04
「えー、それでは、階層主討伐失敗を記念しまして」
「「かんぱーい」」
マーティンとジョッキを合わせる。乾杯と完敗がうまいことかかってるな?
とくに深傷でもなく脳震盪だけですんだマーティンを連れて帰還したのち、マーティンの初探索の成果を換金し終えると、俺からの提案で残念会&反省会を開くことになった。できれば個室が使えるいい感じの料理屋とかが良かったので、そこはマーティンの貴族力に頼り、満足の行く店に落ち着いて現在に至る。
「ぷはー、労働の後の一杯って、なんでこんなに沁みるんだろうなあ」
「成人して間もないのに、その言い方なんか年季入ってる感じするね!?……でも、うん……酒をうまいと思うのは初めてかもな……」
「悔しがらせるつもりじゃないんだけど、ほんとに惜しかったよマーティン」
「思い出すたびに悔しいよ。相手に感情や痛覚がないってだけで、戦っててあんなにも違和感があるものなんだね……。やっぱり人には人の、魔物には魔物の戦い方があるというのを実感できたのは、収穫かな……」
「DPS出そうとしすぎたからなあ……」
「ん? でぃーぴーえす?」
「ああ、なんていうのかな、猟師のスラングで手早く倒そうとしすぎること」
「へえ。クリエは物知りだね?」
「いや、学園に入る前は、故郷で猟師やってたんだよね」
「え? 10歳になる前から!? 凄いな、その話詳しく聞かせてよ」
「逆に俺はマーティンが何歳から剣を握ってるのかを知りたいんだが……」
DPSにはまったく反応なし……と。マーティンが転生者と確定したわけじゃないけど、単にネトゲスラングを知らないだけで、転生者じゃないと確定したわけでもない。とにかくこいつは主人公力がありすぎるので、ちょいちょい牽制を入れていかんとな。なにしろこいつは、オーダーのもとで生まれ育ち、チート級の知識と非常識を身につけたチートな俺を戦慄させた、初めての異世界人(男)なのだ。
ちなみに最初に戦慄したのは、冒険者のミオさん。あのレベルの治癒魔法が使えてDランクだったというのは、いまだに解せない。ひょっとしてこの世界、俺の育ちがチートにならん程度にポテンシャルが高いんじゃないかという疑いも持ち始めている。オーダーみたいなのがいるぐらいだし。
「ウサギのソテーでございます」
「ありがとう。エールのお代わりも頂けますか?」
「かしこまりました」
給仕が運んできたメインディッシュの肉料理は、マーティンが仕留めた迷宮ウサギ。その日に仕留めた獲物をその日の糧にできる文化は、前世でも憧れていたし今生の猟師としても好ましい。エールの追加が運ばれてくるのを待ち、再びジョッキを打ち合わせたら、いよいよ本題だ。
「マーティンに訊きたいことが山ほどあってさ」
「あはは、やっぱり僕がやってることって、普通じゃないよね?」
「血の気が多い貴族の子が迷宮に挑戦したがること自体は珍しくないんだけどな。マーティンはちょっと規格外というか、強すぎる」
「それに関しては……僕もそれなりに頑張ったからとしか」
「天才ってよく言われる?」
「まあ、それなりには……」
「例えばさ、騎士科の授業で模擬戦とかやるときって、どんな感覚? 相手がどう見える?」
「えーと、相手が何をしようとしているのかがわかる、って言えばいいのかな。それほど難しいことじゃないと思うんだけど……」
正直わかる。獲物の目つき、姿勢、息遣い、唸り声、気配、習性……そういったものを敏感に察知しながら獲物と戦い、仕留めることは師匠に叩き込まれてきた。おそらくマーティンは、視て感じる才能に優れているんだろう。
「それはつまり、相手の構えや重心で、次の動きを予測してるってこと?」
「そうそう! 話が早くて助かるなあ。こういうの、強い人だとわかってくれるんだけど……」
「いやー、猟師も獲物との戦いだから。人でも獣でも魔物でも、基本は同じってことなんだろうなあ」
「……魔物はちょっとルールが違うけどね……」
あ、軽く落ち込んだ。確かにマーティンが不覚を取ったスケルトンとか、もとになった人間とまったく同じ動きをするわけじゃないもんなあ。肉がないから超柔軟で180度開脚とか余裕だし。なんていうか、腕の振りとかムチみたいなしなやかさがあるし。さすがに関節が逆に曲がったりはしないけど。
「それで、マーティンはなんだってソロにこだわってたんだ? 単純に腕試し?」
「そうだね、それもあるけど……。しばらくパーティは組めないだろうなって思って」
「なんで?」
「ああ、ちょっと言い方を間違えた。組めないのと組みたくないのが半々かな。なんでかっていうと――」
クリエがすごくグイグイくる。学園ではずっと浮いてたから、こういうのって友達ができたみたいで嬉しいな。
パーティはもちろんいつか組みたい。だけど、学園でさんざん味わってきたようなのは嫌なんだよね。僕だけチームに引き入れれば、他の人はなにもしなくても大丈夫、みたいなやつ。怠惰なくせにやたらと計算高い人たちは好きじゃない。
あと自分で言うのもなんだけど、女性が寄ってくるのも正直言って鬱陶しい。強い女性なら歓迎なんだけど、僕に取り入ってくる女性はみんな弱くて計算高かった。そして、強くなってくれそうな女性に限って、僕のことが嫌いなんだよね……。真っ直ぐに騎士を目指すような女性のプライドが高いのは当然かもしれないけど、もうちょっとだけ仲良くしてくれてもいいんじゃないかな……。
だから、ひとまず僕と同じような強さの人たちがいるところまで、駆け上がらなくちゃいけない。クリエに教えてもらった感じだと、まずはソロで1階層を攻略できれば注目してもらえそうだ。そうすると真っ先に計算高い連中が目をつけてくるだろうけど、そこはお試し?とかいうので仮にパーティを組んで一緒に探索してみれば、その後も組むに値するのかどうかは判断できるんじゃないかな。
「――っていう感じなんだけど、クリエはどう思う?」
「んー、俺の運命の相手はマーティンだったのかって、そう思う」
「へ?」
俺がヘルパーという仕事をやっている理由はさまざまだが、信頼してパーティを組める相手を探すため、というのは絶対に外せない理由のひとつだ。なにしろ、冒険者として成功するかどうかは、パーティで決まると言えるから。
俺は……冒険者版のマーティンっていうのかな。騎士科ってやっぱりほとんど貴族の子じゃん? それと違って冒険者科は農家や商家の余りっ子とかばっかりだから、猟師やってたってだけでもうレベルが違うんだよね。ただ騎士科と違って生徒同士の模擬戦なんか全然やらないから、マーティンほど実力はバレてない。どんな課題もどんな授業も、テキトーに手を抜いてれば余裕でこなせたし。
本気を出せば? そうだな……マーティンと戦っても最初の数回は俺が勝つと思う。でも、こっちの手の内が全部バレたあとは、二度と勝てない自信がある。たぶん「視て覚える」ことに関しては、俺よりマーティンのほうが上だから。
だからさ、マーティンの「組むに値する」っていうところが、よくわかるんだよな。俺もマーティンも、同世代と並んで歩くのは難しい。俺が引っ張って、相手がついてきてくれるならいいけど、そんな相手を見つけるまでにさんざん依存されるのは目に見えてる。ラクして成果を得たいのは、たいていみんな同じだろうし。
ヘルパーやってるとさ、いろんなパーティを覗き見れるんだよ。そもそもヘルパーに頼るという時点で、自分たちの力を過信していない証拠で、それだけで見どころがあるとも言えるんだけど。
ただし、パーティというのは生き物だ。直近の探索がうまくいっていたか、うまくいっていなかったかで雰囲気が変わるし、パーティ内の空気が悪くなれば実力を発揮しにくくなったりもする。そのときにはヘルパーに頼れるほど慎重でも、少しばかりいいことが続いただけで、途端に自分たちを過信し始めるなんてのはテンプレだ。
「てんぷれ?」
「ああすまん猟師スラング。定番とか、典型的なパターンとか、そんな感じ」
「なるほど」
(テンプレに反応しないとなると……サブカルからは遠そうだな。次は富士山とかぶっ込んでみるか)
さておき、そういうわけでパーティを構成する冒険者ひとりひとりには揺らぎがあるんだが、そのブレが少ないタイプの冒険者というのも必ずいる。いつでもパーティから一歩離れてモノを見ていたり、パーティの空気を敏感に察していい方向に向かうように声をかけてみたり、我関せずを貫いて余計なことは一切しなかったり。俺はそういった冒険者を評価しているし、そういうやつならパーティを組んでもいいと思っている。
学園を卒業するまでにヘルパーの仕事でそういう冒険者に目をつけておいて、卒業後にちょうどいいのがいたら声をかけるつもりだった。パーティが解散したり、欠員が出たりってのはしょっちゅうだし。
ただ女性冒険者、これはダメだ。騎士科でもそういうのなかったか? 女の取り合いになってそのグループがギスギスするやつ。うんうん、あるよなあ。
もちろんその女性と俺がいい仲で、2人っきりの世界で完結するとかなら全然いい。でもまあ、そういうことってないじゃん? ないんだよ。いろんなパーティ見てきたけど、恋人っぽい男女2人ってたいていどっちか死ぬ。たぶん、どっちかがピンチになったときに自分の身を投げ出して庇ったりしちゃうんだろうなあ……。もうちょっと賢いとそうなる前にパーティを増員するけど、だいたい三角関係に発展するか、ラブラブな空気についていけなくてすぐに抜けられるのがオチだ。
そもそも俺らの基準で「組むに値する」女性冒険者なんかがこの世界に……なんかいたな、ギルドの受付にいたような気がする。でもまああの人は引退ってことになってるからノーカンか。
「――とまあそんな感じでな、俺はマーティンとパーティを組めたらいいなと思うんだ」
あれ? スケルトンが左利きだったと気づいたときのレベルでマーティンの目が開いてんだけど、そんな意外だった? ていうか俺の話に共感してなかった感じ?
「そ……そうなんだね……それは、うん……僕も嬉しいんだけど……」
(えっなにこれ知ってる。これってフラれるときのやつじゃん。直球で告ってもダメなタイプだったかなあ……。もうちょい時間とか必要だったんだろうか)
「あの……僕じゃまだ釣り合わないんじゃないかな? クリエはあのあと残りのスケルトンを全部倒したんでしょ?」
そんなことかあああああああああああああああ!
「それはマーティンが囮になってたようなもんだったからってのもあるんだけど。……まあ、いまこの瞬間は釣り合わないのも確かか」
「でしょ?」
「でも明日か明後日には釣り合うだろ?」
あ、またマーティンの目が開いた。イケメン王子のこの表情ヤバいな。癖になりそう。
「さすがに明後日は無理だと思うけど……そうなりたいとは思うかな。僕でいいの? クリエ?」
ついさっきまで自信なさげで深刻な表情だと思ったら、満面の笑顔でそう言う。ヤバい王子様の顔芸が尊すぎてヤバい惚れそう。
「お、俺はマーティンがいいんだよ……って、なんで女の子みたいな気持ちになってんの俺! お前ちょっとイケメンでもって表情豊かすぎてズルいぞ! なんか俺ドキドキするんだけど!」
「えー、そんなことを言われてもなあ」
「あと、なるべく女性は引き寄せない方向でお願いします」
「むー、それも言われたって困るけど……でもまあ、それなら努力できるかな」
「よろしくな、マーティン」
「よろしくね、クリエ」
改めて握手を交わす。剣士の手だからそれなりにゴツいと思ってたんだけど、なんなのこの白魚のような指……。
「マーティン」
「なに? クリエ?」
「明日は俺の本気を見せるよ」
あんまりショックを受けさせないでね、とマーティンは笑った。
大丈夫だよ、お前なら。
――たぶん。




