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01

 卒業式の日。5年間の学園生活をついに終えたあと卒業証を置きに家に戻ると、ビシッとした執事服に身を包んだロマノフが門の前で待ち構えていて、思わず頭を抱えそうになった。


(うわあ。ほとんど出オチみたいなもんだけど、ロマノフのおっさん、すっごい悪い顔してるなあ……)


 そんな思いが表に出て、顔が引きつっているのが自分でも分かる。ロマノフにもそれが伝わっているようで、銀髪をオールバックに撫でつけた端正な顔立ちに浮かぶ微笑はますます深まり、ますます悪い顔になっている。


「た、ただいま……」


 茶番に付き合う覚悟を決めてそう言うと、ロマノフはスマートな身体を斜めに倒して見惚れるほどの美しいお辞儀の仕草を取り、その姿勢を維持したまま言った。


「お帰りなさいませクリエ様。コーデロ学園のご卒業、おめでとうございます」


 これは一体、どこのいいとこのお坊ちゃんのご帰還かな? もしも誰かに見られていたらと思うと、恥ずかしくて仕方がない。なので早々に切り上げさせてもらおう。


「お祝いありがとう! はい終わり終わり! 茶番おしまい!」

「つれないですなあ、もう少し付き合っていただいても」

「いやいや、ようやく俺も卒業して仲間集めを始めるし、そしたら執事ごっこはいくらでもできるようになるから。多分だけどそうなるから」

「その予行練習ということで」

「それはこの5年でさんざん付き合ってやったっつうの!」


 そう、この茶番はロマノフの趣味の「執事ごっこ」なのだ。実際のところロマノフは執事としての教育をしっかりと受けているし、おそらくかなりハイレベルな振る舞いができると思う。


 だがしかし、俺とこのおっさんの関係は主従ではない。そう言っていられるのが時間の問題だとしても、そこはきちんと釘を刺させてもらわねば。そして何よりもこのおっさん、今は勤務時間中なのだ。


「ということで、冒険者ギルド職員のロマノフさん、ギルドが所有する屋敷の管理人業務に戻って頂けませんか?」

「おやおやこれは手厳しい。しかし勤務態度で攻められると仕方がありませんな」


 そう言ってわざとらしく肩をすくめてみせると、凛とした姿勢を少しだけ崩して執事モードを解除するロマノフ。そして屋敷の庭にある用具入れへと歩いていくのだが、ちゃっかり「では、続きはまた夜にでも」とか言い捨てて行きやがった。そっちがその気ならこっちだって帰宅しないって手もあるんだぞコラ。外泊してやんぞ。卒業祝いーとか言って色街のお姉さんとハメを外すってのも青春の1ページとして全然アリだし。


 ハメるのに、ハメを外すとはこれいかに。なんつってな。


――どうも、異世界人クリエ、15歳になりました。前世から数えて55歳ということで、下品なおっさんギャグにも磨きがかかる今日このごろですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。ん? 学園編? そんなものは知らんな。


 それはさておき、ロマノフだ。ミステリアスな雰囲気を漂わせるロマンスグレーの執事に見せかけて、かつてのSランク冒険者であり、現在は冒険者ギルドの不動産管理人。ぶっちゃけ業務内容的には庭師とかのほうが近くて、用具入れから取り出した剪定ばさみがよく似合う。


 まあ、初老のイケメンとか、何を手にしたところでたいてい似合うんだが。


 そんなロマノフが管理を任されているこの屋敷、本来はギルドが所持する不動産であり、希望者に貸し出したり売却するためのものなのだが、ロマノフが職権濫用で住み着いているというとんだ不良物件である。そして、今は俺も一緒に住まわせてもらっているので、不良物件度が増したとも言える。


 しかし一級品の執事であろうロマノフとの暮らしで不自由があるはずもなく、住み心地は最高の一言。なので、本格的な冒険者デビューを迎えた今日からの第一目標として「この屋敷を買えるほどのお金を貯める」という決意を固めているのだ。ちなみに現在はというと、「ギルドの一時的な処置で寮代わりとして提供する」という建前で俺を住まわせてくれているらしい。


 ところで冒険者稼業で屋敷が買えるのかというと、そこはそれ、冒険者稼業といえば一攫千金がお決まりだ。メリヤスの冒険者ギルドが管理している【メリヤスの迷宮】の深層では、ごくごく稀ではあるもののとんでもない価値を持つアイテムの出現が確認されている。冒険者としての腕を上げて探索に精を出していれば、そのうちそういった幸運にありつける可能性がなきにしもあらずなのだ。


 もちろん、腕を上げつつドロップ品などで装備を固めまくり、安定効率周回を確立してそこそこの高給取りを目指すという手もある。というか迷宮探索を生業としている探索者の主流はそっちだ。迷宮に出現するモンスターから入手できる魔石などの素材は、前世で言うところの鉱物資源や石油資源、あるいは食料資源に該当する必需品として安定供給を望まれている。迷宮探索などでモンスターの討伐を得意とする冒険者は、炭鉱夫や木こりと同じく、第一次産業の従事者ということだ。


 しかし前世で冒険者への憧れを拗らせまくっている俺としては、そこそこの稼ぎのための安定周回というものに魅力を感じられない。装備の充実や戦い方の洗練など、ステップアップしていく途中である程度の周回作業(というか修行)が必要というのは全肯定するが、どうせなら「危険に挑まずして、なにが冒険者だ」とか言ってヤンチャしたいじゃない……。


 とまあ理想というか希望としては胸躍る冒険の連続なんだが、せっかくの転生ライフで与えられた貴重な命と天秤にかけるほどの価値が、憧れの「冒険」にあるかについて熟考すべきだというのは理解している。なにしろ転生してほんの数年で「ずっとオーダーと暮らしたいな……」というしがらみが生まれたぐらいなんだから、この先でも人との縁を深めるたびに「死にたくねえなあ」という思いが強まっていくのはまず間違いない。なんならロマノフでもすでにそんな感じだし。


 そうやって考え始めるときりがないので、ある程度は流れに任せるとして。まずは俺の冒険者としての師匠であるロマノフ付きの屋敷、という超お買得物件を手に入れるべく、今日から本格的に始まる冒険者稼業を頑張っていきまっしょいという話だ。冒険者としてのノウハウ以外でも、あのおっさんから習うことはまだたくさんありそうだし。



 今日からの決意を長々と頭に思い浮かべつつ部屋に戻ると、卒業証をベッドの上に放り投げる。学生として過ごした5年の努力が正しく実を結んだ輝かしい証ではあるが、すでに冒険者としての登録を済ませている俺にとっては、今日この日に持ち歩く必要がないものだ。とはいえ貰って早々に紛失したいものでもないので、一応は自室に置いておきたかった。


「んじゃ、ギルド行ってくるねー!」

「おや、随分と慌ただしいですね。卒業生たちの騒ぎが収まってからでも良いのでは?」

「それも考えたんだけど、ひょっとしたら同級生から客が出るかなーって」

「成程。あり得ないこと……とも言えませんね」


 一応は俺の考えを肯定してくれるロマノフだが、その顔にはしっかり「あり得ないでしょうが」と書いてある。学校を卒業したばかりで、腕試しをしたくてしたくてウズウズしている新米冒険者にすら俺を雇うような冷静さがあるのなら、メリヤスを巣立った冒険者たちはもっとたくさん生き残っているはずでしょう?とでも言いたげに。


「ま、まあ冒険者ギルドがヘルパーの制度を作ってくれて、まだ2年目だからね……」

「たしかクリエ様は去年の卒業生に『舐めんじゃねえよ。なんで後輩に案内してもらわなきゃいけねえんだよ』などと言われたんですよね?」

「あったなあ……でも気持ちはわかるよね。一応は先輩なんだし。プライドってもんがあるでしょ」

「それが今年は『なんで同級生に案内してもらわなきゃいけねえんだよ』になるだけではないですかね?」

「……その気持ちもわかるよね……。同級生だし。プライドってもんがあるよね……」

「ふむ。やはり、卒業生たちの冒険者登録祭りが終わる頃を見計らって行けばよいのでは? そもそもヘルパーの仕事など、そうそう舞い込むものでもないでしょう」

「ぐう」


 ぐうの音も出ないのは悔しいので抵抗してみたけど、正直ロマノフの言う通りかなとは思う。思うのだが。


「でもさ……ひょっとしたら、もしかしたら、奇跡的にヘルパーの価値に納得できるような慎重な人がいて、俺が役に立てるかもしれないじゃない。そう思ったらやっぱり、行けるなら早めに行きたいなーって」


 うひょおおお、言ってて恥ずかしい! でも大事なこと! 新米冒険者、無茶してすぐ死ぬ! ヘルパー、そういう冒険者をフォローする! 冒険者、死ににくくなる! ひとりでも多くの冒険者を生かす、冒険者ギルド楽になる! 回り回って俺にもたぶんメリットある! それ大事! カタコトになるぐらい大事!


 ――よし、初心を思い出した。今日はこのまま鍛錬も兼ねて、冒険者ギルドまで全力ダッシュで行こう。本格的な冒険者稼業が始まるこの日を、俺は初心に帰って全力で過ごす! 決して! ロマノフと目を合わせるのが恥ずかしいとか! この場から一刻も早く逃げ出したいとか! そういうことでは! ないッ!


「そもそも、卒業してすぐにダンジョン探索というのは、学園から禁じられてるはずですがね……」


 ため息とともに俺の背に投げかけたロマノフの言葉は、全力疾走をする俺の耳には届かなかった――って流したいとこだったけど、残念ながらしっかり届いた。あと「そんな規則を破るような考え無しが、ヘルパーを雇うほどに慎重でしょうか?」というのも聞こえた気がしたけど、そっちは幻聴っていうか、俺の脳内で聞こえてた。



 屋敷から冒険者ギルドまでの最速到達記録を大幅に更新して、冒険者ギルドにたどり着いた。ロマノフが危惧していた通り、ギルドの前は学園の卒業生でごった返している。メリヤスの看板でもあるコーデロ学園の卒業式であるこの日は、無事に冒険者としての基礎を修めた卒業生たちがこぞって冒険者登録にやってくる、年に一度のお祭りのような日だ。おもに受付業務的に。


 ギルドの建物に入りきれず路上に溢れる同級生たちを横目に裏口からこっそり失礼しようと思ったら、気だるげに裏口の扉に背を持たせかけて、悠然と煙草をくゆらせる長髪のブロンド美人が立っている。このクソ忙しい日に何やってんだこの人。


「……おや、クリ坊じゃないの。随分と早いご出勤だね」

「冒険者登録待ちの卒業生がギルドの外まで溢れてるのに、看板受付嬢がこんなとこで何やってんですか。あとクリ坊はやめてください。とっくに15歳で成人してるし学園も卒業したし、もはや一人前のクリエ青年ですよ?」

「ククッ、笑わせるねえ。股間にまだ新品の短剣をぶら下げた坊やが、一人前の冒険者ときたかい」

「どどど童貞ちゃうし。知識とか豊富だし、精神的には経験者レベルです!」

「ふぅん? だったらアタシも精神的には処女ってことにしとこうかねえ。クリ坊の卒業祝いってことで、処女と童貞で清らかな夜の卒業式ってのはどうだい?」


 はいー、今日もサラさんのビッチキャラ絶好調ー。この人はいつもこんな感じで、純朴な少年をからかうビッチなお姉さん感を出しまくりというのが通常運転。正直とても好ましいし、手のひらで転がされるのも楽しそうなんだが……残念、こちとら中身55歳。女性経験は前世でそれなりに積んでいるので精神的にはガチで余裕があるし、極秘ルート(ロマノフ)で知ったサラさんの年齢はたしか28歳なので、「実の娘(いないけど)みたいな歳じゃん……」という戸惑いもある。哀しい。おっさん哀しい。


 しかしまあ、なんだ。55歳男子にとって28歳女子というのはピッチピチの異性であり、ストライクと公言してもそれなりには理解されるだろうし、なんかの間違いでモノにしようものなら「歳の差考えろ、犯罪者!」という嫉妬まみれの称賛を受けるであろうこともまた事実だ。よって、いっそ今生のチェリーをこの人に捧げるというのもまったくもってやぶさかではないのだが、しかし。


「またそんなこと言って……。言うほど男性経験ないんだって、知ってますからね?」

「なッ!?」


 ……そんなん言われたぐらいで目を見開いて赤面するビッチがどこにいるのか。異世界か?


 そう、この人はビジネスビッチというか、本当はただの子供思いな優しいお姉さんなのだ。暴力すれすれというか暴力そのものの強めなスキンシップだとか、日本の町中で叫ぼうものならおまわりさんがすっ飛んでくるレベルのゲスい下ネタが飛び交う冒険者の世界で、田舎の山から出てきた猟師の少年が少しでもタフに立ち回れるようにと、わざわざ崩れたビッチ風のキャラを演じて構ってくれてる節がある。


 そしてたぶん、なにかとトラブルに巻き込まれやすい女性冒険者として、男あしらいが上手いキャラを作って自衛してるというのもありそう。


「……それ、ロマノフの奴がバラしやがったのかい?」

「いいえ? 俺が聞いたのは『サラはけっこう一途なんだよねえ』だけですよ。一途な人がそんなエロい感じのお姉さんになるかなあって、カマかけてみました」

「くッ……」


 あ、ぷるぷるしてる。大人の美人がぷるぷるしてる。なにこの子超かわいい。


「ぶっちゃけサラさんになら捧げてもいいかなーって思いますよ? 美人だし優しいし、サラさんが本当に俺を気に入ってくれてるなら、ですけど」

「ちょッ!?」

「でも、サラさんのそういうのって、距離感に気を使ってくれてる一環ですよね? そこは嬉しいんですけど、さすがに俺の身体も大人になってきましたし、そろそろ色気に耐えるのがきついです。あとその……俺の同級生たちもギルドに顔を出すようになりましたし、こういうの見られて冷やかされるのもつらいので、この機にそういうのをやめてもらえたらなーって。その方がお互いが幸せになると思うんですよ。おもに俺がですけど」


 キリッとそんなことを言ったらサラさんもどことなくキリッとした感じになって、俺の両肩に手を置いて真正面からガン見してくる。近い近い! 美人が近い!


「ふうん……そこまで気が回るのかい……。こうやってよく見てみれば、たしかにオトコのかおになってきてるか。クリ坊あんた、ほんとに大人になってんだねえ……」

「初めて会ったときは10歳でしたもんね。クリ坊呼ばわりもわかりますけど。いつまでもかわいいクリ坊ではないのですよ」

「ククッ、女にとってはね、気に入ったオトコってのはいつまでもかわいいもんなのさ」


 そう言ったサラさんの目には見慣れない色が宿っていて、いや前世で見たことある色だけど。そしてサラさんの顔がどんどん近く、近く……! サラさん、それ以上はいけない!


 むちゅ。


「アタシは確かに一途で、それほどオトコを知らないってのはその通りさ。でもね、だからって奥手ってわけでもないんだよ」

「……同意も取らないで、ひどいですよ……」

「疼いちまったんだからしょうがないだろ。それに、大人のオトコがかよわい女を跳ねのけられないほうが悪いんじゃないかい?」

「ぐ。そっちから来るんだったらしょうがないかなーって、心で言い訳してたのは事実ですね……」


 スケベ心に負けて流されてしまったが、これはなかなか気まずい状況ではなかろうか。一途=純情と勝手に決めつけたのと、実質的に年下だからって、正直サラさんのことを舐めてたなー。いい人だしいい女なのも確実だと思うけど、15歳で伴侶確定ってのも急展開すぎて迷う。


 いや迷ってる場合じゃないか。流されるのはよくない。こういう場面で心を鬼にできないと、謎のモテ期が到来して二股、三股になるのは前世で経験済みだ。そしてここは異世界、ゆくゆくはハーレムになる可能性も捨てきれない。まあでも、第二の人生でハーレムっていうのも悪くはないのかな……。


 いかんいかん、言ってる橋からまたスケベ心に流されるとこだった。男って本当にどうしようもねえな……。


 とりあえず深呼吸だ深呼吸。そしてこの場のイニシアチブを渡してはならない。サラさんのことが微妙に読めなくなってるが、おそらくはキャラ的に「アタシは別にアンタを独占する気はないよ」とか言ってくれるんだろうなと想像する。


 しかし、そんな言葉はなんの保証にならないということも、俺は前世で経験済みなのである。情を移した相手が他の異性とよろしくやってて心にまったく波風が立たない聖人など、そうそういるわけがないのだ。いつか必ず、嫉妬や疎外感がもとで話がこじれて修羅場になるのだ。


 そしてそして、ひとたびこういう状況になってしまうと、結局のとこは何を言ってもダメだというのも残念ながら身に沁みて知っている。それでも言うべきことは言うしかないから、一応は口に出すんだけど。


「えっと……口説いてるみたいなことを言っちゃいましたけど、正直そこまで実感はなかったというか、まさかサラさんがその気とは思ってなくてですね……」

「だろうねえ。でもさ、アタシはその気になっちまったよ。別に今すぐクリ坊を独占しようってんじゃないけど、唾ぐらいは付けといてもいいだろ?」


 言った。ほーら言った。でもここでうっかり「え? そんな都合のいい感じ?」だとか「なあんだ、便利な女だな」とか思ってズルズル行ったら、待っているのは泥沼と修羅場の日々だ。


「俺もその気になりましたけど、ギルドの看板娘を独占する気はないですよ。そんなことしたら今後の冒険者稼業に支障が出そうなので。ここはひとつ、少年は憧れのお姉さんと一夜の夢を、ぐらいで手を打つというのはどうでしょう。でも、そのあと泥沼になったら俺は逃げますよ? 逃げますからね?」


 どうよこの清々しいまでのクズっぷり! 要約すれば「ヤることはヤりたい。でも付き合わない」だ。口約束などなんの保証にもならないとわかっていながら、それでも今後の自分の立ち回りを正当化しようとする打算とスケベ心の結晶。前世でさんざん失敗して修羅場を展開しまくったこのやり方を、俺は今世でも繰り返す! だって脳みそ下半身だから! 思春期の男子など、脳みそ下半身なのだから!


「ククッ、とんだクズ男だね。小さな頃から世話になったお姉さんに、随分な仕打ちじゃないか」

「ほらそれ! 独占しないとか言って、ちょっと独占したい感じが出てるそういうとこ! スタートからそんな感じだっていうなら『あのひととはいい思い出だった……』って言えるうちに俺はこの街を出ますからね!」


 サラさんやっぱり聖人じゃなかった。そして悪い方に悪い方に展開していくこの感じ。ここでサラさんが本当に独占を諦めたとしても、たぶんメンヘラの種が芽を出してすくすくと育つ。


 しかし、勢いに任せて踏み出してしまったのはサラさんなので、これはもうどうしようもない。美しく始末をつけるには、俺がきっぱりとサラさんを振り捨てるか、きちんと付き合ってそれなりの終わりを迎えるかだ。そして俺がスケベ心に負けてそのどっちも選ばなかったので、これはますますどうしようもない。


 というか、というかね? きっぱり振ったとして、その相手が職場の受け付けに毎日座ってて、なんのわだかまりもなくビジネスの話をしたり、または来る日も来る日もサラさんを避けて他の受け付けを選ぶとか、そんだけでもう地獄よ? だからオフィスラブはえぐい。成就しそこねた際には退職するぐらいの覚悟がないと、あとあと当人たちがただ嫌な思いを続けることになるのだ。


 まあ、お互いそのうち違う相手を見つけて、一見何事もなく丸く収まったりするけど。でもひと悶着あった相手なんてのは、どうせ酒の席とかで「あいつ結婚するんだろ? 俺さ、実はあいつに告られたことあるんだよなー」とか言ってるに決まっているので、よほどタフなメンタルの持ち主でない限り、日々のストレスは半端じゃない。


 今この場はまさにそういう状況の入り口なわけで、ここはお互いに「ダメだった場合の未来」をしっかり意識して考える必要がある。俺は街を出ることも受け入れられるけど、言い出しっぺのサラさんあなたはどうですかと。


「ズルいねえ……。でもまあ、アタシが軽率だったよ。惚れた瞬間から回りが見えなくなっちまうのは、アタシの悪い癖だ。そのせいで一途なんて言われるんだろうけど、だからって嫌な思いをさせて悪かったね、クリ坊」


 おお……、まさかの冷静になって軌道修正してくれるパターン……! しかも友好的な雰囲気は残ったまま。これはいいお友達でいられる(かもしれない)コースに期待できるのでは……!


「わかってくれてありがとうサラさん。じゃあこの話はふたりだけの秘密で、なかったことに」

「は? 何言ってるんだい。割り切って抱いてくれるって話だろ?」


 えっ? サラさんそれって聖人コース? 難度めちゃくちゃ高いんだけど、異世界の人ってそういうのぜんぜんできる感じ?

サラさんとはそのうちめちゃくちゃセックスしますが、R18的なのは書きません。

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