コンビニに菓子パンを買いに行く話
どうも皆さま、田中と申します。最近、色々あって文章を書く機会がございません。なんだか日に日に文章が下手になっていっている様な強迫観念が私を襲っております。実のところ、私は上手な文章が書きたいと少しばかり思っております。そんな野心とは裏腹に、文章力が後退していく今日この頃でございます。恐ろしいことです。
文章力を上げるにはインプットとアウトプットが必要だと考えております。すなわち、読書と作文でございます。最近は、どちらもできていません。悲しい限りでございます。しかし、今日は少し余裕があるので、ちょっとばかり文章を書いてみたいと思います。
とは言え、何を書くべきでしょうか。思いつきません。ストーリーが思いつかぬのです。あぁ何たること! 文章を書こうにもストーリーが思いつかないなんて、お米も無いのにご飯を炊きたいと無理を言っている様なものでございます。ですが、どうしても文章が書きたいのです。となれば、日常を脚色してやりましょう。日常をそのまま綴ってしまっては、ただの日記でございます。ですが脚色してしまえば、立派な小説として輝いてくれるはずだと信じております。
それでは、近所のコンビニで菓子パンを買い食いした話をいたしましょう。
ある日、田中は思い立った。
菓子パンを買おう――。
菓子パンを買って腹に詰め込むのだと決意した。それは金剛石のごとく硬い決意であった。コンビニで菓子パンを買ってやるのだ、と、天をも焦がすほどの熱い義心が田中を突き動かしていた。
天下国家のためならば、私は菓子パンを買ってやろう――。
田中はしがないビジネスパーソンである。そんな田中をも世を憂い、菓子パンを買うことを決断させるほど世は乱れていた。加熱する米中貿易戦争、悪化する日韓関係、北朝鮮から相次いで発射される飛翔体、これらに端を発した一揆の多発によって、ここ日本はかつてない危機に瀕していた。
田中の住む地方も軍閥によって支配され、中央政権から切り離されてしまって久しい。新しい帝が即位され、元号が令和になったと言う情報が入ったのも、つい先日のことである。それも安倍軍閥によって先帝が廃されたためらしい。そんな噂がまことしやかに流されていた。もはや日本は情報すらも行きわたらないアポカリプスの様相を呈していた。
菓子パンを買う、これは天意なのだ――。
田中がそう思うのには、昨晩見た夢が起因している。
夢の中、天は厚い雲に覆い隠され、地は暗く荒れ果てていた。そんな絶望の世界で、田中は一人、空腹にあえぎながら歩いていた。道の傍らには犬の死体を啄む烏の群れが次の獲物を虎視眈々と狙っていた。
あぁ私は飢えて死に、この烏どもに食われてしまうのだ――。
そんな半死半生の田中の目の前に忽然と、熊猫に乗った天狗が現れたのであった。熊猫とは、世が乱れし時に人々の前に現れ、導くとされる瑞獣である。読んで字のごとく、熊に似た様相であるが、体毛が白と黒の二色で構成されていることが特徴である。余談となるが、熊猫は非常に愛くるしい姿をしているため、世のビジネスパーソンにも大人気である。田中も熊猫のキーホルダーを愛用している。
山伏姿に高下駄を履き、猛禽類のごとき翼を携えた、禿頭の天狗は田中に、こう告げた。
「貴様、世を憂いておるようだのう。しかし、腹が減っては大事は成せぬ。貴様、手のひらを出せ。」
これでよろしいでしょうか――?
田中は両手のひらを皿のようにして前に出した。それを見た天狗は大きく頷いた。
「良し良し。これでConvenience storeで菓子パンを買うがよかろう。これも天下国家のため、天意なるぞ。」
天狗が錫杖で地面をトンと突くと、田中の掌中に2枚の硬貨がひょいと現れたのだった。
銀のピカピカが――2つも――!
これでコンビニで菓子パンを買えば良いのでございますか――。
「No! Convenience store.」
カンビーニャンス ストアァ――。
「まぁ良かろう。これは天意。それをゆめゆめ忘れるでないぞ。」
カンビーニャンス ストアァ――。
カンビーニャンス ストアァ――。
カンビーニャンス ストアァ――。
……――。
果たして田中が目覚めると、2枚の硬貨を握りしめていたのだった。
こういう具合で、田中は天意を果たす大志を燃やしコンビニで菓子パンを購入することを決意したのである。
残暑厳しい中、コンビニを目指す田中の歩みは勇ましかった。大股でずんずんと歩く田中に迷いは無かった。大きくひび割れめくれ上がったアスファルトを乗り越え、路傍の中古の戦車にわき目も振らず大通りを歩いて行った。普段、この通りを通るときは物陰に隠れながらひっそりひっそり歩く。それと言うのも、通りを行く者は誰かれ構わず狙撃されてしまうからだ。それを知る地元住民は絶対に物陰から出ようとはしない。
田中は、そんな危険な通りの真ん中を堂々と歩いても狙撃されなかったのだった。それは果たして、ただの幸運なのか、それとも天の采配なのか。それは分からない。
天が私を守りたもうたのだ――。
しかし田中はそう確信した。そして天下国家のためという義心をさらに燃え上がらせたのであった。
こうして危険な通りを抜けて、コンビニにたどり着いた田中は、菓子パンコーナーを目指した。ロボットワーカーによって整理整頓された店内には、ラジオからジャミングのためのノイズがのった妙に陽気な音楽が垂れ流されていた。
菓子パンコーナーには様々なパンが陳列されていたが、田中は迷わない。田中の迸る気焔万丈に相応しいのは赫奕とした赤色、それすなわちイチゴジャムパンである。
イチゴジャムパンを手に取ると、颯爽とレジに歩いて行く。パンを自動精算機に放り込むと¥162と表示された。ポケットから2枚の硬貨を取り出した田中は、思い切りよく精算機に投入した。
もうすぐ菓子パンが食べられる――。
天よ、お待ちください――。
精算機からパンが出てくるのを待ったが、一向に出てくる気配がない。田中は精算機を再度見直すと”あと¥160”と表示されていたのだった。
現金を使わなくなってしまって、現金の有難みや価値を忘れてしまった田中は、天狗に騙されてしまったんですね。怖いですね。