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サラさんに童貞を捧げる回。ラブシーンとかじゃれ合いとか爆発しろ勢は読み飛ばし推奨。

 冒険者になったばかりのマーティンっていう子と慌ただしく迷宮に潜ったと思ったら、その翌日からクリ坊はギルドに顔を出さなくなっちまった。しばらくギルドの仕事を休むという言伝はあったらしいんだけど、これはやっぱり、アタシが避けられてんのかねえ……。


 あの子があんまり余裕あるもんだから、正直ちょっと意地になって迫っちまったけど、あんなことされりゃあ逃げちまうのも当然だ。アタシはいったい何を焦ってんだか。


 ジャックがいなくなって6年か。操を立ててるつもりなんざとっくにないけどさ、失ったことを認めるのにはやっぱり時間がかかるもんだよ。それでもどうにかアタシが立ち直れたのは、クリ坊、アンタがいてくれたからだ。弟みたいなくせにやたらとしっかりしてて、生意気にアタシのことを慰めたりしてさ。


 アタシはたぶん……もう失いたくなかったんだろうね。


 そんな自分のワガママだけでクリ坊を囲い込もうとして、変な感じにムキになって。バカだねえ。月のモンがアレな時期だったからって、言い訳にもなりゃしないよ。


 余裕ぶってからかうんじゃなくてさ、「これからも死なずに一緒にいてくれ」って、素直にそう言えば良かったじゃないか。


 でもさ、あの子は冒険者なんだ。そのうちあの子もきっと、アタシを置いて危険な冒険に臨む。


 そしたらさ、きっとまた、いつかいなくなっちまうに決まってるじゃないか……。



 失うってのはさ、ほんとに辛いんだよ……。



 やっぱり、未練がましくこの職場にいるのは良くないねえ。こんなとこ、冒険者しかいやしなくて当然なんだからさ。


 いっそアタシがここをやめれば、クリ坊もギルドに戻ってこれるのかもしれないね。





「お久しぶりです、サラさん」

「クリ坊……?」

「ん? どうしました?」

「い、いや、なんでもないよ」


 この感じ、まったくいつものクリ坊じゃないか。良かった……アタシを避けてたんじゃなかったんだね。


 なんて安心するのは早いか。この子は感情を隠すのがうまいんだから。


 それよりもアタシを見るクリ坊の表情……これは完全に「なんでもないことはないですよね?」って言ってるね。自分は隠すくせに、アタシの隠し事は許さないって、ひどい話だよ。


 そんでアタシが弱ってるときにはすぐ気づいて「大丈夫ですよ」とか「ご飯食べに行きましょう」って気を回してさ、そんなの……手放したくなくなるに決まってるじゃないか。


「……アタシが調子に乗ったからさ、避けられてんじゃないかって思ってたんだよ」

「ははは。ないない。もっと自分に自信を持ちましょうね。ちょっとパーティの予定立てるのに忙しくて、ヘルパーやってる余裕がなかっただけですよ」

「ふぅん。マーティンって子と正式に組むのかい?」

「そういうことになりました。先週から一緒に住んでますし」

「一緒にって……ロマノフ屋敷に?」

「ロマノフ屋敷に、です。いちおうギルドでヘルパー見習いを始めるってことで」

「それ、ロマノフがねじ込んだのかい?」

「いろいろあって、ギルド長に頼みました」


 この子はどうしてこういっつもいっつも、アタシらの頭越しにとんでもないことを決めてんだろうね? いつの間にギルド長と話をつけたのさ。確かにいっつも暇そうにしてるけどさ、あのオヤジ。


「まあそのへんの話も含めてですね、サラさん」

「おや、話してくれるのかい?」

「サラさんの家でご飯食べながらってことでどうですか? もちろん泊まりで」


 了承したのは間違いないんだけど、自分がどんな返事をしたのかが思い出せないなんて初めてだよ。さっさと他の職員に受付を押しつけて、備品整理に回ったのは我ながらファインプレーだったね。


 あんなにドキドキさせられて、受付なんかできるわけないじゃないか。



 手料理ってのも考えたけど、あの子が気を使う姿がすぐに目に浮かぶ。だから、一緒によく行った店や屋台で、あの子の好物を買い込んどいた。積み重ねてきた歴史の勝利って感じで、意外といい気分だ。


 約束の時間が近づいてきて居間と寝室の鏡台の前を行ったり来たりしてるうちに、ちょっと早めの時間に扉がノックされて、なんだか救われたような気分がする。


「いらっしゃい。早かったね?」

「待ちきれなくて早めに来ちゃいました。はいこれお花」

「……ククッ。粋なことするじゃないか。もうちょいムードってもんを大事にしてくれれば、満点だったねえ」

「まあまあ、つかみってことで」


 あんまり緊張しない子だと知ってはいるけど、それにしても随分と手慣れてるねえ。マーティンって子はモテそうだったから、いろいろ教わってきたんだろうか。


 先にくつろいでてくれと居間に通し、花を花瓶に移し替えて持っていくと、クリ坊はちょこんとソファに腰掛けて、テーブルに並んだ料理を食い入るように見つめてた。こういうとこがカワイイんだよねえ。


「……すっごいご馳走だ。もてなされてるって感じがするなー」

「見ての通り、買ってきただけだよ?」

「いやだってこれ、何軒の店を回ってるの。しかも全部俺の好きなやつ。ありがとうサラさん。超嬉しい」


 ほら、さっそくこれだ。こっちの気遣いを簡単に掬い上げて喜んでくれるんだから、そりゃあ骨も折りたくなるってもんだよ。


「しかし俺も負けられない。ふっふっふ」


 そう言ってクリ坊がもったいぶりながら取り出したのは……え、何そのワイン。見たことない。


「サラさん、呑んだことないお酒大好きでしょ。ロマノフのコレクションから見繕ってもらってきた」

「はー、さっすがあの人は凄いもん持ってるね……20年モノなんて初めて見るよ」

「まあ、どこで作られたのか、ロマノフでもわかんないんだけど」

「うん……聞いたこともない酒蔵だね……。って、今日のこと、ロマノフに言ったのかい!?」

「そりゃまあ外泊だし」


 あちゃー。クリ坊に手を出したらそのへんがめんどくさいなとは思ってたけど、まさか堂々と言っちゃったか。次にロマノフと顔を合わせるときが気まずいねえ……。


「隠してたって、そのうちどうせバレるでしょ」

「まあ、そりゃそうだろうけどさ。恥ずかしいもんは恥ずかしいじゃないか」


 クリエとロマノフは血縁者じゃないとはいえ、いちおう保護者だからね。「お宅の息子さんといたしましたー」っていうのは、やっぱりバツが悪いよ。


「でさ……このタイミングまできてアレだけど……。クリエはアタシでいいのかい?」


 自分でも野暮なことを言ってると思うんだけど、これはクリエに訊いてるんじゃない。アタシが踏ん切りをつける理由を、クリエに作って欲しいだけなんだ。


「そこはちゃんと考えたから大丈夫。サラさんでいいんじゃなくて、サラさんがいいんだよ」

「そうかい……ありがとね、クリエ……」


 嬉しさと愛おしさで胸がいっぱいになってクリエの膝に手を置いたら、肩に手を回してきて抱き寄せられた。優しい微笑を湛えたクリエが顔を寄せてきて、アタシの頬と額に軽く唇を当てる。その感触のくすぐったさに幸せを感じながら目を閉じると、優しくそっと唇を塞がれた。





 じゃれ合いながら呑んで食べてを楽しんだあと、雰囲気が落ち着いたところでこれだけは用意しておきたかった【誓約の秘薬】を取り出すと、クリエは目を丸くして驚いたあと、しばらく考え込んでいた。


「……重い女だと思うかい?」

「いや、どっちかっていうと堅いっていうか真面目っていうか……」

「アタシがさ、自分を信用できないんだよ。クリエを縛るつもりがなくても、きっとヤキモチは焼くし、調子に乗ってワガママも言っちまうんだろうなって」

「だからって、なにも誓約の秘薬まで使わんでも……」

「ククッ。アタシなりの真心ってことだろ?」


 誓約の秘薬を飲めば、効果があるうちに約束したことのすべてを裏切れない。だから、何があってもクリエの負担や重荷にならないことを誓うつもりだ。そうすれば、たとえいつかクリエに捨てられるようなことがあったとしても、アタシはクリエに迷惑をかけずにすむ。そりゃまあ、心じゃ恨むんだろうけどね。


「しかしまあ、そういうことなら……」

「納得してくれたかい?」

「いや、納得してほしいのはサラさんの方にかな。それで誓約の内容は『クリエの秘密を口外しない』に変えてもらっていい?」

「うん? それでいいなら別に構いやしないけど」


 クリエに秘密なんかいくらでもあると思っちゃいたけど、打ち明けられるなんて期待してなかったから、アタシとしてはむしろ願ったり叶ったりだ。


「重い男だぞ? 覚悟はいいか?」

「なんだいその口調は。アンタがどんなんでも、アタシは受け止めてみせるさ」

「そうか。実は俺はここじゃない別の世界で40年生きてた記憶があって、いわゆる転生者なんだ。俺を育ててくれたのはイクイリウムに住んでるオーダーっていうプラチナドラゴンで、オーダーのことはロマノフとギルド長とマーティンだけが知ってる。転生者だっていうのはいまサラさんにだけ教えた秘密だ。他にもいまギルド長を巻き込んで計画してる迷宮攻略のあれこれがあるんだけど、そのへんも後でちゃんと説明する」

「は? え? え!?」

「そんで別の世界ではそこそこモテたので、とっくに童貞は卒業ずみ。だけどこの世界ではまだ誰とも経験したことがないから、サラさんに清い身体を捧げるのは本当。つまりこないだ言った『精神的には童貞ちゃうわ』ってのはそういうこと。まとめると、これからサラさんが相手をするのは、別の世界の40男が身につけたテクニックと、この世界ではやりたい盛りの15歳のスタミナを兼ね備えている。つまり?」


 アタシが呆気にとられているうちに、クリエは手際よくアタシの服を脱がせてベッドに横たえる。


「朝が来てもサラさんを寝かせる気はありません。それではよろしくお願いします」

「え……? ちょっ……!」


 そのあとメチャクチャにされた。なんだろうね、女に生まれたことをこれほど後悔したことはないし、女に生まれて良かったとも思ったし。アタシは朝まで何をされてたんだろうね……。

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