾!?
「えっ? ひょっとしてミオさん?」
「はい。その節はお世話になりました」
はー、5年ぶりだし髪型変わってるから全然気が付かなかったわー。しかし相変わらずエグいぐらいの美人だな。治癒魔法使わせたらもっとエグいけど。
「えーと……、髪型、変わりましたね?」
「そりゃ5年も経てば変わりますよ」
とりあえずロマノフにお茶を出してもらって、4人で居間に落ち着く。ロマノフとミオさんが初めましての挨拶を交わしてるのがちょっと意外な気がしたけど、なんぼロマノフだからって、すべての冒険者と顔見知りなわけもないか。
ミックさんと一緒にミオさんが来た事情がよくわからないのでお茶をすすりつつ様子を見てたら、ミックさんが単刀直入に切り出した。
「盾を、連れてきた……」
いやそれ盾じゃなくてミオさんだからね。ちゃんと盾役って言おうね。
「あれ? でもミオさんって確か、ダンジョンとか迷宮の探索には興味がないって……」
5年前のことなのでかなりうろ覚えだが、そういう話のくだりがあったような気がする。
「そこよく誤解されるんですよねー……。ガルフさんなんかすごく雑に、わたしは迷宮嫌いだって覚えてますし。でも、固定パーティを組んで迷宮探索に専念するのに興味がなかったのはその通りです」
「ということは、今は興味があると?」
「はい、クリエさんたちがメリヤスでどんなことをしているのかをミックさんから教えてもらって、それで興味が出ました」
おお、それは嬉しい。って、日々地道に償還品を検証しまくってるだけのパーティに、興味なんか持てるもんなんだろうか。ミオさんひょっとして普通の人と違うツボとかあるのかな。ダニーさんみたいな研究オタクとか。
「前からクリエさんのやってることには興味があったんですよ。無謀な冒険者が死ぬのが嫌で、ヘルパーを始めたんですよね?」
「まあ、そうですね。といっても無謀な人はヘルパーなんか雇わずに死んじゃうので、慎重な人をより死なせにくくなる程度の役目ですけど」
そして慎重な人なんかほとんどいないから、実際に命を救ったことなんて両手で数えて足りるんだよなあ。命の値段を考えてほしくて、安いとは言えない料金に設定したのが失敗だろうか。リピーターもほとんどいなくて、それどころかそのうち死んじゃった人たちも何人かいたけど。
「クリエさん、偉いなあって思ったんですよ。でも、きっとすぐにやめちゃうんだろうなあって。まだ世間を知らない山育ちの子だから、最初はそういう当たり前のことを大切にできるけど、きっと冒険者に染まって他人の命とか馬鹿らしくなって、やめちゃうんだろうなあって」
え、なにこれ怖い。言葉遣いこそ柔らかいけど、すげー強めなこと言うじゃんミオさん。
「命を助けた意味なかったなあって人、きっといましたよね? クリエさんに救ってもらったけど、おかげで経験は積めたから次からはヘルパーなんかいらないってなって、結局死んじゃった人とか」
「……それは……まあ、いましたね……」
「どうしてそこでクリエさんは折れなかったんですかね? 死んじゃった人たちって、もう知らない仲じゃないですよね? でもその人たちはクリエさんの手を振り払って勝手に死んで。それって、クリエさんがやってるヘルパーなんて無意味だって、その人たちに突きつけられたってことですよね?」
え、ひょっとしてこの感じ、なんか地雷踏んでる? ていうか俺が踏んだわけじゃない地雷を、ミオさんが勝手にスイッチ押してカチ込んできた系? ロマノフから感じる気配がどんどん冷たくなってきてるんだけど、まさかいきなり「クリエ様への暴言、聞き捨てなりませぬな」とか言ってミオさんに斬りかかったりしないよな? とりあえずロマノフに「ここは俺に任せろ」ってアイコンタクトだけ送っとこう。
しかしまあ、ミオさん言ってて辛そうだなあ……。過去によっぽど嫌なことあったんだろうな。しかも1回や2回じゃなくて、心が折れそうなぐらいに何回も何回も。
「んー、突きつけられたっていうと、確かにそうかなあ。実際のとこ、俺がやってた形のヘルパーって、あんまり効果なかったし。だからやり方を変えることにしたんだけど……」
「そう、そこですよ! 階層主を倒せるかどうかの試験を設けようとしたり、学園での教育からテコ入れしたいと思ったり。ヘルパーやっても意味がないって思い知らされたら、普通は心が折れるじゃないですか……」
喋るトーンのアップダウンが激しいことになってきた。この感じだと、一応は俺たちがこれからやろうとしてることを評価してくれてるんだろうか。
「どうしてそうやって、誰かが無駄に死なないことに力を尽くせるんですか……」
流れ的にそうなるんじゃないかと思ってたけど、この人とうとうヒーラーが絶対言っちゃダメな感じのこと言った----!
まあ、言うよな。ミオさんぐらいの驚異的な治癒能力を持つ人が、むしろこの程度で抑えてるのは偉いまである。医者のジレンマってやつだよなあ……。医者だったこともヒーラーだったこともないから心の底から共感できるわけじゃないけど、いちおう前世でずーっと考え続けて、ついに答えは出なかった。
手を尽くして命を救った患者が、後日交通事故で亡くなるとか。
大勢の命を奪う事件を起こし、自らも重傷を負った犯罪者の命を救わなきゃならないとか。
1つしかない人工呼吸器で1人を救う間に5人死ぬとか。
5つある人工呼吸器で5人救うと6人目以降がが死ぬとか。
医者という個人の手に余るさまざまな因果に直面したときに、自分の選択こそが最善だと確信し、救えなかった命に心を揺らさずにいるというのは、普通の感覚であれば到底無理な話だ。患者が多ければ多いほど、つきまとう因果も増える。
ましてや治癒魔法の使い手が珍しいこの世界で、ミオさんほどのヒーラーであれば、前世の「医者」どころではない数の生き死にと、そこにつきまとう因果を見聞きしてきたことだろう。
そりゃあ心が折れるほうが自然だよ。たぶんミオさんは、まだギリギリのところで踏みとどまってる。だからきっと俺に、人の命を救うことの意味や価値、または善悪などといったものを問いたいんだろう。
そこに自分が救われる何かがあるかもしれない、ということに期待して。
「俺の手はこの通り、両腕にある2本しかないし、ミオさんだってそうだよね。この手で俺はミオさんとミックさんの手を取れるけど、ロマノフは無理だ。それはもうどうしようもない」
「……そんなことは、分かっているんです……」
「だから、他にもっといいやり方はないのかを、ずっと考え続けるだけなんだよ。俺の手じゃなくても、ミオさんとミックさんとロマノフ、みんなの手を取っているのと同じことになるような方法を」
「そんなもの……きっとありませんよ……」
うん。たぶんないと思う。全部を救って全部うまくいくなんてことは、きっとあり得ない。
「ミオさんの言うとおりだと思う。だけど俺は、池に落ちて人が死ぬなら池の周りに柵を作るし、病気で人が死ぬなら、その病気に罹らない方法を考えたい。それと――」
前世の俺がたどり着いた、言葉遊びにしかならない逃避。こんなものがミオさんに届くとは思えないけど、それでも求められたのは俺の言葉なんだから、俺はそのままのことを言うしかない。
「――救った人が誰かを殺して嘆くのと、いつか人を殺すかもしれないからって救える人を見捨てて嗤うのと、お前はどっちがいいんだって訊かれたら、俺は救った人が誰も殺さないのに賭けるほうがいいよ。嘆くか嗤うかなんて人それぞれだけど、俺にはそういうことのように思えるから」
未来がどうなるかなんて誰にもわからない。だが、暗い結果を恐れて未来を閉ざしてしまうと、良い未来が訪れる可能性も完全に閉ざされる。虚無とマイナスしかない状態に停滞するよりは、ただの可能性だけであろうがプラスを求めて前に進める方がいい。
停滞を選びたくないから、救えるものは救う。それだけだ。
その先に度し難い因果が待ち受けていて、救った自分を責めたくなるようなことがあっても、それはそれだ。
「事実は受け止めるしかないけど、その衝撃を和らげたり、立ち直るのを手伝ってもらうことはできるんじゃないかな。だからさ、ミオさん」
俺たちと一緒に笑って、一緒に泣こうよ――って言ったら、ミオさんが肩を震わせて泣き崩れた。ごめんミオさん、一緒に泣こうって言ったばっかりだけど、この流れで俺も泣くのはちょっと無理。ひとまずハグで許して。
「絶対に辛かったよね、ミオさん。大丈夫、大丈夫だから……」
ミオさんの背中を優しくぽんぽん叩きながらそう言ったら、もっと号泣された。
思い切り泣いてスッキリする系の、いい方向に効いたんだと思いたい。




