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04

 マナと瘴気についていろいろ訊かせて欲しいと頼んだら、ダニーさんは快く家に迎え入れてくれた。わざわざ書斎まで案内するからには、てっきり説明のために見せる研究資料なんかが山積みになっているのかと思いきやそんなこともなく。


 ひとまず雑談から入ろうと決めて、お茶を淹れてきてくれたダニーさんに直球をぶん投げてみる。デリカシーのない学者肌の人だと聞いているので、たぶんこういう感じのほうがいいだろう。


「ダニーさんって冒険者そっちのけで研究大好きな人って聞いてたんですけど、本だの書きつけだのを山積みにしてたりするわけでもないんですね」

「それは興味を持ってるテーマにもよるんじゃないかな? マナや瘴気について詳しく記された本があるというなら、ボクとしてはいくらでも積み上げたいところだけど」


 ああ、すごくわかるなそれ。償還品からスレイヤー系の武器を見つけ出す検証なんか「実際にいろんな魔物を斬ってみる」しかないから、超絶めんどくさいにもほどがある。先人が知識を残して本にまとめていてくれれば、どれだけ助かることか……。


「マナはともかく、我々人族が瘴気の研究をするのは難しいかと思うんですが、ダニーさんはどのような方法で研究を?」

「それはもうクレア、今のボクの妻の存在なしには不可能だったね。魔族である彼女から、魔族にとっての瘴気がどのようなものであるのかはもちろん、人族への影響について魔族の視点から確認していることも教えてもらった」

「なるほど。人族と魔族の両方の視点を持てるのは強いですね」

「そうでなければとても研究が進まないだろうね。だからこそ頼れる書物も存在しないのだが……――クリエ君、キミは瘴気をどのようなものだと捉えているかい?」


 話のテンポ早いなこの人。雑談から入る必要もなかったみたいだし、興味があろうがなかろうが直球をズバズバ投げ込んでいけば勝手に処理してくれる、本当の意味での学者タイプなんだな。


 さて、俺が瘴気をどう捉えているかというと、「地球とは違ってこの世界の生き物にはマナが必須」という視点からの解釈になるので、どうにも説明しづらい。いや、それは異世界人が理解するために必要だった視点なだけで、そこをすっ飛ばして説明すればいいだけか。


「俺の理解では、瘴気というのは魔族にとってのマナですね。大別できるうちのどのマナが『真のマナ』に近いのかという考えに則って、『魔族にとっての』と呼ぶことにします」

「素晴らしいね! ボクもそのようなものだと理解しているよ。しかしそこまでわかっていて、ボクから訊くべきことなんかあるのかい?」

「ダニーさんも、迷宮に漂うマナが『真のマナ』と呼ぶべきものと思っていますか?」

「ああ、そこについては確かにボクが力になれそうだ。ボクの理解でもその通り、迷宮のマナこそが真のマナというか、マナの基本的な形だと思っているよ。そう定義することができたのは、妻が魔族領に持ち込んだ償還武器が、メリヤスのときと似たような性質を発揮したからだね」


 おお、魔族領に償還武器を持ち込んだのか。そのうち瘴気溜まりを探して検証しなきゃと思ってたけど、これは手間が省けてありがたい。


「似たような性質というのは、『迷宮の中ほどには償還品の効果が発揮されない』ということで合ってますか?」

「うむ、うむ! まったくその通りだよ、素晴らしいねキミは! メリヤスに居ながらにして、そこまでの理解にたどり着いたのかい?」

「いえ、そこはまだ推測の域でした。となると……クレアさんが魔族領に持ち込んだ償還武器は、いわゆる『人族にとっての呪い品』ですか?」


 そう訊くと、ダニーさんがニヤリと笑みを浮かべた。うわ、わっる。悪い笑い方するわーこの人。


「そこについても思い至れるのなら、どうやらボクが知ったことのすべてを伝えても良さそうだね。ボクたちが魔族領に持ち込んだのは、おそらく『魔族と人族それぞれにとっての呪い品』だね。だからボクにとって、キミの表現はいちいち正しいものだと感じる。もっと適当な呼び名をつけねばと考えているのだけど」


 直球投げたからって、打ち返してくるのが直球じゃないって、頭いいやつ――っていうか、わかってるつもりになってるやつの悪い癖だよな。ダニーさんもそうだし、俺もそうだ。なんなのこのフワフワした会話。お互い伝わってるからいいけど。


「ひっくり返して【祝福品】ということでいいのかもしれませんね」

「なるほど、祝福品か。まさにその通りだね」


 スレイヤー系の償還品の存在を確認して以来、ずっと考えていたことだ。この世界に迷宮が存在する意味というのは、おそらく「攻略されること」なんだろう。実際に攻略してみるまで確証は得られないが、わざわざ償還品なんてものを寄越してくるのが証拠のひとつだと感じている。


 なにしろ、迷宮内に配された階層主に絶大な効果を発揮するようなスレイヤー系の償還武器が存在したのだ。絶対に攻略させたくないのなら、力尽きた冒険者の武器を回収したのちパワーアップさせてまで返したりしない。「これを使って頑張ってね」と受け取るのが妥当だろう。


 しかしそこで呪い品である。単に迷宮の創造主が「小さな嫌がらせも混ぜておいたよ。えへへ」という性格である可能性も大いにありそうだが、償還品はすべて迷宮からの好意というお花畑な視点から眺めると、呪い品にも何かの使いみちがあるんじゃないか? ということになる。例えば呪い品は、「魔族にとっては単に使い勝手のいい償還品」だったり、とか。


 そう考えた途端に、呪い品と呼び習わすことに違和感が出てくる。そこを整理して「償還品というのは迷宮からの好意が込められた祝福品」としてしまえば、「なかには人族専用の祝福品、魔族専用の祝福品がある」ということで解決するのになと。


「俺はまだ見つけ出していないんですけど、ダニーさんは人族にとっての祝福品を手に入れたんですね?」

「いや、そこが『おそらく』ということだね。こっちに戻ってきてから確認しようと思っていたんだけど、問題の償還品はおそらく装備者から他者にのみ効果を発揮し、なおかつその効果がとても穏やかなので、確認するのに時間がかかるんだ」

「ふむ。魔族領での作用を聞かせてもらってもいいですか?」

「そっちのほうが手っ取り早いかもしれないね。魔族領に戻ってしばらく経った頃に、完全に体調を取り戻したはずの妻が、日に日に調子が悪くなっていってね。『お前、なんか変なものを持ち込んでいないか?』と言われて思い当たったのが、検証のためにボクが指にはめていた指輪なんだ」

「それはまたわかりにくい……。クレアさんがそこに思い当たった理由については?」

「彼女がこっちにいたときに、治癒師に回復魔法をかけてもらったことがあるんだ。クレアは最初から予想していたらしいんだけど、回復の効果は得られず、それから数日どこか調子悪い感じが残ったと」


 おお……回復の検証も終わっているとは……。ダニー先輩すげえな。すげえ助かるわこの人っていうかこの夫婦。たぶんこの先は娘も巻き込んで、すげー助かる一家になる気がするけど。


「そのときの感覚をもとに、クレアは人族のマナの影響じゃないかと目星をつけたんだよね」

「ダニーさんが着けていた指輪が、人族から人族への治癒効果を発揮する祝福品かもしれない、ということですか」

「うん。だからあっちでもこっちでも検証のしようがなくてね。自分には効果がなさそうだけど、あっちだと人族なんかいないし、こっちに来てもディーレと住んでるだけだしめったに人とも会わないだろうから、正直言って持て余してたんだよ。人族と魔族のハーフというのはどちらかの性質が強く出るみたいでね、ディーレはマナの体質的には魔族のものを受け継いでいるんだ」


 そう言いながら席を立ったダニーさんは、棚から小さな箱を取り上げて戻ってきた。無造作に蓋を開けると、中から飾りっ気のない銀色の指輪を取り出す。


「これ、クリエ君にあげるよ。効果が判明したら、ぜひ教えて欲しい」

「一応、いいんですか?とは言いますけど、検証できないもの持ってても仕方ないですしね」

「まったくだ。これがキミの迷宮探索に役立つものだといいんだけど」

「結局のところ祝福品って、こうやってひとつずつ地道に確認していくしかないんですかねえ」

「それは本当に頭が痛い問題だね。絶対に文句は言うんだけど、進んで検証に協力してくれたクレアの存在には、どれほど助けられたことか」

「絶対に文句は言うんですね」

「うん、絶対にね。悪影響なしで検証が終わっても『心配して損しただろ』って言われたしね」


 お互いの身をもって償還品の効果を研究してきたこの夫婦は、いわゆる「人類で初めてウニとかカニとかエビとか食ったやつ、勇気あるわー」というやつだ。むしろちょいちょい酷い目に遭っていそうなあたり、とくに賛えられるべきである「フグとか毒キノコとか食べて教えてくれた尊い犠牲」に近い。いや、夫婦となるとラジウムとかそういうやつか。まあそれはさておき。


 俺とマーティンとミックさんは魔物を相手にスレイヤー系探しをしているだけで、自分の身を危険に晒そうとは思わないし、魔族の知り合いができても問答無用で呪い品を握らせてみるつもりもない。相手からの承諾が取れれば、マイルドな呪い品ぐらいは握らせるつもりだったけど。


「いろいろとありがとうございましたダニーさん。最後にふたつだけ、片方は絶対に必要な話で、もう片方は俺の興味だけです」

「回りくどいのは苦手だから、はっきり言ってくれて構わないよ?」

「そうですね。まずディーレさんに関してですが、祝福品を試してもらっても?」

「彼女が了承するなら、それで構わないよ。場合によってはボクにも相談してほしいが」

「それは当然です。というか、俺の手に余るときは、絶対にダニーさんを巻き込みますよ」

「それは嬉しいね。それで、もうひとつは?」


 そっちは「それを言ったらお前……戦争だぞ?」ってなるやつだから、ちょっと言いづらいんだよな。しかし絶対に必要なことだから、ここはダニーさんを信じて訊いておこう。ダメならオーダーに訊くし。


「冒険者としては弱っちいダニーさんが、よく魔族領で暮らせましたよね?」

「そこはまあ、なんとかなるものだよね」

「人族が魔族領に、魔族が人族領で普通に暮らせるようになったら、どうなるんでしょうね」

「……今この瞬間にそうなったら、戦争が起きるだろうね」

「怖いですねえ」

「怖いよねえ」


 そう言いながらダニーさんがすっごく悪い笑みを浮かべたのは、すべてを伝えるという宣言に従ってくれたという表明だろう。


 人族が瘴気を浴びても平気になるような償還品の存在が知れたら、人間なんかアホだから嬉々として魔族領に攻め込むに決まってるもんな。これだから償還品の研究は秘匿せざるを得ない。

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