決断。
ルナアークの体調と虎鉄達の気まずげな様子を気遣ったクラウディアの提案でクジャに案内され四人は別室へと移動した。
「挨拶が遅れました。お久しぶりです師匠」
「ああ。元気そうでなによりだ」
「はい。俺達はその、色々ありつつもなんとか無事に過ごしています」
その挨拶を皮切りに虎鉄達はアレクサンドリアを離れた後の約三年間をクジャに話した。クジャも黙って彼らの話を聞いていた。
ギルドに帰って厄介払いされるかのように遠征へと旅立ったこと。旅立った先の銀竜の巣での生活についてやその後訪れた遺跡の中で起きたこと。李紗が目を覚ますまでの約八ヶ月間のこと。
話を聞いたクジャはしばらく黙考していたが、口を開くなり「改めて女王と話をする必要がありそうだな。こいつらを交えて」と零した。
「つまり李紗とアーリア王女はその再建された遺跡にいるんだな」
「ええ。二人を連れて来るのは難しいだろうって考えでそうしました……」
「悪いが俺は少し席を外す。クラウディアには王女の状態を見てお前らを部屋に通すように伝えておく。それまではここで休んでろ」
早口に並べ立てて出掛ける準備を始めたクジャ。グリーヴァの方を向くとその彼に一礼だけして部屋を後にした。
十分後、クラウディアが部屋を訪れた。「女王が呼んでいるから」と再び部屋に案内される。
ルナアークは先程より体調が良くなったのか、ベッドの上に起き上がったままの状態で待っていた。
「クジャから少しだけ話を聞きました。ですが、貴方達の口からきちんと話を聞こうと思い呼んだの。ごめんなさいね。何度も同じ話をさせてしまって」
「い、いえ」
先程クジャにした話を同じようにルナアークとクラウディアに話して聞かせる。ルナアークは勿論のこと、クラウディアまでも何度も何度も息を飲みながら話を聞いていた。
「サーラ様……いえ、ワルキューレに会うことは可能かしら」
竜也に対しルナアークが懇願の目を向ける。竜也は一度自身の槍を握りブツブツと何かを唱えると気を失い、パタリと横たわった。
「なんだか懐かしい匂いがする」
倒れた竜也……否、竜也がそう呟いた。
「初めましてサーラ様。私は……」
「現国王代理のルナアーク女王様、でしょ。竜也さんから聞いているわ」
「それは恐縮です」
ベッドに座ったまま何度も頭を下げるルナアーク。その彼女の様子を見ながら戸惑う虎鉄。
「ワルキューレは元々クレセリアの王女様の一人だったのよ。つまり現アレクサンドリア家の血族なの」
虎鉄の耳元で怜奈が小声で囁き、補足する。
竜也はルナアークに没後神獣になるまでの経緯や自分の他にも召喚獣となって生きている血族がいることなど話して聞かせた。
そして最後にグリーヴァを差して、
「そして彼はグリーヴァ。ラースの弟として産まれてきたもののお義兄様……ノア様のせいでクレセリアの歴史から抹消されてしまった子なの」
とルナアークに紹介した。
怜奈はそこでピンと来て驚いてしまう。なぜならマリリスの記憶で見た少年がグリーヴァだったと言うことに気づいてしまったからだ。
「ラース様の弟君ということは……」
「そう。彼はユナ様の子どもなの。彼女が行方を晦ます直前に産んだ子よ」
そこからしばらくは竜也とルナアークの二人で話しっ放しだった。
虎鉄、怜奈、クラウディアの三人は二人の話を黙って聞いていた。
キリが着いたのかルナアークは一度深呼吸をした後に虎鉄と怜奈の方に向き直る。
「竜也さんを含めた貴方達に謝らなければならないことがあります」
と前置きしてもう一度深呼吸した後、再び話を続けた。まずは三人の身体がどのようにして生き長らえているのかという話から召喚獣についての説明。そしてその軸となっているルナアークの魔力が持ちそうにないことなど説明する。
ルナアークの憔悴の理由が自分達にあることを知らされた虎鉄と怜奈は動揺を隠せなかった。
「ただ、幸いにもあなた方が新たに力を手にしていたお陰で何とかなりなのそうです」
だが、そんな三人とは裏腹にルナアークは明るい声で言った。
ルナアークから李紗に行った手術と同じものを自分達にも施すのだと説明される虎鉄達。
今体内に宿る召喚獣達を放ち、別で用意した召喚石とそこに宿る神獣達を使って施術する。ただ一つ違うとすれば命を落とすリスクが限りなく低いこと。当時の李紗は死と隣り合わせの状態だったがために危険な状態に陥っていたが、今回は特にそういった状態でもない。
なので何も心配することはないはずだ、と勧めるルナアーク。しかし当の本人達は素直にそれを了承出来ないでいた。
虎鉄は遺跡での一件があった為にラムゥの事が苦手だった。なので一体化して何の衝突も起こらず力が使えること自体は楽だと思う反面、一度李紗の命を奪った白雷を自身が扱うという事には忌避感があるために拒否。
怜奈はマリリスに対して思うところがある訳ではないが、李紗の半神獣化したあの姿をを思い出し自分達が旅に出る理由にもなったギルドでの事が思い起こされ、自分達の今後を不安視していた。
そして、
「竜也さんと一つになるなんて絶対に嫌です」
どこぞの元王女も断固拒否をした。
「へえ、意外ね。あなたの事だから喜んでオーケー出すと思ったのに」
「そりゃ竜也の一部になるって考えたらそれはそれでかつてないほど幸せですけど……」
「じゃあ何が不満なの?」
「せっかく知ったこの気持ちを手離したくないのですよ。今更貴女に嫉妬するわけではありませんが、私も人並みの一生を送ってみたいのです」
「……そっか」
「ねえ、良い機会だから教えて欲しいことがあるの……」
怜奈だって恋を知らずに人としての生を終えた彼女がやっと見つけた『初めての恋路』を邪魔する気は無い。その相手が自分の彼氏だったとしても、だ。
だから特に何を言うわけでもなく受け入れる。
二人のやり取りを見守っていた虎鉄は何か方法無いか、と頭を巡らせていた。そして気づいた。今更ながら入手した他の召喚石での代替は出来ないか、と。
すぐさまルナアークとクラウディアに訊いてみようと彼女らの傍へ行きヒソヒソと相談してみる。すると結果はイエスだった。
がしかし、それをする場合のリスクは大きかった。
今までとは属性への適性も力の使い方や使い道も全てが別のものになってしまい、せっかく培ってきたものが無駄になってしまう可能性もあるがそれで良いか、という話だ。
ゼロからのスタートと聞いて考え直す虎鉄。
それじゃ一歩進んで二歩下がった状態だった。自分達が死ぬ思いをしての旅が無駄になってしまうと考えるとそれはそれで辛いものがあった。
そしてそれが違うことにも気づいた。
「そっか。俺達は召喚獣の力を借りて生きて来ただけで、俺達自信にはなんの力も無かったんだな」
と、遅まきながらにそれを実感した虎鉄だった。
結局、結論は出ぬまま話が終わる。ルナアークさんには「答えはゆっくりでいいからね」と慰められてしまった。隣に座っていたクラウディアさんは『なるべく早めに』と目で訴えていた。
「何話してたの?」
さっきまで竜也と話していた怜奈だったが、こちらも話にケリがついたらしく話しかけてきた。
「……いや、なんでも」
何処まで話していいか分からずつい誤魔化してしまう。悪い癖だ。
「ただ、ルナアークさんがさ、この件に関してはすぐに答えを出さなくてもいいからって」
「でもそういう訳には、いかないでしょ」
「そうだな。うん、分かってる」
「…………まあいいわ。とりあえず、後で竜也にもこの事を話して、そして3人でちゃんと考えましょ」
何となく話しづらくて、どう話したらいいのかがハッキリしない。
逃げ腰だったのを怜奈に見透かされてしまったのだろうか、遠回しに「今じゃなくていいから後できちんと話しなさいよ」そんな風に言われてしまった。
グリーヴァだけは話があるからとその場に残り、俺達三人はルナアークさん、クラウディアさんに挨拶をしてから部屋を出る。
部屋の外には給仕が待ち構えており宿泊施設へと案内した後俺達のそれぞれ部屋を案内してくれた。各自部屋番号を確認し、怜奈と竜也と分かれ一人で部屋まで向かった。部屋に入り、すぐ倒れるように布団に横になる。そして一人で思考の海に沈んでいた。
怜奈は自分の部屋に行く前に竜也の部屋へと一緒に向かう。おそらく何も知らないでいる竜也にちょっとでも説明しておく必要があるだろうと思ったからだ。
「一一一一という訳なの」
「……それって今までルナアークさんが俺達を生かしてくれていたってことだよな。どんな苦しくても体調崩してまで耐えてくれてたってことだよな」
「そうね。それに私達の負担を全て引き受けてくれていたんだと思う」
「そうとも知らずに生きていたんだな、俺達」
「……そうね」
怜奈は「そろそろ部屋行くわね、おやすみなさい」とだけ残して部屋に向かう。
竜也も一度頭を切り替えて就寝準備を始めた。
三人共、あまり気持ちのいい眠りには就けなかった。
翌朝、目覚めた怜奈は軽く身支度を済ませてからすぐに竜也の部屋へと向かった。その竜也も珍しく起きて準備が整った状態で待っていた。
少しの沈黙の後コンコン、と扉のノック音が聞こえる。怜奈が扉を開けるとそこに居たのは虎鉄だった。少し目が腫れて見えるのは気の所為だろうか。
三人で一通りの情報共有を行う。
怜奈は昨日のワルキューレとの会話の内容について教えてくれた。主に怜奈の知っている『竜也』についてを話していたらしい。そしてそれに混ざる自分達姉妹のことも。
話し終わるなり怜奈がこちらに視線を送ってきた。「次はあんたよ」と言わんばかりの目付きだった。
「あのな、ルナアークさんとクラウディアさんに聞いたんだ。『他の召喚石を使って施術を行うことは可能か』って。そしてそれ自体は可能だって言われた」
「そっか!そうすれば虎鉄の不安もワルキューレの願いだって……」
虎鉄の話を聞いて喜ぶ怜奈。
「でもお前はスパッとそれを受け入れなかった。受け入れられない何かがあるってことだよな、虎」
そしてそれを遮って核心に踏み込む竜也。
「ああ、もしかしたら今までと同じように力を振るえなくなるかもしれないって。そう言われたんだ」
「それってどういう……」
怜奈が肩を落とし、震えながら質問を投げかけた。
「俺達はあくまで召喚獣の力に合わせてそれに見合った特訓なり修行なりをしてきた。速さを求める戦い方も、武器を巧みに扱う技術も、騎乗して戦う術だってその為に磨いてきたようなものだ。だけど、軸になってた『力』が違うものにすげ替わってしまったら、もう元の今までの戦い方は出来なくなる。そしてもしかしたら身体から召喚獣が抜かれることで今まで得た経験値の全てを失う可能性だってある」
一からのスタート。当時と比べ多少身体的な差はあれど、完全に振り出しに戻る形だ。せいぜい各々の装備品くらい。しかし、それをメンテナンスしていた怜奈だって術後にそれを行えなくなる可能性がある。そうなると金銭に頼る必要が出てくる訳だが。
あの時のようにギルドを頼ることも出来ないだろう。術後には虎鉄達だって微妙に神獣化した姿になっていると思われる。竜化が進んだ李紗のあの姿を拒否するくらいだし受け入れられはしないだろう。
金が無ければ生きていけない世界で自分達みたいな異分子がどうやって生きていくのか。考えても考えても分からない。野宿にも限界はあるだろうし、何が起きた時、人外の姿じゃ頼るべきところも頼れない可能性も高い。
八方塞がりだった。
虎鉄は自分が思いついただけの不安を二人に吐露した。
「お前、頭良い癖に馬鹿だよな」
不安について竜也から返ってきた一言はそれだった。
「…………へ?」
「いや、頭良いからこそそうやって先の事ばっか考えて思い悩んでんのか?」
竜也が何を言っているのか分からず戸惑う虎鉄。隣に居る怜奈もキョトン顔だった。
「まあ、とにかくだ。先のことばっか考えて蹲っててもしょうがないだろ。『なせば大抵なんとかなる』、だぜ」
そこからはポジティブ竜也の一直線な演説だった。
「これまでだって何とかやってきたんだから大丈夫」「また一からになったっていいじゃん?それはそれで新しい何かに出会えるかも知れないだろ」「皆と一緒ならなんとかなるって」等々。
全てを『為せば成る、為さねば成らぬ何事も』の精神で皆で頑張っていこう、と告げられ自然と前向かされた虎鉄。皆が後ろを向いて暗くなってしまっている時に一人で前を向いて手を差し伸べてくれるところを見て自分の想い人への気持ちを再確認した怜奈。
二人の決意した表情にニカッと笑って返す竜也。
「決まりだな」
三人はそれぞれに召喚石を選択し、ルナアークの部屋へと向かう。
将来への戸惑いも不安も恐怖だってある。上手くいかない事だってあるかもしれない。また拒絶され苦しい思いをするかもしれない。
でも、それでも皆で一緒に生きていこうとそう決めたから。だから進んでいこう。前へ、前へ。