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05

「まさか昨日の今日でパーティ組むなんて、クリ坊が男のほうに手が早いんだとは思わなかったよ。どうりでアタシにつれないわけだ」

「人聞きの悪い事言わないでくださいねサラさん。あと女性のほうに手が早かったとしても、昨日の昨日でいい仲になるっていうのはちょっと。俺そこそこタイミングとかムードとか気にするタイプですんで」


 マーティンと組んだパーティの登録をしようと思ったら、いきなりサラさんのセクハラがひどい。まさか昨日の今日で「嫌な思いをさせない」ってのを忘れてるとは思わないので、たぶん軽口の範疇なんだろうけど。


 あ、でも「惚れたら周りが見えなくなる」とかも言ってたなあ……。


 いやいや大丈夫、たぶん大丈夫、ずっと俺の反応見てニヤニヤしてるから、これきっと大丈夫なやつだ。


 他の冒険者に聞かれてるんじゃないかとかビクビクしながらそんなことを考えてたら、サラさんがふと優しい目になって俺の頭に手を置いてきて、わしわしと髪を撫でられた。


「仲間、見つかって良かったね。クリ坊」

「……うん。あんな王子様みたいな見た目なのに、マーティンすげえ強くて」

「だろうね。昨日の買取額を見りゃわかるよ」


 ソロのFランク冒険者にあるまじき稼ぎだったもんなあ。あんま人目につかないようにこっそり対応してもらったから他の冒険者にはバレてなさそうだけど、さすがにギルド職員には筒抜けだよなあ。


「えーと、そろそろ頭撫でるのやめてもらっていいですかね。あと今日から本職の冒険者でもって一匹のオトコなので、クリ坊呼びもやめていただけないものかと」


 「そうだねえ……」などと言いつつ名残惜しそうに手を引っ込めてくれたと思ったら、今度はふんわりと手を掴まれて、両手で包まれた。そしてサラさんが身を乗り出してきて、俺の耳元で。


「行ってらっしゃいクリエ。無事に帰ってきてね」


 たっぷりと耳に吐息を吹きかけながら、そう言った。


 まさかそんなベタなことをしてくるとは思わずまんまと不意を打たれたのと、実際に食らってみればそのあまりの破壊力の高さの両方で、すごくびっくりした。ドキドキさせられすぎて言葉が出ないので、軽く手を握り返して応えるのが精一杯だった。くそう。



「迷宮内にふさわしい話題じゃないかもしれないけど、受付の女性と仲がいいんだね?」

「あー、10歳からの付き合いだからなあ。面倒見のいいお姉さんみたいな感じかな」

「ふうん……それにしては随分と雰囲気が」


 物言いは柔らかいけど、絶対的な確信に満ちた目でこっち見んなマーティン。これだからモテ経験値が高いやつは。


「……まあ、隠すことでもないんだけど。なんていうかその、まだ正式なやつじゃなくて」

「ふうん?」

「両想いだからって必ずハッピーエンドじゃないよなって。そんな感じ」

「うん、さっぱりわかんないね」

「俺個人の勝手な思い込みの話だから、うまく説明できないんだよなー。まあ、温かく見守ってくれると嬉しい」

「うん、わかったよ」

「キリのいいところで、お仕事の時間みたいだ」


 ハッとしてあたりの気配を探り始めたマーティンの目が、向かう先の暗がりを凝視し始めた。まだ姿は見えてないのにすげえなこいつ。魔物の気配にも敏感なのかよ。


 マーティンを試す時間で少しばかり出遅れたが、まだ向こうにも気づかれたどうかは微妙なラインだ。距離に当たりをつけて魔石を握り込みつつ矢をつがえ、頭の中で『矢に宿ってしばらく光らせてくれ』と光精霊に頼み事を終えると、放つ。松明代わりの矢が闇を照らすと、どうやらまだ気づいていなかったらしい5匹の迷宮ウサギが慌ててこちらを向くのが見えた。


 続けざまに5矢を放ち、すべてのウサギを仕留める。1階層に出現する魔物はそれほど強くないので、先手さえ取れればこの通り。ただこっちに向かってくる的を射抜くだけの簡単なお仕事だ。まれに防具持ちのゴブリンだとかスケルトンだとか、狙い場所に気を使わされる相手もいるけど。


「えっ……」


 その「えっ」のあとに「ずるい」をつけたさそうな表情でマーティンが固まっていたが、すぐに今日の自分の役割を思い出したようで、いそいそと仕留めたウサギの素材剥ぎに取り掛かる。今日は俺がソロで2階層まで進むと宣言したら「じゃあ僕にヘルパーやらせてよ」と自分から言ってきたのだ。下々の苦労を買って出る金髪碧眼の王子様とか、そらモテるわな。


 きれいに皮をはいだあと、2匹ぶんの肉も背負籠に放り込んでいるのを見る限り、昨日のウサギのソテーが気に入ったらしい。わかるわかる。うまかったよなあ、アレ。腕のいい料理人がいる店を紹介してくれたの、ほんと感謝してるぞマーティン。


「なんていうのかな……いまクリエが見せてくれたたった1回の戦いだけで、大事なことに気づけた気がするよ」


 剥ぎ取りがうまくできたからなのか肉が嬉しいのか発見があったからなのか、やたらと上機嫌で籠を背負いながらマーティンがそんなことを言った。


「迷宮は狩りが半分、命がけの戦いが半分みたいなもんだからな。日々の糧のために殺し合うなら、なるべく手間がかからないほうがいい」

「うん……自分が生きなきゃいけない殺し合いって、そういうことだよね……」

「騎士ってやっぱり正々堂々とか卑怯だとか、そのへんにこだわる矜持みたいなのあるの?」

「決闘だとそうだね。でも、戦争だったらそうもいかないのかも。一騎打ちに卑怯な横槍が入った、なんていう話はいくらでもあるみたいだし」

「死んで名誉が守られ続けるならそれでいいのかもしれないけど、そんなこともないだろうしなあ」


 確かに「一騎打ちと騙して横槍を入れたので、この戦争はうちの負けでいいです」みたいな話は聞いたことがない。戦場の一局面としてはそういうこともあったりしたのかもしれないけど、戦いなんか結局は勝ったほうが正義で、卑怯な行いを許すかどうかはその外側にある大きな力であり、当事者同士ではない。たとえば核兵器を使った国を非難し、なおかつ制裁「できるとすれば」それは世界か、もっと大きな力を持つ国だけだ。


 生殺与奪に関わるモラルで悩むというのは異世界転生・転移あるあるだが、俺は「郷に入っては郷に従え。なんなら俺がルールだ」という精神でいくと転生前から決めていた痛いオタクだし、転生してからは猟師だったんだから「効率的に殺す」ことになんの禁忌もない。さすがに人が相手だとまだ自信はないが。


「ところで、さっきの光る矢って……クリエの魔法? それともそういう魔法具?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。あれは俺の精霊魔法。便利じゃろ? 凄いじゃろ? 褒めて褒めて」

「うん、あれは便利だね。凄いよ」


 キラキラした目でそう言ってくれるマーティン。期待はしてたけど、こんだけ直球で褒めてくれると超気持ちいい……。こんなん学園の女子とかイチコロだったんじゃねえの? こいつどんだけモテ力高いの。


 そんでたぶん、使おうと思えばマーティンにも使えるんだよなあ、精霊魔法。こいつ初対面のときから精霊にまとわりつかれてて、なんか神々しいオーラみたいになってるし。たぶん敏感な人にはそれが感じられて、余計に王子様感がアップしてると思う。


 次に出くわしたゴブリンは、やっぱり距離が離れているうちに闇魔法で視界を奪い、頭を射抜いて倒した。ぶっちゃけゴブリンの頭ぐらいの大きさの的なら矢を外さない自信があるので、視界を奪う必要はまったくない。こんなこともできるよ、というのをマーティンに見せるためだ。


 遠距離というアドバンテージを得られるなら、小型の魔物に対して弓矢というのは圧倒的に有利だ。正確に当てたり速射したりという技術は不可欠だが、もっとも大切なのは相手が気づく前に奇襲したり、近寄るまでの時間を稼ぐなど、アドバンテージの作り方ではないかと思う。それこそ相手が一生近づけないなら、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式でもいい。矢が無尽蔵にあれば、だけど。


「でもクリエはそのアドバンテージの作り方を確立してるんだよね? これだけ鮮やかに魔物を仕留められるのに、僕とパーティを組む意味ってあるのかな?」

「あるある。弓矢の強みって、あくまでも『小型の魔物には』なんだし。大型の魔物や目くらましで時間を稼げないような魔物が相手のときは、マーティンが体を張って止めてくれれば?――って、それはまあ、冗談だけど」


 マーティンを勝手に信用して悪ノリしてみたけど、その意図は無事に伝わったようで、マーティンもちょっとだけ悪い顔――というか不敵な表情で応えてくる。


「そのときは、クリエがまごついてる間に僕が倒しちゃうかもしれないね?」


 はははこやつめ、といった感じでどちらかともなく拳を突き出し、軽く打ち合わせる。


 よろしく頼むよ、相棒。

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