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02

 サラさんとの痴話で思いのほか時間を潰してしまったらしく、ようやくギルドの中に入ったときには、コーデロ学園新卒生の冒険者登録祭りはきれいさっぱり終わっていた。精も根も尽き果てた、という風情で受付カウンターの内側に崩れ落ちている男性職員の、やりきった感あふれる微笑が眩しい。


(あれ? これひょっとしてサラさん、年に1回の激務をまるっとサボったんじゃ……)


 そう思ってサラさんの方に視線を送ると、感情が消え去ったかのような表情のサラさんが足早に男性職員に近寄っていく。そしてその勢いのまま流れるような動きで、崩れ落ちた男性職員の脇腹に蹴りをねじ込んだ。


「――へぶぅっ!?」

「ちょっと……なにやりきった感じでへたり込んでんの? まだ副長に報告終わってないでしょうが。そんでこのあとの警邏の手配もしてないわね? 毎年のことだからって手ぇ抜いてんじゃないわよ。さっさと警備隊に申請してきなさい。まったくこれだから現場を離れてラクしてる奴は……!」

「い、いや、それぐらいはお前がやってくれても……」

「はあ? 8割方アタシが捌いたとこで『お疲れ、あとは任せてくれていいよ』とかしゃしゃり出てきたのはアンタでしょ? 理解のある上司ヅラしたいんだったら、最後まで責任取んなさいよ。ほらさっさとそこどいて、これから学生に遠慮してた冒険者たちで忙しくなるんだから」


 違った。サラさん超有能だった。さすが看板受付嬢。


 それでも立ち上がろうとしない上司職員にさらなる罵声を浴びせつつ、蹴り転がして受け付け業務の邪魔にならないところまで運んでいくと、ようやく小さな息を吐いてカウンターに着席する。なんかあれだな、初見のモンスターが本当に死んだかどうか確認するときに、おっかなびっくり足で転がしてみるときの感じに似てる。よしほんとに死んでる。ふーやれやれ、みたいな。


「きったない字ねえ……。ええと、本日の探索申請はなし、なので当然ヘルパーの要請もなし……と」


 上司職員が引き継いだ部分の書類に目を通すと、俺に聞こえるような声量で確認してくれるサラさん。こういう合理的な気遣いも含めて、ほんと有能だよなあこの人。


「そういうわけでクリエ、あんたが早めに来た甲斐はなかったみたいね?」

「まあそうだろうなとは想像してました。さっそく今日から探索に出るパーティがあったとしても、同級生にヘルパーを頼みたくはないだろうとも思ってましたし」

「命を拾ってくれるだけ儲けもんだと思うんだけどねえ……まあ、新人ほどそのありがたみがわかんないのは世の常か」


 そう言って寂しそうな表情を浮かべるサラさん。ギルドの窓口というのは、新たにやってきた冒険者と最初に触れ合い、その後の活躍を逐一把握する立場だ。そこには早い段階で訃報を耳にすることも含まれる。


 俺が請け負っている――というかAランク冒険者であるガルフさんのコネでねじ込んでもらった――ヘルパーという仕事は、その回の迷宮探索の成果によって得られる稼ぎの3割を受け取る代わりに、迷宮からの帰還を確約するというものだ。追加のサービスとして、倒した魔物の解体と手順のレクチャー、その階層における注意点の説明も行う。


 ちなみにこの業種、おそらくこの世界初である。なぜならヘルパー業務の目玉である「帰還の"確約"」を可能にするのは、現状まだ踏破されていないメリヤスの迷宮での出現を確認された魔物たち、その殆どを寄せ付けないであろうプラチナドラゴンの鱗の威光。そんな実家由来のチートアイテムを持つ俺だからこそ可能な約束なのだ。


 いや、オーダーに隠し子がいたり愛人がいたり、ひょっとすると同じものを貰った師匠が猟師を引退して冒険者を始めてれば、話がちょっと変わってくるかもしれないが。


 生き馬の目を抜くような冒険者業界で、なんでまた商売敵を増やすような真似をするかというと説明パートになってしまうので、端的に「迷宮と魔物がエグくて冒険者の絶対数が増えなさすぎ」とだけ言っておく。


 さっきさらっと触れた通り、この王国なんと、国の肝いりで作られた騎士および冒険者養成学校を擁するほどの街にある迷宮が、いまだに未踏破なのである。そしてこの傾向はおそらくどの国でも同様らしく、この異世界における迷宮と騎士および冒険者の力関係は、迷宮側の圧勝というのが世界の現状、らしい。


 これは決して魔物全般に対して言えることではなく、迷宮以外に現れる魔物に関しては各国の騎士団の力でじゅうぶんに対抗できている。異世界の不思議テクノロジーにありがちな「入室人数制限」や「無限湧き」「階層主がランダム」といった要素がふんだんに取り入れられた、この世界の【迷宮】というシロモノの攻略の難度だけがずば抜けて高いのだ。


 その結果どうなるかというと「冒険者が迷宮探索に挑む、そのうち冒険者は死ぬ」となる。


 そういうわけで「迷宮からの帰還を確約」するヘルパーというのは、これまでの迷宮探索の常識を覆す存在と言えるのだが、惜しむらくは俺が若すぎるせいで信用がほとんどなく、迷宮の深部における探索でヘルパーを雇うというパーティは皆無だ。


 まあそれは対外的な建前の話。俺の本心としては「迷宮踏破の手伝いまではしたくない」である。だってせっかく冒険者になったんですもの。最速踏破とか絶対自分らのパーティでやりたいじゃんね。


 そのときに頼れる仲間になってくれる可能性のために、掬える命は掬っておく。俺がヘルパーという仕事を始めた本命は冒険者の品定めなのだが、大局的な視点としてはそういう高尚な目論見もある。



「――そのヘルパーというのは……? 申し訳ないのですが騎士科のことしか知らず、本当に無知なのです……」


 けっきょく説明パートやってるうちに、いつの間にかサラさんの前に王子様が立ってた。金髪ショートの耳出し王子様カットに、吸い込まれそうな碧眼。異世界人の目の色のバリエーションに慣れたつもりだが、こんな深みのある碧ってあるもんなのか。学校で遠目にだけ見たことのあるイケメンが、すぐ目の前にいる。


「ヘルパーだったらちょうどそこにいるから、本人に訊いてみなよ。それにしても騎士科くずれの冒険者って……3年ぶりかしら? 冒険者のイロハはギルドでも教えられるけど、ヘルパーを雇うんだったらそっちで教わったほうがいいかもね」

「彼が……ですか? わかりました、話してみます」

「じゃあこれアンタの冒険者タグ。ランクはFだよ。せいぜい長生きしてね?」

「ご期待に添えるようにがんばります。ランクというのも……彼に?」

「そー。ヘルパーってギルドの委託職員だから、そのへんのレクチャーも業務の範疇なの。アタシが説明しても二度手間になりそうだしね」


 サラさんに豪快に丸投げされたイケメンが、満面の笑顔を湛えて寄ってくる。その目やめて。魂が吸い込まれるんじゃないかってぐらい深くて碧いソレ、ほんとやめて。


「始めまして、ヘルパーさん。えっと……今日からFランク?冒険者の――」

「マーティン・ラーションだよな? なんで冒険者ギルドにいるの? 騎士科のトップだって聞いてたけど?」

「あー……それはちょっと情報が古いね。恥ずかしながら去年ぐらいから深刻なスランプで、今年はついに卒業試験で落第しちゃったんだよね……」

「はああ!?」

「それで王国騎士にはなれなくなっちゃったから、冒険者で食っていこうと思って」


 恥ずかしそうにはにかんだ王子様は、しかし力強い調子でそう言った。





「――で、たいていは心臓を開くと出てくる、コレが魔石」

「ふむ……これをギルドに買い取ってもらってお金にするのか」

「いま倒したゴブリンだと、そうだな。金目と言えるのは魔石しかない。ただし――」


 マーティンに説明しつつ、ゴブリンが持っていたショートソードと小盾を拾い上げる。最初に確認してたけどいきなり当たりとは、これが王子様力か。


「マーティン、このショートソードの刃元を見てくれ」

「……螺旋状の刻印があるね」

「この刻印は『迷宮の償還品』を意味していて、刻印があるものは償還武器や償還防具と呼ばれるんだ」

「しょうかん、って?」

「俺も正確なところは知らないんだけど、ここメリヤスの迷宮の魔物が持っている装備というのはふつうこの小盾みたいに『迷宮鉄』というくすんだ鉛色の金属で作られてて」

「ふんふん」

「だけどこのショートソードはマーティンの剣と同じように、よく知ってる鉄の色だ」

「むしろ僕の剣より輝いて見えるよ」

「これが償還品。他の冒険者が迷宮内で手放した装備に、迷宮が恩寵を与えて還すもの、らしい」

「なるほど……それで『償還』なのか……。けど恩寵って、なにか凄い効果があるのかい?」

「そのあたりもよくわかっていないんだけど、たいていは一流の職人の手による武器防具に匹敵する。ただし恩寵ではなく呪いとしか言えないような効果があったりもするので、ギルドに持ち帰って鑑定してみるまでは価値が確定しない」

「ふむ……肉や毛皮や魔石以外に、償還品も稼ぎになる、ということか」

「かさばるのが問題だけどな。そこでヘルパーの出番ですよ、旦那」


 太鼓持ちトークで茶化しつつ背負籠にショートソードを放り込むと、マーティンはちょっとだけウケたみたいで苦笑してたが、すぐに真面目な表情になった。


「もういちど、『帰還の確約』について確認していいかい?」

「最初に説明した通りのことしか言えないけど、あくまでも『帰還』の確約であって、『生還』の確約じゃないからな。魔物に不意でも突かれてマーティンが一撃で絶命した場合には、帰還するのはその冒険者タグだけだ。ただし、それだけは絶対に守られる」

「つまり……クリエはそんな状況になっても確実に生還できると、そういうことだね?」

「ああ、これでもいちおう冒険者の等級としてはDランクだし、2階層までなら自分の命を守るのは造作もない。それよりハードな状況なら、奥の手を出すまでだ」

「ふうん……そうか……2階層までならソロでも……」


 ――あらやだ奥さん、いまの聞きました? 冒険者のイロハも知らない落第騎士が「2階層までならソロでイケんだな(キリ」とか、なんか凄いこと言ってますわよ? オホホ。


 ――仕方ありませんわよクリエ奥さん。ご覧になりましたでしょ? さきほどゴブリンを一刀両断になさったマーティンさんの剣の冴え! あれほどの実力がおありなら、クリエ奥さんみたいにソロで2階層とか思ってしまうのも、仕方がありませんわよねえ。オホホ。


 のんきに脳内で奥様トークを繰り広げていたら、深くなにかを考え込んでシリアス顔のマーティンが、意を決したように顔を上げ、こっちを向く。


「まだ迷宮に入ったばかりだけど……ちょっと休憩いいかな、クリエ?」

「よろしゅうございますよ旦那様。何なりとこの下僕にご相談ください」


 とはいえ自殺したいだけだったら止めるけどな、絶対に。相談には乗るが叶えてやるとは言ってない。

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