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本日も2話更新ということになりました。こちら2話目です。
ディーレの新しい武器を選ぶ場に立ち会ってもらうべく、迷宮から屋敷にとんぼ返りの道中で、ディーレの家に寄ってダニーさんにも声をかけた。「おや、さっそくクリエ君の手に余る償還品なのかい?」とキラキラした目で訊かれたが、違うと答えたら露骨に目から光が消えた。正直にも程がある。
手に余るとは思わないものの、なかなかの爆弾かもと期待してる装備はあるんだが、期待外れだったときのダニーさんの落胆を想像すると心が痛い。ひとまずは言わぬが花ということに決めつつ、心の中でだけ「あとで吠えヅラかくんじゃねえぞ……?」と罵っておく。
「お早いお帰りでしたな」
「いやだからなんで屋敷の前で待ち構えてんの? どうやって俺の帰宅を察知してんの?」
「ひとえにそれは執事の――」
「嗜みなのはわかったから、呪品庫の換気頼む」
「心得ました」
テキパキと屋敷に引っ込むロマノフだが、回れ右をしながら「クリエ様は風流を解されませんなあ」みたいな溜め息をついてるの、しっかり聞こえてるからな。どうせ聞かせてんだろうけど。
「――これはまた、随分と集めたものだねえ……」
まだ換気は十分ではなかったが、「ボクは魔族領に住んでいたんだよ?」の一言で押し切って、ダニーさんはさっさと呪品庫に突入してあれこれ眺めて感じ入っている。実際のところ呪品庫は定期的に換気を行っているので、人が浴びて不快になるほどの瘴気が溜まるとは思えないのだが、念には念だ。
とりあえずダニーさんは放っといて、ディーレに試してもらいたい武器の件にかかろう。
「ダニーさん、ざっと見た感じでいいから、なんかヤバそうな装備とかありそう?」
「うーん、正直よくわからないね。でもクレアは何も気にせず呪い品に触れてたから、ディーレも大丈夫だと思うよ?」
「なるほど。それだけ聞けば十分です」
さすがは人類で初めてフグとか毒キノコとか食べた級の偉業を重ねてきた夫婦、肝が据わってんな。
「ディーレ、この戦鎚を試してもらっていい?」
「これ……片方がハンマーで……片方が……斧?」
ベストコンディションではなくともディーレが軽々と手にして眺めている戦鎚は、刃渡り50cmはあろうかという半月型の斧と、その反対側には直径30cmほどのハンマーが張り出した、これぞファンタジー世界のザ・ウォーハンマーといった趣。第3階層のオーガがこれ見よがしに肩に担いでいたが、一度も振るうことなく俺の矢で瞬殺された際の戦利品だ。こうして眺めているだけでも惚れ惚れするほどの逸品なので、どうせなら一度ぐらいは振らせてやればよかったかもしれない。
「庭……出てもいい……?」
「もちろん。俺は近接のことはよくわからないから、マーティンに付いて行ってもらったほうがいいかな」
「僕も戦鎚はよくわからないんだけど……了解したよ。行こうか、ディーレ」
「うん……っ」
とくに不満もないような様子でディーレがあっさり試してみてくれて良かった。前の斧で戦うときのディーレになんの文句もなかったが、もう少しリーチのある獲物を使ったほうが戦いやすいのでは? という素朴な疑問を感じる場面が皆無というわけでもない。
射程が長いほど優位、というのは近接武器の門外漢であるアーチャーならではの固定観念なのかもしれないので、ことさらその理屈を押し付けるつもりはない。しかし、リーチの長い武器も一応試してみれば? という提案をするぐらいは構わないだろう。最終的にはディーレが自分の好みで決めるだろうし、彼女ほどの戦士の選択を俺が尊重しない理由もないし。
さて、武器の問題が片付いたわけではないが、ダニーさんに来てもらったもうひとつの理由にも取り掛からねば。
棚に並べた石造りの箱の中から「ゴーレム」と書かれたものを手に取り、中身のマナの流れを確認しつつダニーさんに声をかける。相変わらずメチャクチャなマナの流れしてんなこれ……。
「クリエ君、この腕輪に何かあるのかい?」
「何があるのかはまだわからないんですけど、ひょっとしたら魔族のアレじゃないかと思うんですよ」
「魔族のアレ……? まさか、僕の――!?」
この腕輪を取り巻くマナの無秩序な流れは、人族にとって呪いと呼ぶに相応しい悪影響を起こす類の償還品に特徴的なものだ。似たようなものは他にもいくつか目にしてきたが、中でもこの腕輪は極めつけと言える。そして、これに匹敵するほどの不穏な気配を漂わせる償還品をつい先日目にしたばかりだ。
「この腕輪のマナの雰囲気が、ディーレが使ってた斧によく似てるんですよ」
「なるほど……言われてみれば、だね……」
「あの斧って、瘴気を取り込んで持ち主に還元するとかそういう感じですよね?」
「その通り。クレアの斧は瘴気を取り込むことで輝きを増して、ほんの2時間ほどだが持ち主に瘴気を与えるという効果がある」
「この腕輪がアレなのかはわかりませんが、そうじゃなくてもディーレ……クレアさんの斧のような効果があるんじゃないかと睨んでます」
「どちらにせよ、素晴らしい発見になるね。どうか、そのどちらかであって欲しいものだが……」
そう言って苦笑するダニーさんに、俺も同じような苦笑を返す。償還品の検証をやっているとたまに「ひょっとしてこういう効果があるんじゃないか?」と思い当たることがある。しかし思い当たった効果が素晴らしいものであるほど、実際に検証をして期待を裏切られるものなのだ。
「アレだったらディーレにとっては素晴らしいことですけど、人族にとってはどうなんでしょうね」
「僕の腕輪もあることだし、いよいよ魔族と人族は戦争待ったなしだね! あーっはっはっは」
笑い事じゃないんだけど、笑っちゃうんだよなあこういうの。
お互いにマッドサイエンティスト的な部分のツボに刺さってしまい、ダニーさんと一緒に馬鹿笑いしながら居間に入ったら、昔話に花を咲かせてたミックさんとロマノフに変な顔で迎え入れられた。
いやいや、お前らもダニーさんの腕輪のヤバさを知って、ゴーレムの腕輪もそういうやつだったとしたら、絶対に変な笑いが出るから。いや、ロマノフはともかく、ミックさんは黙り込む可能性が高いか。
戦鎚の試し振りを終えたディーレは、瘴気切れによるローテンションながらも上機嫌で戻ってきた。どうやら戦鎚をお気に召したようで、ひとまず新しい武器の問題は解決しそうで胸を撫で下ろす。
「早く……迷宮行って……試したい……」
「もうちょっとだけ待とうな。ちょっと大事な話になるかもしれんから、部屋を移そう」
マーティンに目線を送ってディーレのエスコート(お守り)を任せ、密談用の部屋にぞろぞろと移動する。5年前にロマノフがオーダーと会ったことをガルフに打ち明けたときには、この部屋で話して本当に良かったとしみじみ言ってた。驚く気持ちはわからんでもないけど、どんだけ大声を出したんだガルフ。
部屋に入って落ち着いたところで、ゴーレムの腕輪をディーレに渡して着けてもらう。アレだった場合には効果を実感するまで30分ぐらいかかるとダニーさんが言っていたので、先にダニーさんの腕輪の話を済ませてしまおう。かくかくしかじか。
「――人の身で魔族領の瘴気を浴びても平気になる……。なるほどダニーが向こうで暮らせていた理由に、ようやく納得いたしました。しかし、そのような物があるとなれば……」
「そんな物が沢山あったら、僕の家は間違いなく魔族領に攻め込むだろうね……」
お前んとこの実家のラーション家領、なんせいっぺん魔族に攻め込まれてるもんなあ。しかしとんでもなく物騒な発言でディーレが困惑してるんだが、そんないきなりぶっちゃけて大丈夫なのかマーティン。
「大丈夫だよ。ディーレにも、ダニーさんとクレアさんとも関係がない魔族の話だから。それに、たとえそんなものがあるからといって、魔族領に攻め込むなんて僕は許容できない」
お、さすがのフォローの早さ。ディーレとダニーさんは内戦に備えて人族領に避難してるわけだし、ここはしっかり話して不安を解消してやらにゃならんよなあ。
「クレアさんとダニーさんを見て育ったんだから、魔族だから人族が嫌い、人族だから魔族が嫌いってことじゃないのは、ディーレならよくわかるだろ?」
「うん……だって、魔族同士でも戦争したりするし……」
「だよなあ。魔族の中にはそういう奴らもいて、人族にもそういう奴らがいるのは間違いない」
さすがに空気が重いな。お互いを尊重したい気持ちはあっても、相手の方から殴りかかられてガンジーやってられるほど平和な世界じゃないもんなあ。ましてや異種族が相手となれば「相手だって心の底から傷つけたいとは思っていないはずだ」みたいな真理と愛の拠り所があやふやすぎる。
「例えば、ディーレがダニーさんと喧嘩したとして、仲直りするまではダニーさんのことを嫌いになったりするでしょ?」
「うん」
「そのときにマーティンのことも、ダニーさんと同じ人族だってことで嫌いになる?」
「絶対無理。マーティンは大好きだもん」
「お、おう。でもまあ、まったくその通りだな。マーティンの実家の話も同じで、一方的に攻めてきた魔族への恨みはもちろんあるけど、だからってマーティンがディーレを恨むわけがない」
「僕もディーレのことが大好きだからね」
死ぬまでやってろバカップル。あとディーレの髪と目がすっかり紫色に変わってんだから、彼氏だったらもうちょっと早くそこに触れて驚くぐらいしろや。
「人族と魔族がお互いのことを知るのにはまだまだ時間がかかるだろうけど、こんな感じで異種族でお互いに惹かれ合うことが増えれば、少しは相互理解が深まるんだろうけどなあ」
「どうせクリエのことだ……その理解を広めることになるのだろう……」
相変わらずまとめのとこ掻っ攫っていくのうまいなミックさん。けど、俺が理解を広める?
「迷宮を完全制覇したパーティが……有名にならんわけがなかろう……」
なるほどそういうことか。アホほど有名になって、人族に希望を与えるパーティの美少女は、魔族とのハーフちゃんでしたー!みたいな展開か。
「僕とクレアの平穏のためにも、ぜひその理解は広めて欲しいところだね。ところでクリエ君、どうやらディーレの腕輪は予想通りのようだけど?」
赤紫に近づいていくディーレの髪と目の色が意味することに気づいた順に、引きつったような変な笑いが広がっていく。ほーら見ろほーら見ろ。
人族であるダニーさんが魔族の領地で暮らせる償還品があるんだから、魔族が人族の領地で力を失わずにいられる償還品が存在しても何ら不思議ではない。それが人族にとってどれほどの脅威であろうが。
「……こんな物が沢山あったら、僕の家は間違いなく魔族に攻め滅ぼされちゃうね……」
せっかく話が大詰めに向かってたのに、もっぺん重たい空気に戻してどうすんだこのアホは。
「ひとつはディーレが持ってんだから、一緒に悪い魔族と戦ってくれるんじゃねえの? なあ?」
「もちろん! マーティンは絶対守るし、マーティンの家族も守るよ!」
「そっか、そのときは一緒に頑張ろうね」
「えへへー」
このバカップルを使って空気を変えるの、すっごい便利だな?




