02
第3階層攻略への準備が着々と整っていくさなか、ヘルパーの長期契約が舞い込むなんて予想だにしていなかったが、その契約相手がガルフのおっさんの旧友の娘さん(魔族とのハーフ)などというややこしそうな案件だというのは、もっと予想していなかった。
「ということでマーティン、この面倒な案件をキミにぶん投げたい」
「ひどっ!」
「まー、ヘルパー見習い卒業試験と思って、どうですかね」
「そういうことなら引き受けるけど、クリエが教えたほうが丁寧だと思うよ?」
「たぶん冒険者的な基本とかどうでもいいっていうか、ガルフのおっさんいわく、その子ってマーティンばりに強いらしいんだよ」
「へえ。それは興味あるね」
「ほんで獲物が大斧。マーティンも斧の扱いはいまいちじゃろ?」
「そうだね。償還品の検証でそれなりには使ってみたけど、確かにいまいちピンと来ないかな。その子に斧を教えてもらえるということなら、ますます興味が湧くね」
さすがバトルジャンキー。武の話になるとダボハゼのように釣れるじゃねーの。
どうも、ハーレムフラグは即座に叩き折る男、クリエです。モテ体験は大好きだけど修羅場は嫌いだし、たとえば物分りが良さそうなサラさんでも、油断するとすぐに独占欲を出してくるあの感じでだいたい察してる。この世界はたぶん、鈍感系モテ主人公に群がった女の子たちがちょっぴりお互いに嫉妬しながら「でもみんなコイツが好きなんだもん。しょうがないよね」って許してくれる世界と違う。
なに? 俺の出会いが足りないだけ? なるほど一理あるな……積極的に女性冒険者と絡んでいく方向に舵を切れば、ヘルパー絡みで命を救ったり導いたりで依存系ヒロイン量産ワンチャンあるか?
ねーな。ねーよ。
ようやく始まりかけた地味な迷宮探索英雄譚が迷走するところだった。ハーレムだめ絶対。めでたく方向性を再確認できたところで、魔族。魔族ねえ……ハーフだけど。
人族との違いについてはオーダーからある程度は教わってるけど、正直言って実物には物凄く興味がある。なのでこの縁は大事にしたいなという打算もある。物凄くある。となるとやはり、マーティンに頼るというのが自然な流れだ。こいつ絶対に俺より他人ウケいいし。とくに女子。魔族の美醜感覚が人族と同じなのかは知らんし、こっちで言う人当たりの良さが魔族にとっても好ましいのかはわからんけど。
まあ最悪「魔界じゃ強ぇーヤツが偉いんだよ。だからよ、ちょっと殺し合おうゼ?」みたいな感じでも問題ない。どんな鬼札が切られても対応できる最強のジョーカー、それが、それこそがマーティンだ!
「クリエ? 考え事するときに独り言になるのやめよう? あと、僕の扱いちょっと酷すぎるからね?」
「おおう。どっから聞こえてた?」
「めでたく方向性をってとこから」
「ならば良し」
「ええ……その前は何を考えてたのさ……」
「大丈夫。そこはマーティンのことじゃないから」
こっちにジト目を向けながら、まったくもう、とでも言いたげに溜息をつくマーティン。こういうのがいちいち絵になるからズルいんだよなあこいつ。育ちか? 育ちの良さなのか? 俺も実家の太さじゃ負けないはずだけど、貴族的な教養とか素養なんか皆無だからなあ……。
「僕のことを考え始めたあたりから、わざわざ聞かせたんでしょ」
「はっはっは。何のことやら」
「まったく……。でも確かに『わかりやすい強さ』を見せなきゃいけないかもっていうことだったら、僕のほうが適任だね」
そうなんだよなあ。マーティンみたいに剣士とかの近接戦闘型だと、自分の力と技の結果がこの通りですっていうのが伝わりやすいんだけど、弓だとよっぽどの剛弓を引いて岩でも貫いてみせないと「凄い」と思ってもらえないんだよなあ。
ましてや俺の場合は剛弓を引けるわけじゃなくて精霊魔法で威力を加えてて、なんなら奥の手となったら毒だし。前者はよほどの身内じゃない限りホイホイ見せたくないし、後者は身内に見せてもウケが悪い。
「俺の強さは卑劣だからなあ。まさか力を見せろとか言われて毒矢を持ち出すわけにもいかないし。せめて絶対に遺恨を残さないって保証があるなら……って、魔族に効く毒とか知らんな……」
「ハーフだったら人に効くやつでも効果あるんじゃない?」
「楽観的に考えればなー。悲観的なやつだと、人に効く毒も魔族に効く毒も効果がないかもしれん」
「そっか。そういう可能性がないとも言えないね」
「まあそういうわけでマーティン、お願いしても?」
「仕方がないね。任されたよ」
翌日、冒険者ギルドでハウエル父娘との顔合わせをすませたあと、僕は魔族とのハーフであるディーレさんのヘルパーに付くために迷宮へ。クリエはというと父親のダニーさんにいろいろと訊きたいことがあるらしく、僕らが迷宮に入る手続きを済ませた頃には、ダニーさんともどもギルドから姿を消していた。
「改めてよろしく。これからディーレさんのヘルパーを務めさせてもらうマーティン・ラーションです」
「あ……こちらこそ……よろしくです……」
話に聞いてた以上に覇気というか元気がなくて心配になるけど、相当な重量がありそうな両刃の大斧を背負っていても、彼女の足取りにブレは感じられない。瘴気を取り込めずにいる魔族を人間に例えると、風邪をひどくこじらせて満足に立っていられない状態とか、真っすぐ歩けないほどに泥酔したような感覚らしいので、そんな状態でこの足取りでいられるというのは、本当に凄いことだと思う。
あんまり喋らせちゃ悪いのかなと思って黙々と迷宮に向かっていたら、ディーレさんのほうから話しかけてくれた。
「あの……マーティンさんは……剣士……?」
「そうだね。最近はいろんな武器にも挑戦してみてるんだけど、いちばん自信があるのは剣かな」
「あたし……剣も……覚えたくて……」
「僕で良ければ教えるよ。というか僕も、ディーレさんみたいに斧を使えるようになりたいんだ。もし迷宮に入ってディーレさんが元気になれたら、斧を教えてもらっても?」
「あ、あたし……が?」
あれ。困らせちゃったかな。そういえば僕も、クリエから教えてっていわれたときには、僕なんかでいいのかな?ってちょっとだけ悩んだっけ。
「あー……ディーレさんを困らせてまで、無理に教わるつもりでもないんだ。ディーレさんが嫌だったら、はっきりそう言ってくれて大丈夫だよ」
「いえ……あたしでいいんなら……」
「ありがとう嬉しいな。でも、迷宮の中でちゃんと元気が出たら、だからね。」
「うん……」
生粋の魔族だというディーレさんのお母さんは迷宮に入ると元気が出たらしいけど、辛そうにしてるディーレさんのことを思うと、どうかディーレさんもお母さんと同じ体質であってほしいと願わずにいられない。
でも、もしダメだったとしても、クリエがなんとかしてくれるんじゃないかな。
なんてことを思ったり、もう少しだけディーレさんと雑談しているうちに、すっかり見慣れた迷宮の入り口に到着した。
「着いた……の? 扉……大きいね……」
「いちおう力試しだって言われてるらしくて、ひとりでこの扉を開けられないうちは、迷宮に挑む資格がないんだって」
「そうなの? じゃあ……やってみる……」
力試しなんていうほど重い扉でもないと思うけど、確かに子供だったり非力な人だったりが、ひとりで開けるというのは難しいのかもしれない。そういえば、非力な人が多いと聞く魔術師や治癒師の人たちはどうしてるんだろうか? 代わりに開けてくれる仲間を作れっていうことなのかな。
そしてなんの心配もしていなかったけど、ディーレさんはあっさりと扉を開けて、嬉しそうな顔でこっちを振り向いた。でもなんか、僕が開けるときよりもスムーズだった気が……。
迷宮に足を踏み入れて扉を閉じると、ディーレさんは胸いっぱいに、といった感じの深呼吸を始めた。ひょっとして瘴気って呼吸で取り込むものなのかな?
「ディーレさん、どんな感じ?」
「んー……よくわかんない……変わってない……? かも……」
「じゃあ、もう少し奥に進んでみよう」
「うん……あ、ちょっとだけ身体が軽い……? かな……?」
それが本当であって欲しいなと思いつつ足を進めていくと、ディーレさんが不意に僕に振り返った。何事かと思うまもなく、闇の向こうからかすかな足音が聞こえる。この感じはたぶん、迷宮ウサギかな。
「マーティンさん……気づくの、早いね……」
「ディーレさんに負けちゃいましたけどね」
というかディーレさん、ウサギの気配だけじゃなくて、僕がウサギに気づいた気配にも気づいてた。このところの探索で僕も迷宮の気配に少し敏感になったつもりだけど、ベテラン級のクリエにまったく及ばないのはともかく、初めて迷宮に入ったはずのディーレさんにも負けてるのはちょっとショックだ。
「わあ……弱そう……」
俊敏なステップで迫ってくる4匹の迷宮ウサギを目にして、ディーレさんがそんな事を言う。確かに強くはないんだけど、学園の騎士科にいた生徒たちの中で、この4匹と戦って無傷でいられる実力の持ち主がどれだけいるだろうか? という疑問の答えにたどり着くのに少し時間がかかってしまう程度には、弱くもない魔物だと思うんだけど。
両手で握り込んだ大斧を身体の右下に低く構えると、真っ直ぐに前を見つめたままでディーレさんは動きを止めた。ウサギの方から飛びかかってくるのを待っている。
ウサギたちが律儀に一匹ずつ順番に飛びかかってくるのに合わせて、ディーレさんの大斧がゆっくりと振るわれる。まったく力を入れたふうでもなく、ウサギの動きに斧の刃を合わせるだけで、4匹すべてのウサギがあっという間に両断された。
「凄い……」
「この斧……すごく切れ味がいいから」
それはその通りなんだろうけど、さっきのウサギ程度の勢いと体重だと、どれほど正確に刃を立てても触れただけで真っ二つにするのは無理だと思う。ディーレさんがやったのはたぶん、刃を立てた瞬間に最低限の力だけで斧を送り込むという技術だ。ほとんど力を込めていないように見えるのは、斧の重さをうまく利用してるんだろう。
あ、そういえば僕はヘルパーだった。ディーレさんの技の冴えに見とれてないで、すぐに魔石を回収しないと。
「お見事でした。素材を回収するから、ディーレさんは休憩しててね」
「そざい?」
「うん。迷宮の魔物はたいてい心臓のあたりに魔石を持ってて、角や皮なんかも売り物になるんだ。例えばこの迷宮ウサギだと――」
えっと、迷宮に入る前に打ち合わせしとくべきだったね。でも、ディーレさんが調子悪そうだったから、調子が良くなったら話そうと思ってたんだっけ。だから一応、僕のミスってほどでもないと思うけど……。
「マーティンさん? ウサギだと……何が売り物になるの?」
「ウサギだと、首から下の皮と、お肉なんだけど……真っ二つになっちゃったね」
そんな気まずい事実を伝えると、やっぱりディーレさんは「早く言ってよ……」ってがっかりしちゃった。でも、言うタイミングがなかったんだよ。ごめんね。
そのあと迷宮ウサギが出てくるたびに、ディーレさんは斧の側面で撲殺してた。なるほどそういう使い方もあるのか。勉強になるなあ。




