08
蛮族トリュフ王子の豚寄せ効果が絶大なのか、その後もほとんど迷宮オークとしか戦っていないのだが、それなりに第2階層探索の目星もついたので、もう1戦したら撤収しようということになった。
もちろんその1戦も、当たり前のようにオークなんだが……。
ひょっとしてこういうことか。俺が強力な魔物除けのお守りを持ってることで世界に歪な影響を与えてしまうのを、トリュフ王子が豚寄せの加護とかで中和してくれてる感じか。それだと迷宮アラシシに出会う回数が少なすぎるという疑問が残るが、「ぶ、豚と一緒にしないでよね! イノシシはイノシシなんだから!」みたいなプライドでトリュフ王子の魅了に耐えているのかもしれない。
……そんなことはどうでもいい。必要なのはたぶん、もはやこのパーティは第2階層の迷宮オークを狩り尽くす宿命にあるのだという割り切りだ。そしてこれだけオーク戦を重ねれば、スペシャリストならではの発見みたいなものもある。例えばオークにはけっこう個体差があって、強いやつほど体内の魔石が大きく、かつ純度も高いということや、償還品を持っていることが多いとか。そして売り物になるのはその償還品と魔石ぐらいしかないので、オークハンターを生業にするとのはうまみが薄いという実感とか。
まあ個体差がどうであれ、この蛮族王子が瞬殺してしまうわけだが。というかオークを葬るノウハウが最適化されすぎて、もはや蛮族トリュフ出荷マシーン王子と化している。どれぐらいの大きさだとどの角度でどれぐらいの力を込めれば首を飛ばせるかとか、そういうのを完全に把握していて作業感がすごい。
俺がやっていることと言えば開幕にブラインドショットを射つだけ。なんなら目くらましの必要もないんじゃないかと思い、いっぺん弓の弦だけ鳴らしてみたら、その音に反応したマーティンが弾丸のように飛び出したあと、速攻でオークに囲まれてびっくりしてたのには笑った。
まあ普通に勝ったんだけど、さすがに超怒られた。
なので今回も真面目にブラインドショットは射ったけど、あとは出荷作業を見守るだけ。
「ヒャッハー! 豚は皆殺しだー! 先頭のこいつは中型だから、これぐらいの角度でこれぐらいの力か? はい、すぱーん。首もらったー。おいおい仲間が首飛ばされてるのに突っ立ってんじゃねえよ豚野郎。おっとテメエは体がちょっと小さいな? だったら袈裟懸けにまっぷたつだ。よいしょー! お? 最後のお前はちったあ目が見えてんのか? あー、強めの個体ってやつだな? おもしれえ、お互い剣士として、存分に斬り合おうじゃねえか……」
「クリエ、うるさい!」
「あ、はい」
見守るだけで暇すぎるので、ついアテレコしてたら怒られた。そしてちっとも存分に斬り合うことなく、最後の1体も一撃で首を飛ばされて戦闘は終わった。
「まったくもう。ふざけないでって言ったじゃないか」
「すまんすまん暇だったのでつい。言い訳させてもらうと一応さっきのには意味があって」
「へえ? どんな意味があるっていうのさ」
じろりと睨みつけてくるマーティンの目が、弦だけ鳴らしたときよりも険悪な気がする。そりゃまあ怒るわな。すまんすまんハハハ。
「息を合わせて支援できるようになるために、マーティンが何を考えて、どう動くのかを予測してたんだよ」
「そう言えば確かに、僕が斬るよりも早く『すぱーん』とか『よいしょー』とか言ってたね……なんか操られてるみたいで、おかげですっごくやりにくかったよ!」
「ごめんて。もう声出さないし、いっぺん言ってみたかっただけだから」
「ホントにもうしない?」
うわー、ジト目だ。豚の返り血を浴びたイケメンが男にジト目を送るとか誰得で、需要どこだよ。
「しないしない。頭の中では続けるけど、もう口には出さない」
「頭の中でも『ヒャッハー』とかいう口調はやめてね?」
「ダメか?」
「ダメだよ」
そういうことになった。
マーティン無双でホクホクの戦果なんだが、いくらなんでも2人でこれは狩り過ぎだ。魔石はいくらでも隠せるが、オークばっかり大量に狩っていた(狩らされた)せいで償還品のドロップがやたらと多く、俺が背負っている籠からは長物の武器がはみ出しまくってて、刀狩り自慢の弁慶みたいなことになってる。ぶっちゃけ目立ってしょうがないので、ひとまずは階層ボスだった迷宮アラシシの皮をかぶせて誤魔化しているが。
「マーティン、街に戻ったらいっぺん俺の家に寄っていい?」
「いいけど、どうして?」
「さすがに2人でこの戦果は悪目立ちしちゃうんだよな」
「なるほど、冒険者の世界にもやっかみとか嫌がらせとか、そういうことがあるんだね?」
「あるある全然ある。ついでにギルドに目をつけられると政治的なアレコレとかもある」
「うん? ギルドに囲われるのなら、冒険者としてはメリットなんじゃないの?――ああそうか、最終的には国に囲われるってことだね?」
貴族らしく、マーティンは政治的な匂いにも敏感だった。メリヤスを拠点に冒険者を続けるだけなら、国やギルドに取り込まれることにそれほどデメリットはないのだが、他国にも足を伸ばして迷宮探索を続けたいなどといったときに、自由に身動きが取れなくなる可能性は極めて高い。おそらく、メリヤスの迷宮の最終階層を踏破するまでそういった自由は与えられないだろう。
「なのでいっぺん今日の戦果は隠しつつ、ちょっと今後の動きについて相談したい」
「了解したよ。わがままを言わせてもらえるなら、水を浴びさせてくれると嬉しいかな」
「おう。なんなら風呂に入ってくれてもいいぞ」
さすがに肌についた分は拭ったけど、オークの返り血まみれだもんな。なんなら着替えも用意してやろう。ああでも、俺の服を着せるとマーティンとの素材の差を思い知らされることになって無駄にダメージ受けそうだから、ロマノフの服にしないとな……。
あそこが俺の家、って屋敷を指差したら、マーティンがびっくりしてた。ちゃんと居候だってフォローしといたけど。そんであいつが……俺の、同居人……?って指差して、今度は俺がびっくりしてる。なんでロマノフが家の前で待ち構えてんの?
「お帰りなさいませ、クリエ様」
「え? なんで表に出て出迎えてんの? どうやって帰ってくるのがわかったの?」
「ほっほっほ、執事の嗜みでございます」
なーにが執事の嗜みだ。どうせ「クリエ様にお仕えするためです」とか言って、オーダーからなんか便利な精霊魔法を教えてもらったりしてたに違いない。あるいは魔道具とか。
「マーティン様でしょうか? お初にお目にかかります。クリエ様のお屋敷を取り仕切っておりますロマノフと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。マーティン・ラーションです。このたび、クリエ様とパーティを組ませていただくことになりました。本日はこのような有様での不躾な訪いとなりましたこと、お詫びいたします。ご容赦を」
「とんでもございません。魔物の返り血ごときは冒険者の正装だと、胸をお張りくださいませ」
「ご厚遇、感謝いたします」
日本語でおk。いや異世界庶民語でおk。なんだよお前ら気持ち悪いな。オトナイトナリマシタコト? なんで「訪れましたこと」じゃダメなの? 「ラビリンスのイシューをイノベーション」みたいなこと言いたがるビジネスマンなの? あとついさっき居候だってちゃんと説明しといたのに、しれっとクリエ様のお屋敷とか言うな。
「冒険者がどうこう言うんだったら、めんどくさい挨拶とかどーでもいいよ。実利重視、粗雑上等だって立派な冒険者の正装みたいなもんだろ。さっさと家の中入ろうぜー」
「ほほ。お客人をこのようなところに長居させてしまっては、たしかに失礼ですな。マーティン様、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます。お世話になります」
マーティンがロマノフに世話を焼かれてる間に、勝手知ったる自分の家ということで、さっさと風呂に入って着替えた。そういうわけで俺とマーティンの入浴シーンはない。そんでダイニングでお茶すすってたら、びしっとした執事服に身を包んだマーティンがやってきてお茶吹いた。
「似合うかな? いっぺん着てみたかったんだよね!」
「あー似合う似合う。お前に似合わない服とか、たぶんこの世界に存在しねーよ」
「むう、心がこもってないなあ」
「本業執事かってぐらい似合うのはホントだって。やっぱ姿勢がいいってのは大事だな」
「そっか、嬉しいな。実家じゃ絶対に着させてもらえなかったから、憧れてたんだよね」
「本物の貴族と執事だと、まあそうだよなあ。ロマノフなんか俺に仕えてるとかしょっちゅう言うくせに、平気で執事服を着せようとしてくるぞ? 不敬だよな?」
「いいなあ、憧れるよ」
ダメだ。地球庶民と異世界貴族の感覚が違いすぎて、話がどうにも噛み合わない。まあマーティンが執事服に素朴な憧れを持ってたのは本心だろうし、そうやって憧れるってことは、たぶん実家の執事さんたちはいい人たちだったんだろうな。
「――お茶をお持ちしました」
執事モード全開のロマノフが、やっと話がわかるやつがこの屋敷に来たとでも言わんばかりに、嬉々として給仕している。軽食代わりになるようにと配慮したようで、お茶請けの量も申し分ない。
「気が済んだらロマノフもかけてくれ。ちょっと冒険者の話がある」
「ほう、わたくしもでございますか? 学園をご卒業なさってまだ2日目だというのに、そこまで物事を進めておられるとは……。さすがはクリエ様ですな」
「いいからはよ気を済ませ」
長くて真面目な話になるなら先に小腹を満たしておこうということで、ロマノフ手製の軽食に舌鼓を打つ。アフタヌーンティーといえばきゅうりのサンドイッチと耳にしたことがあるが、異世界のお約束でこの世界のパンはまだまだ雑で硬い。なのでお茶請けにサンドイッチという文化もないのだが、軽食代わりになるものとしていくつかの地球産レシピをロマノフに伝えていて、我が家の味になっている。
「これは……よく考えられているね。軽食にぴったりだし、甘くないものを好む人へのお茶請けにもいい」
そんなレシピのひとつ、ウサギ肉のガレット巻きを食べて、マーティンが感心していた。ぶっちゃけクレープでもガレットでもどっちでもいいんだが、全粒粉で色味が悪く、卵も使っていなくて素朴な味なので、これに関してはガレットだと言い張るつもりだ。もっと見栄えがいいやつを作れるようになったらクレープと名付けたい。歴史的には同じもの? 知らんがな。
あとそこ、ケバブって言うな。ケバブは肉本体で、よく見るアレはケバブのピタパンサンドだ。
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