07
パーティ内最高火力のマーティンとディーレがメインで戦うということで、なんの問題もなく進行すると思われていた第2階層の攻略だったが、ディーレの一言がきっかけで思わぬ波乱が起きた。
「昨日と違って、今日はオークが少ないね!」
オーガの群れを始末したあと、ディーレが楽しそうにそんなことを言う。それで昨日の探索がどうだったのかを即座に察してマーティンに生温かい視線を飛ばしてみると、まさかのバツが悪そうな視線とぶつかった。ひょっとしてこいつ、自分が豚を呼び寄せては虐殺する蛮族トリュフ王子だっていう自覚が生まれたのか。
「……ずっとさ、クリエがオークを呼び寄せてるんだと思ってたんだよね」
「は?」
聞き捨てならんし、心外にもほどがあるんですけど?
「俺がソロで潜ってたときに、オークばっかり出てきて困ったことはないんだが?」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、僕? なのかもしれないね……」
「いや完全にお前だから」
これはきちんとわからせておく必要があると思ったので、イクイリウムの猟師に伝わる野豚やアラシシやオークを引き寄せるキノコの伝承を説明して、俺はマーティンからその手の匂いが出てるんじゃないか推測しているのだと、はっきり宣言してやった。
もちろんそんな伝承は存在しないし、この世界にトリュフみたいなもんがあるかどうかも知らん。しかしそんなものは「豚に好かれている疑いがあるのはどっちなのか」という深刻な問題の前では些末なことだ。
そして俺のこの優しい嘘により、豚系呼び寄せ男子問題に決着がついてパーティの空気はすっきりしたし、マーティンの匂いに興味を持ったディーレがマーティンの身体をあちこち嗅ぎ回って「ふわあ……いい匂いする……」とか言い始めたりで、すべてがいい方向に転んでいる。いったいなんの問題があろうか。
しかしディーレよ、マーティンは確かにいい匂いがするんだが、そんな夢中になるほどか。ひょっとしてお前あれか、実は豚の魔族とのハーフだったりとか、そういうことか。しかしまあ豚の話はもういい。肝心の第2階層の攻略はというと――。
「マーティン、そっちに倒れるよー。むんっ!」
「了解。もう片方もよろしくね。フッ!」
「天才のあたしに任せろー!」
ずっとこんな感じ。むんっ!でトロルの片足をディーレが斬り飛ばして転倒させ、フッ!で転んだトロルの首をマーティンが跳ね飛ばす。これがオーガだと、むんっ!で1体が袈裟懸けに両断しされて、フッ!でもう1体の首が飛ぶ。オークでもだいたい同じで、両方の首が飛ぶことがちょっと増える。
「俺らが第2階層に挑んだ頃は、もっと命がけの戦いだったんだがな……」
「ミックさん、そろそろ現実に慣れよう? あいつらどう考えても規格外だから」
「見た目が地味なだけで、お前も十分に規格外なんだが……」
そういうのを言いたくなる気持ちは分かるけど、ミックさんの投げナイフの精度だって十分におかしい。後衛の俺らも初手の段階でなんやかんや援護して戦闘を手伝ってるけど、ミックさんの投げナイフは10m先のトロルの目を正確に貫く。「外皮ほど硬くない目を狙うなら力を入れる必要がなく、精度だけに集中できるから大したことはない……」とかイケてるコメントしてたけど、そんなわけあるか。
「なんでミックさんみたいな逸材だっていたのに、第4階層までしか攻略できなかったんでしょうねえ……」
「目をくり抜くだけで倒せる魔物ばっかりなら、そうなのかもしれんがな……」
それに尽きるよなあ。精霊魔法の併用でアーチャーとしては高火力な俺でも、ゴーレムが相手となるとエンチャントした矢でじわじわ削るぐらいが関の山だ。ゴーレムによじ登らない状態でタイマン張ると、たぶん俺の方のスタミナが先に尽きる。実際に戦ったときは土精霊をエンチャントした矢を【ゴーレム殺し】とか名付けてみたけど、後日、身の程をわきまえて【岩穿ち】に改名した。
「しかし……あいつらほどの火力があるなら……」
おおう。ミックさんの話が続いてた。この人って熟考しながら喋るせいで言葉が途切れがちなんだけど、たまにこんな感じで「え? 話続いてたの?」みたいなことがあるから油断できない。なんかヤングバック師匠を思い出すな。元気にしてるだろうか。してると思うけど。
ロマノフ達によって第5階層以降の攻略が禁じられることになったのは「魔物が強すぎる」からだが、それは魔物からの攻撃を防ぎ難いということよりも、魔物にダメージを与えるのが難しかったことのほうが理由として大きい。つまり、文字通りに歯が立たなかったということだ。
事実として、過去にもマーティンやディーレに匹敵するレベルの前衛は何人もいた。禁を破って第5階層に挑んで還ってこなかったパーティのリーダーはトロルを両断したらしいし、ディーレの母親であるクレアさんも、今なおディーレ以上の強さを誇ると聞いた。
ただし、そういった豪傑の数を同時に揃えることはできなかった。一人だけエースアタッカーがいたところで、抑え込める魔物の数にはどうしても限界がある。エース以外の全員が倒されてしまえば試合終了という程度のパーティでは、とてもじゃないが迷宮探索は続けられない。
「まあ、その考えが間違いというわけでもないんですけどね」
「しかし、第5階層の攻略は為されなかった……。正解、とは言えんか……」
「あいつらレベルの冒険者が、まぐれでとんでもない償還品を引き当ててれば――もうちょっと早く償還品の効果に気づけたかもしれませんねえ……」
そう零した俺に、ミックさんがマイルドにバカにしたような目線を寄越してくる。あれ? なんかおかしいこと言ったっけな?
「普通、馴染んだ装備はそうそう手放さんぞ……?」
おお、それはちょっとした盲点だったな。確かに異世界ゲーム脳で償還品を解釈すると、ドロップ品で装備をアップグレードするのは当たり前で、それほど抵抗は感じないんだけど。思えば「俺はこっちに慣れてんだよ!」ってこだわりがちなのは、技術職あるあるだ。なんならゲームでもマイナーな効果や見た目にこだわって、ちょっとだけ性能落ちるけどこっちの方がいいやみたいなことあるし。
「それは投げナイフ上手ならではの実感ですかね?」
「それもある……」
ダーツの選手だってほいほい違うダーツに乗り換えんしな。経験で微調整できるとはいえ、慣れない重さとバランスの武器に迷宮で命を賭けられるかというと、なるほど無理な話かもしれん。
そんな雑談に花を咲かせつつ、未来の夫婦が屠った魔物から素材回収に勤しんでいるうちに、第2階層はつつがなく突破した。階層主は初めて対面する巨大な迷宮バイパーだったが、胴の直径が1m弱ぐらいしかないのが良くなかった。
そんなん蛮族王子とその未来の嫁が、むんっ!フッ!とか言いながら輪切りにしちゃうに決まってるじゃんなあ。
そして第3階層。ここでも特筆するべきことはほとんどないのだが、第2階層とは魔物の傾向が大きく変わり、迷宮狼、迷宮黒ウサギ、迷宮オオトカゲ、迷宮バイパーといった、肉や皮に価値がある魔獣とか動物系のものがメインとなる。
このせいで第2階層の探索は人気がなく、攻略難度もそれほど変わらないというのも手伝って、第3階層がベテラン冒険者たちの狩場になっている。何者かによってデザインされた迷宮にしては階層ごとに入手できる素材のバランスが悪すぎるので、この世界ではまだ誰も食べたがらないだけで、実はオーク肉が美味なんじゃないかと想像している。
もちろん、俺も食べたくはないから検証しない。いっぺん熱をエンチャントした武器で攻撃するとこまでは考えたけど、豚が焼けるおいしそうな匂いがしてきても困るし。オーク肉をモリモリ食べるラノベに違和感を覚えたこともないし、食欲に直結する匂いとして前世でさんざん嗅ぎ慣れたものに抗える自信もない。
まあ、それについては食糧危機にでも陥ったら考えよう。現実は目の前で食肉が乱獲されてるんだし。
「むんっ!」
「フッ!」
「えへへー、マーティンより1匹多く倒したよ!」
「ディーレはまとめて斬るのがうまいね。僕も手数を減らす意識をしなきゃなあ」
「まー、武器の性格も違うし? このウサギぐらいならマーティンもまとめて斬ってるでしょ」
「そうだけど、狼ぐらいになると、もうちょっと剣に重さが欲しいかなって思っちゃうね」
……ずいぶんと色気のある会話ですこと。ひょっとしてこいつら恋人エンドじゃなくて、強敵と書いて強敵と読む、みたいなことになっていくんじゃなかろうか。
せっかく積み上げられたウサギ肉だが、今日の目的は階層主の攻略なので素材剥ぎはそこそこにして先を急ぐ。いちおうパーティの連携確認も兼ねているから見敵必殺を繰り返すしかないんだが、MOTTAINAIの国で育った俺的にはおいしい命を無駄にする感じは地味に効く。
今後はオーダーの鱗を使って道中をショートカットするかなー。ディーレも迷宮のマナに触れてるだけでコンディションを回復できるみたいだし。
「では、作戦を説明しますので、復唱願います」
「はい!」
「了解!」
「了解……」
「ひとつめ。部屋に入ったら立ち止まらないこと」
「「「ひとつめ! 部屋に入ったら立ち止まらないこと!」」」
「ふたつめ。前衛はオーガ、後衛はゴブリンを優先すること」
「「「ふたつめ! 前衛はオーガ、後衛はゴブリンを優先すること!」」」
「以上です。あとは出たとこ勝負で頑張りましょう」
階層主部屋の前までたどり着いたところで、緻密かつ文句のつけようがない作戦会議を行った。攻略経験者のミックさんが同行してるのがちょっと不安だけど、初見のパーティが挑む場合に第3階層の主はゴブリンアーチャーとオーガの混成パーティでほぼ固定なので、そこを想定して対策しておく。
迷宮攻略に関してのネタバレを避けてきた俺だが、攻略情報を持つすべての冒険者に「弓を持ったゴブリン」と言わせないのはさすがに無理だった。そして聞いてしまえばネタバレは回避できないし、知ってしまった上で「だがしかし、相手が弓を持っていないつもりで戦おう」などとはさすがに言えない。プレイ自体を縛ろうにも、矢が飛んでくるかもっていう意識を捨てられるわけがないのだ。
一応はゴブリンとオーガの混成じゃない場合にも配慮して、「出たとこ勝負」という両天秤だと言えなくもないのが、自力攻略厨的には救いかもしれない。
まあ普通にゴブリンとオーガが出てきて瞬殺だったんだが。
「むなしい……」
「倒し方がわかっちゃってるんだもんね……」
俺のこだわりをわかってくれてるマーティンでも、さすがにこれはフォローしきれない。
いやしかし――いつか、いつかきっと、ゴブリンが弓を持って出てきたけど、矢を射ずに殴りかかってくるという未来があるのかもしれない。攻略情報を鵜呑みにしていたら裏をかかれて、迷宮から手痛いしっぺ返しを食らうその日が、いつかきっと――。
矢を射ると見せかけて殴りかかってきたゴブリンが「むん! フッ!」される場面を脳裏に思い浮かべつつ、俺は未来の可能性に思いを馳せた。そもそもゴブリンごときじゃ無理があるよなと。




