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 魔族にね

 ハンマー渡して

 振らせたら

 魔物の素材が

 取れなくなるよ


 ~詠み人知らず



 ディーレの新しい相棒となった戦鎚の最初の犠牲者は、2体の迷宮狼だった。第1階層の階層主としてはお馴染みの魔物だが、第1階層のそれ以外の場所で出くわすのは非常に珍しい。探索に不慣れなパーティがこういった稀なケースに遭遇し、実力が及ばずに壊滅させられてしまうということが年に数回あるが、それは「生き残りからの報告によって把握されているのが数回」ということなので、実際の被害数はもっと多いだろう。


 そんな初心者殺しの狡猾な獣たちは、血の華を咲かせたというか、潰れたトマトというか、そういう感じで迷宮の壁にへばりついている。この残酷な事件を引き起こしたと見られる容疑者は、われわれの取材に対してこう答えました。


「迷宮入って1戦目は、いつもだとコンディションが上がってないから……。その感覚のつもりで力を込めたら、なんかこうなっちゃって……」

「あなたは迷宮狼のお肉が好物のはずですが、お肉がこうなっちゃったことへの感想は?」

「もったいないことしちゃったな……」


 反省が見られる供述で何よりである。あと好物のお肉がどうこうってのは心の中でアテレコしただけで、実際はそんなこと訊いてない。


「でも、いくらコンディションが違ったからって、ディーレほどの達人がここまで力加減を間違えるっていうのは、ちょっと不思議だね?」

「ひょっとしたら償還品の恩寵というか祝福みたいなのに、身体能力を強化するものがあるかもしれんなあ……。今後の検証のときにはそこも意識していこうか」


 マーティンとミックさんは軽くしっかりと、ディーレはとても強く頷きを返してきた。心からの反省が伝わってくるようで、非常によろしい。


 検証の際の新たな注意点を心に刻み、その観点から試しに階層主のアラシシを全力でぶん殴ってもらった結果、ハンマーで打ったのにアラシシが千切れた。凄惨な事件を引き起こした容疑者の少女も唖然としてる。ひとまず、身体強化もしくはアラシシスレイヤーの恩寵が付与されていると見て間違いない。


「ごめんなさい……」

「いやいや、ディーレは何も悪くないから。思いっきり胴を引っ叩けって頼んだのは俺だし」

「でも、もったいないよね?」

「もったいないけど、償還品の検証ってこういうもんだからなあ。やってみないとわからないんだから、やってみるしかない。結果としてその戦鎚の恩寵が判明しつつあるんだから、むしろディーレに感謝してるぐらいだ」

「そっか。だったら嬉しいな」


 うまく切り替えられたようで、笑顔になってそう言ってくれた。美少女の笑顔はいいもんだなあ。親友の未来の嫁っていうかすでに事実上の嫁だけど。


 しかし、もったいない、か。俺はすっかり迷宮攻略脳になってて魔物を実験材料と捉えてるフシがあるけど、さすがは異種族間のハーフと言うべきか、自分以外の異質な存在にも配慮できるまっとうな感覚を持ってんなあ……。「奪う命に敬意を払え」と師匠から教わった身としては、ただただ恥じ入るしかない。


「ありがとな……」


 面と向かって言うと余計なくだりが増えるので、小声でディーレへの感謝を口にする。横にいたミックさんに思いっきり不思議な目で見られて恥ずかしかったので、逆ギレして命の尊さと魔物への傲慢な心を持つことの不遜さを、滔々と説教してやった。


 説教してる端から全部自分へのブーメランで死ぬほど恥ずかしい思いをしたので、二度とやらない。


 実年齢55歳なのに、ちょいちょいこっちの年齢の15歳に精神状態が引っ張られることがあるの、注意したほうがいいかもしれんなあ。15歳相応の自分を演じてるうちに、だんだんそっちが本当みたいな錯覚に陥ってる気がする。



 第2階層でもディーレに強めの感じをお願いしてみた結果、ディーレの戦鎚に与えられた恩寵はアラシシスレイヤーではなく、身体強化系でほぼ確定した。身体強化+アラシシスレイヤーという豪勢なユニークウエポンである可能性もなくはないが、それは第3階層以降で判明するだろう。


 それにつけても、ディーレの膂力と身体強化の恩寵と鈍器のエグさよ。斧を使っていたときには足を輪切りにしてバランスを奪っていたトロルに対し、鎚の場合にどう戦うのかと思ったら、真正面から膝に叩きつけて曲がっちゃいけない方向に足を曲げてすっ転ばせてた。


 ハンマーで膝の骨を叩いて調べる脚気の検査のとき、この先生が全力でハンマーを振ったら俺どうなっちゃうんだろうみたいなことを想像して怖くなった思い出があったけど、なるほどこうなるのか。先生が身体強化付きのハーフ魔族だったら、だけど。


 ちなみに階層主の迷宮バイパー(特大)はもとからくねくね曲がる胴体の構造をしているためか、横から鎚でぶっ叩いても千切れることなくすっ飛んでいった。大きな質量で柔らかいものが凄い勢いで壁に激突すると、ビジュアル的には「べちん!」なんだけど、実際には「ドバァン!」みたいな音がするのな。


 そういうわけでオーガの戦鎚の威力は期待以上というか想像を遥かに超えていたのだが、鎚では埒が明かないと斧側でバイパーを輪切りにして快勝したあと、ディーレの顔色がどうにも冴えない。そのことをすぐに察したマーティンが、第3階層への階段での休憩を提案してきた。グッジョブ。


「ディーレ、どうして元気がないのさ?」

「この武器が強すぎてね、今度この武器を失ったら、あたし前より弱くなるんじゃないかと思って……」

「なるほど。僕もゴーレムスレイヤーを使ったときは、ちょっとだけそんな気分だったね」

「でもマーティンはもうそんなの使ってないじゃない」

「いいや? 今日だってミックさんが持ってきてくれてて、もし第2階層の主がゴーレムだったら使うつもりだったよ」

「えっ? そうなの?」


 小さな驚きとともに向けられたディーレの目線を受けて、ミックさんが背負った長剣を指して頷く。


「あれは第2階層の攻略に欠かせない便利な道具だからね。恩寵の効果はゴーレム専用だから、肉体強化されて本来の自分以上の力が出ちゃうディーレの戦鎚とはちょっと違うけど」


 そう言いながらマーティンは愛用の長剣を握り締め、まるで剣に語りかけるように言葉を続ける。


「僕はね、迷宮探索を始めてから『その武器が必要な場面』があるということを思い知ったんだ。この愛剣にすべてを捧げて、こいつと共に強くなってきたけど、それだけじゃ切り抜けられない場面がある。それに気づいたときに初めて、武器っていうのはあくまでも、勝つための道具なんだなって思ったんだ」

「マーティンは、勝てればなんでもいいの?」

「負けるわけにはいかない戦いだったら、そうだね。勝てればなんでもいい」

「たとえば?」

「たとえば……僕が負けたらディーレや大切な人を失うとき、だね。いつどんな状況でそういう種類の戦いが起きても勝てるように、僕は自分を鍛えるし、必要な道具には妥協しないよ」

「あたしが武器に妥協して、マーティンを……」


 なんか論点がズレてないかマーティン?って思いながら聞き耳を立ててたけど、本質的にはそれでいいのか。自分だけで身につけた強さにこだわることは否定しないけど、失うわけにはいかないものを守るためには身の丈以上の強さが必要なこともあるんだから、どんな強さであれとことん貪欲に手に入れたいってことだ。


 なんか話の中で「大切な人たち」を人質にしてる感じもあるけど、それを失うのと武器にこだわるの、どっちがいい?って問い詰められれば、そりゃあ大切な人を守りたいってなるよなあ。実際にそういうことなんだし。


「でもね、ディーレが自分の力だけで僕を守りたいと思って、それでもし守れなくても後悔しないんだったら、僕はディーレの思いに賛成するよ」

「後悔……絶対する……」

「あはは。そんなにすぐ答えを出さなくてもいいんだよ。ディーレが大切にしたいものは、僕も大切にしたいって言いたかっただけだから」

「うん……ありがと、マーティン」


 そのあと「大好き!」って言ってディーレがマーティンに飛びついて、しばらく抱き合ってた。流れ的にしょうがないからそういうの全然やってくれていいんだけど、俺とミックさんの所在がないのはどうしようもないんだよなあ。


 しばらくして我に返った当人たちが「ご、ごめん……盛り上がっちゃって……」とか言ってきたら最悪なんだが、幸いこの2人は底抜けにオープンというかナチュラルボーンバカップルなので、さも当然のように「ごめん、お待たせ」で済ましてくるからまだ救いがある。


 

 しかしマーティンの覚悟の話、ディーレだけじゃなくて俺にもけっこう効いたな。「なるべくチートは控えめでー」みたいなこと思ってたけど、そのせいでこのパーティの誰かを喪ったら絶対に後悔するし、そこから慌てて本気を出しても「最初からそれやってば誰も喪わなかったのに」っていう罪の意識に苛まされ続けて、たぶん二度と立ち直れない。


 思えば、マーティンとの縁が深くなったのが運の尽きか。「転生者が高みの見物で異世界ごっこ」みたいなのって、いつの間にかとっくに終わってたんだな。


 ディーレが戦鎚を使ってくれるようになったおかげで第4階層攻略の目処はついたけど、そっからノンストップで迷宮の最深部までを踏破するために、いっぺん実家に帰るかな。


 俺らのパーティだけが迷宮を攻略したところでメリヤスに還せるものが少ないから、なるべく他の冒険者でも攻略できるように道筋はつけていくけども。それとは別で、俺が大切な仲間を失わないための保険は、可能な限りのチートを駆使して掛けておくことにしよう。


誤字報告を頂きました。何これすっごい便利! ありがとうございますありがとうございます。しかしなるほど、システム的に諸刃の剣ぽいですね。添削大会になってうんざりなさる作家さんがいる理由の一端が窺い知れるというか。


この作者は誤字脱字があると恥ずかしくて死んじゃう派なので、今後とも報告よろしくお願いします。

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