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 股間が軽く感じるのをすがすがしく思いながら2日ぶりにロマノフの屋敷に戻ると、生温かい雰囲気のマーティンとロマノフにおかえりを言われた。なおマーティンは騎士科伝統行事らしい「成人したら女買いに行こうぜイベント」で済ませているとのことで、この家では俺が最後までチェリーだったということになる。


 は? 俺だってマーティン生まれる前に前世でとっくに済ませてますけど? などと思えるのは非童貞転生者の余裕というかアドバンテージだなフフフ。


 おっと、そんなとこでムキになってるどこに余裕があるのかという話はそこまでだ。


 さておき、文字通りにやることやって関係者の整理も終わったので、明日からは迷宮漬けの日々だ。当面の目標としては難易度的に第2階層とそれほど差がないと言われる第3階層の攻略を目指しつつ、さまざまな償還装備の効果を確認していく作業。とくにスレイヤー的なやつの威力はゴーレム戦でわからされたので、他にもあるならぜひ確保しておきたい。


 可能であるならもちろん第4階層までさっさと攻略してしまいたいのだが、第3階層の主が数を頼みに出てくるハイオーガとゴブリンアーチャーの混成パーティだということがほぼ確定している以上、よほど強力な償還装備を手に入れるようなことがない限りは、無難にパーティの頭数を増やして挑みたいという目論見がある。


 頭数を増やすというのは「的の分散でリスクを減らしたい」というだけのことなので、パーティに加えるのはCランク以上で適正な実力を持っていれば誰でもいい。ただし、俺とマーティンが無双しなきゃいけない展開になったときに、その実力について口止めをお願いすることになるというめんどくさい事情があるので、人選の手間がかかりそうなギルドを通しての臨時募集は避けたいところ。


「ガルフに声をかけてみてはいかがですかな?」

「それ真っ先に考えたんだけど、あのおっさん有名人だからなー。『どうしたどうした迷宮から足を洗ったAランク冒険者が、何しにメリヤスに来たんだ』とかいって目立ちそうで」

「こないだのロマノフさんとギルド長みたいに、夜中にこっそり、階層主だけっていう手は?」


 なるほどそういう手もあるか。ていうかそれなら、またロマノフとギルド長でいいじゃんっていうことに?


「むしろお願いしたいぐらいです」


 そう思ってロマノフに視線を向けただけで、満面の微笑とともにがっつり食いつかれた。こないだをきっかけに昔の血が騒いでるんだろうか。


「んじゃアテが外れたらそれでいこう。とりあえずはミックさんに頼んでみようかなと思ってて。あの人なんか口が堅そうだし、昇格してなきゃBランクでちょうどいいし」

「ミックさんって、クリエが盗賊エルフと戦ったときの?」

「そそ。器用な人っぽかったから、いくらか無理を頼んでもどうにかしてくれるかなって。まあそれも5年前から変わってなければだけど」

「ギルドに指名依頼を出してもらうのって、強制力はあるの?」

「ないんだよなあ。ミックさんがまだこの辺にいるとして、メリヤスで見かけないっていうことは、迷宮探索から距離を取ってる可能性もあるし。そのへんは不安」

「ほっほ。いざとなれば我々がいるではありませんか」


 ロマノフお前、ミックさんに断られてしまえばいいのにとか思ってるだろ。そういうのよくないぞ。



 ざっとした話し合いを終えてから明日の探索で迷宮内に持ち込む装備のチェックをしていたら、どうせならこれも持っていきたいという装備があまりにも多すぎて、ヘルパーというかポーターが欲しい問題が勃発した。初代ヘルパーとその見習いが組むパーティなのにヘルパーが足りないって凄いな。哲学だな。


「ろーく。……あれもこれもやりたいってなると、やっぱり2人じゃ困るもんだなあ。なーな」


 庭で7回目のブラストアローを空撃ちしつつ、隣で火のエンチャントに挑戦しているマーティンに愚痴ってみる。いまやっているのは新装備の耐久力チェックで、第1階層の主でおなじみの迷宮アラシシの革から作った新兵器のグローブを使い潰すまでに、ブラストアローを何発撃てるのかを確認中だ。ちなみに懇意にしている防具屋でいつも買ってた迷宮ウサギのグローブだと5発が限界。


「ミックさんに連絡がつくといいんじゃない?」

「いちおう期待はしてるけど、あの人あんまり体力タイプって感じじゃないんだよなあ」

「でもBランクなんでしょ? 重い荷物を持つだけなら大丈夫なんじゃないかな?」

「まあ2人よりは確実にマシだよな。ミックさん一人に全部の装備を持たせるわけでもないし」

「だよね。……うーん、鉄に火を点けるのって、どうすればいいのかな……」


 炎という象徴的なものはよほど事象をイメージしやすいのか、この世界で魔術師と呼ばれる連中が使いこなすのはたいてい炎を扱う魔法だし、マーティンが最初に精霊から力を借りられたのも火を灯す精霊魔法だった。その流れでまずは火精霊とどんどん仲良うくなろうということで、手っ取り早くエンチャントに挑戦させてみてるんだけど、さすがの天才マーティンも苦戦しているらしい。


 この機会に俺も火のエンチャントを手札に加えようと思っていて、自分でやるならこんな感じかなというイメージはできているのだが、実体験として「モノにできない時間が長いほど精霊と仲良くなれる」ような感覚があるので、アラシシグローブの検証が終わるまでは助け舟を出さないようにしてる。


 なんかこいつ、ヒントを与えたらすぐモノにしちゃいそうだし。なんならヒント与えないでもそのうち絶対モノにするし。そんでもって苦労が少ない割に精霊にはがっつり好かれたりしてそうだし。爆発しろ。


 ところでそろそろブラストアロー20発めなんですけど。凄いっすね迷宮アラシシさんの革。素材持ち込みにしても完成品の兎グローブを買う以上の加工代がかかるけど、すでに4倍長持ちしてるからこれはお得。第1階層のボスは毎回アラシシさんでお願いしたい。


 結局ブラストアロー30発まで猪グローブは耐えた。すげえ。


 あと驚愕の事実として、すごく微妙な再生能力っぽいものを感じる。これは俺が推測している「この世界には【万物のもと】のようなものがあり、おそらくマナがその存在」というのをある程度裏付ける事象で、たぶんアラシシの革そのものに組織を修復する機能があり、そのために必要な物質を大気中のマナから取り入れることで「自動修復」みたいなことになっているのだと想像する。


 トカゲのしっぽみたいに「命ある身体」から切り離されても機械的な運動を行うものがあるんだから、生きてるみたいな革が存在するぐらいは、まあ。


 生きてる革とかキモいし怖いけど。そんなんあるか?と思ったところで、目の前にあるんだし。



「それでは、マーティンくんも苦労しているようなので、【竜の知恵】の講義のお時間です」

「待ってたよ!」

「どうせ成功すればわかることだから黙ってましたが、剣に火をエンチャントしても今はまだ使えません」

「それって……剣が熱くて持てなくなるから?」

「正解! さすがマーティンくん!」


 察しのいい生徒を手放しで褒めたつもりなんだけど、肝心の生徒からは久しぶりのジト目を返されてる。なぜだ。


「じゃあどうしてエンチャントの練習をさせるのさ……」

「いやだから、今は使えないだけで、将来的には使えるかもしれないでしょ」

「なるほど」

「あとナイフとかダガーとかを投げるとか」

「え? じゃあひょっとしてクリエみたいに弓矢だったら?」

「まあ今すぐにできんこともない。やったことないけどたぶん」

「ずるいなあ……」


 え? そこいつもなら「やっぱりクリエは凄いなあ」じゃないの? ひょっとしてエンチャントがちっともできない経験って、天才から余裕を奪っちゃう感じ?


 まあ、友達として素直に甘えた感じのこと言ってくれてるんだろうな。ういやつめ。


「それでは一緒にやってみましょう。成功すると芝が燃えちゃうからこの土の上で」

「はい、クリエ先生」

「まずは『火とは何か?』ということから説明します。火という事象はたいていの場合、ものすごく熱いものと燃えるものの組み合わせで発生します」

「うーん?」

「例えば剣を石にぶつけると火花が出るでしょ? あの火花って、実はすごく温度が高い」

「そうなんだ」

「なので、火花の温度が下がる前に枯れ草だとか燃えやすいものに当たれば、火がついたりする」

「なるほど」

「で、魔法の場合はその『燃えやすいもの』がどこにあるかというと、空気中のマナにある」

「魔術師の魔法も僕の火精霊の魔法も、どっちもマナを燃やしているってこと?」

「そうそう。精霊魔法だと火精霊たちにお願いするだけでいいけど、魔術師の魔法はたぶん、マナを使って火花を起こしてるんじゃないかな……。実際に見たことはないから、これは俺の推測だけど」

「精霊魔法でも、魔術師みたいに相手に飛んでいく炎って作れるの?」

「見たことないから比較できないけど、飛ばすだけならできないこともない。よく見ててね」


『このへんからあのへんまで、これぐらいの炎の道を作ってくれ』


 だいたい10cmぐらいの幅の炎をイメージして火精霊に伝えると、空中に一瞬だけ炎が走り、すぐに消えた。魔術師がどんな炎を生み出すのかは知らないけど、炎の規模を指定する限りは、だいたい似たようなものになるんじゃないだろうか。


「……すごい」

「いや、これぐらいならマーティンにももうできると思うんだけど」

「エンチャントができないのに?」

「こっちは『これぐらいの火であのへんまで燃やして』って火精霊に頼むだけだから。試しに『剣の先にちょっとだけ火をつけて』って感じでやってみれば?」


 半信半疑で剣を構えて、静かに目を閉じるマーティン。そこまで集中せんでもって思うけど、慣れるまではまあそんな感じになるよな。俺もそうやっててオーダーに笑われたから、わかるわかる。


『――。』


 マーティンがなんかボソッと言った瞬間に、剣先に一瞬だけ火が灯った。


「できた……」

「できただろ? こんな感じで『自分の近くからあそこまで』みたいなのはそれほど難しくない」

「えーと……燃やし続けるのが難しいってこと?」

「それも精霊に与える自分のマナが続く限りは難しくないかな。えーと、『ちゃんと効くエンチャント』っていうのは、炎で剣を炙るわけじゃないってこと」


 見せたほうが早いので、迷宮鉄製の矢を地面に置いて『矢を熱してくれ』とエンチャントをかける。


「いまこの矢に火のエンチャントと言えるものをかけたんだけど、手を近づけてみ?」

「うわっ……! すごく熱いね!」

「こういうのは『火を出せ』じゃなくて『熱くして』でいいんだよ」

「そうか……燃やして火を出すんじゃなくて、熱くするのが大事なんだ」

「そういうこと。で、この矢の下に枯れ草を置いて同じことをすると……」


 矢に熱が通った瞬間に、枯れ草が一気に燃え上がる。たしか新聞紙なんかが300度らへんで発火するはずだから、枯れ草が一気に燃えたこの感じだと、矢は500度ぐらいになってるんだろうか。


「なるほど……燃えるものがあれば火が付くんだね……。火という形にならなくても、火と同じかそれ以上の熱さになればいいんだ……」


 熱について理解した天才が、すごい勢いでエンチャントの本質を飲み込み始めた。これもう正解にたどり着いちゃうかな。


「てことはさ、クリエ――」


 ほら来た。分厚い革の篭手でも使うか? 剣の柄に燃えにくいものでも巻くか? 正解ってのはそういうことじゃないけど、大丈夫か?


「――斬る瞬間にだけ、熱を通せばいいんだね?」


 はい正解。これだから天才は……。


「まあそういうことになるかな。その際に便利なのが、この矢みたいな迷宮鉄の武器。迷宮鉄の装備は砥げなくてナマクラだけど、頑丈で熱にも強いから火のエンチャントとの相性がいいんだ」

「えっとそれは……刃が曲がりにくいってこと?」


 はいまた正解。銅剣だの鉄剣だのに高熱を通すと、金属の組成が変わって刃はメチャクチャになる。うまいこと400度ぐらいの温度にコントロールできれば鉄ならイケるのかもしれないけど、火精霊に具体的な温度を伝えるのは俺でも無理なので、そういうことができるとすれば、後世の天才に託すしかない。


 それはさておき迷宮鉄だ。この異世界物質はそのへんの鍛冶師じゃ溶かせないほどに融点が高く、なおかつ硬い。さらには迷宮鉄同士でがんばって砥いでみても、砥ぐ端から刃がぼろぼろになるという難儀な性質も持っている。聞きかじりの地球知識で理解しようとするなら、ものすごく性格の悪い形状記憶合金といった感じ。砥ぐ端から刃がおかしくなるのは、たぶん砥ぐ際の摩擦熱で変態点に達してて、もとのナマクラに戻ろうとしてるとかそういう感じの。


 実際に矢に熱を通した感じ、鏃の部分が特に鈍くなっている印象はない。まあ剣でもって切れ味ということなら、熱を通す前と熱を通したあとでマーティンに試し斬りをしてもらえば一発解決だろう。


「というわけで、この剣の試し斬りをお願いしたい」

「任されたよ」


 気安い調子で試し斬りという名の薪割りに挑むマーティン。薪割り姿が堂に入ってきたな……。


 何本かの薪を割って感覚を覚えてもらったところで、剣に熱を通してから水の中に放り込み、持てる程度に冷えたところで再び薪を割ってもらう。


「どうだった?」

「うーん、とくに変わった感じはないと思うよ」

「マジか」


 まさか明日にでも火のエンチャントが必要になったりしないだろうし、ものすごく熱いナマクラで斬ってなんか劇的な効果があるのかっていう疑問もあるけど。ゴミだと思われてた迷宮鉄の武器に使いみちがあるかもしれないというだけで、手札が増えたと言えるのかもしれない。


 違う言い方をすれば、検証する手間がまた増えたともいう。

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