『旅立ち』と『留守番』。
次を書きたくなって書きました。
「あのさ、虎鉄と竜也に頼みたいことがあるんだけど」
銀竜の巣から離れた湖の傍、竜也と二人手に入れた力について談笑を交えつつお互いに語り合っていた時だった。
ふと、怜奈からそんな風に声を掛けられた。
「おう、なんでも言ってくれていいぜ」
とは竜也の返事だ。
流石の竜也。何を頼まれるかも聞かずに了承する。その『頼みたいこと』の内容は俺もなんとなく分かってはいる。
だから。
「俺も、いいよ」
返事は決まっていた。
「もう。二人とも、まだ何も言ってないのに」
呆れた風に笑いながら、怜奈はそう言った。
それから三人で『頼みたいこと』に対する話し合いをする。
翌朝、仲良く手を握って眠る李紗とリィリスを横目に出立の準備をする虎鉄達。そして依然李紗そっくりの外見をしたままのグリーヴァ。
「本当に行くのか」
音に気づき目を覚ましたインドラが四人に声をかける。
「ああ、行ってくるよ」
愛刀を片手に笑いながら言う。
「二人のこと、お願いね」
長くなった髪を自慢げに揺らしながらこちらも笑いながら言う。
「留守は任せた」
彼女に新しく打ってもらった聖槍を掲げながら爽やかに言う。
そして…………、
「我が戻るまであの子のことは頼んだぞ、インドラ」
綺麗な顔には似合わぬその喋り方で、且つ真剣な眼差しでそう伝えてくる。
「ああ、任された」
銀竜に乗り、空高く上空へと羽ばたくその4つの背中をただただ立ち尽くして見送りながら、
「無事に戻ってこいよ」
誰にとも聞こえないようなか細い声でそうポツリと呟いた。
目を覚ました李紗に「皆はどうしたのか」とそう聞かれなんと答えたものかと迷った。
どうも嘘というものが苦手だ。
「遺跡巡りをするんだとよ」
咄嗟に口から出た言葉はそれだった。嘘は言っていない。が、全てでも無い。
取り残された悔しさや今の自分では役に立つことができないという悔しさ。李紗の背中からはそういう言葉に出来ない寂寥感めいたものが透けて見えた。
「そっかあ。まあ、しょうがないよね」
そう一言だけ残し、李紗は再び寝床へと戻っていく。
共に置いてけぼりを食らったリィリスに寄り添いながら心の空白を埋めているのだろうか。
今現在ただの召喚獣でしかないインドラには人の心に寄り添うことなんて出来なかったのだった。
「初めは何処に行くの?遺跡を巡るって言っても私達あの海蛇の遺跡以外知らないし……」
琥珀に騎乗していた怜奈がグリーヴァに向け声を投げかける。
「そうさな。折角こうして外に出ることが出来たのだ。まずは郷愁に浸りたい」
黒が基調の長い髪を耳に掛けながら答える。なんだか慣れているかのようにその仕草を行うグリーヴァに違和感を覚えつつ、彼の言葉の意味を考える。
怜奈は一人で「郷愁……、きょうしゅう……。
どんな意味だったかな」と呟きながらキョトン顔をする。そして助けを求めるように隣を飛翔んでいる彼氏の方を見た。
「懐かしい場所や物に対して使う言葉だったと思うぞ」
「ああ、なるほど。ってことは……?」
彼氏のナイスアシストがあったにも関わらずまだ最終的な意味には辿り着いていないみたいだ。
「帰郷したいってことか?」
代わりと言う訳ではないが俺の方から彼に聞いてみた。
怜奈と竜也のやり取りを微笑ましく見守っていたグリーヴァはそのままの表情のままに顔をを此方に向け、縦に頷く。
その顔その声でそんな風に話すのはやめて欲しい。事情があるとは言え、置いてきてしまった彼女の事を思い出すから。
なんて言える訳もなく、
「ああ、彼の地にもう一度行ってみたいのだ。あの場所は何百年経とうと名が変わろうと、我の故郷だからな」
李紗から軽く聞いた話では確かこの人にとって『故郷』には良い思い出が無かったはずだ。それでも帰りたいと思えるなんて。
どうしてもそんな風に思ってしまう。
なんとなく俺の考えていることを悟ったのだろうか。グリーヴァは尚も微笑顔を崩さずに俺の肩に手をやると語りかけてきた。
「確かに、我にとってクレセリアという土地は地獄と呼ぶべき場所だったかもしれない。何度も辛い思いをしてきたし、迫害もされた。けれど大事な出逢いがあった場所でもあった。当時が過去になった現在、そう実感するのだ」
「そうか……」
何百年来の郷愁なんてものは百年どころか二十年かそこらしか生きていない俺には分からない。ただ、なんとなく故郷に帰りたい気持ちは痛いほど伝わってきた。
俺にも……いや、俺達にも帰りたい。帰るべき故郷があるから。
帰郷したいというグリーヴァの想いを叶えるため、随分久々になるアレクサンドリアへと向かう一行。途中で遺跡を巡り召喚石を回収しておくことも忘れない。
今回の旅の目的はグリーヴァの復活を目的としたものだった。今や実体を持たず、他人の願望を汲み取りながらしか外見というものを保つことが出来ないグリーヴァ。
余談だが現在グリーヴァが保持している外見はグリーヴァを含む、李紗を助ける際に行った件の儀式に関わった召喚獣達の理想が体現したものなのだそう。李紗と瓜二つに見える理由はグリーヴァ本人も分からないのだとか。
ともかく実体を持たないグリーヴァを完全に復活させる為に必要な素材として他の召喚獣の力が必要なのではとの意見の元遺跡巡りをすることになったのだった。
当初、神獣を食べて神獣化したグリーヴァだから神獣を食す事で済むのではとの怜奈からの意見もあったが、それはグリーヴァ本人が拒んでいる。
結局『食す』ということに対しては躊躇われるため、召喚石を身体に取り込む、という形で方向性を決めたのである。
遺跡を巡って俺達三人で召喚獣を相手取りつつドロップした召喚石をグリーヴァに、という流れ作業だった。
俺自身ただただ操られたままに長く夢のような生活を送っていただけだった訳だが、その期間に竜也は迷宮の中で鍛錬を重ね、怜奈もまた新しい力を手にしていた。
竜也は《ロンゴミニアド》という巨大な槍を片手に神獣達を跳ね除け戦うスタイルで戦っていた。怜奈は自身の体に宿っている召喚獣・ギルガメッシュから授かった力を改造し鍛え治して創り上げた《エリドゥナ》という弓で遠距離からのサポートに徹する。
二人とも強かった。
そして何も成長の無い自分が悔しかった。
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虎鉄、怜奈、竜也の三人がグリーヴァを連れて外出してから約二週間後のこと。
銀竜とそしてリィリスに囲まれながらはしゃいでいる途中でいつの間にか眠っていたらしい李紗。多少なりとも癒えてきた身体に力を込め、なんとかといった状態で起き上がる。そして少し伸びをした。
辺りをキョロキョロと見渡してみると、銀竜から少し離れた場所で蹲るようにして横になっている青年に目をやる。
多分、所々透けて見えるのは気のせいでは無いだろう。不自然に腹部や片脚だけが透けているのだ。
私のためだったんだろうなとそう思う。
思いながら私は力まなければ歩けない足をゆっくりゆっくり動かしながらそっと彼の元へ近づく。
「おはよう、インドラ」
「ああ、起きたか李紗」
「ありがとね」
「いきなりどうした」
「うん。私達が先に寝ちゃったから不寝番してくれてたんでしょ」
「なに、上手く眠りに就けなかっただけだ」
素直じゃないなあ。そう思った。
だからその身体に起こっている変調についてもきっと教える気は無いのだろうな。そう感じてしまう。
「うん、それでもありがとうね」
不寝番をしてくれたことだけでない、出会ってからこれまでの色々な事に対してそっとお礼を告げておく。
再び銀竜の寝床に戻った私は寝ているリィリスを撫でながら考えに耽ける。助けてくれた人達への懺悔の気持ちやこれからについての色々。
そして結局最後には、
「私、もっと強くならなきゃ」
と、強く宣言するのだった。
翌朝からリハビリが始まった。リハビリがオーバーになり過ぎないよう、リィリスとインドラが付きっ切りの状態だ。
前にクラウディアから教えてもらった重心を意識した歩き方を思い出し、リィリスに支えてもらいながら単純な歩行訓練を何度も何度も繰り返した。並行してリーから受けた脳筋な特訓を思い出しながら筋トレも行う。
ある程度難なくこなせるようになった頃から《インドラ》を身体に纏う事で日々の負担を最小限に抑えながら生活してみたりもしていた。《インドラ》を纏った際の狐人姿の李紗にリィリスがデレデレに甘えていたりもした。
李紗は現在、何も力を使わなければ少し竜化が進んでいる状態のただの人だが、自身の体に召喚獣の力を宿した時のみその姿を変える。
《インドラ》を纏った時には何故か元の狐人の姿に戻ってしまうのだ。今後、《グリーヴァ》を使った際にはどんな姿になるのだろうか。少し気になっていたりする李紗。
「グリーヴァが帰ってきたらさっそく試してみようと思う」なんて呟いていたりする。
ともかくそんな風に療養という名目で色々なことを試しながら遺跡での濃厚な生活を送っていた。
李紗が眠っている間の事だった。
リィリスとインドラの二人でご飯の支度をしていた時のことだった。
「聞きたかったが、ずっと聞けなかったことがあるのだが。よいか?」
「はい、構いません。なんでしょう?」
「お前は、あのルナアークの娘なのか?」
「はい。私はアレクサンドリア国女王のルナアーク・ティル・アレクサンドリアの娘。アーリアに相違ありません」
「やはり、そうなのか」
「お母様がどうかされたのですか?」
「いや、似ていたからな。そうなのだろうと思っていただけだ。だが、そうか……そうか……」
途端に考え耽るインドラに戸惑いを覚えるリィリス。
インドラとしては李紗の記憶からリィリスの親が誰であるかなんて事はとっくに既知の事だったのだが、どうしても再確認したかったのだったのだ。
「主にだけは話して置かなければならないだろうな。次代を担うであろう主には」
「えっと……」
そう言ったインドラは中々続きの言葉を紡がない。口を開いては閉じ、開いては閉じの繰り返しだ。
熟考の末にリィリスの耳元に顔を近づけて、
「余はな……」
「……………………えっ、そんな」