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昨日の豚祭りもあったからなんとなく予想はしてたんだが、その後もトロルに次ぐトロルに次ぐトロルだったので、ブラストアローで瞬殺することにした。マーティンがものすごく理不尽なものを見る顔でチラチラこっちを見てくるんだけど、ブラストアローと相性が良すぎるんだからしょうがない。
人間型の魔物には脳があり、それによって知性ある行動をしているので、頭さえ吹き飛ばしてしまえば基本瞬殺だ。トロルの場合は頭部が3mもの高さにあるのが問題で、だからこそマーティンがやったように足の腱を断って転倒させるなどといった工夫が必要になる。
しかし弓矢であれば、転ばせる必要はまったくないどころか、立っていてくれたほうがむしろ都合がいい。なにしろ巨体のせいで頭部も大きく、格好の的と言える。ブラストショットに頼りがちな第2階層の攻略なんだから、換えのグローブも魔石も潤沢に用意してあるし、完全に俺のターンなのだ。
トロルが異常に湧いて集団暴走を起こすような事態だったらさすがに厄介だが、その際にマーティンやロマノフ、ギルド長と共闘したとしても、3mもの高さに的があるので射線に味方が入ってくる可能性がほとんどないというのもありがたい。これはもう「お客さん」と呼んでしまっていいだろう。
まあ、矢の回収が面倒なんだが。ちなみに2階層に入ってからは、ゴブリンアーチャーなどが使ってくる迷宮鉄製の矢を使いまわしている。迷宮鉄は基本的にナマクラなのだが、ひたすら頑丈という取り柄があるので、鏃の鋭さに欠けてもブラストアローで力任せにねじ込んでしまえる俺にとっては、こういう状況でとても重宝する武器だ。何しろ回収して半永久的に使えるのだから。
ガチでスタンピードが起きてたらどうしようかと心配したが、無事に階層主部屋までたどり着いた。装備の再チェックを済ましていると、少しだけ心配そうな表情を浮かべたロマノフが近寄ってくる。
「やはり、ゴーレムのことは調べていないのですかな?」
「うん。倒し方がわかっちゃったらつまんないでしょ」
ロマノフに冒険者のイロハを教えてもらう際に、これだけは勘弁してほしいと頼んだことに「階層主の攻略方法を教えない」というのがある。せっかくの異世界転生冒険者生活なんだから満喫したい、というただのワガママなんだが、オーダーに育ててもらっている間にも貫いてきたことだから譲れない。この世界の冒険者のレベルの低さを理解した今となっては、その思いはなおさら強まっているぐらいだ。攻略法を聞いてしまったら、俺とマーティンはそれ以上のやり方であっさり切り抜けてしまうだろうなという確信すらある。
「わかりました。しかし、師匠としてひとつだけ助言させていただきたく思います」
「……まあ、ひとつだけなら」
「ありがとうございます。『挟まれないように』気をつけてください」
挟まれないように……? なるほどちょっといい助言かもしれない。いくつか想像することはできるけど、実際に何をやってくるのかはさっぱりわからない。
でもまあロマノフが心配そうに言うぐらいだから、たぶん致命的な何かなんだろうな。地面がいきなり割れて閉じるとか、そういう初心者殺し的な。
「ありがとう。せいぜい気をつけるよ」
「ご武運を。もちろんマーティン様も」
「ありがとうございます、ロマノフさん」
3本の長剣を背負ったマーティンが丁寧に頭を下げる。相手がゴーレムの場合に剣が砕けることも予想して予備の予備まで持ち込む算段なんだが、相当重さのはずなのに動きに淀みがないのはさすがというかなんというか。
階層主部屋に足を踏み入れると、部屋の形状が円形になっていた。ローマのコロッセオってこんな感じなのかな……などと感慨にふけっていたら、対面にある大きな扉がゆっくりと開き、その奥からゴロゴロ……という重量物を転がすような音が響いてくる。
「あれが……、ゴー……レム……?」
一辺3mほどの立方体の岩の下から覗く、円柱のごとく連なった3つの石輪。ローラーを思わせるその石輪からゴロゴロと音を響かせながら、そいつは現れた。
正直舐めてた。こんなサイコロキャラメルにタイヤをつけた物体をゴーレムと呼ぶとか、なまじまともな部分が多かったせいで、この世界の設定の斜め上っぷりを心底舐めてた。この世界では車輪のついた箱のことをゴーレムと呼ぶのか……。
よくよく見たら胴体?の立方体の上にちょこんと幅1mぐらいの立方体が乗っている。ひょっとしてあれ頭なのか。ガンタ○クとかロボ○ンみたいな形状の自動人形っていう認識なのか。
呆気にとられつつもマーティンと左右に分かれ、俺は左の方へと移動しながら挨拶代わりのブラストアローを頭?に射ち込んでみる。命中時に派手に土煙は上がったものの、やはりというか粉砕するには至らず、矢を突き立てるまでが精一杯のようだ。それを受けて頭?みたいなのがゆっくりと回転して、前方に向けていた面を俺の方に巡らせてくるのが妙にイラッとくる。頭か、そこ頭ってことでいいんだな。そんでいま向けた面が顔っていう、そういうアピールか。
ゴロゴロと俺の方に向かってくるが、正直それほどのスピードはない。右手に壁を見ながら背走しつつ、2射目と3射目を頭部に当ててみるが、やはり突き立つだけで砕くには至らない。
(ん? 少しずつ差が詰まってきてるか? ひょっとしてこいつ――轢き殺すつもりか!)
全力背走してみるが、それでも差を詰められるほどの速度になっていると確信したところで、円柱のように並べられた幅広の車輪の意味を理解した。車輪同士の隙間は30cmほどしかなく、轢き殺すのにとても適した形状のローラーそのものだ。
ひとまず部屋の真ん中まで逃げようと態勢を変えたその瞬間、ゴーレムの右端あたりがストンと前に倒れ落ちて、俺を抱え込むかのように進路を塞ぐ。腕か? 腕なのかこれ?
腕?の高さは2mほど。逃げ道を塞いで確実に轢き殺すための機構だというのは確実なので、全速力で振り切って腕?より前に出て部屋の真ん中に逃げることにする。
(あれ? ひょっとして腕が迫ってきてる?)
ゴーレムを背にして右斜め前に走り抜けようと思ったら、腕が内側に折り畳まれるようにスライドしてきていて、もはや進路がない。
(――『挟まれないように』って、こういうことか!)
走る速度を落とさないまま、スライドしてくる腕に咄嗟に足をかけて壁走りを行うが、平行に数歩走るまでならともかく、さすがに2mを駆け上るのは無理だ。
『風よ!』
走る勢いが残っているうちに風精霊に下から突風を吹かせてもらい、同時にゴーレムの腕を蹴って身体を持ち上げ、ふわりとその上に乗る。パルクールで言う、ホリゾンタルウォールランとチックタックもどき+精霊魔法の組み合わせだ。蹴ったものの上にそのまま乗ったから、チックチック?
目先の窮地は脱したが、このまま乗っていれば腕が完全に畳まれた時点でゴーレムの真下に落ちてしまい、車輪に巻き込まれてジ・エンドだ。腕の上を走って部屋の中央に向かってダイブすると、その後ろを猛スピードでゴーレムが駆け抜けていった。
「クリエ!」
「大丈夫だ! マーティン、こっちに向かって走れ!」
スピードに乗ったゴーレムはすでに部屋を半周してマーティンの方に向かっているので、そのまま部屋の外周に寄っていればマーティンも俺の二の舞だ。ゴーレムの速度が段違いになっている分、もっと条件が悪い。
「見た感じそれほど小回りは利かなそうだし、スピードに乗った状態で曲がることもできなさそうだ」
「じゃあ、あいつの周りで追いかけっこしてればいいってこと?」
「そう思うんだが、腕みたいなやつが倒れて道を塞いでくるの、たぶん前後両方にもできそうなんだよな」
「ということは……壁際で急に逆回転されるとまずいね……」
一生逃げ回るしかないのなら、たしかにまずい。このゴーレムに倒された冒険者のほとんどは、逃げ回っれている間に致命打を与えられず、そのうちスタミナ切れで逃げ切れなくなるという末路を辿ったのだという想像が容易につく。
とはいえ打開策はもういくつか思いついたので、ジリ貧に追い込まれる心配はそれほどしていない。減速したゴーレムがこちらに旋回しようとしている様子を捉えつつ、反撃の一手――おそらくは決着の一手――をマーティンと打ち合わせる。
「あいつがスピードに乗る前に、こっちから近づいて仕掛けよう。一応俺も援護するけど、そっちの効果はあんまり期待しないでくれ」
「了解。僕はどうすれば?」
「今は腕みたいな部分が元の場所に戻ってて真四角の岩に見えるけど、腕になるところとの間に隙間が開いてるだろ? あそこを狙ってその剣で斬ってみてくれ。さっきみたいに腕を振り下ろしてきたら、腕の上に乗ってそのまま頭みたいなとこに登るのも簡単だから、上に乗って剣を突き立ててみてくれてもいい」
「斬れるかな?」
「たぶん。折れたらその剣が見当外れだったということで、次の手だな」
「わかった。いくね――」
なんの躊躇もなくゴーレムとの間合いを詰めていくマーティン。俺の策に厚い信頼を寄せてくれる最高の相棒の力になれることを祈りつつ、俺は大きめの魔石を握り込んで矢をつがえる。矢に込める精霊の加護はブラストアローと土精霊の力。効果があったら【ゴーレム殺し】とでも名付けよう。たぶん「ゴーレム削りじゃねえか」って突っ込まれるけど。
『射ち出せ、暴れろ』
ゴーレムの胴体?部分の中心からやや上のあたり、心臓があるとしたらそのへんか?という場所に矢が的中した瞬間、明らかにさっきまでとは異なる勢いで土煙が巻き上がり、ゴーレムがのけぞった。
おおう、マジか。『とにかく矢が刺さったとこで滅茶苦茶やってくれ』って土精霊に頼んでみたけど、効果ありじゃねーの。しかし矢の運動エネルギー自体はブラストアローと変わらないからのけぞるほどの威力じゃないと思うんだけど。ひょっとしてあいつ、痛覚あんの? それとも、マナが乱れて動きがおかしくなるとか自動人形ならではの理由?
まあ効くならいい。マーティンのゴーレムスレイヤー?が成果を上げるのかへし折れるのかを見届けるまで、あとはひたすら固定砲台に徹するだけだ。5本目の矢を射ち込む頃にはマーティンもゴーレムの足元に取り付いたが、腕を下ろしてくる様子がないのを見て、収納されたままの腕の部分を狙って長剣を振り抜いた。
「行けるよ、クリエ!」
遠くてゴーレムの腕の部分はよく見えないんだが、腕に斬りつけたマーティンの剣が弾かれたのではなく、食い込んだのでもなく、振り抜かれたのは確認できたので、行けるという言葉の意味は伝わった。そのまま腕を落としにかかるのかと思いきや、マーティンは車輪の方をめった斬りにし始める。なるほど追いかけてくるしか能がないゴーレムなら、移動のすべを奪ってしまえばいいというのは道理だ。少しでも車輪を欠けさせることができれば、この小学生の空き箱工作みたいなゴーレムは簡単に自走不能になるんじゃないかという期待が湧く。
マーティンがゴーレムの足元に集中するというのなら、俺も手を休めている理由はない。ゴーレム殺しの矢を射ち込み続けて胴体を削り、心臓だとかコアだとか、そこを潰せば息の根を止められる場所を探していく。ノミと杭で岩を削っていくのに等しい作業だが、何もしないよりはいいだろう。
そのうちにゴトンという鈍い音がして、ゴーレムの身体が傾いた。ゴーレムの右端の車輪の四分の一ほどが、マーティンによって切り取られている。車輪が多少歪になる程度に削っているのかと思ったら、ケーキを切り分けるみたいにカットするとは思わなかった。傾いてしまったことでゴーレムの他の車輪は地面から離れてしまい、どうすることもできず虚しく空転している。
どうやって車輪を露出させたのかと思ったら、腕の部分もいくらか切り落とされていて、なるほどいきなり車輪だけ削るのは無理だったんだね。やっぱりそこ邪魔だったんだねという感想が湧く。
ほぼ同じタイミングで俺の発掘作業にも手応えがあり、ゴーレムの身体に埋め込まれていた魔石のようなものが少しだけ露出する。人の胴体に見立てて心臓みたいな位置にあると予想したが、普通に立方体の中心に埋め込まれていた。
「マーティン! そいつの体の中央になんかある!」
足場にできるように数本の矢を射ち込みつつ声をかけると、マーティンは軽快に矢を踏んで駆け上り、ゴーレムの魔石?に長剣を突き立てた。
と思ったら、なんか突き込んだ剣を執拗にぐりぐりして、魔石?をほじくり出してきた。その間ずっとゴーレムの車輪が回り続けていてヒヤヒヤしたが、なんかの拍子に急激に動きが止まったので、マーティンのぐりぐりがついになんかの回路だか経路だかを断ち切ったんだろう。
でもさあ、マーティン。俺は確かに、魔物を倒したら魔石を回収するんだぞって教えたけど。
君が律儀にほじくり出してきたそれ、魔石かどうかわかんないんだよね……。ていうかたぶん、普通に壊しちゃったほうが倒すの早かった的なやつなんじゃないかなあって。




