需要と供給 誰にでも出来る仕事の価値とは?
思いつきで書きました。
何となく雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。
弐叛国と呼ばれる島国の国会で今、1つの議題が討論されることとなった。
その討論内容とは賃金の見直しについてである。
当初のその議論は例年通り前年度の景気を参考に話を進める予定であった。
なんの変哲もない恒例の議論に多くの議員たちは飽きていおり、興味を失っていた。
そこに1人の経済学者が新たなる経済理論を考えたとのことで、自ら国会の答弁に参加したいとの申し出があった。
変人と噂される彼に興味を持った多くの議員たちは、彼と国を代表する企業の社長とで賃金の見直しについて討論させてみようという余興を考えついた。
そしてその討論はこれから行われる予定となっていた。
議員会館の一室。
国会議員たちは会議室の外側をぐるりと陣取り椅子に座っている。
その中央には左右に別れて招待された2人の人物が椅子に腰掛けている。
1人は変人と名高い経済学者。
白衣を着てはいるものの、長年愛用しているようで黄ばんでいる。
その中から覗くセーターも同じく所々虫に食われた後が有り、中に着込んでいるシャツの襟も汚れていた。
細身で身長は高いものの猫背であることから、ひん曲がったごぼうを連想させた。
彼の姿をひと目見た議員たちは、これから始まる滑稽な討論を想像しヒソヒソと会話をしている。
どの人物も白い歯を覗かせていることから、真面目な会話でないことが分かる。
招待されたもう一人の人物は国を代表する大会社の社長であった。
経済学者とは正反対にのりの効いたスーツを着こなし、堂々と背筋を伸ばす姿は威圧的なオーラを放っている。
綺麗に脇目を入れた髪はワックスで撫でつけられており、綺麗に整えられた口ヒゲは良く似合っていた。
社長はその才能と手腕で主任後も会社を右肩上がりで成長させ続けていた。
今回その文句なしの実績が評価されて呼ばれることとなった。
これから行われる討論はテレビ中継されることから、社長の考えに興味を持つ多くの社会人たちはこぞってテレビを見ることだろう。
そして討論の過程で明らかになる経済学者の変人ぶりに視聴者たちが失笑するであろうことを、議員たちは密かに予想していた。
「それではさっそく御二方の意見を聞いてみましょう」
定時となり会議が開かれる。
進行役の男が口を開く。
「では私から提案させていただく」
ひょろひょろの経済学者が胸をそらし立ち上がる。
その姿は虚勢にしか見えなかった。
「長年世界国々での賃金は”誰にでもできる仕事”こそ低く設定される傾向が続いてきました。。そこに異論はないと思います。いかがでしょうか?」
「・・・・例えを提示していただいてもよろしいかな?」
経済学者の問い掛けに社長は悠然と答える。
その姿は余裕があり低音な彼の声は威厳に満ちていた。
「そうですね……我が国においてはレジ打ちの仕事がその代表として挙げてもよさそうですね。街を歩いていると頻繁にアルバイトやパートの募集内容を見かけることでしょう。ここにいる皆さんも会計係の仕事が低賃金であることは知っていることと思います。むしろ知らなければ問題でしょうけどね。そこで皆さんに問いたいのは果たしてレジの仕事が低賃金で正解でしょうか?私はそうではないと考えるのです。長年の考察により新たな賃金の真理を突き止めました!と言わせていただきましょう」
声を大にしてそう主張する経済学者に、その前評判を聞いていた議員たちは訝しげな目を向ける。
ザワザワと会場から声が漏れる。
議員たちの多くは経済学者の言葉が脳に浸透していくとまるで滑稽なものでも見るような目つきへと変わっていった。
「新たな真理である賃金モデルとはピラミッド方式です!!即ち”誰にでもできる仕事ほど高収入であるべき”という考えの下賃金体系を見直すのです!」
経済会社の声に反比例するように、その場は白けた空気が流れる。
議員たちの顔には理解できないという表情が一様にうかがえ、それは社長にも見て取れた。
「・・・・面白い考えですね。ぜひ詳しく聞かせて下さい」
社長は苦笑いで続きを促す。
その表情にはこんな奴と討論させられて遺憾であるというのが表れていた。
「ええ、聞いて下さい」
変人学者は素直に喜ぶ。
周囲の反応には全く気付いていないようであった。
「我が国の働き手、所謂”生産年齢人口である15歳から64歳までの人数はおよそ7500万人おります。仮に彼ら全てを働けるとみなした場合、需要と供給の観点から、誰にでもできる仕事ほど応募が殺到し倍率が高くなります。そこには自然と競争が生じることでしょう。結果倍率の関係上高収入となるのです」
いかがですか?と聞こえてくるような顔で経済学者は会場を見渡す。
彼の態度とは反対に会場獣からは失笑が漏れ出ていた。
「………なるほど。言いたいことはなんとなく分かりました。色々と伺わせいただきたいのですが、それでは私のような社長は業績を長年上げ続けたにもかかわらず、あなたの理論では評価はされないとそういうことですかな?」
社長が特に関心もなく質問する。
呆れてしまっているようにも見えた。
「そうですね……純粋な競争原理を持ち出せばそうなるでしょう。ではアイデア料を会社が存続する限り毎年いただくのはどうですか?これなら社長職に就く”奇特な方”にも納得していただけるのではないでしょうか」
経済学者が裏のない笑顔で提案する。
しかし、奇特なという言葉に社長の顔が険しくなり会場がピリっとした静寂に包まれる。
「奇特とは言ってくれますね。………私の会社だけでも従業員が約7万人おります。あなたに分かりますか?彼らの生活が私の双肩に伸し掛かっている重圧が。私には彼らの生活を守ってきたプライドがある。あなたの考えには到底受け入れられませんね」
当たり前だと言わんばかりに社長が腕を組み言う。
「そう仰っしゃりたい気持ちも分かります。しかし私の法則で言いますと、あなたの報酬は競争率が7万人なので小さくなります。もっと言えばですね………因みにあなたの会社では社長のポストに就く可能性のある人数は何名ですか?」
「約10人です」
憮然とした態度で社長は完結に答える。
「そうですた。それですと10人で1つの椅子を取り合うので倍率はもっと下がるでしょうね。気分を害されるとは思いますがこれが自然と摂理と思われます」
変人経済学者は特に感情も込めず話す。
社長の眉間には青筋が浮き出ているものの特に気にもとめない。
周辺の議員の方がよっぽど慌てふためいている。
「可笑しなことを仰る。そもそも従業員たちは選ばれし7万人であり、私はその頂点にいるのです。そうして選りすぐりの有能な人材が舵を取らなければ船は沈むことでしょう。船員たちは荒波に呑まれることになりますが、その責任は一体だれが取るのです?」
「少なくとも、波にさらわれた時点であなたも命を落としているでしょうから、責任は取れないでしょうね」
淡々と告げつ経済学者の発言に、吹き出してしまう議員が数名いた。
ギロリとそちらを見る社長の顔は怒りで歪んでいた。
「それと彼らの心配は必要ありません。なぜなら”誰にでもできる仕事”は高収入なので門戸は広く開いております。万が一誰にでもできる仕事に就けなくても国の支援の下で凡人にはできない仕事をすれば大丈夫でしょうから」
抑揚もなく経済学者は話し続ける。
「凡人にはできない仕事とは?」
社長が内心のイライラを一度抑えて尋ねる。
「あなたのように物好きな方々のことですよ」
再び会場に小さな笑い声が起きた。
しかしその笑いの意味を理解できない経済学者はぐるりと議員たちを見回すと、無精髭の眠たい目で次の言葉を発する。
「誰かが笑ってらっしゃいますが私の考えでは国会議員も同様ですよ?あなたがたは間違いなく収入が減ります。まぁ、私に言わせてみれば真に国を想って働くのであれば、ボランティアでするのが相応しいと思いますがね。その話は今度することとして、ここでは止めておきましょう。国会議員の皆さんも決して他人事ではないのですよ」
淡々と話す経済学者のセリフに会場はシーンと静まり帰る。
社長は怒りも顕に口を真一文字に閉じている。
「おい、我々は努力の末ここにいるんだぞ!そこらの奴らと同じにしてもらっては困る!」
生中継で放送されていることも忘れ、次々と議員から野次が飛ぶ。
しかし経済学者はそれを周囲を飛び回る小蝿のように鬱陶しがるだけで動じない。
「あなたたちも変な言いがかりを仰っしゃりますね?私達は国が定めた学習指導要領を経て大人へと育ちます。言わばそれは横一線の状態です。それ以上は学習意欲の高い一部の人がさらに上の学問を嗜みたくてしていることに他なりません。私もその1人です。もしそれが受け入れられないのであれば、国の学習指導要領の基準を引き上げることを考えねばなりません。………先程も言いましたが何か特別な仕事をしたいのであれば、国が支援をすればいいことではありませんか?収入とは別にしてね」
「・・・・・・・・・・」
会場からは反論が見られない。
当初経済学者の哀れな姿て終えるはずだった予定は一変していた。
「例えば医者を例に挙げてみましょう。収入の大きいことは誰もがご存知でしょう。人の命を扱うということは、高度な知識と技術が必要となります。それは尊敬に値します。しかしその責任は計り知れません。ここで1つ考えていただきたいのは、人は過ちを犯す可能性を誰もが孕んでいるということです。一度のミスで医師としての資格を剥奪され、社会から抹殺されるのは果たして正しいことでしょうか?私は何もミスを許そうというのではありません。そうなった時に”誰でもできる仕事”が高収入であれば、ミスした医師もやり直しが効くのです。そもそも特別な知識・技術・責任と収入を同じ天秤で量ることはできませんし、してはならないことではありませんか?」
「・・・・・・・・・・」
急に真面目な口調で熱く語る経済学者に今や誰も何も言えなくなっていた。
しかしここで思ってもみなかった人物から質問が上がる。
司会者からであった。
「あの、………それでも”誰にでもできる仕事”……なら……機械に任せてしまえばいいのでは?」
おずおずと気後れした様子だがどうしても聞きたいことらしく挙手して言う。
彼のこの発言には政治家たちもいいぞとばかりに、
「そうだ。そうだ」
と盛んに野次を飛ばす。
ここにきて変人経済学者の額から一筋の汗が流れ落ちてきた。
その様子を見て社長もニヤリと笑う。
「これは失礼。私としたことがすっかり失念しておりました……」
狼狽する経済学者の次の一言に会議室の全員が集中する。
「それでは……これから生産される予定の機械の数を倍率に入れて賃金を計算しないといけませんね」
経済学者はこともなげに言い、会場は静寂に包まれるのであった。
2019/9/30 大幅に加筆いたしました。