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 尾根までたどり着くと、およそ500m先に馬車が見えた。


 ついでに馬車を包み込むように展開した盗賊の群れも。


「展開、早っ!!」


 いかん思わず声が出た。確かにこのオペレーションは「第三者目線で馬車ガチャを見極める」なのだから、俺不在でイベントがさくっと発生してどんどん進行していくのが当然。とはいえまさかこんなに展開が早いとは思わなかった。


 ていうか、他の馬車に引き返す指示を出してた人、実は距離的にだいぶ危なかったんじゃないの? 盗賊の人たちが「馬車こねーなー。ちょっと見てくるわー」ってフラフラしてたら、がっつり見つかってても不思議がなかったほどの急展開。


 あ、片方の御者の人が扉の前に移動して、両手を広げて立ちはだかってる。何言ってんだかさっぱりわかんないけど、雰囲気でアテレコしとこう。


『盗賊どもめ、馬ならくれてやる! だが、この荷物にだけは手を出さないでくれ!』

『あ? 何言ってんだお前? 馬も荷物も頂くに決まってんじゃねえか』


 ……うん、たぶんアテレコ間違えた。この状況で馬だけ渡して許されるわけがないから、ふつうそんなこと言わんよな。アテレコって意外と難しい。あ、もうひとりの御者の人も来た。


『俺たちの命はどうなってもいい! 荷物は、荷物だけは許してくれ!』

『は? お前らの命をもらったら、次は馬と荷物の番になるだけじゃねえか』


 なるほどわかった。俺にはアテレコの才能が絶望的にない。とはいえ何が起きているのか想像して見守るしかないんだから、心折れずにアテていきたい。


『くそっ! こんなに頼んでもダメなのか! じゃあもう土下座! 土下座でどうだ!』


 と、御者が2人揃って五体投地の体勢になった瞬間に、馬車が閃光に包まれ――。


「うおっまぶしっ!」


 なんじゃそりゃあ! びっくりした! 500mぐらい離れてるのに、目にくっきりと残像が焼き付いてる。こんなのを至近距離で食らったら……。


 あ、御者がなんか投げて盗賊倒してる。いつの間にか馬車の扉も開いて、武装した人たちがわらわら飛び出してきた。なるほど、馬車が3頭立てだったのはやっぱりそういうことで、けっこうな人数を運ぶためだ。そんで目くらましに合わせて土下座したのか、土下座が合図だったのかはわからないけど、逆襲するタイミングを伺ってた、と。


 要するに、金目の馬車に偽装したカウンタートラップだ。しかし盗賊も不甲斐ないというか……いくら馬車の見てくれが立派でも、護衛すら付けていないようなあからさまに怪しい馬車を襲うかね? あれか、このガチャは馬車のほうがSSRで、盗賊の方はR、なんならコモンとかアンコモンとかそういう感じか。


 とはいえ、馬車から飛び出してきたのは8人。対して盗賊は20人ぐらい? 御者も合わせて10人しかいない騎士団(暫定)とはほぼ倍の人数差。カウンタートラップを仕掛けるぐらいだから暫定騎士団の人たちも腕に覚えはあるんだろうけど。


 問題は、目くらましから立ち直った盗賊たちが妙に統制された動きで一斉に距離を取って、素早く弓を構えてることなんだよなあ。暫定騎士団の人たち、大丈夫なんですかねこれ……?



          ◇



『冒険者ギルドが御者の経験者を探している』と耳にしたときに、ピンときた。


 護衛だ討伐だ採集だっていう依頼ぐらいしかないはずの冒険者ギルドで、御者なんてのが求められるのは特別な案件だ。ギルドで確認してみれば案の定、このところ街道で幅を利かせている盗賊どもが手に負えなくなってきて、王都から盗賊討伐の緊急依頼が出たと説明された。


 治安の維持は騎士団の領分なんだが、あいつらは町中の小悪党どもを取り締まるのには向いていても、抜け目のない盗賊だの山賊だのといった連中とは相性が悪い。騎士団が街道で睨みを効かせてるっていうのに、のこのこ出てくるようなマヌケな賊がどこにいるんだって話だ。


 騎士団が武のエリートだって事に異存はない。しかしそのエリート意識が枷になり、お飾りの武に堕している面があるのも事実だ。だからこそ、こういう仕事が俺たち冒険者に下りてくる。盗賊どもとの騙しっこにプライドだの騎士道だのは邪魔なだけだ。


 討伐作戦の説明は、参加する10人全員を集めて秘密裏に行われた。この町では知られたBランク以上の腕利きばかりだが、リーダーを務めることになったガルフが作戦の切り札として連れてきたのは、まさかのDランクの女。積極的に冒険者としての活動を行わないだけで、実はとんでもない力の持ち主という奴がまれにいるが、この女もそうだった。


 俺もそこそこ長く冒険者をやっているが、斬り飛ばされた腕を元通りにくっつけられるという、冗談みたいな治癒能力の持ち主にお目にかかったのは、こいつが初めてだ。



 そして作戦決行の日。斥候を兼ねて他の馬車を引き返させていた冒険者を回収して間もなく、盗賊たちは現れた。こっちが予想していた場所よりも遥かに近いところまで盗賊たちが出張ってきていたのには驚いたが、空振りのまま王都に辿り着いてしまうよりは遥かにいい。


 そしてこの時点で、俺は警戒レベルを一段階上げた。王都を悩ませ続けるほどの盗賊団が、3頭立てという規模なのに護衛を付けていないという、ちょっと考えれば不自然極まりない馬車に襲いかかってくるものかと疑問だった。しかし今それは杞憂となり、ガルフの言ったことが証明されたからだ。



『――まあ、護衛を付けねえってのは不自然だよな。だが、今回は様子見という意味もある。もし俺の想像が正しいってんなら、たぶん盗賊どもは食いついてくるはずだ』

『へえ、知恵袋のガルフの「想像」かい。いったいどんな企みなのか、頭の悪い俺らに教えちゃくれねえか?』

『茶化すなよバークス。ここにいる連中は全員Bクラス以上の冒険者なんだ。頭が悪けりゃここまで生きていねえだろ。それにな、俺が気づいたのは作戦を任されたからってだけだ。盗賊どもがどんなタイミングでどんな襲撃をやってきたのかを知れば、誰だってピンと来るだろうよ』


 そう言ってガルフが説明したのは、街道の盗賊どもの好戦的な一面だった。こいつらは確かに金が目当ての襲撃もやっているが、がっちり護衛をつけた豪商や、王軍の輸送部隊の馬車にまで襲撃をかけ、そのことごとくを成功させている。


『なるほど、こいつらはただの盗賊じゃねえな。自分らの力を誇示してやがんだな』


 ギラつく目で呟くバークスの言葉に、ほとんど全員が同じ目で頷いた。おそらく盗賊連中もこんな目をしてるんだろうなと想像すると、俺はなんだか可笑しくなってニヤついていたらしい。そこをガルフに見つかった。


『笑っちまうよなあ、ミック。だが、お前ら御者役は大変だぞ? こっちを殺したくてしょうがない連中を相手に、お前らは上等な餌になんなきゃいけねえんだ』

『……俺は口下手だからな……そのあたりはヤンクスに任せるさ』

『はっはーっ! 任せとけ! 相方がミックと聞かされてから、そーゆーのは俺の仕事になるって覚悟してたからな!』


 ムードメーカー、なんだろうな。顔を合わせればいつも軽口を叩いているようなヤンクスは、正直なところ苦手なタイプだ。だがこいつがいる場だと、俺が喋る必要は薄れる。そのことをありがたく感じることもなくはない。……俺に話を振ってこない限りは。



「ひゅー、ガルフの言うとおりだったぜ。ホントに出やがったな!」


 Bランク冒険者に恥じない勘の良さで盗賊に気づいたヤンクスが、少しだけ鐙から足を抜くのを確認し、俺もそれに倣う。いつでも「うっかり落馬」できるようにという用心だ。なにしろ斥候役の俺らはまさに矢面に立たされているのだから、問答無用で矢でも射掛けられようものなら、落馬に見せかけてでも回避するしかない。少しでも盗賊を油断させ、馬車の近くにおびき寄せるのが俺らの仕事だ。


 盗賊どもは目に見える限りで20人ぐらい。うち半数ほどがじわじわ近寄ってきているが、交渉?担当の2名だけが突出していて、残りはこちらとの距離をそれなりに取っている。なるほど用心深くて厄介な相手のようだが、ヤンクスはどうするだろうか。


(ミック、合わせろ)


 小声でそう伝えてくると、ヤンクスは慌てたように馬を降りて馬車の側面に向かう。そして、扉の前で精一杯に両手を広げて叫んだ。


「ち、近寄るな! 盗賊どもめ! 馬ぐらいならくれてやるが、この荷物にだけは手を出させねえぞ!」


 ――ヤンクス? さっぱり意味がわからんが、そんなので大丈夫なのか? 盗賊も面食らってるぞ?


「あ? 何わけわかんねえこと言ってんだお前。馬も荷物もお前らの命も、ぜーんぶ頂くに決まってんじゃねえか」


 まあそうだな。この状況となれば、口下手な俺でもこの盗賊みたいなことを言うと思った。


 そして、合わせろ? こんな意味がわかん芝居に、どう合わせればいいんだ?


 しかしこの後のことを考えれば、とりあえず馬に乗ったままというのは都合が悪い。どうすればいいのかわからんが、ここはヤンクスの真似をしてみよう。ダメだったら全部こいつのせいだ。


 転げ落ちそうな演技をしながら馬から降り、ヤンクスの横に立つ。えーと……。


「そ、そうだ! お、俺たちの命はどうなってもいい! 荷物は、荷物だけは許してくれ!」

「は? お前らの命をもらったら、あとは馬と荷物を頂くだけじゃねえか。揃いも揃って馬鹿か?」


 確かに揃えてみたが、馬鹿なのはヤンクスだけで、俺は違うのだと抗議したい。しかし、なんだかんだ言ってそれなりに場をつなげているのだから、ヤンクスも意外と馬鹿ではないのかもしれない。そもそもこちらの要求を通すための会話ではないのだから、適度に戦意を刺激せずに興味を惹くことができれば、俺達の役割としては大成功だ。


「だいたいなあ、載ってんのは荷物じゃねえだろ? 護衛も付けずにお忍びなんだか知らねえが、中にはお強い騎士様と、高貴なお方が乗ってんじゃねえのか?」


 凄いな、ガルム。いっそ不自然なぐらいが盗賊の興味を惹きそうだと言っていたが、まったくその通りだ。そんなことに感心していたら、このあたりが潮時と感じたのか、ヤンクスが合言葉を叫んだ。


「頼む、この通りだ! 土下座っ! 土下座するからよっ!」


 目を閉じたり、地に伏せるようなキーワードが合図と打ち合わせていたが、さすがに土下座はどうなのだヤンクス。そんなことを思いながら、俺は強く目を閉じて隠し短剣に手を伸ばす。閃光装置を取り付けた馬車に背を向けているにも関わらず、閉じた視界が真っ赤を通り越して黄色に染まった。


 2人しかおびき寄せられなかったのは残念だが、始めてしまえばなんとかなるだろう。前もって決めていた通りに手前の盗賊はヤンクスに任せ、俺はもうひとりの盗賊に短剣を放ち、その喉を貫く。目くらましが完全に決まったようで、そいつは避ける動作すらできなかった。馬車から冒険者たちが躍り出てくる気配を背中に感じつつ、俺は近寄ってきていた盗賊たちに狙いを定める。


 さあ、狩りの時間だ。



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