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そのあとのガルフ

「ガルフさん、気が変わりましたので、ちょっとご相談したいことが」


 馬車の中で考えに耽ってたクリエが、メリヤスの町に着いてすぐにそんな事を言いやがった。いつか返せばいいと言っていた借りを、やっぱりこの場で返せということらしいが、そんなの嫌も応もねえ。ただ、さすがに面食らっちまったから何の気なしに理由を訊いてみれば、ずいぶん気になることを言いやがったのは予想外だったが。


「借りのことか? もちろん構わねえが、えらく急に気が変わったな?」

「ああ……ちょっとですね、ガルフさんが気になることをおっしゃいましたので……」


 困惑顔のクリエが言うには、イクイリウムの猟師に伝わる迷信に「死神の旗を立てる」というものがあるらしい。命がけの狩りを前に、軽々しく狩りから戻った先の約束を交わすと、死神に目をつけられるのだと。


 そんなん初めて耳にするが、実感としては心当たりがありまくりだ。長いこと冒険者やってりゃ、命を散らして約束を果たせなくなった連中はいくらでも目にする。だがよ、命がけの大仕事に向かうと分かってりゃ、大事な約束のひとつもして心を奮い立たせてえのが人情ってもんじゃねえのか。


 まあ、情がねえから死神なんだろうがよ、人情に目をつけて魂を刈り取ろうだなんて、つくづく性格が悪い野郎だぜ。



 クリエからの突拍子もねえ相談を受けたあとは仕込みに大忙しだった。どうにかその日のうちに根回しを終わらせて、宿を借りてクリエと念入りな打ち合わせを終わらせた翌日、俺らは冒険者ギルドに来た。


 ギルドの扉を押し開いて先に入れてやると、物珍しいのかクリエは落ち着きなく首を回してキョロキョロしてやがる。出会ってから初めて見せるそんな年相応の振る舞いを見ていると、ふと、こいつもこれからいろんな経験をして冒険者になるんだなという感慨が湧く。


 仕事をやり終えて冒険者ギルドに戻るたびに、達成感よりも安堵感の方を強く感じるようになっちまったのはいつからだろうな。若さゆえの全能感に酔っているうちは見えなくなりがちな、死と隣り合わせの稼業という事実。長いこと冒険者やってりゃ、とにかく生きて帰れることが何にも勝る成功だってことに気付かされる日が来るもんだ。いつかはクリエも、そいつと向き合うことになるんだろうか。


「――おや、『知恵袋』じゃないの。その様子じゃ王都絡みの仕事は片付いたようだねえ」


 チッ。そんな事を考えてぼけっとしてたせいで、うるさいのに目をつけられちまったか。いや、この空気からするとクリエが物珍しかったせいで、早々に俺にも気がついたってところか。


「おう、『自称看板娘』さん。まあ、どうにか片付いたぜ」

「なんだい、気の抜けた顔しちゃって。もうちょっと威勢よく『久しぶりだな!』ぐらいのことは言えないのかい? あとアタシは自称じゃなくて、ギルド長のお墨付きだからね」


 ギルド長のじじい、相手を見てお墨付きを与えろっつうんだ。確かにこいつの見た目は上等だが、こんな口の悪いのに看板背負わせていいかどうかなんて、普通に考えりゃわかんだろうがよ。


「ところで『知恵袋』――まさかその子はアンタの……?」

「知恵袋知恵袋言うんじゃねえよ。ちゃんとガルフって名前があんだろがよ」

「ふん。アンタだって『看板娘』って呼んだじゃないか」

「……ああ、悪かったな、サラ。こいつが俺の子だったら、俺はとっくに冒険者稼業なんか引退してらあ。このクリエはな、俺とミックとヤンクスとミオの命の恩人で、今回の仕事に始末をつけてくれた未来の大冒険者だ」

「……は?」


 まあそうやって、話についていけねえって顔になるよな。俺だって自分で何言ってんだかわかんねえような気分になりかけてたぜ。ここであーだこーだ説明したところで、またどっかで話についてこれねえようになるんだろうから、手間を省いたほうが良さそうだな。


「悪いんだがなサラ、喩えじゃなくてお前さんじゃ話にならねえってヤツだ。ギルド長呼んでくれや」

「わ、わかったよ」


 お? もうちょいゴネるかと思えば、マジメな引きどきはきっちりわきまえてやがるじゃねえか。そういうことなら『未来の看板娘』ぐらいにしてやっといてもいいかもしれねえな。





 ギルド長に話を通したあと、俺らはすぐにメリヤスの迷宮に入った。パーティは俺とクリエと、こうなることを予想して昨日のうちに立ち会いを頼んでおいた、Sランク冒険者のロマノフ。この世界に5人といない、冒険者の最高峰だ。


「手間を掛けちまってすまねえな、ロマノフ」

「いや、よくぞ頼ってくれた。ガルフの言ったことが本当であれば、たとえ冒険者ギルドといえど信用できないのは確かだ。かけておく保険は多ければ多いほうがいい」


 俺たちはいま、クリエが持つ匂い袋【イクイリウムの猟師のお守り】が迷宮の魔物にも通用するかどうかを確認するために、パーティを組んで探索をしている。これはクリエが持ちかけてきた相談の「お守りを生かして冒険者ギルドで特殊な仕事を始めたい」ってヤツをギルドにねじ込むための第一歩だ。


 当のクリエ本人もわかってることだが、このお守りは相当にヤバい。もし迷宮の魔物も寄せ付けないってんなら、迷宮探索の常識がまるっきり変わっちまう。ロマノフたちですら第4階層までしか攻略できず、いまだに多くの謎に包まれている迷宮っていうシロモノを、戦わずして最深部まで踏破できちまう可能性すらある。もしそこまで強力な効果があれば、だが。


 そして、そんなものの存在を冒険者ギルドが知ったらどうするかなんて、答えは決まってる。まだ子供のクリエからどうにかして取り上げて、他国に先んじて迷宮を踏破しようとするだろう。メリヤスのギルド長もかつてはロマノフとパーティを組んでいたほどの冒険者だが、政治的な立場に就くことを選んだ人間に冒険者としての良心なんてものを期待するなんてのは、笑いどころがよくわからねえ冗談だ。


 他人の善意ってやつに期待するには、クリエから受けた恩とお守りの効果は重すぎて、釣り合いがまったく取れねえってやつだ。


 クリエにゃ悪いが、いっそのこと猟師のお守りは迷宮の魔獣には通用しねえっていうオチを、どこか期待してもいたんだが……。


「まさか……階層主すら現れないとはね……」

「となりゃあ、道中で信じられねえほど運が良くて魔物に出会わなかった、っていう線もなしだな……」


 第1階層のボス部屋に、階層主の姿はなかった。そして第2階層に降りても魔物に出会うことはなく、当たり前のように階層主も現れない。


 これほどの威力とは思っていなかったのか、どことなく気まずそうな顔のクリエを連れて、俺とロマノフは祈るような気持ちで第3階層を進む。魔物の気配はするが、俺とロマノフの前にはもちろん、少し遅れてついてくるクリエを狙って襲いかかるような魔物すら現れない。


 そして、何があってもクリエだけは守るのだと死闘を覚悟して踏み込んだ第3階層のボス部屋にも、階層主の姿はなかった。


「……ガルフ、言うまでもないが、4階層の階層主までは行けないよ」

「ああ、俺とあんた、そしてクリエの気が利いた働きを勘定に入れても、このパーティでどうにかなるのは3階層までだ」

「いちおう4階層を少しだけ進んでみて、お守りの効果が発揮されるかどうかだけは確認しよう」

「わかった……。クリエもそれでいいな?」

「あ、はい。ありがとうございますガルフさん、ロマノフさん」


 どうせそうなんだろうとも思ったし、いくらなんでもそこまではとも思ったが、結局のところ4階層でも魔物に出会うことはなかった。



「さすがにこれには参ったぜ。ロマノフ、知恵を借りていいか?」

「ふふ、さすがの『知恵袋』でもお手上げなのかい?」

「これほどとは思っちゃいなかった、てのが正直なところだぜ……」

「まあ、それほどのものだ、などと正直に明かさぬのが正解ではないかな」

「やっぱりそうなるか……」


 ロマノフと相談した結果、クリエのお守りは1階層の魔物を寄せ付けず、2階層でも魔物が出現しにくくなる程度には効果があるが、階層主および3階層以降には効果がないということにした。というのも、「当面のところ1階層だけでいいから自由に迷宮に入る権利が欲しい」と、クリエの望みがそういうことだったからだ。


 お守りの効果によって「ソロでも迷宮から必ず生還できる」ことが保証されれば、クリエが思い描いているヘルパーという役割は成立する。だからって実際に10歳の子供にソロでの探索を許すわけもねえんだが、そこは俺やロマノフがしばらく保護者として探索に付き合い、クリエを育てるってことでギルドに譲歩させる目論見だ。とはいえロマノフほどの権威を持つ冒険者ならともかく、それほど珍しくもないAランクの俺ごときが同伴したからといって、10歳の子供が迷宮に入るのを認めるわけにはいかねえってのが実情だろう。


 そこをゴリ押す切り札が、冒険者ギルドに強い影響力を持つロマノフに「お守りの効果は本物だ」とお墨付きを出してもらうこと。そして、その事実に冒険者ギルドが納得した際には、ロマノフの威光はクリエの身の安全を確保するための力としても効力を発する。


 まあ、結局の所はクリエが自分でなんとかするんだろうから、俺としては借りを返した気もしねえんだけどな……。まったく、昨日のクリエとの打ち合わせを思い出すと、苦笑いしか出てこねえ。


『――クリエ、わかっちゃいるだろうけどな、ギルドは信用できないがロマノフなら信用できるってのも、こっちがただ都合よく考えてる話なんだぜ?』

『わかってますよ。でも俺はガルフさんの目を信用してますし、とりあえずどこかを信用しない限り、俺の望みは叶わないんですから』

『だがよ、ロマノフまで裏切ったら、最悪お前は……』

『そこは俺のほうでも保険をかけますし、命をかけてまでヘルパーをやりたいというわけでもないですから』

『わかった。そういうことなら俺はもう何も言わねえぜ』

『ここまでお膳立てしていただいただけで十分です。ずいぶんと大きな貸しになっちゃいましたよね?』

『むしろこれで返したことになってんのかってのが、俺としちゃあ心配なんだけどな……』





 迷宮から引き上げた俺たちは、ギルド長も交えてクリエの扱いを決めた。さすがに1日やそこらで決めきれるような話でもなく、俺はロマノフにあとを頼んでひとまず王都に向かってギルドに仕事の報告を済ませ、メリヤスにとんぼ返りした。クリエに助けられたくだりを説明するのは手間だったが、王都のギルドにまでイクイリウムの猟師のお守りの話を広めるのはマズい気がしたので、そのあたりは適当に誤魔化しておいた。


 メリヤスの冒険者ギルドでロマノフへの渡りをつけてもらうように頼むと、ロマノフが管理しているギルド所有の屋敷で会うと言われた。ロマノフが趣味にしてやがる「執事ごっこ」に付き合わされるなんざ真っ平なのでギルドに呼び出したんだが、クリエへの借りを返すのに協力してもらった以上、嫌とは言えねえ。あの野郎、人の弱みに付け込みやがって……。


 さぞかし気取ったもてなしを受けるんだろうと覚悟して屋敷に行ってみれば、執事服でもなんでもないロマノフが待っていやがったから拍子抜けだ。通されたのは、音を漏らさない魔法が施されているという密談用の部屋で、数本のワインとパンと、そこらの屋台で買ってきたような串焼きの肉なんかが用意されていた。


 ロマノフが冒険者ギルドなんかで会おうとしなかった理由があることは察したが、それがなんなのかはさっぱりわからねえ。密談用の部屋だっていうんなら、ぶっちゃけた方が話は早い。


「随分と俺好みの趣向だが……執事ごっこに飽きたってわけじゃなさそうだな? クリエの件でギルドになんかヤバい動きでもあったのか?」

「いや、そこはうまく抑えている。というか、私の命を賭してでも、冒険者ギルドごときに横槍は入れさせないつもりだ」


 誰にも聞かせられない話ということで最悪の事態を危惧したんだが、そういうことじゃなくて安心した。しかしそうなると、俺の頭でたどり着く想像は限界だ。


「単刀直入に話してくれ。何があんたをそこまで興奮させてんだ?」


 勝手に自分用のグラスを引き寄せて、ワインを注ぐ。するとロマノフも自分のグラスを差し出してきたので注いでやると、乾杯もせずに一気に飲み干しやがった。そんなに喉が渇いてたなら自分で注ぎゃあいいじゃねえか。


 空いたグラスを乱暴に置き、大きく息を吐いて酒精を散らしてもなお、ロマノフはしばらく口を開かない。こういうときに何を言ったところで、相手の頭の中に声が届かないってことはよく知っている。


 ちびちびとワインを舐めながら気長に待っていると、ようやくその時が来て、ロマノフが震える声でこう言った。


「ガルフ……われわれは竜の御子を託されたぞ……!」

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