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03

『できれば僕が命を落とさないラインを見極めて帰還――つまり生還させて欲しい』


 マーティンからの相談はそういうことだった。ただし最初に「これからメチャクチャするけど」という条件がつく。


 といってもその相談に特段の問題はなく、ふつうにヘルパー業務の範疇だ。そもそも依頼人たちが死ぬまで傍観に徹するというわけでもなく「なお、ヘルパーの判断で死者が出るなどパーティに深刻な損害が予見された際には~」という契約条件は用意してある。


 もし「2階層のボスを倒すまで絶対に戻らん」みたいに自殺と同義みたいな相談だったら撥ねつけたところだが、「やれるところまでやってみたい」というだけなのでむしろ拍子抜けした。なにしろマーティンの技量を見る限り、体力が尽きるまで無双できる可能性は全然ある。なんでいきなり自分の限界を、よりによってソロで見極めたいのかがよくわからんが、そこは多感な15歳にありがちな最強厨的な何かかもしれないので、深くは突っ込まずにそっとしておこう。


「はあっ……危ないとこだった……。この速さで取り囲まれると厄介だな……」


 5匹の迷宮ウサギの乱舞をどうにか捌き切り、大きく肩で息をつきながらそうこぼすマーティンが休んでいる間に、俺は毛皮の剥ぎ取りと魔石入手のヘルパー業務に勤しむ。あんまり手早くやってしまうとマーティンのコンディション回復の時間が取れないので、解体作業は気持ち丁寧に、ゆっくりと。


 それにしても、だ――。


(取り囲まれると厄介とか言いながら、5匹すべての首だけ一刀両断って、どんな技量だよ……)


 マーティンの全力ソロ探索に付き合い始めてまだ2時間だが、ひょっとしてこいつも転生者で、むしろこの世界の主人公はこいつなんじゃないかってぐらいスペックがおかしい。


 魔石以外の素材を取れる魔物には理想的な仕留め方があり、初見の魔物が出るたびに「毛皮に値がつくからあまり傷つけないほうが金になる」などとアドバイスを送るのだが、きっちりその通りに仕留めてしまうというのが、なんかもう意味わからんレベルで凄い。


 いま迷宮ウサギに苦戦したのだって肉と毛皮に配慮して首だけを狙って跳ね飛ばした結果であり、素材にする際の質を問わなければなんの苦もなく殲滅できていたはずだ。


「あのですね、マーティンの旦那」

「――うん?」

「1年前からスランプって話、本当ですかい?」

「なんかその喋り方、板についてきたね!?」

「そりゃこんだけ恐れ多い実力を披露されれば、太鼓持ちキャラにも磨きがかかるっていいますかね……」


 「あー」とか苦笑しつつ少しだけ躊躇していたものの、どこまでバラしていいかを決めたらしく「どう言えばいいかな……」とマーティンは話し始めた。


「まあ、スランプっていうのは嘘だね。むしろ卒業までの1年で、これまで以上に腕を磨いたつもりだよ」

「それがなんで卒業試験で失敗? 騎士になりたくなかったとか?」

「その通り。僕は辺境地区を治める貴族家の三男なんだけどね、家督は長兄が無事に継ぐ予定で、次兄が騎士として仕えることがもう決まってるんだ」

「ふうん? お兄さんと同じ道が嫌だった、とか?」

「いや、そういうわけじゃない。うちは多くの辺境地区と違って、他国ではなく魔族の領土に接する辺境でね。つい2年前にも、魔族との諍いがあったばかりなんだ」

「ふむふむ?」

「次兄の騎士団の活躍もあって無事に魔族を退けることはできたんだけど、領地にはそれなりの被害が出ちゃってね……。それで考えたんだ。三男の僕に必要なのは正規の騎士の剣ではなく、魔族や魔物との戦いに特化した、冒険者の力なんじゃないかと」

「なるほど?」

「でも父が冒険者に理解がないというか、その……貴族やそれに類するものしか認めないというか……」

「なるほど。最後のそれでいきなり全部よくわかった」


 マーティンは騎士ではなく冒険者になりたいのだが、そんなことは家が絶対に許さない。しかし普通に卒業してしまうと騎士団への加入は避けられず、まさか断って騎士団と家名の両方に傷をつけるわけにもいかないので、公的に落第することを選んだ、と。


 たしかに騎士という存在は戦争や暴動の鎮圧が主眼であり、対人に特化した剣技や槍術、さらには騎馬での戦いを得意とする。対して冒険者や猟師は、魔物や動物との戦いが得意だ。魔族の領土に接した辺境伯ということなら、人にも魔物にも威を発揮する武力を備える必要があるのかもしれない。しかし――。


「辺境伯が所有する騎士団ともなれば、魔物への対応も得意だったりしないの?」

「あはは。たぶん普通はそうなんだよね。でも僕の家はね、その2年前の魔族の襲来までは辺境地区じゃなかったんだよ」

「へ? それってつまり……」

「うん。隣の領主がね、魔族に攻め滅ぼされちゃったんだよね」


 すげー。マーティンすげー。2年前は13歳、そして実力を隠し始めた1年前でまだ14歳なのに、これから迎える家の苦境に対処すべく騎士じゃなくて冒険者になる決心をしたってことだよな? 言われてみりゃなるほどだけど、その歳で自分で考えて決断できるってのが凄い。

 こいつほんとに転生者(主人公)なんじゃないの……。





「――この扉の奥に、階層主がいるんだね?」

「ああ。何が出てくるのかはさっぱりわからんが、少なくともソロの手に余る魔物なのは確実だ」


 何事もなくマーティン無双は続き、ついに1階層の階層主部屋までたどり着いてしまった。否、たどり着かせることにした。道中のめぐり合わせによってはマーティンが即リタイアする可能性がなきにしもあらずだったが、それにはよほどの不運が必要となる。具体的にはゴブリン5匹以上と迷宮ウサギ5匹以上の大所帯に出くわすとか。しかしそういう不運に見舞われるパーティは月に1回出るかどうかというレベルだ。


 マーティンほどの主人公体質なら早々にそういう試練に見舞われるかとも思ったが、とくにそういうこともなさそうだったので、さっさと試練に向き合ってもらうことにしたというわけだ。


「マーティンの強さを見る限り、階層主に勝てるかどうかは五分五分だと思う。出現数が少なくなりがちな大型の魔獣ならおそらく勝てる。ただ、数を頼みに出てくるタイプだと――おそらく負けるだろうな」

「それでもちゃんと『生還』させてくれるんだよね? ヘルパーさん」

「ああ、そこは任せとけ」

「だったら問題ないよ。……行くね」


 長剣を抜き放った状態で扉に手をかけるマーティン。こういう心構えに抜かりがないのは、騎士科で習ったりするんだろうか? 冒険者科では一応習うけど、たいていは油断して一度は痛い目に遭って、ようやく本当の心構えができるものと相場が決まっている。およそついさっき冒険者になったばかりのFランクにやれる芸当じゃないんだけどな……。


 油断のない目配りでゆっくりと部屋に入っていくマーティンに歩調を合わせ、物音を立てないようにと後に続く。大型魔獣の姿はなく、部屋の反対側の壁際に人骨が積み上げられているのが見える。


「……マーティン、残念ながらここまでだ」

「そうか……それはほんとに残念だね。――戦ってみても?」

「それは構わんが、ヤバくなったら手を出すぞ?」

「ありがとう。じゃあ、後のことは頼んだよ?」

「了解。ご存分に」


 長剣を構えるマーティンの背中越しに、7体ぶんの人骨が次々と立ち上がるのが見える。それぞれがショートソードを握り、反対側の手にはラウンドシールドを構え、ゆっくりとした足取りで向かってくる。


「あれなら僕でも知ってる。スケルトンだね? 左利きも混じってるのか……」

「あー、いちおう生前の冒険者と同じクセがあるらしい。だからもしマーティンみたいな腕自慢が混じってたら、余計に厄介だな」

「そっか。それは知らなかった……ね!」


 言い終える前に、マーティンは疾走った。取り囲まれる前に数を減らすつもりなのは、いい判断だ。


 長剣に十分な体重を乗せ、斬り砕く勢いの袈裟懸けに2体のスケルトンを叩き伏せたところで、残る5体がマーティンを取り囲む。騎士科の訓練でも行う、多対一の状況。それぞれの剣が届く間合いまで寄られれば詰みであることをよく知っているマーティンの判断は速く、躊躇なく前方の1体に詰め寄って血路を開く。またもや袈裟斬り。


 右上から左下へと振り抜いた剣の反動に任せて体を捻り、右後方から追い縋る1体を視界に捉えたところで、マーティンの碧眼が見開かれた。


(――! 左利きだったか!)


 マーティンの大剣が辿ろうとしているのは、左上から右下への、都合4度目の袈裟斬り。しかしその軌跡はスケルトンが右手に握る盾で容易に遮られてしまう。そのまま盾に打ち合わせても1手の余裕を失うだけだが、マーティンの天才は盾を構える下から覗く無防備な大腿骨に気づいてしまった。


「……天才マーティンも、未だ『天才騎士』マーティンか……」


 いつの間にか取り出した弓を引き絞りながら見守るクリエがそうつぶやくなか、マーティンは大剣が向かう先を鮮やかにずらし、スケルトンの腿を斬り砕く。そして、勢いを失うことなく突き出される盾に先程より大きく目を見開いたところで、したたかに頭を揺らされ、昏倒してしまった。


 直後、崩れ落ちるマーティンに躍りかかろうとしたスケルトンの頭蓋骨が1体、また1体と打ち砕かれ、それがクリエが放った矢だと気づく暇もなく、すべてのスケルトンが始末された。


「騎士としては満点だったんだけどな……ほんとに惜しかったなあ、マーティン」


 聞き届けるものが誰もいない部屋でクリエが零したその言葉こそ、領地のために冒険者を志したマーティンが求めた、魔物と戦うための経験そのものだった。

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