05
ダニーさんの家を辞したあと、屋敷に戻って償還品の情報を整理していたらマーティンがディーレさんの専属ヘルパー業務から戻ってきた。夜にはギルド長も交えた打ち合わせもあるので、ダニーさんから聞いた情報と合わせてめんどくさい話をする機会はそっちに譲って、マーティンからはひとまずディーレさんの印象についてだけ聞くつもりだったんだが。
「べた褒めじゃないですかマーティンさん」
「だってディーレは本当に凄いんだよ?」
「あー、その言い方も気になってたんだけど。なんで初日から呼び捨てに?」
「それはね、えーと……友達になったんだ、僕ら」
「ほーん」
なんかマーティンキラキラしてるっていうかツヤツヤしてるっていうか、これひょっとしてひょっするんじゃねーの? そういう目線で眺め始めると、「僕ら」っていう表現も共同作業的な何かに思えてくるから邪推ってタチが悪い。邪推してる俺の方は超楽しいんだけど。
しかし、学園に5年通ってひとりも友達を作らなかったフシがあるマーティンが、友達ねえ……。俺も似たようなタイプだと思うんだけど、そういう感じのやつが作る異性の友達っていうのは、その先の人生を共にできるぐらいのポテンシャルがあると思うんだが。
「マーティン、ひょっとしてそれ、友達から先のことまで考えたい感じ?」
「ずっと一緒にいたいなって思えるから、そうなのかもしれないね。こんな感じで女の子にドキドキしたのって、こっちに来てから初めてだったし……」
「ほほーん」
反応を見ていちいち俺があからさまに楽しんでるからって、そんな恨みがましい目でこっち見んなよ。かわいすぎかよ。俺も俺で「せっかく友達になったアタシのマーティンを、ハーフ魔族の泥棒猫が!」みたいな気持ちがちょっとあるんだから、こんぐらいの生温かい対応ぐらいは許して欲しい。
「しかしまあそういうことなら、いっそのこと専属ヘルパーやめてパーティに引き込んでもいいかもなあ」
「え? クリエはパーティに女の子が入るのって、嫌いなんじゃなかったっけ?」
「三角関係とかになって空気がおかしくなるのが嫌いなだけだ。この先マーティンとディーレさんがくっつくようなことがあっても、そこは別に気にせんけど?」
「そっか。でも僕がディーレと一緒にいたいからって、クリエに気を使わせるつもりはないからね?」
「べつに気を使ってるうちに入らんから心配しなくていいよ」
実際のところ、俺としてはほとんど気は使ってない。目の前でイチャコラされたら爆発しろとは思うけど、俺にもサラさんっていう逃げ場があるし。そもそもこういうケースで気をつけなきゃならないのは、俺とディーレさんがちょっと絡んだだけでマーティンが嫉妬するとか、ディーレさんがまさか俺の方になびくとかだ。前者はマーティンを信用してるし、後者だったらマーティンに相手を見る目がなかったということでどうしようもない。
もうひとつ、俺がディーレさんに惚れるという最悪のパターンもあるんだけど、そこは自分を信用してるというか。マーティンほどの得難い友人を手放すほどの恋になんか、そうそう陥るわけがないと楽観しているというか。
せいぜい気をつけるとすれば、下手にマーティンとの仲を取り持とうとして、ディーレさんとの接触回数を増やさないことぐらいか。そのパターンは前世でさんざん痛い目を見て、「横取りの高海」という二つ名を頂戴したことがある。
まあ、男友達とくっつけようと思ってた女の子がこっちになびいてきたときに、ありがたく頂戴してた俺の無節操な下半身も悪いんだが。なびいた時点で当初のルートは終わってんだから、まあいいかって思っちゃうんだよなあ。「ダメだよ、あいつに悪いよ」って言えるほど大事な男友達でもなかったし。
なのでそういうのには首を突っ込まないように、内輪でそういう空気を察したらなるべく距離を取るように心がけるようになったんだが。なんでリアルだろうがネトゲだろうが、姫系のやつって自分に興味なさそうなのを落とすのに命かけてくるんだろうな。お節介を焼いてもダメ、距離を取るとむしろ向こうから興味を持たれるって、完全に詰んでるんだが。
だからまあ、男ばっかりのコミュニティにほいほい入ってくるような女は、胡散臭いからお断りってことだけど。俺とマーティンとディーレさんに関しては、別にそういうわけでもないし。
「パーティ組んでる間に俺が送り続けるであろう生温かい視線に、マーティンが耐えられるかどうかだな」
「それ、やめるっていう発想はないのかな?」
ねえよ。なんなら爆発しろってずっと念じるんだよ。
マーティンと楽しくキャッキャしてたらすっかりいい時間になり、屋敷にギルド長がやって来た。ちなみにこの屋敷、すでに名義上は俺のものになっている。この先の迷宮探索で得る上がりで屋敷の代金を支払っていくことになっているが、屋敷にストックしている償還装備をすべてギルドに卸すことになれば、それだけで支払いが完了するんじゃないかということもあり、名実ともに俺(とマーティンとロマノフ)の所有物と言ってもいいだろう。
冒険者ギルドとのズブズブの関係は着々と深化しつつあるが、それは俺たちの利のためではなく、冒険者の立場を守りつつ育てていくために必要だという部分が大きい。今日の議題もその一環だ。
「――階層主の判定試験制度? そりゃあどういうこった?」
「現状で第3階層および第4階層まで探索を進めてる冒険者たちを一時的にヘルパーに就かせて、第2階層までを未攻略のパーティの試験官にするってことです」
「ううん? 悪いこっちゃねえのはボンヤリわかるんだが、もうちょい詳しく話してくれや」
ギルド長、ボンヤリ分かるだけでもあんた偉いよ。分かってしまうぐらいに冒険者の減少が深刻、ってことなのかもしれんけど。
「何事もなく階層主を倒せればもちろん合格で、先の階層への探索を許可。2階層のゴーレムで合格できればそのパーティはもう一人前として卒業です」
「そりゃあ今と変わんねえよな。不合格をどうするかって話だ」
「不合格かどうかはヘルパーというか試験官の独断に任せます。一応の基準としては、階層主は倒せたもののパーティの損耗が激しければ不合格、全滅の憂き目にあっても当然不合格です」
「クリエ様、全滅の場合は試験官が階層主を倒すということですかな?」
「そそ。そこがヘルパーと同じ部分。試験官の判断が早ければ第1階層で全滅ってことはないだろうけど、第2階層のゴーレムはパーティがまとめて轢かれちゃう可能性を捨て切れないから、そうなっても試験官だけで攻略する必要がある。俺らがゴーレムに挑んだとき、いざとなったらロマノフとギルド長で倒すつもりだったでしょ?」
「その通りですな。我々は慣れておりましたので、それは可能だと確信しておりました」
後日ロマノフとギルド長から聞いたゴーレムの攻略法は、投げ縄を頭みたいなとこに引っ掛けたり、振り下ろしてきた腕みたいなのを足場にしてよじ登り、肩に乗っかった状態でウォーハンマーやツルハシを駆使して石の身体をほじくって、最短でコアみたいなとこまで穴を開けて砕くっていう手順だった。ツルハシ、ある意味でゴーレムスレイヤーと呼べるんじゃなかろうか。
そういうわけで階層主に応じて試験官の数を増やして備えれば、受験パーティが崩壊しても攻略は可能だし、うまくいけば瀕死ですんだ受験者の救命もできるかもしれない。
「それで不合格だった場合にどうするかだけど、何が不足していて階層主を倒せなかったのかを試験官が説明して、その課題がクリアできるまでは次回を受験させない」
「へえ、随分と過保護じゃねえか」
「自分たちでパーティの不足に気づいて補える奴らだけが生き残れる、っていうことを繰り返してきたのが、現状の冒険者不足でしょ?」
「……違ぇねえな」
「古傷を抉るつもりはないけどさ、もうちょっと慎重にやってりゃいい冒険者になったのに……っていうのだって、何回も見てきたでしょ? そこの『慎重さ』を冒険者ギルドでちゃんと管理しようってことだよ」
「ふむ……それで当人たちのためになりますかな?」
「いや、ロマノフが俺に冒険者のイロハを教えてくれたのと、なんも変わんないでしょ」
「しかしクリエ様はご自分で創意工夫していらっしゃるではないですか」
「そこは俺の資質だけど、なにもかも全部を創意工夫してないよ。ロマノフとかから最低限の気構えを教えてもらってる。その最低限っていうところに、もうちょっと幅を持たせようってだけのことでしょ」
古株のギルド長とロマノフはまだなんか渋い顔してるけど、古参の「叩き上げこそ至高」っていう発想で迷宮攻略を続けていれば、冒険者の数がどんどん減ってしまうのが現状だ。投げやりな言い方をすれば、この世界で冒険者を志す連中には才能がない。逆に言えば叩き上げでやっていける一種の天才たちだけが生き残るわけで、さすがにそれは効率が悪いだろうと。
命を落とすことなくある程度の段階まで成長できるかどうか。ぶっちゃけそれだけの話だと思う。そしてその『段階』が、自分たちの才覚だけで叩き上げていくにはハードルが高いってだけの話だ。
「本当は学園の時点から、もっとしっかりしたシステムで冒険者を育てるべきだと思うんだけどなあ」
「でも冒険者科で基本は教わるよね? 騎士科でもあとは強ささえ備えていれば、立派に騎士としてやっていける程度には礼儀作法も含めて教えてたよ」
それ、強さも備えてたくせにわざと落第して冒険者になったマーティンが言うと、なんか妙に面白いな。
「基本といっても、迷宮じゃなくてそのへんの野や森で魔物を狩るレベルの話なんだよ。同じ魔物でも迷宮に出てくるやつは強さが段違いだから、学園で習った基本ごときじゃ対処しきれない」
「卒業生たちが迷宮探索に挑戦しないのは、それが理由なの?」
「学園でも一応釘を刺されてて、Eランクになるまでは迷宮探索は禁止っていうことになってる」
「あれ? 僕がFランクでも探索できたのは?」
「そりゃあ生還を確約してくれる超頼もしいヘルパーさんがいたからよ」
「なるほど」
まあ、シンプルにマーティンが強そうだったからってのがデカいんだけどな。さすがに迷宮に入ってすぐリタイアしそうなFランクが「ソロで潜りたい」とか言ってきたら、仲間見つけて出直してこいって言うし。
「ところでよ、その試験官を引き受けてくれる連中の稼ぎはどうすんだ?」
「そこは俺とマーティンとミックさんでアホみたいに稼ぐから大丈夫。ぶっちゃけ現状で俺らが本気で稼ぎに走ると、迷宮から取れる素材がダブつくでしょ?」
「違ぇねえな……」
俺らは自重せずに検証という名のファーミングに精を出せる。ベテラン冒険者たちは新米パーティのお守りだけで変わらぬ稼ぎが手に入る。新米パーティは命を落としにくくなる。その結果として冒険者の粒が揃い、冒険者ギルドは最終的に発展する。
誰も損しない、素晴らしいウィンウィンウィンウィンだぞ。




