08
本日2話目。こちらはモノローグ多めの説明パートということもあり、ちょびっと短いです。
これといった感動もなく第3階層の攻略を終えたあとは、第4階層をちょっとだけ回って雰囲気を掴んだあと、とっとと第2階層まで戻って転移陣で帰還した。とくに祝勝会とかもやらずに解散したら、ミックさんがまた「俺らが3層を突破したときは、みんな喜んで酒場で朝まで……」とか言ってたけど、だんだん「ワシらが若い頃は……」みたいに聞こえてきて面白いからやめてほしい。
第4階層の魔物については、脅威とまでは感じないものの、さすがに歯応えはあった。あと黒い。全体的に黒い。第3階層までに出てきた魔物の、いわゆる色違いで黒いやつがやたらと多い。
少しだけ持ち帰ってきた素材を冒険者ギルドで買い取ってもらうついでに魔物の名前を確認したけど、迷宮ブラックウルフ、迷宮ダークバイパー、迷宮アラシシ(黒)といった具合で、ネーミングに捻りがないのに頑張ってバリエーションをつけようとした努力が垣間見えて、なんか微妙な気分を味わった。
なんだよ迷宮アラシシ(黒)って。ブラックアラシシとかダークアラシシとか、いっそのことクロシシでいいじゃねえかよ。もしくは迷宮狼(黒)、迷宮バイパー(黒)にするとかさあ。
まあ、ネーミングの件はひとまず置いといて、問題は歯応えだ。なんと、俺とパーティを組んでから無血の勝利を重ねていたマーティンが、ついに傷を負ったのである。といっても迷宮ダークウルフ? ブラックウルフ? ああもうめんどくせえ、黒狼でいいわ。黒狼の頭を叩き割った際に牙の1本がマーティンの頬をちょっとだけ掠めて、ほんのちょっぴり血が出ただけなんだが。
しかしそれを見たディーレが絞り出すような声で「許さない……」って呟いたと思ったら、赤紫だった髪と瞳がぶわっと真紅に染まって、そこから見敵必殺の虐殺ショーが始まったのにはさすがに慌てた。原因に気づいてすぐにマーティンの手当を済ませ、当人にディーレをなだめてもらってなんとかなったが、あの勢いで階層主部屋まで特攻されたらと思うと背筋が寒い。
抱擁を駆使したマーティンの懸命な説得でようやくディーレが落ち着いたと思ったら、今度は緊張の糸が切れたのか「よかったあ……!」ってマーティンにしがみついてオイオイ泣き始めたので、修羅場の第2ラウンドが始まった。一連の騒ぎが落ち着いたあとはさすがに「なんか……帰ろうか……」みたいな空気になったので、そこで探索を終了したのち現在に至る。
思い返すとどこに歯応えがあったんだっていう話だが、全体的に速くて硬かったし、より不規則っぽい動きを多用してくる。前衛組はまだまだ余裕がありそうだが、点で狙って攻撃を当てなければならない俺とミックさんは、幾度か「外すかも!?」という緊張を強いられた。外さなかったけど。
そういわけで第4階層の攻略もどうにかなりそうなので、当面の問題に向き合おう。
「あたしね……パパ以外であんなに……興奮したの……初めて……」
「こ、興奮って!? 僕の血、変な匂いとかした!?」
「違うの……許せないって魔物に思うのと……ごめんねって、マーティンに思うのと……そういうのが一緒になって……心配で……悲しくて……悔しくて……」
こいつらは一体、何をやっているんだろうか。
あんまり自然に屋敷までくっついてきたから、今の今までこの場にディーレがいることの違和感が薄かったけど、バカップルの観賞とかいうすげえ罰ゲームやらされてんぞ俺。当然のようにソファに並んで座って、マーティンに抱きついてんじゃねえよ。
しかし興奮か。面白いな。心配と不安をトリガーに芽生えた復讐心や敵意が怒りに転じ、結果として興奮してるんだから言い得て妙なのかもしれない。って感心してる場合じゃねえよ。さっさとこの場から逃げ出さねば。
「ソレッテサ、ディーレニトッテマーティンガ、タイセツナヒトッテコトジャナイ?」
「クリエ……? 大切な……人?」
「パパガケガスルト、ディーレハコーフンスルンダヨネ? ソレハ、パパノコトガダイジデ、シンパイデ、パパノコトヲキズツケルヤツガユルセナイカラデショ?」
「あ……そうだね……そうかも……」
「ダカラキット、ディーレハ、マーティンノコトヲタイセツニオモッテルンジャナイカナ」
「そっかあ……マーティン……大切……ふふっ……」
えーと、花が咲き誇るような、だっけな。なんかそういう笑顔を浮かべて、マーティンを抱きしめる力を強めるディーレ。俺はマーティンに目線で「ごゆっくり」と伝えて、早々に居間から逃げ出した。あいつら爆発すればいいのに。そんでマーティンはもげてしまえ。
それにしても棒読みすぎてロボ声みたいになってしまった。読みづらかったら、すまん。
バカップルから逃れて自室のベッドに倒れ込んだところで、勤勉な俺は次の問題と向き合うことにする。第4階層の階層主に対し、現状の戦力でどう対抗するかだ。
これについてはマーティンとペアだった頃から考え続けていたのだが、償還品を検証する際にポーターとして頼ったミックさん、さらにはマーティンに匹敵する攻撃力を持つディーレがパーティに加わったことで、当初の考えからは大幅に修正されたものになっている。
具体的には「勝てそう」から「絶対に勝てる」への大幅上方修正だ。なんていうか、その、負けようがない。
「なんで狼なの……」
思わず愚痴が声に出る。別に生きるか死ぬかの戦いをやりたいわけじゃないんだが、だからってさすがに狼はない。絶対に近づいてくるに決まってるし、噛み付くか爪でひっかくか押し倒してくるか、あとはファンタジー分を加味しても咆哮ぐらいしか芸がない。頑張って妄想したところで尻尾で打たれると意外に威力あるとか、かわいい子狼を従えてて殺しにくいとか、もっふもふの毛並みを触りたすぎて集中できないとかそういう程度だ。
せめて鋼のような剛毛だとか、なぜか鎧を着込んでいるとかで、弓矢の効果を最小化してくるような要素があれば話は別だが、20年近くも前に討伐実績があるという事実がその可能性を否定してくる。
たぶんアラシシと同じく、近寄ってくるまでの5秒あるかどうかの隙にブラストアローと【ヒートショット】の合わせ技で瞬殺だ。なんなら毒だって効くんだろうなという確信すらある。あ、ヒートショットっていうのは熱をエンチャントした矢のことです。いま急に思いついて命名しました。
そういうわけで勝てるイメージしか湧かないわけだが、勝ったとしても俺が無事でいられる確証はないというのが当面の課題となる。俺の矢で仕留める最大のチャンスは開幕なのだが、その際には階層主の白狼が俺に向かって突っ込んでくるというのがもっとも望ましい。より確実に狙えるし、矢を射るまでに与えられる時間は5秒程度だろうという想像もしやすい。
しかし問題は矢を射たあとである。映画なんかでよくあるシーンだと、正面から突っ込んでくる車のドライバーを銃で撃ち殺せば、その衝撃だかでドライバーが急激にハンドルを切り、勢い余った車は派手に横転したりする。同じ要領で空中から飛びかかってくる巨狼を弓で射殺せば、勢い余った狼の死体は真っ直ぐ射手に衝突し、射手が押し潰されるという寸法だ。
白狼が俺に向かって真っ直ぐ突っ込んできた場合には、いちど回避してから前衛に守ってもらいつつ立て直すという手もあるが、そうなった場合に白狼がこちらの前衛に付き合ってくれるという保証はない。俺だけが集中的に狙われて、そのたびに回避と仕切り直しを繰り返すようなことになれば、間違いなく俺のスタミナが尽きる。
ロマノフたちは魔術師を喪ったと言っていた。その言葉が意味するのは、白狼は無力な後衛から仕留める狡猾さを持つということだ。だからこそ、開幕のチャンスで仕留めてしまいたい。というか開幕のチャンスを逃すと、こちらはずっと俺という弱点のカバーに終始する羽目になる。マーティンとディーレは間違いなく強いが、狼を追いかけ回せるほど俊敏ではない。ゆえにこちらから仕掛けるという選択肢はなく、攻撃の主導権は常に白狼の側が握っているのだ。
俺が倒されても、ミックさんが倒されても、最終的にはマーティンかディーレが白狼と対峙することになるので、そのときに白狼は確実に仕留められる。それは第4階層の攻略に成功したほとんどのパーティが拾った勝ち筋だ。
しかし、俺たちの勝利条件はそうじゃない。白狼がマーティンやディーレやミックさんの親や恋人の仇だというなら、百歩譲って俺の命と引き換えに倒すというのを勝利に数えてもいいかなと思わなくもないけど、そういう事情ではないので俺は絶対に死にたくない。死なずに完勝したい。
などと方針は定まれど具体的な決め手は思い浮かばないので、3秒以内に矢を射って、すぐに伏せたり横に飛んだりの練習をなんとなくしてみたりする。出会って3秒とかの驚異的なスピードで白狼が飛びかかってきたら完全にアウトだが、過去の討伐実績に縋ってその可能性は否定したい。そんな速度を誇る化け物を相手に、いくつものパーティが攻略成功するはずがないからだ。
よしんば3秒で飛びかかられても相討ちだから、文字通り一矢は報えるって? やかましいわ。
(棒)はあまり使いたくなくて、カタカナにすれば心にもないことを言ってる感じが強調されるかな?と思って挑戦してみましたが。圧倒的に読みづらいだけのような気がするので、そのうちひらがなに変えるかもしれません。




