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 起きた。


 寝袋から這い出すと、王都の方向に見える山脈の向こうに太陽がまだ隠れている。地球時間だとおよそ午前6時過ぎといったところか。


 この世界の暦と時間の概念は地球にとても近いのだが、1年の区分は1ヶ月を28日とする12ヶ月の太陽暦で、1日の時刻は12区分となっている。よって午前6時過ぎというのは「3時過ぎ」ということになるのだが、モノローグだとつい地球表現が出てしまう。時間に追われてた日本人にとって、1日が12区分っていうのはどうにもガバガバな感じがしちゃうんだよなあ。


 地味な設定パートの話をするのでここから40行ぐらい、具体的には「◇」まで読み飛ばし推奨なのだが――この世界には月というものが存在しておらず、素直に太陽暦が採用されている。異世界星が太陽の周りを公転する周期は336日で、28日×12ヶ月で1年となっており、それで四季にズレも出ない。


 ちなみに1月、2月のように呼び習わすのは「ちく」で、1築、2築と呼ぶ。この呼び方の由来は変人のまぐれ当たりによるもので、あるときその変人はなぜか、朝が来るたびに石をひとつずつ並べてみる遊びを思いついた。しかし7日目まで並べてみたところで「ただ真っ直ぐ並べてもつまらんな? ここから上に積んでみよう」ということで石の隙間に新たな石を積み上げてみると、28日目で一辺7石の見事な正三角形が完成した。


 変人は世界の真理が具現化したような正三角形の出現にいたく感動し、来る日も来る日も28個の石を積み上げては正三角形の山を作り上げていった。そして12個の山を作り終え、新たに13個めの山を形作る石のひとつめを置いたときにふと、変人は気づいたのだった。


「あれ? 今日は山と山の間から太陽が登る日じゃね? ていうか、この遊びを始めた日もそうだったんじゃね?」


 季節が1周するたびに訪れる、山と山の間から太陽が昇り、いつもより少しだけ早い夜明けを迎えるその日は、変人の村において1年の区切りとされていた。誰もがこの日に誕生日を迎えるめでたき日でもあり、村で祝祭が執り行われる特別な日だ。誰か几帳面な奴が336個の印でも刻んで1年の長さを計っていそうなものだが、この村でそんなことを考えた者はいなかった。変人も1年の日数を計っていたわけではなく、最初はただ石を積んで遊んでいただけだ。


 だから変人は考えた。「祝祭の日が来ることを予告できれば、ひょっとすると、村の人たちから尊敬されるかもしれない――!」と。


 そんなことを思いきわめていた変人は、その翌年、震える手で24個目の山を築き終える。もし明日になって山と山の間から太陽が登ってきたら、自分は祝祭の日を予言できる存在だ。そう思うと興奮して手は震え、夜が来てもろくに眠ることができず、ただ夜明けを待った。


 そして、太陽は山と山の間から顔を出したのである。


 かくしてこの村では、変人が12個の山を築くと祝祭の日が訪れ、1年が過ぎることが判明した。


 28日を1築とするこの村に王都の人間が訪れ、新年を祝う祝祭と村人たちに個別の「誕生日」が存在することに驚き、いきなり暦の概念が制定されるまでには、変人の発見からさらに10年ほどを要したという。


 余談だが村では1日のことを「1石」と呼んでいたのだが、当時の王都では生命の源である太陽がどーのこーのという宗教が幅を利かせて「1日」の呼称を採用していたので、結果的に日と築という呼び名になったそうな。


 一方、1日の長さが12区分されているのは、とある変人サド領主が奴隷に不眠不休の水汲みの拷問を――



          ◇



 偉大なる変人たちに敬意を表している間に朝食を終えた。10歳の異世界胃袋にかかれば、前世ではとても無理だっただろう「朝からツノウサギ肉のロースト」もバチコイである。脂の乗ったところがとくにおいしゅうございました。若いって素晴らしいな!


 さて勝負の3日目。地図を広げて現在位置を確認すると、どうやら予定通りに最初の危険地帯に差し掛かっているようで、もうしばらく進むと街道の両側には切り立った崖が現れ、狭隘な地形となる。街道から付かず離れずメリヤスを目指すのは不可能で、街道を離れて山を越えていく大回りのルートか、覚悟を決めて街道を進んでいくかの選択となる。ここまでの旅路は順調、嫌な予感もそれほどないとくれば……。


 よし! 山越えだな!


 ここまで無事に過ごせてるのに、逃げ場のない街道ルートをわざわざ選択するアホがどこにいるんだって話ですよ。そんなん油断とか気を抜いたとかいうレベルじゃなくて、ただのアホだアホ。とはいえ山越えも安全というわけではなく、いくら猟師だからって勝手がわからない初めての山で無双できるとか、そんな都合のいい話もない。ちょっと活きのいいアラシシに出くわそうものなら、即座に命の取り合いだ。


 しかも進めば進むほどハッキリしていくこの嫌な感じ、やっぱり何かのイベントがありそうな気がしてしかたがない。このあたりの山に特有の事情だったりするのかもしれないけど、今いる場所で感じられる獣たちの気配は不自然なほどに濃いし、視界に飛び込んでくる獣たちからは困惑した様子と強い警戒心が感じられる。山全体が不穏な緊張感に包まれているような、とても嫌な雰囲気だ。俺のホームグラウンドでこういう雰囲気になるときは、まさに活きのいいアラシシが乗り込んできていたり、山火事が発生していたりするんだが……。


 なにも確定していないんだけど、それほど遠くない山の中に、なんかヤバめな奴がいると断定しておいたほうが良さそうだ。SSR山賊かなー、SSR魔物の群れかなー。アラシシだったらまだなんとかなるんだけどなー。肌がヒリつくぐらいの気配になる前に、どうにか街道の近くまで進めればいいんだが……。


 欲を言えば今日もツノウサギあたりを狩って食糧問題を解決しておきたかったんだが、何が起きても対処できるように、余力を温存するのが吉だなあ。できるだけ足を速めて、山を越えきってしまおう。


 気配を消したまま、歩く、歩く。進めば進むほど、獣たちの気配が希薄になっていくのを感じる。となればこれはもう確定ということでいいのでは。おそらく獣たちは何かの脅威に怯え、その存在から距離を取ろうとしているのだろう。きな臭い匂いもしなければ煙も見えないとなると、山火事ではない。獣たちを怯えさせる何者かが、俺の向かう先に潜んでいると見て間違いない。


 そんなことを分析しながら四半日ほど進んで、どうにか山越えのルートと街道が再び近づくあたりまで来た。山から感じる気配はかなり剣呑なことになっているので、いっそ街道に出て反対側の山に分け入ってみるのもありかもしれないが、休憩を兼ねてひとまず様子見だ。


 いま俺が潜んでいる高台の森から街道までは1km程度。目を凝らせば街道の存在は確認できるのだが、さすがに馬車などの様子まではよく見えない。リュックから水筒と2枚の水晶レンズを取り出し、街道の様子をうかがう。


 あ、レンズですか? 水晶を薄く削ったやつを、オーダーに作ってもらいました。サバイバルグッズの王道、山の子ならではのチートアイテム。凸レンズはいざというときの火起こしに便利だし、2枚の凸レンズを通して景色を見ると望遠鏡にもなるチートっぷりなので、そりゃあ用意しますよ。むしろ異世界ものってほとんど中世設定なのに、日本では弥生時代から球状加工技術が存在したとされた水晶関係のアイテムがめったに登場しないのが、どうにも不思議でしょうがないというか。


 そんなこと言ってる俺も一応は全属性の精霊魔法が使えるわけで、火起こしに苦労する異世界ものなんかほとんどないという事情もあるんだろうけど。余計なフラグを立てないために手の内を隠したい俺みたいなタイプには、いくらでも言い訳が利く便利なアイテムだと思うんだよなあ。いざとなったら「猟師の間じゃ有名な知恵だ」とか言っときゃいいし。


 さて、手頃な木に登ってしっかりと身を隠したら街道観察だ。2枚のレンズの距離を調整して、街道にピントを合わせると……。


 ん? 誰かが街道に立って、王都に向かう馬車を追い返してる? なんかいちいち身分証みたいなの出してるけど、それを見た馬車の人たちがすぐに納得してUターンするということは……街道に立ってるのは、軍とか騎士団とか、なんかそういう感じの人か。やっぱり厄介事が起きてるんですかー、そうですかー。


 お、今度は3頭立てのいかつい馬車が来た。そんで街道に立ってる人を回収して……そのまま王都に向かう、と……。


 え? どゆこと?


 えーと、他の馬車を追い返してた人はたぶん軍とか騎士団とかの人だ。で、その人を乗せて引き返さないということは、たぶんわざわざ厄介事に当たりにいっていると。ということは、3頭立てのパワフルな馬車の中にはおそらく、軍とか騎士団のお仲間がぎっしり詰まってるわけで……戦力的にはSSR級の馬車が現れたということでいいんだろうか。


 とりあえずこの馬車の顛末は見届けたほうが良さそうだ。レンズを手早くリュックに放り込むと、木から飛び降りて森の中を進む。馬車が進んでいった方角に見える稜線を越えれば、しばらくは馬車を視界に入れながら進めるはず。


 間違いなく何かが起こることを確信しつつ、足をどんどん速めていく。


 待ってろ馬車、お前の顛末はこの俺が見届ける!(森の陰から)


 (こっそりと)


○○○●○○○

○○_●●_○○

○○●●●○○

○_●●●●_○

○●●●●●○

_●●●●●●

●●●●●●●


1築


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