来訪者。
「李紗さんの本当の姿って狐人の方なんですかね」
リィリスがルナと遊びながらふと呟く。
「……え?」
「李紗さん、なんだか元の人間の姿で居る時の方がキツそうに見えたから」
「自分では全く気がつかなかったけど、そう言われてみればそうかもしれない……」
今の私の状態ってインドラの力を借りているというよりはインドラの力を借りているのが自然な状態なのか。寧ろ元の姿になる時に余計な力を使っているのか。
言われて自覚してみれば確かに《インドラ》を使わずにリハビリをしていた時の方が大変な思いをした気もする。
一度考え出すと止まらず、リィリスに「ちょっと散歩してくるね」と言い残して足早に遺跡を離れる。
湖の畔に辿り着くとその場で座り込みインドラを喚んだ。
彼に先程の気づきを打ち明け、相談する。
「主の失われた部分を余の力と石で補完したからな」
「つまりインドラはもう私の一部になっていたんだね」
「ああ、そうだ」
「全然、気づかなかった。ごめん」
「いや、気にしなくていい」
話が終わると私は再び狐人の姿に戻る。そして来た時とは違い、遺跡までゆっくりと歩いて帰る。
また私の為に誰かが犠牲になってしまったと、そう考えるのが辛くて苦しくて。でも生かされている私はその事実を受け入れなきゃいけなくて。
犠牲になってしまった人の為にも生きなくちゃいけない。今の私はどうしてもそう考えてしまう。
「ただいま〜!」
「李紗さん、おかえりなさい」
可愛い妹の前では暗い表情は見せないようにしよう、と暗い自分を押し殺してみせる。
二人で用意して一緒に食事を済ませた後、銀竜達にもご飯を用意して与えた。家を出て湖の畔で暮らす神獣達の世話をしながら過ごす。
この二人きりで暮らしてきた数ヶ月でリィリスは成長したと思う。身長差も随分開いてしまったし、何処とは言わないけど豊満になっていた。多分知らない人が傍から見たら私と彼女、どっちが歳上か判断に困るだろう。
それが関係するのかどうかは分からないが、最近のリィリスは良く眠る。傍に何かしらの神獣が居ると良く眠るようになっていた。
神獣から何か影響を受けていないか、神獣達に尋ねてみたところ特に影響は無いそうだ。
ただ単にする事がなくて暇させているせいかもしれないが。
例にも漏れず今日も猫の様な見た目をした神獣達に囲まれながらスヤスヤと眠りに就いていた。
無理して明るく振る舞うことにも限界があったし、正直今日は眠ってくれていて助かった。リィリスに気を遣わせてしまうのも申し訳ないし。
試しにリィリスの傍で横になってみる。
目を瞑ってみても自分への後悔や懺悔ばかりで全く眠れる気はしなかった。
ので、しばらくそうしていた後に身体を起こし辺りをウロウロして時間を潰す。
この世界には『日没』という概念が存在しないため時間の感覚というものがまるで無い。全ては身体で覚えていくしかない訳だ。
ある程度時間が経った気がしてリィリスを起こす。「おねえさま……?」とまだ少し寝惚け気味な彼女を湖畔まで連れて行き一緒に顔を洗う。
そうして帰宅し、ご飯の準備をして皆でご飯を食べる。
そんないつも通りを過ごす。
いつものように輝夜に包まれながら眠ろうとしていた時だった。
私の少し尖った耳が竜種の羽音に反応した。
眠そうな輝夜を宥め音のした方へと急いで向かう。そこに現れたのは銀竜達の祖先ともされる巨獣、神竜だった。
「なんでこんな所に……」
突然現れた彼に警戒しつつ、リィリス達の元へと急いだ。
寝ているリィリスと銀竜達を起こして神竜の存在を報せる。銀竜達も警戒を顕にし羽根を逆立てる。
「私が惹き付けるから何かあったら逃げてね」
「あ、待ってください。李紗さん……!」
言い残して聖剣を腰にぶら下げ、神竜の元へと向かう。リィリスに声を掛けられるもそれを無視して先に進む。
光の速さで巨竜に近寄り、一撃をお見舞いする。
「グギヤアアアアアアアア…………ッ!」
雷撃を食らった神竜が痛みに耐え兼ねて暴れ出す。その巨体で暴れるものだからせっかく再建した遺跡もガラガラと崩れていく。
流石にこのまま暴れられては堪らないので撃退しようと《インドラ》の力をフルに発揮しようとした時だった。身体の中で今まで感じたことの無いような熱が突然と溢れ出てきた。
私はなんとなくこの熱の正体に勘づきつつもそれを無視して《インドラ》の力を呼び起こす。そして雷を身体に纏うと強化されたその脚力で大きく飛躍し、神竜の脳天目掛けて剣を振り下ろした。
剣自体は神竜の鼻先を掠めただけだったが、その後に突然降ってきた物凄い威力の落雷によって神竜は地に伏した。
「はぁ、はぁ……」
落雷でもって倒した神竜だが、今は一時的に気を失っているだけだ。目を覚ます前に拘束する必要がある。
そう判断してリィリス達に鎖の用意を頼む。
一向に収まらない身体の中の熱をなんとかして抑え込もうとするも寧ろどんどん広がっていて身体が疼いて仕方がない。
段々と身体を起こしていることすら辛くなってくる。
「熱っ……、李紗さん大丈夫ですか」
リィリスが傍に寄ってきて介抱してくれる。触れた左手は火傷のように真っ赤になっている。
また私は一歩化け物に近づいてしまったんだな、と自覚した。
私自身の身体や心が摩耗する度、私の中に居る『竜王』が目醒め私の身体を侵蝕する。
《インドラ》の力を完全に解除し、元の人の姿へと戻る。左腕が黒く異形と化していた。
インドラに事情を聞いてみた所、彼をも飲み込む勢いでバハムートによる侵蝕が進んでいるらしかった。
「せっかくインドラが生かしてくれたのにこんな形になってしまっていて本当にごめんね」
インドラは何も答えない。ただ、静かに微笑む私を見つめるだけだった。
リィリスに支えてもらいながらゆっくりとゆっくりと神竜の傍へ行く。リィリスに指示をしながらなんとか巨竜を拘束した。
「久しぶりだな」
崩落しかかった家に戻ってみるとそこにはクジャ・アルティが居た。
「どうしてここに?」と問う前に神竜が突如現れた理由が分かった気がしてフラフラな身体で彼に詰め寄った。
「あの竜を連れて来たのは貴方ですか」
「寧ろ逆だ。俺があの竜に連れて来てもらったんだよ。そして無抵抗だった神竜に先に手を出したのはお前だ。俺に非は無いと思うが」
「……何の連絡も無く突然あんなのが現れたら警戒するのは当然でしょ。高位魔導師の貴方なら幾らでも連絡手段はあったはずなのにそれをしなかった。十分非がありますよね」
「おお怖い」
キッとクジャを睨みつける。
すると彼は戯けたように笑う。
「お前の現状を知るために必要なことだったと白状しておこうか」
つまりはわざと私に神竜を撃退させるよう仕向けた、という訳らしい。
流石にカチンときた。
「ふざけないで!」
「神竜を単独撃破出来るほどの末恐ろしい力を持ち、挙句その見た目とは本当に哀れだな」
「…………うっ!」
蔑んだ目を向けられたまま、私は彼に押し倒された。
「虎鉄達から話は聞いている。身体を見せてみろ」
「絶対嫌!」
「李紗さんから離れてください!」
リィリスが私を庇うようにしてクジャの腕を掴んだ。しかし、抵抗虚しく跳ね除けられてしまう。
「ええい、大人しくしていろ」
「嫌、離して!」
「…………ちッ!」
クジャは私になんだか分からない魔法を掛けた。途端に頭がクラクラして意識が朦朧としてきた。
意識がハッキリしないままに衣服を脱がされる。クジャは私の身体を眺め「遅かったかもしれない」と腹部にある傷口に触れた。
そして何かを唱えながらその傷口を抉った。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
朦朧とした意識でもハッキリ分かるほどに激しい痛覚を感じ、脚をバタバタさせ暴れる。
そして抉った傷口に何かを押し込むようにして触れた後に液体を流しながら回復魔法を掛ける。
あまりに強引過ぎるやり方に傍で見守っていたリィリスも怒りを隠せない様子だった。
両極端な痛みと癒しを受けた私は身体の起伏についていけずにそのまま意識を失っていた。
目が覚めると腹部の痛みも完全に消え、体内で暴走していた熱も収まっていた。
「起きたか」
「…………はい」
「傷は良好、意識もハッキリしてる。大丈夫そうだな」
「あの、説明してください。私は何をされたんですか」
「虎鉄からお前が迷宮の中で一度瀕死に陥ったって話を聞いてな、力を暴走させるんじゃないかと来てみたわけだ。試しに神竜をけしかけてみれば案の定暴走手前って状態にまできたからそれを収める手伝いをした。以上だ」
「どうやって収めたの」
「そもそもお前の中のバハムートの力を引き出していたのがラムゥが残した呪いだった。だからそれを取り除いてやってその場所に神竜の身体の一部を移植し発電を促すよう水分を与えながら回復魔法を施したわけだ」
聞いたら喜んで力説してくれた。
「そうなんですか……。一応お礼を言っておきます。ありがとうございました。助けていただいて」
「棒読みかよ。まあいいけど」
身体の状態については聞けた。あとはさっき気になることを言っていた気がするし、それを聞いてみる。
「そういえば虎鉄くんに話を聞いたって言ってましたけど、彼らが今何処にいるか知ってるんですか」
「ああ、知ってるよ」
「じゃあ……」
「でも教えない」
「私貴方のこと本当に嫌いです」
答えてはくれなかった。
私が神竜を倒してしまったがためにしばらくは移動手段が無くなってしまったらしいクジャがここに滞在させろとせがんできた。私もリィリスちゃんもそれを拒否した。
一応感謝をすべき相手なのは分かっているがどうも素直に頷きたくなかった。問答無用で人の服を引っぺがすような人だし。
寝泊まりこそ許可は出さないものの食事くらいなら、と一緒に食卓を囲んだ。
リィリスちゃんも私も召喚獣に関しては知らないことだらけだった。だからこの人が鼻高に語ってくれる内容はとても興味深くて、真剣に話を聞いた。
そうして次第に心を許していった。
リィリスはクジャに召喚術についての手解きを受けていた。召喚術を扱えない私もそこに混ざり一緒に鍛練に励んでいた。
いつからか呼びかけてもインドラが姿を現さなくなっていた。クジャ曰く、完全に身体の中に溶けてしまったのだろうとの事だった。
何故だかそれを横で聞いていたリィリスが大泣きし始め、彼女を慰めることに必死で悲しむことも出来なかった。
それから二ヶ月後、三体の銀竜が遺跡に舞い降りた。そしてその背中には少し容姿に変化があるものの私の大事な仲間達がいた。
「ただいま」
照れくさそうに最初にそう告げてきたのは虎鉄くんだった。
それに続くようにして怜奈と竜也も同じように「ただいま」と挨拶をしてくれる。
「うん、おかえり!」
私は彼達に笑顔で抱き着いた。