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03

 起きたらよくわからないものがいた。カメのアレの着ぐるみ自体は文句なしにかわいいんだが、口のところからオーダーのシャープでカッコいい白銀の頭がにゅっと生えてる。


『……正直に言っていいのだぞ、クリエ』

『おはようママ。思ってたのとなんか違うけど、それはそれでアリ』

『そうか。あんまりにも微妙な表情をしているものだから、心配したではないか』

『たぶん慣れるにつれてどんどんアリっていうか、むしろ良いのでは?ってなると思う』

『ふむ。性癖というのは深いものだな』


 およそ0歳児とその母親の会話ではないが、フランクになんでも話せる母親(シングルマザーで小説家、美人で眼鏡でタバコを吸う)みたいな存在に憧れていたので、気恥ずかしいながらもこれはこれで楽しい。さておき、今日も張り切ってこの世界のお勉強である。


 このお勉強、ラノベ好きだった生前にさんざん読まされた設定パートみたいなもんで、よほど設定重視の匂いがする作品ではない限り「はいはいテンプレ。だるいからパス」って読み飛ばしがち。冒頭から読み始めて「交通事故」が出てきてそれが単独事故なら50行ぐらい飛ばして、「神様」が出てきて「女神」だったらまた50行ぐらい飛ばして、「魔王」が見えたらまた50行飛ばし、「スキル」「チート」「テンプレ」まで確認できたら、いっそ次の節まで飛ばしていいというのが俺のルール。そしてそれでたいてい困らない。


 次の節に飛んで「ステータスオープン」とか言い始めるとダルさ絶頂だが、そんだけしつこくやる場合はステやスキルが物語に大きな意味を与えたりするので、そこはもう腹をくくって読むしかない。


 で、俺の場合はまさに「交通事故」だったしオーダーとの会話で「魔王」も「スキル」も「チート」も出たので、いつもの作法なら50行どころか次の節、なんなら章ごとすっ飛ばしたい。しかし悲しいかな自分のことになると話はまったく別で、たいていの転生モノで最大のチートチャンスである幼少時の貴重なこの時間を、すっ飛ばすなどという乱暴なことができるわけがない。どうやらこの世界は才能に努力を上乗せするのが最大級のチートのようだし、肉体を鍛えられない期間は知識チートを積み上げるのが最大効率のはずだ。


 なるべく余計な知識を持たずに新鮮な異世界ライフを楽しみたいのは山々だが、なんの備えもなく飛び出したいわけでもない。すでに前世で40年ぶんの知識チートを積んだ立派なチーターが、プラス10年ぶんぐらいの知識チートを積み上げるだけのことだ。そもそもこの世界への転生が許された時点で、公式公認のチーターだろうなと開き直っていいんだろうし。


 とかそんな事を考えてたら、オーダーがすちゃっと眼鏡を取り出してカメの着ぐるみの目にかけた。いやいや、着ぐるみの口のとこから本体の頭が出てんのに、わざわざそっちにつけるんかい。


『ではクリエよ、この母になんでも問うが良い』

『まさかコノハハに慣れてきて、むしろ良きとか思う日が来るとはな……』

『お前が心配していた、勇者となって魔王を倒すのじゃ!という世界ではないからなあ』

『そういやそうだった。で、今日はまさにその魔王と、あと魔族と、ついでに魔物とかいるならそのへんを訊きたいかな』

『うむ。この世界の魔族は瘴気を好み、瘴気を撒き散らして空気を汚染するタイプのやつで、人間を含むほとんどの種族と相容れぬ存在だ。魔族たちも瘴気に覆われた広大な領土を持ち、そのなかにいくつかの王国が存在する。魔王とは単にそういった魔族の国の王という意味合いでしかない』

『なるほど。魔族は領土の拡大を狙ってたり?』

『魔族の総意ではないが、人間や他種族たちの領分を侵そうという魔王もいる。そういった魔族と戦うために、冒険者や騎士団が存在する』

『冒険者キター。ダンジョンは? 冒険者ギルドは? やっぱ冒険者ランクとか?』

『ダンジョンあり、ギルドあり、ランクありのスタンダードなやつだ。レベルや経験値という概念はないので、冒険者ランクは強さや信頼の目安ということになる』


 ニヤニヤが止まらん。いい異世界に来たなあ……。冒険者、冒険者かあ。やっぱ冒険者だよなあ。


『冒険者に、俺はなる。ていうかなりたい。なってもいい?』

『そう言うだろうと思っていたから止めはせん。しかし、やるからには全戦全勝全殺しで頼むぞ? クリエは間違いなく規格外の冒険者になるだろうが、母の身として心配せぬ訳がないのだぞ』

『全殺すのはやはり魔物ということでよろしい?』

『よろしい。瘴気溜まりから生まれたり変異したりするやつだから、どこでも見敵必殺の全殺しが推奨されておる。放っておくと瘴気溜まりが拡大し、魔族の格好の飛び地に使われかねないという問題もある』

『瘴気溜まりタイプのシステム了解。あ……となると、興味本位で訊きたいことがあるかな』


 侵攻してくる魔族がいて、魔物がいて、瘴気溜まりで生まれたり変異したりということになると、長年ラノベを読み続けていて最高にスッキリしなかった疑問にぶち当たる。「そういうもの」で納得するしかないなって思ってたけど、まさか実際に転生して確認できる日が来ようとは。


『まず飛行タイプの魔物がいることが前提なんだけど、その場合に城とかの防空対策ってどうなってんの?』


 ああいうのほんとどうなってんの? 「主人公パーティー以外は雑魚、とくに城の騎士団はゴミ」みたいな描写のラノベで主人公たちがそのへんで気軽にワイバーンを狩ってて、「そ、そのレベルでワイバーンを……!?」っていうくだりをちょいちょい見るけど、そんなのが気軽にお城に遊びに来たら大騒ぎじゃないのか。しまいにゃ羽の生えた超強い魔族とか出てきたりするけど、主人公の登場以前にそういうのがお城に来たら、一撃で詰みだと思うんだけど。


『もっともな疑問だ。昔は実際にそういうことが気軽に起きていたのだが、人間たちが武力を高めて抵抗できるようになった結果、気軽に攻め込むと相応の反撃を受けてしまって旨味がないことを魔物も学習し、棲み分けが為されているのが現状だな』

『すっごい強い魔族とか来たら?』

『種の存亡を懸けた戦いになる。とはいえ瘴気がない場所に出てきた魔族は徹底的にデバフをかけられているようなものだから、国の最高戦力を結集して戦えば撃退できんこともないといったバランスだ』

『つまり魔族が決死の覚悟でいっぱい来て、国の戦力が貧弱だと?』

『まあその国は滅ぶな。ただしそのようなことが起きれば人間や他種族も結集しての総力戦になるのは必至で、そこまでのリスクを冒して大量の魔族が攻め込んでくるメリットがない。核兵器を持つ国が、他国にミサイルをホイホイ撃ち込まないのと似た理屈と思えばよかろう』


 なるほどわかりやすい。つまりトチ狂った魔族が現れて核ミサイルのスイッチを押せば、第何次だかわからんが異世界大戦勃発ということか。俺がこの世界に転生し、オーダーとこういう話をしているということは、魔族との戦争ルートのフラグが立ってるのかもなあ。嫌だなあ、それはすっごく嫌だ。


『母上、私に何か隠していることはありませんか?』

『なんかろくでもない想像したんだろうなというのはわかるが、この母はクリエに隠し事などせんぞ』

『そっかー。冗談で訊いてみただけだし、実はな……って言われても聞く気はなかったけど』

『わざわざ転生させられるのだから、なんらかの意味はあろうなあ。しかし手探りで一歩ずつ進んでいって、いずれその答えにたどり着きたいから、クリエは異世界転生に憧れたのではないか?』

『ぐう正解。全部誰かの掌の上で転がされてるだけかもしれないけど、少なくとも自分の意志だと思えるものに関しては、自分で選び取って生きていきたい』

『うむ。それで良いではないか。少なくともこの母だけは、いつでもお前を信じているし、お前の味方だぞ』


 やばい泣きそう。境遇チート強すぎ。なんかもうオーダーと暮らしてるこの洞窟(たぶん)から一歩も出ずに、それで今生が終わってもいいんじゃないかっていう気がする。


 でもなあ、なってみたいんだよなあ、冒険者。


『マザコンの自宅警備員っていう未来もちょっと視えたけど、初志貫徹で冒険者を志すとして……この世界の精霊ってどんな感じ? 意思疎通できるタイプのやつ?』

『ふむ? ということは、今のクリエには精霊の存在が知覚できておらんのだな。素質に恵まれたものなら、生まれてすぐに精霊の祝福を受け、精霊と言葉をかわしながら成長したりもするぞ』

『げ、精霊使いの素質がないっていう事態は想定してなかった……』

『ぼくのかんがえたさいきょうの精霊式神計画、あやうしといったところだのう。くくく』

『やめてー、厨二病が設定を書き込んだ神聖なグリモワールに土足で踏み込んでくるの、やめてー』

『クリエもすでに察しておろうが、精霊使いが相手の場合だと、精霊を式神のように使っての盗聴などはやりにくかろうな。逆もまた然りで、相手が似たようなことをやってきた場合の対抗策となるのは間違いない』

『やりたい放題やってる精霊使いとかいそうだよなあ』

『稀な才能ではあるものの、善人だけが才能に恵まれ、悪人に堕せば才能が失われるというわけでもないからのう』

『むう、なんとしても精霊使いの才能は欲しいな……』


 などと才能に不安を感じていたら、比喩ではなくいきなり視界が真っ暗になった。


『――っ! なんだこれ!? オーダー? オーダー!?』


 パニックに陥りかけた途端に、さっきまでの景色が戻ってきた。どうしたどうした?


『すまぬクリエ。驚かせすぎてしまったな』


 気持ちがすうっと落ち着くような優しい声で、オーダーが詫びてくる。ということはつまり、オーダーがなんらかの手段で目くらましをかけたということか。あ! ひょっとして!


『オーダーが闇の精霊魔法?みたいなのを使ったってこと?』

『そうだ。この通り私が精霊魔法を使えるのだから、クリエにも素質があるはずだということを伝えたかったのだが、一言断るべきだったな。怖がらせてしまった母を許してほしい』

『ほんとびっくりした……けど、全然怒ってないから大丈夫。あと思ってた以上にマザコンになりつつあるかも』

『母に助けを求めてくれるのはとても愛らしかったが、DV男性の手口そのものであったな』

『さんざん暴力を加えておいて優しくするやつな。なるほど効果ありそうって今ならわかる』


 だいぶ恵まれたエリートコースの異世界転生だと確信してるから、0歳児のくせにかなりオラオラな気分でいたと思ってたんだけどなあ……。やっぱり見知らぬ異世界っていうのは不安で、オーダーにだいぶ頼ってるんだろうなあ。


『クリエがもう少し大きくなったら、精霊が集まる森へ連れて行ってやるぞ』

『ありがとう楽しみにしてる。あとびっくりしたのとは関係なく眠いから、おやすみなさいママ』


 こう言っとかないと驚いたストレスで疲れたんだと思われるだろうけど、言ったら言ったで微妙な空気になるんだよなあ……。でも、起きてしまったことはなかったことにならないんだから、せめて自分の気持ちは伝えないと。いちばん近い距離にいる親子だからこそ、気の使い合いは大事だと思うし。


 案の定、今日のオーダーは「はうン……ッ!」ってならずに、眠りに落ちるまでただただ優しく撫で続けてくれた。ママの愛情が深すぎて、マザコンの自宅警備員っていう将来、だいぶ魅力的で捨てがたい。

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