あのときのロマノフ
1章終わりでガルフが王都行ってる間に、ロマノフはオーダーに会ったんやろなあ……。という感じで察していただいてた部分のお話。短いです。
ガルフが王都に依頼の完了を報告しに行って間もなく、不思議な魔除けの持ち主であるクリエという少年が屋敷に訪ねてきた。
「――夜中に、森に行きたいですと?」
「ええ、ロマノフさんもお察しでしょうが、この魔除けはなかなかの訳ありなので。その種明かしをしておいたほうがいいかなと思いまして」
「ふむ。そういうことなら是非もありませぬが……なぜ『予想だと』今晩か明晩ということに?」
「えーとですね、説明しに来てくれる方に宛てて出しておいた手紙が、いつ頃届いたのかがわからないもので」
「なるほど……ずいぶんと手回しの良い……」
ガルフがクリエ少年を連れてメリヤスに到着したのは、3日前かそこらだと聞いているのだが、一体いつ頃に出した手紙なのだろうか? もしもその「来てくれる方」から「メリヤスに着いてすぐに魔除けの説明をすることになるはずだ」と言い含められていたとしても、その予見通りに物事が進まなければ、森でずっと待ちぼうけになってしまうのではないのだろうか。
筋が通っているようで簡単には腑に落ちない話だが、今日明日だというのなら少しぐらい様子を見てみればいいだろう。
了承すると、少年は翌晩に再びやってきた。
「無事に到着したようです。ロマノフさん、これから大丈夫ですか?」
「ええ、お約束した通りに予定は空けてありますゆえ。森までの護衛はお任せください」
「助かります」
少年を自分の前に乗せ、星明かりしか頼りがない野を馬で駆ける。少年が指し示す方向にひたすら進んで、森が深くなってきたところで手近な木に馬をつなぎ、歩いて森の中を進んでいく。
「この方向でよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫です。もうじき拓けた場所に出るみたいですね」
木々の葉に星明かりも閉ざされて真っ暗な森の中を、まったく足を止めることなく進んでいく少年に問えば、その足取りのごとくはっきりとした答えが返ってきた。とはいえ「みたいですね」とはどういうことなのか……。
果たして森は途切れ、隠された広場のような場所に出た。
「ではロマノフさん、これから信じがたいものを目にすると思いますが……。決して害を与えられるようなことはありませんので、なるべく冷静でいてください」
「了承いたしました」
この少年と出会ってからずっと不思議な言動が続いているが、「信じがたい」や「害を与えられる」というのは極めつけだった。しかしそうやってわざわざ口に出されずとも、星明かりすらない森の中を迷うことなく、言った通りの場所までやってきていることがすでに信じがたいのだから、これから先には余程のことが待ち受けているのだろう。
覚悟を決めたその瞬間に、その御方は星空より舞い降りた。
「ロマノフさん、ご紹介します。ドラゴンですけど……俺の母親です」
頼りない星明かりでもありありとわかるほどに、高貴な白銀の輝き。これは冒険者稼業で目にしてきた下級のドラゴンなどとはまったく違う。
ただ、気高く。
ただ、美しい。
これほどの存在と見える日が来ようとは――。
「ロマノフ殿、このような場に呼びつけたことをまずお詫びしたい。我が名はオーダー。そこなクリエの母親であり、クリエに魔除けとして我が鱗を授けた者である」
「も、申し訳ありませぬ、オーダー殿。お言葉を噛みしめる猶予を頂戴いたしたく……」
「ふむ。混乱しているとは思えぬほどに気丈な殿方じゃな。我とて別に急いてはおらぬゆえ、まずは気持ちを整えられるが良い。ロマノフ殿が落ち着くまで、我らはあたりでも眺めて待つとしよう」
「ご厚意、痛み入ります。ならばしばしのご容赦を」
「あい分かった。クリエ、この母に乗るが良い」
「うん。ではロマノフさん、またあとで」
「は……」
冒険者の端くれとして、さまざまなものを見聞きしてきたという自負があった。メリヤスの迷宮の第4階層を初踏破することで、この世の真理に近づいたのではないかという思いもあった。
しかし、齢50をいくつも超えて初めて、世界の在り方を何も知らずにいたことに気づいた。
ただ本能のままに崇める他にない、超越的な在り方でおられるあの御方に出会ったことで、この身がいかに厚顔無恥であったのかに思い至った。
冒険者としてのほんの少しの思い上がりと、冒険者として何も果たせなかったという諦念。苦さのほうが勝るそれらを噛み締めつつ、わが身はもはや朽ちていくだけだと思い極めていた。
白銀の御方から無上の使命を与った、この夜までは――。




