その頃のオーダーさん
これは約束――愛しいクリエが望み、私と交わした約束だったのだ――。
「綺麗な顔しておるのう……嘘みたいではないか……。これで……これで死んでおるのか……」
家を出たクリエには、一切の干渉をしない。それが、クリエが親離れをするときの約束だった。
クリエは前世で不慮の事故に遭い、この世界で私の息子として転生した。そこに世界のどんな意思が存在したのかは、私には推し量れぬ。ゆえに愛する息子には、好きに生きろと伝えた。クリエもまた、この世界での生は余録だと割り切っていたので、ならば前世で憧れていた夢を叶えるために生きたいと言った。
クリエの誕生に呼応して強い自我が生まれた私にとって、クリエと過ごした10年の歳月は、人生(竜生)と呼べる10年にも等しい。愛し子が私のもとにやってくる以前に、自分がどのように生きていたのかを、もはや思い出せずにいる。
しかし、私は戻らなければならんのだ。クリエを失った今、クリエを迎える以前の、思い出すことも叶わぬような日々に。
いや違う、戻れるのならば、そのほうが良い。クリエという太陽を失い、その巨大な喪失感を抱いて過ごす日々と向き合うぐらいなら、いっそそれ以前に戻れたほうがどれほど楽なことか。
「こんな想いをするぐらいなら、クリエに嫌われてもいいから、過保護な親バカでいたかったぞ……」
硬く冷たいクリエの頬を撫でる。この顔はもう二度と、あの天使のような笑顔を取り戻さない。
それでもいい。こうして一緒にいられるのなら。
きっと、私ももう笑うことなどないのだから――。
◇
「う"え"え"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ん! クリエっ……! クリエ!!――――あ痛ッ!!」
いかんいかん、想像だけなのにガチ泣きしてドラゴンドロップを量産してしまった。このようなものが小指に当たっただけで、どうしてこんなに痛いのだろうか。
しかし、これというのもクリエが「親離れのつもりが一生のお別れというのもあり得るから、最悪の場合を想定しておこう」とか言うからだぞ。まったく。
それにしても辛かった。そうか、私はもうクリエに出会う以前には戻れぬのだな……。
前世でクリエが読んでた漫画の記憶に「いっそ出会わないほうが良かった……」というシーンがあるが、なるほど当事者になってみるとまさにそんな感情になるものだな。
だが、私と違ってクリエには寿命というものがあるだろう。遅いか早いかの違いでしかなく、いつかは永劫の別れの日がやってくるのだ。
信じられぬな。来るのか。そんな日が、来てしまうのか。
しかしどうせ来てしまうのなら、なるべく遅いほうが良いな……。さっきみたいな想いをするぐらいなら、いっそ過保護な親バカに……。どれほど嫌われても、クリエが生きてさえいてくれれば……。
はっ。ダメだダメだ、世界の調停者たる私が身びいきなど、絶対に許されることではない。
親というのは辛いものだな。あり得ないことではあるが……もしも私の身が滅びるようなことがあったとしたら、クリエも同じような気持ちになるだろうか。
なるだろうな。私のこの情愛の強さは、おそらくもともとクリエが持っていたものなのだから。
いつか喪うその時までに、どれほどの時間を幸せで満たせるだろうか。
願わくばその幸せな思い出が、失ったあとの日々の支えとなることを。
私の生涯において瞬きにすら満たないようなその時間は、宝物庫に溜め込んだどんな宝石よりも美しく、なによりも価値のある宝物になるのだろう。
クリエを見送ってから3日目。そろそろ馬車ガチャイベントに遭遇している頃だろうか。この母を悲しませぬように頼むぞ、愛し子よ。