13
無事に盗賊の首領に止めを刺し、フォレストウルフも追い散らしたあと、身動きすることなく横たわる騎士団もとい冒険者たちの生死を確認して回った。まさか冒険者がこんなハードな仕事をしているとは思わなかったので、暫定と呼びつつほとんど騎士団で確定してると思っていたので、軽く驚いた。
それよりも驚きだったのが、これほどの惨状でもリーダー役を含む2名の冒険者がまだ命を取りとめていたことで、そしてさらに驚いたのが、回復さんの回復魔法の威力。瀕死だったはずの2人がもうぴんぴんしている。そりゃあ矢が突き立っても雑に抜いて回復させちゃうわけだ。
とはいえ回復魔法で肉体の再生はできても、失血やマナの損耗などまでは補えないらしく、しっかり休息を取ってから王都に向かうべきだなと、リーダー役のガルフさんが言っていた。
それならばと、俺の身の証のついでに野営を提案して、今は5人で森に入り、焚き火を囲んでいる状態だ。
「クリエ、改めて礼を言わせてくれ。お前が来てくれなかったら、たとえミックとミオが生き残っていたとしても、あのエルフ野郎は取り逃し、俺とヤンクスもこうして生きちゃあいなかったはずだ」
「それなー。クリエちゃん、あんがとよ!」
そう言ってガルフさんが頭を下げると、死にかけていたもうひとりのヤンクスさんも、顔の前に手刀を立ててお礼を言ってきた。全身全霊でお礼をされても重いので、これぐらい軽い調子だと気持ちが楽でいい。そしてこの空気ならば、こっちが正直なところを伝えても問題なさそうだ。
「お礼を言うべきなのはフォレストウルフかもしれませんね。血の匂いを嗅ぎつけたんでしょうが、あのまま人間同士の戦いが続いていたら俺にできることは何もなかったので、ミックさんとミオさんを見捨てていたと思います」
冒険者の人たちがなんとも微妙な表情になるが、事実なのだから仕方がない。こっちも余計な嘘はつきたくないので、素直に自分たちの幸運を噛み締めて欲しいところだ。
「そいつがあるから、フォレストウルフが来たほうが都合が良かったんだな? お守りと言っていたが、どういう由来の代物なんだ?」
俺の目の前に置いてある匂い袋を指し、ガルフが当然の質問を投げかけてくる。
「そうですね。これは俺たちイクイリウムの猟師に代々伝わる魔除けのようなもので、イクイリウムにいたドラゴンの鱗から作られていると聞きます。これがあれば、フォレストウルフやアラシシはまず近寄ってきません」
嘘は言ってない。オーダーがこれと同じものを師匠にもプレゼントしていたので、師匠が初代、俺が二代目だ。実際は獣どころか魔物すら近寄ってこないだろうけど。
「イクイリウムか……よそ者は足を踏み入れることが許されない、聖なる山だな」
「実際はいろんな人たちが山に入ってきちゃってますけどね。猟師であろうと足を踏み入れることができない、山神様がお住まいの場所はあります」
山神どころかこの世界の副神というか調停者がお住まいなんだけど……などと心のなかでほくそ笑んでいたら、回復役のミオさんとヤンクスさんも話に入ってきた。
「不思議なものですね……。でも実際、森に入ってから獣に襲われてませんよね……」
「だよなー。これってよー、クリエちゃんに譲ってもらってギルドに持ってったら、すげー値段で買ってくれるんじゃねーか?」
「だめですよヤンクスさん。これはクリエさんたちの宝物でしょう」
まあ、そうなるよなあ。この冒険者達が悪党なら、10歳児を手にかけて匂い袋を強奪しても不思議はない。もちろん、そうなっても逃げ切れるように、「獣が多い場所のほうが、この袋の効果を証明しやすいので」などと言って俺の得意なフィールドである森を選んで野営しているわけだが。
しかしまあ、その心配はなさそうなんだよな。この人たち普通に善人っぽい。とくにミオさん。
平均的な身長ながらマッチョなガルフさんは、口は悪いけど思考はとても理知的なようで、なるほどリーダーに相応しいと言った雰囲気。髪とヒゲにに白いものが混じっているのは、まとめ役に回ることが多い気苦労だろうか。
軽口を叩きがちなヤンクスさんは、金髪で短めの七三分けでそこそこのイケメン。白い肌がやたらとツヤツヤしているのが妙に気になる。この世界、スキンケアが浸透しているんだろうか。
一緒に戦ったミックさんはというと、ガルフさんとヤンクスさんが無事だった途端にほとんど喋らなくなってしまった。もともと口下手らしく、容姿的にもやや長めの茶髪に中肉中背と、地味で目立たないタイプだろう。ただし、目さえ合わせてくれれば、意志の強さを湛えた目の光がとても印象的だ。
そして容姿といえばミオさん。美人。すっげえ美人。ロングの金髪をふわっとした三編みにしていて、目が青い。前世で言う金髪碧眼よりも、さらに目の色の青が濃いのが、なんだかとても異世界感ある。
この4人の冒険者からはただただ感謝の気持ちが伝わってくるし、ミオさんはともかくとして、ガルフさんもヤンクスさんも俺に「さん」付けすることなく自然に礼儀をつくしてくれていて(ちゃん付けはされてるけど)、とてもしっかりしたバランス感覚があるようだ。ミックさんも会話に加わらないだけで、フォレストウルフを蹴散らしたあとでしっかりとお礼を伝えられている。
そして戦場でのあの働き。多勢に無勢だったのに加え、作戦そのものがどうかとは思ったけど、それぞれが一流の冒険者と呼ぶにふさわしい戦闘能力の持ち主なのは間違いない。
そこで、気になったことを訊いてみる。
「あの、もし良かったらなんですけど……どうしてあんな戦い方を?」
あんな戦い方というのはもちろん、脳筋特攻ゾンビアタックのことだ。あんなものが一流冒険者にとってスタンダードな回復魔法の活用方法であるなら、冒険者たちへの認識を脳筋とか蛮族寄りに修正しなければならない。
「あー、あれか……。いや、恥ずかしい話なんだがよ」
頭をかいて苦笑しつつガルフさんが伝えてくれたところによると、盗賊の頭数が想像していたよりも少しだけ多かったのと、まさか全員が距離を取って弓を構えてくるとは思わなかったらしい。なるほど。
「確かに意表を突く対応でしたね。あのエルフが首領だったんですかね?」
「かもしれねえなあ。実際、あれほどの射手なら、味方が足止めしてる間にひとりずつ射殺していけば、馬車を襲うのなんか簡単な仕事だしな」
「なるほど。俺は野盗を見たのは初めてですが、今回のやつは特別に手強かったんですか?」
「ああ、それは間違いない。そもそも野盗なんざ、ろくな武器も持ってない連中も珍しくないんだ。今回はやたらと好戦的だったからこっちも油断してなかったつもりだったんだが、ありゃあ野盗じゃなくて軍だな、軍」
「まったく……運がいいにもほどがあったな……」
うお。ミックさんが口を開いた。
「いいんだか悪いんだかだよなー。あいつらが2人しか近づいてこなかったときには、あ、これやべえなーって思ったぜ」
「そう思った結果があれだったのか……ヤンクス……」
「しょーがねえだろ。『なんだ? こいつらアホだな』ってな感じに舐めて近づいてくれりゃ良かったけどよ、あんなんどうしようもねーよ」
「そんなので『合わせろ』と言われる俺も、どうしようもなかったんだがな……」
あ、ミックさんってアレだ。人をイジるときには結構喋れるタイプだ。
「はっは! 確かに馬車の中で聞いてりゃ『何言ってんだ?』だったが、ありゃあしょうがねえな。ヤンクスもミックも、最低限の仕事はやってくれたよ」
「笑ってますけど、ガルフさんもですよ? いきなり『作戦変更だ! とにかく前に出るな。誰か倒れたら回復頼む』とだけ言い残して馬車から飛び出されても、わたしはどうすればいいのかと……」
ため息まじりにそう言って、ガルフさんを睨むミオさん。なるほど、出たとこ勝負になっちゃってたんだな。
「まー、『知恵袋』でもどうしようもないことがあるってこったな!」
「お前らが俺に期待し過ぎなんだろうがよ。たぶんあんな野盗ども、この先二度と見かけねえぞ」
「あー、それ間違いねーかも」
ヤンクスさんとガルフさんがそう軽口を叩いたところで、きゅるる、とかわいく腹の虫が鳴って、ミオさんが真っ赤になって顔を伏せた。どうやら、俺が次の仕事に取り掛かる時間のようだ。
「ガルフさん、このお守りの効果については信用してもらえましたか?」
「ああ、もう十分だな。こんだけ騒いでても獣が襲ってこねえってことは、間違いなくそいつの効果だろうよ」
「では、これはひとまずしまっておいて、もう少ししたらなんか獲ってきますね」
匂い袋を回収して、狩りの準備を始めるついでに保存食を取り出す。
「獣の気配が戻ってくるまで、ひとまずこれでも食べててください。少しですがツノウサギの燻製肉もあります」
「おお、すまねえな。だがいいのか? このあと狩りっぱぐれたら、お前の食いもんがなくなったりしねえのか?」
「そんときは食べられる草でも木の実でも採ってきますよ。猟師は獣だけ食べて山に暮らすわけじゃないですから。まあいざとなったらフォレストウルフの肉もありますし」
「お、おお……」
ガルフさんが軽く引いてるけど、たぶん他の3人も似たような感じなんだろうな。冒険者と猟師ってけっこう似てるとこがあると思うんだけど、野山から食料を調達するサバイバル能力が高い冒険者って、実はそんなにいないんだろうか。
ちなみにフォレストウルフの肉だが、なんとも言えないエグみがあるので食用としては不人気だ。冒険者たちでも換金できるのは皮や牙ぐらいで、よほどのことがない限り肉に手を出すことはないらしい。
俺は師匠からそのエグみを消すハーブの存在を教わってはいるのだが、フォレストウルフの味がまともになる代わりに、まる1日は他の食材の味がまったく変わってしまうというシロモノだった。食べるものがフォレストウルフの肉しかないという緊急事態になれば話は別だが、なるべくこのハーブのお世話になりたくない。というわけで森の様子を見てこよう。
「すげえなクリエちゃん……あっという間にツノウサギ5匹かよ……」
「お守りのせいで、本来は森の奥に寄りつきたがらないこいつらが、無理やり奥の方に押し込められてるような状態でしたからね。お守りの効果が消えたから大喜びで戻ってきたみたいで、儲けものでした」
「さ、捌くのも手慣れてますね……さすが猟師というか……」
俺がツノウサギの処理をするところを見たミオさんが、やたらと引いている。俺も前世だったらしんどかっただろうけど、異世界の冒険者がウサギの解体ごときでびびってて大丈夫なんだろうか。そんな疑問を浮かべた俺に気づいたのか、ガルフさんが口を開く。
「そういやあ、ミオはまだ解体したことねえんだったか」
「そうですね……ダンジョン探索のお手伝いをすることはありますが、あくまでも助っ人みたいな感じですので、素材の剥ぎ取りなんかはそのパーティの人がやりますので……」
「なるほどなあ。そもそもダンジョン探索に興味ねえんだから、仕方ねえな」
「そういう人たちに求められる力だということは、分かっているのですけど……」
なんと。ミオさんは探索嫌いのヒーラーとな。異世界にもそんな人が……まあ、いても不思議はないのかな。
「自分でもまだやりたいことというか……どうすればこの力を活かせるのかがよくわかっていない感じですね。パーティを組んだ仲間だけを救うのは、もったいないんじゃないかって」
「なるほどなあ。一攫千金を狙うんだったら探索なんだが、金や名誉よりやりてえことがあるんだったら、パーティに縛られるのは確かに良くはねえなあ」
「だからといって今回も、お役に立てたわけではありませんけどね……」
あ。ガルフさん地雷踏んだ。そこはミオさんの責任じゃないと思うけど……。
「そこは本当にすまねえな。俺の見立てが甘かったせいだ」
「やー、あんなのガルフでも無理だわー。だからさー、運が悪かっただけだってば、ミオっち」
「そうでしょうか……」
さすがにヤンクスさんも割って入る。確かにあの盗賊団がイレギュラーすぎただけで、誰の責任っていうのも違う気がする。ともあれこの空気をなんとかしたいな。よし焼けた。
「焼けましたよー。食べましょう!」
「おー、待ってたぜー! クリエちゃん最高ー!」
「む……うまそうだな……」
ミックさんいいポジションだな。俺も学園デビューしたら無口な我関せずキャラで、おいしいとこだけ口を出すスタイルでいこうかしら。
「じゃーなー、クリエちゃーん!」
「クリエさん、お世話になりました!」
「本当に助かった、クリエ……」
夜が明けて、ヤンクスさん、ミオさん、ミックさんと別れを告げる。彼ら3人はギルドへの報告のためにもといた町に戻るらしく、ガルフさんは王都のギルドへの報告のついでに、わざわざ俺を送り届けるためにメリヤスに寄ってくれることになった。
3人と別れたあと、通りがかった乗合馬車に声をかけてガルフさんと一緒に乗せてもらう。お守りの存在と猟師の腕を明かした以上、野宿を続けようが心配されることもないだろうから、そのままメリヤスまで歩いていくつもりでいたのだが、せめてものお礼だというので受け取ることにした。
もちろん、例の盗賊団以外にはこれといった問題はないらしいので、馬車絡みで変なイベントが発生することはなさそうだというのが決め手なのだが。
朝一番の乗合馬車を捕まえたので、メリヤスには今日中に到着できるらしい。乗り慣れない馬車でお尻が痛くなる異世界の洗礼を早々に受けてしまい、立ち上がって景色を眺めていたら、ガルフさんに裾を引かれた。
「あんまりしつこいのも良くねえが、最後にもう1回だけ確認させてくれ。本当に報酬は今じゃなくていいのか?」
「正直、思いつかないんですよね。学園で暮らすのに分不相応な大金を頂いても困りますし」
「冒険者になりてえんなら、ギルドに預けておく手もあるぞ?」
「なるほどそんな手が。確かに、蓄えがあるのは魅力ですけどね……」
「そもそも俺らに『貸し』たところで、肝心なときには生きてねえかもしれねえぞ?」
「まさか4人とも死なないでしょう。誰かに返してもらえれば、それでいんですよ」
金品の報酬をもらっても困るのは本当で、できれば報酬そのものを辞退したかったのだが、さすがにそういうわけにもいかない。そこで俺の出した提案が、4人の冒険者それぞれから、そのうち『借り』を返してもらうというものだ。当人たちは「そんなもので?」と拍子抜けしたり戸惑ったりしていたが、一流冒険者への貸しが4人分もあるというのは、なかなか破格の報酬だと思う。
「じゃあ……クリエへの利子のつもりで、俺ももうちょい頑張らねえとな」
口角を上げてそういうガルフさんの目に、楽しいことを見つけた子供のような光が宿っている。
「頼りにしてます。俺も絶対に冒険者になってみせますからね」
「いや、お前はもうなってるようなもんだぜ。まったく底が知れねえっていうか、腹が据わってるっていうかよ」
「イクイリウムでは神童って呼ばれてましたよ」
「そんな行儀が良さそうなタマでもねえだろうがよ。まあ、冒険者や猟師の神童っていうのがいるなら、お前みたいな奴なのかもしれねえな」
そう言うと、ガルフさんが手を差し出してきた。その意味はすぐにはわからなかったけど、こういうことかな?と思って両手で握り返してみた。
「これからもよろしくな、命の恩人」
「どういたしまして、ガルフさん」
良かった。合ってたみたいだ。
握手のあと、ガルフさんを冒険者についての質問攻めにしているうちに、メリヤスの町が見えてきた。どうやら無事に、転生者と馬車イベントは回避できたみたいだ。
やったよママ! 俺の戦いはこれからだ――!