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「え? これ暫定騎士団の人たち、詰んでるんじゃないの?」


 気配を殺しつつ戦いの場に近づく間に、そんな素直な感想が頭に浮かんだ。


 馬車に仕掛けていた目くらましはそれなりに効果を発揮したものの、驚くべきごとに盗賊たちは統制の取れた動きで立て直しに成功。睨み合いとなっている現状では盗賊側が圧倒的に有利に思える。瞬く間に2人の盗賊を仕留めた手際を見る限り、暫定騎士団も相当に戦い慣れていて強そうなのだが、いかんせん地形効果とユニット相性が悪すぎるというか。


 状況を整理してみよう。暫定騎士団は10人。対する盗賊は20人弱。盗賊たちは騎士団が展開する馬車から距離を取って、全員が弓を構えている。しかも倍近くの人数差をうまく生かし、鶴翼の陣というか、半円で包み込むような陣形で馬車の周囲に展開している。あとは冷静に矢を射かけて暫定騎士団の戦力を削り取っていくだけで、盗賊側に勝利が転がり込みそうだ。どーすんのこれ。


 ひょっとして騎士団側に、縮地とか魔法とかの切り札が?


 などと想像していたら状況が動いた。


 騎士団なんと「3・3・3に戦力を分けて両翼と中央への特攻」という漢ムーブ。矢を打ち払いながらただただ突撃していくという、まさかの脳筋的解決法。マジか。マジでやってんのかあいつら。あの中に異世界人がいたら、当たらなければどーのこーのって言ってんだろうなあ……。


 凄い凄い、騎士団の人たち盗賊をみるみる倒していくんだけど、やっぱり何人かは射抜かれて脱落してて、いろいろ凄い。肉を斬らせて骨を断つっての、実際に見ると常識とかぶっ壊れるレベルの狂気だ。猟師的に血の色は見慣れているけど、叫び声に含まれた感情が細かく伝わってくるというのがきつい。


 人と人が殺し合うっていうのは、こんなにも地獄絵図なのか……。


 戦況を把握したいのに、射抜かれた騎士に目が吸い寄せられる。大声で叫び、痛そうに転げ回るせいだろうか。よほどの当たりどころでなければ矢傷で即死はしにくいものの、身体の自由は効かなくなるし、戦意も喪失するだろう。


 そして倒れた騎士に、盾を持った他の騎士が駆け寄って……傷の状態の確認? え? 今ってそんな余裕ある状況? は? この場で矢を抜くの? 鏃とか出血量とか大丈夫? 何やってんの?


 そして、射抜かれた騎士はもう二度と痛そうに暴れることもなく――立ち上がって戦いに復帰していく。


 そっかーーーーーー!!!!

 騎士側、ヒーラーいたのかーーーーーーー!!!!


 なるほどゾンビアタックとワンセットなら、脳筋特攻漢ムーブというのは理に適ってる。筋肉で道理を考えれば、だけど。


 見たところ盗賊側に回復担当はいないようなので、これを繰り返せば騎士団側は頭数が減ることなく、盗賊のほうがジリ貧になっていくわけだ。しかし、しかしだ。


 医者の数より患者の数のほうが圧倒的に多いと何が起こるのか。前世でその悲劇を思い知らされた身としては、この状況のまずさがよくわかる。騎士たちはあっちで倒れ、そっちで倒れしていて、そのたびに盾持ちの騎士が駆け寄って回復するのでは、さすがに時間がかかりすぎる。騎士が戦線に復帰するよりも、戦線から脱落するペースのほうが早い。こっちもこっちでジリ貧だ。


 どうにか騎士団側に加勢したいものの、俺が隠れている場所から戦場まではまだ300mほど離れているし、そもそも対人戦の経験がない10歳児が戦場に飛び込んだところで、足手まといになるか瞬殺されるイメージしか湧かない。


 そしてなによりも、盗賊の首領と思しき人物が凄すぎる。そいつが射た弓は、ほとんど必中という精度で威力も高い。騎士たちも隙あらばと盗賊首領を狙うのだが、ほとんどが返り討ちにあい、おそらく何人かは即死させられている。間違いなく師匠を軽く上回るほどの弓の名手だ。


 あんなイレギュラーがいたのでは、良くて痛み分け、悪ければそのうち回復役が射抜かれて騎士団側の敗北だろう。騎士団への加勢は諦めて、むしろ盗賊首領に見つからないうちにこの場を離れたほうが賢明かもしれない。


 そう思っていたら、さらなるイレギュラーで状況が動く。街道を挟んで向かい側の森から飛び出してきた灰色の何かが、盗賊だろうが騎士だろうが、見境なく襲い始めた。


 ――あれは……フォレストウルフか!


 獰猛かつ俊敏な森の狩人に不意を突かれては、騎士も盗賊も為すすべがない。盗賊側で唯一の生き残りとなった首領は戦場を駆け回ってフォレストウルフに対応し、回復役ともうひとりだけとなった騎士側も馬車を背にして必死に応戦している。


 この状況なら行けると判断した俺は、リュックから匂い袋を取り出しつつ、戦場に向かって走り出す。先に盗賊首領が力尽きてくれればベストだが、奴は抜け目なく手下の死体から矢を補充することで、着実にフォレストウルフの数を減らしている。フォレストウルフ頼みでは駄目、騎士団だけでも駄目となれば――。


 フォレストウルフを味方にしてしまえばいい。


 匂い袋をくくりつけた矢をつがえ、狙うは馬車の外装。すでに何匹かのフォレストウルフが異変に気づいてこちらを見ているが、近づけるものなら近づいてみろ。プラチナドラゴンの恐怖に打ち勝てるなら、だけどな!


 俺の射た矢は無事に馬車に突き刺さり、オーダーの匂いに怯えたフォレストウルフどもは、慌てて馬車から離れていく。ひとまずこれで、騎士団の身は安全だ。一気に馬車に駆け寄り、何が起きているかわからずにいる騎士たちに声をかける。


「味方です! 大丈夫ですか!?」


 うん。修羅場にもほどがある戦場にいきなり10歳児が現れたら、そんな顔になるのはわかる。わかるけど、だらだらと問答してる暇はないから畳み掛けてしまおう。


「俺は猟師です。獣が近寄れない結界を張りました。ここは安全です」


 身を低くして敵意がないことを強調しつつ、回復役じゃないほうの騎士に状況の変化を伝えると、騎士の目が落ち着きと理性を取り戻し始めた。よし、これなら指示を伝えられそうだ。


「今はチャンスです。狼はこちらを狙いません。盗賊に集中できます。その女性の盾に隠れてあいつを牽制しましょう」

「あ、ああ。しかし……」

「牽制でいいんです。あなたは投げナイフを使えますよね。予備はありますか? なければ俺がやります。盾で俺を守ってください」

「ナイフの予備なら、馬車の中にある」

「ではお願いします。急いで!」


 そう命じて騎士の足を叩くと、期待以上の素早さで馬車の中に駆け込んでくれた。これならもう少しだけ説明の時間を取れそうだ。展開についていけてなさそうな回復役の女性が不安なので、さっきと同じ要領で話しかけておく。


「詳しい話はあとです。正念場です。あなたが頼りです。この場を乗り切りましょう」


 こういうときに必要なのは、わかりやすく短い言葉だ。どう振る舞って欲しいのかを、相手にはっきりと伝えなければならない。


「大丈夫なら頷いてください――よし!」


 回復さんの目も力を取り戻し、頷いてくれた。投げナイフさんが馬車から飛び出してきたところで、最後の指示を出す。


「あそこの盗賊の死体ぐらいまでなら、馬車から離れても大丈夫です。俺が合図をしたら、あの盗賊が弓を引き絞った瞬間を狙ってナイフを投げて、すぐ盾に隠れてください」

「わかった」

「え、ええ」

「狼は必ず複数であいつに飛びかかります。猟師にはそのときがわかります。チャンスが来たら、お兄さんのお尻を叩きます」

「そ、そうか」


 馬車に近づけないフォレストウルフたちが、盗賊首領に興味を移したときがチャンスだ。必殺の矢で1匹、また1匹とフォレストウルフを減らしていく神弓ぶりに舌を巻きつつ、馬車の陰に身を隠しながら、その状況になるのをじっと待つ。


 数を減らされつつも、フォレストウルフは着実に首領を取り囲んでいく。馬車を狙っていたやつらもその輪に加わり、待ち望んでいた状況がついに訪れた。


「あそこの死体まで近づきましょう。あいつはこっちに気づきます。盾に隠れて走ります」

「では先頭は私ですね」

「はい。お兄さんが2番め、俺が最後です。ナイフの距離は?」

「この距離なら問題ない」

「了解です。行きましょう!」


 盗賊の死体まで駆けつけて盾を構えた瞬間に、首領の背中側のフォレストウルフが足を止めた。そいつらが身を低くするのに呼応して、首領の視界に入っているフォレストウルフが助走に入る。攻撃の気配を察した首領もまた、油断なく足を運びつつ矢を引き絞る。その尖った耳がぴくぴく動いているのは、神経を研ぎ澄ませている証拠だろう。


「お兄さん!」


 言って尻を叩くと、投げナイフさんは弾かれたように飛び上がり、ナイフを投擲した。


 ――ガァァンッ!


 およそ矢を受けたとは思えない音を響かせ、回復さんが構えた盾が震える。やはり首領はこちらの動きを視野に収めていて、仕留めるチャンスを狙っていたのだ。おそらくは自分の運命を悟り、せめて「一矢報いる」つもりだったのだろう。


「があッ! クソッ――!!」


 その直後、フォレストウルフに引き倒された首領の口から怒声が上がる。投げナイフを避けつつ、飛びかかってくるフォレストウルフの一角を崩せば、首領はほんのもう少しだけ持ちこたえていられただろう。しかし、次の矢をつがえる余裕など与えるつもりはなかったし、首領にもそれが分かっていたはずだ。だから、こうなるしかなかったのだ。


「同じ動きで止めです。矢をつがえたら気をつけて」


 騎士たちに指示を出しながら、俺も毒矢をつがえ、盾に隠れてフォレストウルフに狙いを定める。


 いつかは人殺しに加担することになるだろうと覚悟してはいたけど、あっさりと訪れたその機会が、まさかエルフ殺しになるとは思ってなかった。


 そんなことを思っていたせいなのか、俺の矢の狙いはいまひとつ定まらず、フォレストウルフたちを無駄に苦しませて仕留めることになってしまった。


定番ネタに触ったせいか、回復さんを先頭に走るとこでジェットストリーム的なのが頭をよぎって辛かった……。


あと1話でようやく幼少編が終わりそうです。ブックマーク、評価など頂けますとモチベが爆上がりしますので、よろしくお願いします( _ _)

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