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06

 1階層のボス部屋に待っていたのは、銀と見紛うほどに見事な灰毛の迷宮アラシシだった。マーティンのときみたいにスケルトンだったら立ち上がる前に頭を射抜いてやろうと思っていたのに、正直アテが外れた。


 しかしまあ、想定通りでもある。マーティンが同行しているのでスケルトンの大群とかの目もあるかと期待しただけで、基本的にこの迷宮のボス部屋、わざわざ相性が悪そうなのを選んでいそうな傾向がある。永遠に狩り尽くせず、そこらじゅうでランダム湧きする魔物という時点で異世界テクノロジーにもほどがあるのに、極めつけは償還品の存在だ。確実に何らかのシステムが存在する。


 まあ、転生者を呼び込んでドラゴンに育てさせるぐらいだから、やたらとよくできた迷宮が存在するのは不思議でもなんでもない。


 ここメリヤスの迷宮に限らず、世界中の迷宮がおそらくは未踏破だというのも、この「相性が悪そうなのが出てくる」というシステムが理由なんじゃないかと睨んでいる。


 ブゴ!としか表現できない鳴き声を上げてアラシシが突っ込んでくるのをギリギリまで引きつけ、あらかじめ纏わせておいた風精霊の加護で横に大きく跳躍して避ける。これを自前の身体能力だけでかわさなきゃならないマーティンは気の毒だが、部屋に入った時点で左右に別れて位置取ったので、初撃の狙いが俺に絞られているのは確認済み。


 俺が背にしていた壁に全力疾走のアラシシが激突した振動で部屋が揺れるが、なんのダメージもなかったようにアラシシは再び俺の方に向き直ってくる。恐ろしく頑丈な体だということはよくわかった。


『この場に留まり、ヤツの目を覆ってくれ』


 魔石を握り込んで闇精霊に助力を頼み、アラシシの愚直な突進をまったく同じ要領で避ける。今度は壁から離れていたので激突を免れたアラシシだったが、待ち受けていた闇精霊に視界を奪われてブゴゴブゴゴと戸惑っている。この隙に、ダメでもともとの矢を2本同時に放つ。1本は分厚い毛皮に弾かれ、もう1本は当たりどころが良かったようでアラシシの脇腹に突き立ったが、なんのダメージも与えず、ただ俺の位置を知らせるだけに留まった。


 それを見届けたであろうマーティンに目線を送れば、「なるほど」といった感じで頷き返してきた。


 闇精霊に封じられていた視界がいくらか晴れたらしく、アラシシはしっかりと俺を見据えてゆっくりと近づいてくる。闇雲に突進しても埒が明かないことを悟り、じわじわと追い詰めて牙をねじ込もうという魂胆だろう。


 矢をつがえて構えてみるが、ノーダメージと理解しているアラシシの歩みは止まらない。目を狙われたときだけ注意すればいいという算段まで立てているかもしれない。


 俺が狙いをつけているのは、アラシシの眉間。人体では激痛が走る急所とされる部位だが、ついさっき壁に激突してもなんともなかったアラシシにとっては、避ける必要もないどころかむしろ好都合だろう。


射ち出せ(ブラスト)


 矢から指を離すと同時に手のひらで空気が爆発し、握り込んだ魔石が砕ける。同じ弓から放たれたとは思えない勢いで射ち出された矢は、アラシシの眉間を捉えてそのまま頭の中へと潜り込んだ。


 射出の瞬間に風精霊の力を借りて威力を増すのは、エルフが得意とする技術だ。5年前に戦った盗賊首領の弓の腕に圧倒されて以来、伝聞をもとに試行錯誤を重ねて、ようやくモノにした。


 別の魔石を握り直し、2矢、3矢とアラシシの頭を射抜いたところで、どう、とアラシシがその場に倒れ伏す。


 残心もそこそこにドヤ顔でマーティンに顔を向けると、驚きを通り越して真顔になってた。いやあ、ネタばらしするのが楽しみだ。


 って、1階層に迷宮アラシシなんか出ないから、マーティンに解体の仕方を教えてなかった。こんだけデカいと、きっちり素材剥ぐのめんどくさいな……。


 師匠に貰った愛用の山刀を引き抜き、まずはアラシシの頭を……って、こういうのはひょっとしてマーティンに頼めばいいのか? ソロじゃないって、素晴らしいな!



 階層を繋ぐ階段はいわゆるセーフティエリアになっているので、食事もできればたっぷりと休憩することもできる。なんなら寝泊まりだって可能だ。こういうところも謎だよなあ、異世界テクノロジー。ちなみに昨日のスケルトンに引き続き、迷宮アラシシからのドロップ品はとくになかった。階層主は2回に1回ぐらいで償還品みたいなアイテムを残すんだけど、ひょっとするとこのパーティ、ドロ運は悪いのかもしれない。


「クリエ、すっごく喋りたさそうだね?」


 街で買い込んできた弁当を食べ終えたところで、マーティンが苦笑しながらそう言った。ドヤりたくてしょうがないのが顔に出てたらしい。恥ずかしかったので「まずは褒めて褒めて」っておどけてみたら、また直球で褒められてますますなんか照れくさい。


「まあ、例によって精霊魔法なんだけど。風を爆発させて矢を押し出す【ブラストアロー】っていう、エルフの技術なんだよね」

「そんなのを手のなかで爆発させたらクリエの手が……なるほど、それ用の手袋なんだね」


 弓道では「かけ」、アーチェリーでは「グラブ」と呼ばれる手袋は、この世界ではとくに呼び名がなく、普通に厚手のグローブが使われるのが一般的だ。しかし、その程度では風を爆発させた衝撃から手を守れないので、この技を使うエルフは鹿革を重ねた手袋を使う。俺の場合は鹿革が手に入らなかったのでアラシシの革で代用しているが、今のところとくに不便は感じていない。とはいえこの技を乱発すればすぐにボロボロになってしまうので、ゆくゆくは謎の異世界素材で特注品をと夢見ている。


「クリエはどこでその技を? まさか冒険者科で習うとか?」

「習わない。話すと長くなるんだけど、聞く?」

「食事の後はしばらく昼寝するんだよね? 僕はちっとも疲れてないけど……。ゆっくりしていいのなら、聞かせてほしいかな」

「そうだなー、いい機会だから話しとこう。これは5年前にエルフと殺し合いをしたことがあって――」


 俺としてはとっておきの武勇伝なんだけど、盗賊首領のエルフの弓術よりも、ミオさんの治癒魔法の凄さのほうにがっつり食いつくマーティン。


 わかるわかる。俺もこの世界でびっくりさせられたのは、家族を除けば今んとこミオさんとお前だけだよ……。





 2階層では急激に魔物が強くなり、オーク、オーガ、トロルといったお馴染みの大型の2足歩行系の魔物がメインになる。ちなみにそれぞれ名称に「迷宮」がつく。これは迷宮に現れる魔物のほとんどが同じ地域の地上にも生息する魔物であるが、迷宮産のもののほうが遥かに強力であるために、差別化のためにそう呼ばれる。オークを倒せる冒険者と迷宮オークを倒せる冒険者とでは、圧倒的に後者のほうが格が高いのだ。


 そんな説明をしたところで、マーティンが妙にうずうずしてる。こいつ……バトルジャンキーだな?


「クリエは2階層もソロでいけるの?」

「まあ、死なないってだけなら。たぶんボスもなんとかなるんじゃないかと思うけど、リスクが高すぎるから挑んだことはない。あと死なないってだけで、稼ぎになるかというと微妙な感じ」

「それはどうして?」

「デカいモンスターばっかりだから、ブラストアローを多用する羽目になる。グローブがすぐにダメになるし、精霊魔法に頼ることも多いから魔石の消費も半端ない」

「魔法って、魔石がなくても使えるって聞いたことがあるけど?」

「使うだけならそう。体の中のマナが尽きるまでは、別に魔石がなくても問題ない。ただいつアクシデントが起きるかわからない迷宮探索で、魔石をケチって自分のマナだけで魔法を使うってのは、俺はちょっと怖いかな」

「なるほど……。ということは、クリエはいつも体の中のマナは満タンにしてるってこと?」

「なるべくそうしてる。追い込まれると魔石を取り出してる暇もなかったりするから、そういうときには自分のマナでなんとかするけど」


 家に帰るまでが遠足です、みたいな感じだけど、無事に街に帰り着くまでが迷宮探索だ。2階層と4階層のボス部屋には迷宮の入り口まで戻れる転移陣があるらしいが、今のところ2階層のボスとは無縁の俺としては、自力で帰りつけるだけの余力は常に残しておく必要がある。具体的には1階層へと続く階段にまでたどり着けば、あとは精霊魔法に頼らずともどうとでもなるので、そこまで生き延びるための手段さえあればいい。


 しかし現状ではその手段が「自前のマナが満タンであること」なのだから辛い。ここメリヤスの迷宮の2階層というのは、それほどまでに弓メインの猟師には厳しい環境なのだ。


「効率度外視でたっぷり時間をかけて償還品だけ狙うなら、それほどマナを使わずにすむんだけどな」

「えーと、どういうこと?」

「猟師には奥の手で毒というものがありましてね……」

「なるほどそれは……時間がかかりそうだね」

「毒が効くまでひたすら逃げ回るってのも、楽じゃないんだよなあ……」


 あくまでもマナを使わないというだけで、まともな探索になるかというと別の話だ。どうにかズルできないものかと、1階層への階段からそれほど離れずに魔物に出くわすのを待って、武器や防具に償還品がないのを確認したら階段に逃げ込むという作業をやってみたこともあるが、1階層で弓矢無双したほうが遥かに効率がいいという結論に達した。そして償還品は必ずしも目視できるわけではなく、鎧の内側にしまい込まれたアクセサリーだったりするので、ハズレと思って見逃したなかに実はアタリが混じってたんじゃないかとモヤモヤしてしまうのもマイナスポイントだった。


「そういうわけで、ここからはパーティ戦だ。ダメージを稼ぐのはマーティン、俺は精霊魔法でマーティンが戦いやすいようにサポートする、というのが基本形ということでどう?」

「異存なしだね。正直、そうだったらいいなあと思ってたんだ」


 静かな調子で同意するマーティンだが、なんならガッツポーズしそうなぐらいのテンションが漏れ出てる。そういえばこいつ、バトルジャンキー疑惑があったんだった。

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