09
食べてお茶のおかわり貰って落ち着いたところで、これから話すべきことがどうにか頭の中でまとまったが、考えておくべきことが多すぎてちょっとしたパニックだ。とりあえずは喫緊の問題から片付けていこう。
「ロマノフ、冒険者が活躍しすぎてギルドが破産することって、あり得る?」
「ふむ。支払いが滞ることならあるかもしれませんが、いつかは必ず精算されるでしょうな。まあ、迷宮と冒険者のバランスが現状のまま保たれれば……いや、もう少し冒険者が生存できれば、ですが」
「それは償還品の扱いに困るっていう理解でいいの?」
「まさに。魔物由来の肉や皮といった素材であれば一般市民でも消費できますが、償還品の恩恵を受けるのは冒険者や騎士団に限られますからな」
うーん、やっぱりそうか。今日のオーク祭りはたまたまだったのかもしれないが、そもそもメリヤスの迷宮の第2階層を探索して冒険者が得られる恩恵は償還品に偏りすぎていて、非常にバランスが悪い。
2階層で定番の魔物であるオークを倒そうがオーガを倒そうがトロルを倒そうが、実入りとなるのは魔石と償還品だ。他にもスケルトンやハイゴブリンなども現れるのだが以下同文。現状は2階層の難度が初心者殺しみたいなことになっているのと、2階層と3階層の難度がそれほど変わらないため2階層を主戦場とする冒険者が少ないという事情も手伝って、2階層由来の償還品がダブつくということには陥っていない。
償還品の武器や防具はその性能の高さから駆け出し冒険者たちの垂涎の的で、2階層由来までぐらいならギルドからの購入価格も手頃。よって誰もが何らかの償還品を手に入れて1階層の攻略に挑むのだが、せっかく手に入れた償還品のほとんどが迷宮に還されているのが現状だ。それはつまり、2階層を自在に探索できるまで生き残る冒険者が圧倒的に少ないということである。
そういった冒険者事情についてオーダーから教わっていたからこそ、俺はヘルパーという仕事を考えついたのだが、正直言ってそんなものは草の根運動もいいところだ。ヘルパーの力で命を救えた人たちも確かにいるが、たいていは心が折れて引退してしまった。なので、冒険者の減少を食い止めるのに貢献できている実感はほとんどない。
そうして駆け出し冒険者の大多数が挫折していくのに対して、第3階層以降を攻略できているベテラン冒険者はどうかというと、こちらも年々数を減らしている。
メリヤスの迷宮の最深到達階層は第5層で、そこまでたどり着いた冒険者だけがA以上のランクを与えられるのだが、いまだに第5階層の攻略は成し遂げられていない。その理由の一端は、初めて第4階層の攻略に成功し、特別にSランクの称号を持つ冒険者たちにある。すなわち、目の前にいるロマノフやギルド長たちといった、すでに迷宮探索からリタイアした世代の冒険者達だ。
「……現状を招いたのは私達の責任ではないかと自問し続けていますが、それでもなお、私達の判断が間違っていたとは思いませんよ」
「ええと、ロマノフさん、それはどういう――?」
ああそうか、冒険者科じゃないマーティンにはそのへんから説明が必要なのか。
「当時もっとも優れた冒険者と呼ばれ、最高の償還品で身を固めた私達をもってしても、その力が及ぶのは第4階層までだったのですよ。第4階層の階層主との戦いにおいて、私達はかけがえのない仲間を、その当時でもっとも優れた魔術師と治癒師を失いました。悲しみに耐え、心の傷を癒やし、それらを闘争心に換えて、新たな仲間を得て第5階層の攻略に挑みましたが……我々はまったく歯が立たなかったのです」
「そんなことが……」
「よって、我々は冒険者ギルドに進言しました。この私や死んでいった仲間の実力を圧倒的に凌駕する力を持つ冒険者たちが現れない限り、第5階層の探索は許さず、4階層の階層主戦までに留めるべきだと」
ロマノフたちの判断は間違っていない。それは第4階層の攻略を成し遂げてAランクとなった冒険者パーティのいくつかが禁を破って第5階層に挑み、そのすべてが二度と戻ってこなかったという事実が証明している。
しかし、ロマノフたちがそうやって強くなったように、より深い階層からの償還品で装備を固めていけば、少しずつでも迷宮が攻略されていくのではないかという考えも根強い。そして「可能であるなら」その考えも正しいはずだ。
ゆえに第5階層以降の探索を解禁すべきだという声が上がるのだが、現状でもっとも実入りの良い第4階層を主戦場としている冒険者たちですら失敗を犯したり不運に見舞われたりで、じわじわとその数を減らしているというのが現実だ。歴代最高の冒険者たちですら通用しなかった階層の、ほんのひとつ前を主戦場にするということは、常に命がけであって当然だろう。ついさっき経験してきた俺とマーティンの豚狩り無双とはわけが違う。
「ロマノフたちのおかげでメリヤスの冒険者たちが踏み留まれてるのは間違いないよ。でも、後続を育てるための仕組み作りに失敗してるも事実だろうな」
今のメリヤスの迷宮は、サービス終了待ったなしのネトゲのようなものだ。廃人向けのコンテンツが無理ゲーで、全体的な難度もやたらと高いせいで中間層がごっそり抜けてしまい、そのせいで興味本位で手を付ける初心者たちも先に進めない。初心者を救済して中間層を充実させつつ、最終コンテンツの難度を緩和する必要がある。
俺とマーティンならそれができると確信しているんだが、そのせいでギルドや国に取り込まれるのは絶対にごめんだ。最悪のケースとして他国と戦争でも始まろうものなら、迷宮探索そっちのけで戦争に駆り出されるというのが目に見えている。
探索は続けたい。冒険者たちも育てたい。でもギルドに、ひいては国には目をつけられたくない。となると、ギルドや他の冒険者たちの目も耳も口も塞ぐしかない――よし。
考えをまとめてロマノフとマーティンに視線を向けると、「何でも言ってくれ」みたいな顔で俺の言葉を待ってる。いいのね? 何でも言っちゃうよ?
「ロマノフの力でギルド長を抱き込んだりってできる?」
「ふむ。彼が昔のままなら難しくはないでしょうね」
「え? そんな簡単な感じ?」
ありがちな展開としてギルド長はすっかり権力に染まってて、俺らの活躍に気づいた途端に囲い込んだり国に売り込んだり、そんな感じで障害になるものと警戒してたんだが……。
「政治的な立場も長いですけど、大切な仲間を喪った怒りを忘れるような男ではないはずです。もしもそうでなくなっていたとしたら――この私が許しません」
そう言ってロマノフが発した剣呑な空気が、当時の無念さを物語っている。ロマノフだけが持つ権利であるその怒りに、俺からかけられる言葉はなにもない。
「じゃあそれについてはロマノフに任せよう。現状でギルドに協力してほしいのは、俺とマーティンが迷宮から持ち帰る戦果を目につかないように引き取ってもらうことだけど、将来的にはヘルパーの拡充も目指したい。そして俺たちの実力についての一切を秘匿すること」
「承りました。しかし……マーティン様はそれほどの?」
「たぶんロマノフの想像以上だよ。俺とマーティン……と、まだ見ぬ仲間は、間違いなくロマノフたちを超える」
俺の言葉を聞いたロマノフが目を瞠るが、もっと驚いてるのはマーティンだった。
「えっと、さすがに過大評価なんじゃないかな?」
伝説の冒険者本人を前にして「こいつが超える」とか言われれば、そういう反応になるのも当然だろうけど。残念ながらそれは自分を過小評価しすぎなんだよな。過大評価されているのは「伝説」というアップデートされていない権威の方だ。
「マーティンってさ、自分に精霊魔法の素質があるって気づいてないだろ?」
「えっ!? 僕が精霊魔法を使えるの?」
「うん。めちゃくちゃ精霊に好かれてるから、たぶんそんなに苦労しなくても使えるようになるはず」
「クリエのブラストアローみたいなのができるってこと?」
「そそ。なぜか風精霊だけに嫌われてたりしなければな」
「そっか……アレを僕が……」
そう言って何かの考えに耽り始めたマーティンの、目の色は明らかに変わっている。たぶん俺がブラストアローを使ったときから、自分の剣で同じことができたら、とか考えてたんだろうな。
そんなマーティンの様子を強張った表情で見つめていたロマノフが、ふと表情を緩め、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべる。
「クリエ様……先ほどの言葉に嘘がないことを、この老骨に確かめさせて頂けるのでしょうな?」
「ああ、明日になったらマーティンと一緒に第2階層の階層主に挑むから、ロマノフに見届けてほしい」
寂しそうな笑顔のままで静かに頷いたロマノフに、俺は弟子として言うべき言葉を続ける。
「ロマノフ、俺に冒険者のイロハを教えてくれてありがとう。ロマノフたちにとって無念さの象徴でしかない『伝説』の看板は、近いうちに俺たちが降ろさせてあげるよ。ロマノフと仲間たちの悔しさは俺たちが受け継ぎ、そして必ず晴らしてみせる」
弟子が必ずしも師を超えていくとは限らないが、俺とロマノフに限って言えば、弟子は師を超えて遙か先へと進んでいく。
ロマノフたちが命を賭して道を切り拓いたあと、この世界はただ停滞していた。20年以上もの時間をいたずらに浪費した挙げ句、道を拡げるどころか閉ざしてしまおうとしている。
それは冒険者が迷宮に立ち向かうすべをただ償還品だけに求めることからもわかるし、いまだに魔法の本質が解き明かされていないことにしてもそうだ。武器の工夫も、たとえばパチンコすらこの世界には存在していない。弓はあるのに。
俺はたぶん、閉塞した現状を打破するためにこの世界に来たんだろう。
迷宮に挑む冒険者たちに、戦い続ける勇気を与えるために。
かつてロマノフたちがそうであったように、伝説を担うために。
……そういう役割じゃないほうが気楽だったんだけどなあ。




