『鴉の策謀』と『贈り物』
「『お救い下さい』ってどういう事……?虎鉄くんに何かあったの?」
頭を下げるケツァクウァトルに、先程の緩んだ表情とは正反対の真剣な眼差しで問い質す李紗。
「彼はラムゥに無理やり植え付けられた力により全てを忘れ、幻想に囚われたまま帰れなくなっています。最初はラムゥの『試練だから邪魔をするな』という言葉を信じ耐えていました。しかし、違いました。ラムゥはそうする事で虎鉄様を洗脳し、自らのために利用する気なんです。だから、どうか……」
「掻い摘んで説明されても分からないよ。最初から今に至るまでの全部を話して」
李紗に凄まれて意外だと言うような表情を見せてから語り始めたケツァクウァトル。
「一年ほど前に貴方方がこの地に訪れた日のことです。それから虎鉄様はラムゥが用意した迷宮へ一一」
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
白い光に包まれて目を閉じた。眩いくらいの光に目が耐えられなくて数分ほど開くことが出来なかった。
ようやっと光が落ち着いて目を開けられるようになる。痙攣する瞼を無理矢理に持ち上げ目を開けると……、そこは知らない世界だった。
再び異世界にでも迷い込んだような錯覚。
何故なら様々な種族達の暮らすそこは概ね虎鉄自身が想像していた異世界そのものだったのだから。
嬉しいような悲しいようなそんな現状を受け入れられずボーッと立ち尽くす虎鉄。
「どうかされましたか?」
「…………ヒッ」
「…………!び、びっくりしましたよね。すみません突然話しかけてしまって……」
そんな虎鉄は突然背後から猫人の女性に話し掛けられ変な声を出してしまう。
振り返り女性の顔を眺めた。栗色の髪に赤い瞳、文字通りの猫耳を折り、戸惑った表情をしていた。
「いえ、こちらこそ悪かった。心配してくれてありがとう」
「……何ともないのならいいのです。お気になさらず」
そうして頭を下げ合う姿はいつの日かのとある二人のよう。
思い出してついニヤけてしまう虎鉄だった。
「良ければ私が村を案内しますよ」
シャーロットと名乗った猫人の少女は案内役を買って出てくれた。正直物凄く助かった。なんせ土地勘どころかこの世界について何も知らないのだから。
召喚獣を手にしに来ただけのはずなのにどうしてこんな事に。
シャーロットの案内で村の中を一通り見て周り一晩を過ごす。
過ごしてみて感動したことはこの世界はきちんと昼と夜で空の色が変わったこと。料理がどれも故郷の味に近く、酷似した料理だったことだった。
久々に食べたパエリアの味は最高でした。
夜はシャーロットの家に泊めてもらい、緊張しつつ同じ布団で一緒に眠った。ドキドキしっぱなしでほとんど眠れなかった。
「コテツさん、起きてください。もうお昼ですよ」
「うあ……、おはよう」
「おはようございます〜、コテツさん」
緊張のせいで変な時間に寝てしまった分起きるのが遅くなってしまった虎鉄。目を覚まし瞼を開くと目の前に美少女の顔があるということにドギマギしつつ平静を装って起き上がった。
今日はシャーロットがこの村の村長の下へと連れて行ってくれる予定だ。
シャーロットの作ったブランチを食べて感動し、食後にはデザートに舌鼓を打った。
幸せな朝昼食を終えて準備を始める。
「村長に会うだけだから武装は要らないよな」
と私服を着用するのみで準備を済ませて待ってくれているシャーロットの下へ。
彼女の要望から手を繋いで村長の家へと向かうことになった。
シャーロット自身は当たり前のように手を繋いでいるが虎鉄は心を乱しまくっている。手汗は大丈夫だろうか、心拍は伝わっていないだろうか。
余計にダラダラと汗を流しつつ、彼女に手を引かれながら歩いていた。
半時も掛からずに村長宅に辿り着く。
「村長さん、お邪魔します」
「こら、シャーロット。訪ねる前に一報入れろと言っただろう」
「えへへ、すみません~」
「全く……。それで其奴が……?」
「はい、昨日村を訪れたヒガ・コテツさんです」
「そうか。悪いがシャーロット。儂は此奴と二人で話がしたい。席を外してもらえるか?」
「はい、分かりました」
そう言ってシャーロットは虎鉄を残して家を出ていった。でも気遣いしいなシャーロットの事だから帰るわけでもなく扉の前で待ってくれているのだろう。そんな事を思う。
「さて、自己紹介といこうか。儂の名はラムゥ。主らで言うところの『雷を司る召喚獣』と言うやつじゃ」
「…………!あんたが召喚獣!ならあんたを手に入れれば元の世界に一一」
「落ち着け」
と杖で虎鉄の頭を叩く。
「……悪かった」
「素直に謝れるのは美徳じゃな」
それから虎鉄は己がここに来てしまった理由を話し、一刻でも早く戻りたい旨を伝える。そしてラムゥもそれに対して『他のものも同様に迷い込んでいるようだ』と伝えた。
「儂は面倒くさいのは好かんからな。何をせんでも主には力を託してやろう。そこに横になれ」
「はい」
言われた通りに仰向けで横になった虎鉄。
ラムゥは杖を虎鉄の頭に乗せて何かを唱える。
互いの記憶が溶け合うと共に精神が交わり一一。
虎鉄は意識を失った。
そしてそんな虎鉄の中から一人の女性が出てきた。虎鉄の中に居たケツァクウァトルだった。
「うわわ……、これは一体……」
「儂の力を与えるのにお主の力は邪魔だったのでな。排除させてもらった」
「ラムゥ、何をする気ですか」
「ふん、黙って見ておれ」
目を覚ました虎鉄は身体に違和感を覚えつつ起き上がる。
「ラムゥ、力はどうなって……?」
「すまんな、失敗のようだ」
「え?失敗って……」
「これから少し他の番人共と話をつけてくる。少し時間は掛かるだろうが少しの間待っておれ」
「待てば俺はどうにかなんのか?」
「おそらくはこの世界に来たことで主の身体が不安定になっておるのが原因じゃ。ならば少しの間この世界で過ごして身体を安定させれば良い」
「…………そうか。分かった」
言ってラムゥはそそくさと準備をして家を空けた。虎鉄は思った通り待ってくれていたシャーロットと手を繋ぎながら村へと帰って行った。
「うー、うー」
天井に磔にされ猿轡を噛まされ、拘束されたケツァクウァトルには気づきもしないまま。
村に戻ってきた虎鉄はシャーロットと共に村の家々を巡り挨拶をしていた。
他種族間で番となっている家庭も珍しくなく、またその家庭には種族が混在した所謂『ハーフ』も沢山いた。
妖精族と猫人族の間に生まれた子が頭の上にも横にも耳がある四つ耳に生まれていたり。
『どうやって子作りをするのだろう』とつい変な事を考えてしまう巨人族と小人族の夫婦だったり、その間に生まれた子が通常の人間サイズに育っていて、『どっちの種族らしい見た目に育つか』と張り合っていた夫婦が残念そうにしていたり。
皆幸せに暮らしていた。
帰宅してシャーロットに村の人の話や種族について聞いて知ったことだが、こんな平和そうな世界にも種族間の抗争はあるらしい。この村が異常なのだそうだ。
特に妖精族などは分類が多いだけにそれぞれで対立し合っている。ケットシーと間違われて猫人族が襲われる事も少なくないんだとか。
シャーロット自身も狙われた事があり、それをラムゥに助けられ、この村に匿ってもらっている。この村の人達は皆そういった『ラムゥに助けられた者』なのだ。
虎鉄はラムゥに理想を抱いてしまった。
周囲は戦争だ殺し合いだと言っている中でラムゥが作ったのだろうこの村だけは別世界、皆が幸せに暮らしてそれこそ戦争なんか無縁に思える。それを作れるだけの技量とでも言うのか。
誰かを守れる強さ。人々を包み込む温かさ。
「ラムゥの力を手にするなんて、俺にはそんな資格無いのかもな。だから今回も一一」
一人ゴチる虎鉄。そして暗い表情を見せた。
しかし、それも一瞬。
隣に座るシャーロットが虎鉄の手を取った。
「貴方なら出来ますよ、必ず」
自分を信頼してくれるその視線が眩しい。昨日会ったばかりでまだそんなに一緒に過ごしていないはずなのに、どうしてそう思ってくれるのだろうか。
「…………ありがとう」
そんな思考は無粋だ、とそう切り捨てて感謝だけを告げた。
昨晩同様同じ布団で眠る二人。
その夜虎鉄は悶々とするでもなくぐっすりと眠った。
「おやすみなさい、コテツさん」
昨日とは打って変わって、悶々として眠れなくなっているシャーロットが虎鉄の顔に手を伸ばしながらそう呟いた。
村での日々を過ごし、時は刻々と進む。
朝はシャーロットと起こし起こされ、定刻になれば一緒にご飯を食べる。村で一緒に必要なものを買い揃えたり、互いに似合いそうなものを選び合ったり。
いつしか村人達からは『おしどり夫婦』と呼ばれるようになり、夫婦にはなれなくとも恋人同士になっていた。
互いを想い合って、時には喧嘩して。苦楽を共に分かち合う日々。
虎鉄はここに来る前の事を何もかも忘れ、幸せな時を過ごしていた。
更にここに来てからの記憶もいいように書き換えられている。
『虎鉄はこの村で生まれ、成人したと共にラムゥから力を授けられた』と。そして『シャーロットは虎鉄の幼馴染みだった』と言うことになっている。
愛を育み合い、毎晩のように身体を重ね合ってお互いを愛し合う日々を過ごして。
ついに二人は結ばれていた。
そうして始まりの日から半年が経った頃。
「村長が帰って来たぞ」
村に住む巨人族の青年が伝えてくれた。
この頃にはシャーロットも妊娠しており体調が不安定のために外出を控えていた。
「ちょっくら行ってくるな」
「はい、いってらっしゃい」
お出かけ前のキスを交わして外出する。
「お久しぶりです。ラムゥ様」
「ほう、そうなったか」
以前に会った時とは別人のような応対を見て意地の悪い笑みを浮かべたラムゥ。
「再びお主に力を与えよう」
ならば、と以前の続きを始める。
更に強力な洗脳をされているのだが、虎鉄自身は歯牙にもかけない。
寧ろ力を得られる事に歓喜している。
「これはもうダメだな……」
ラムゥは何かを諦めたようにそう告げた。
虎鉄が嬉々として帰った後、ようやくラムゥはケツァクウァトルを解放した。
「もう、好きにしろ」
ラムゥ自身虎鉄へと興味が完全に失せていた。
解放されたケツァクウァトルは虎鉄を追うでもなくその場から姿を消した。
翌日から虎鉄はよく出かけるようになった。
『この世界の事をもっとよく知るために』と色々な土地を飛び回るようになる。
シャーロットは寂しい気持ちを抑えて虎鉄を送り出していた。
帰ってくる度に傷を作っている彼の様子を見てシャーロットが心配しない訳はなかった。
しかし、生き生きとした彼の表情を曇らせたくなかったシャーロットは言えず耐えた。
そんな彼女の気持ちなど露とも知らず、虎鉄はついには『少し旅に出る』と言い出し、シャーロットを泣かせた。
シャーロットを心配を、村の人の反対を無下にして、虎鉄は旅支度を続けた。
そして当日、今まで以上に悪体調のシャーロットを気遣いながらも出発を辞めようとはしない虎鉄。
シャーロットはようやっと度の真意を問いただした。
「俺は何かを忘れている気がするんだ。とても大切な何かを。だからそれを見つけたい」
自分よりも大切な何かがあるのだと存外に伝えられ、悔しい気持ちを抱えつつそれを表情には出さない。
「そうですか。だったらもう止めはしません。その代わりに、必ず帰ってきて下さいね。待ってますから」
「おう、必ず帰ってくる」
そうして虎鉄が村を離れてひと月ほどが経ち、シャーロットは子を産んだ。
「貴方の名前は一一」
言い終わる前にシャーロットは意識を失い、以降彼女が目を覚ますことは無かった。
虎鉄とシャーロット、二人で考えた名を付けられ泣き続ける元気な女の子。
『紗路』。
それが赤子の名だった。
何も知らない虎鉄は妖精族達の戦争に巻き込まれていた。
旅の途中で妖精族に襲われていた猫人族を助けたのがきっかけとなり彼らから追われるようになったのだ。
虎鉄はラムゥから授けられた白い雷を振るい妖精族達を圧倒していた。
しかし、多勢に無勢。虎鉄一人では半数を減らすのがやっとだった。
妖精族共に捕えられ、拷問に掛けられる虎鉄。
「我らはこの世界を征服し、二度とエルフなどと下らん呼び方をさせん。さあ、吐け。弱虫共は何処だ。奴らの住む村は何処にある」
「…………誰がお前らなんかに………ぐはッ」
鉄球で思い切り腹を殴られ血を吐く。
「懲りんな。ならば次は爪剥ぎとかでどうだ。十分黙り込む事に一枚ずつ剥がしてやろう。かうんとすたーと、だ」
「……………………」
何をされようと無言を貫き通す虎鉄。あの村には大事な嫁が居てそのお腹には子どもも居る。もしかしたら既に産まれていて母親と一緒に帰りを待ってくれているかもしれない。
自分を気にかけて、シャーロットを気にかけて旅に出ることを反対してくれた優しい村人達も居る。
そして一一。
虎鉄はラムゥの心配をしようと彼の事を考えた。途端に知らないはずの記憶が頭の中を過ぎった。
『優雅』……?聞き慣れない言葉。けれど大切にしていた言葉だった気がする。
『仲間』。
『怜奈』に『竜矢』。そして『李紗』。
知らない名前だ。けれどとても大切なはずで…………。
虎鉄が記憶の整理に戸惑っている間。
「貴方達、絶対に許さないから」
純白の服を血で汚し、騎士剣を拷問官に向ける李紗の姿がそこにあった。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
ケツァクウァトルの救援要請を受けて彼女に連れられるままに村へと転移した李紗。
村では今黒い衣服を見に纏い、暗い雰囲気で過ごす亜人達が目に付いた。
「あの、どうかなさったんですか」
李紗は率直的に彼らに尋ねた。
小人族の女性は『狐人なんて珍しい』と驚いた後に教えてくれた。
「一人の女性が亡くなったの」
亡くなった猫人族の女性がこの命と引き換えにこの世を去ったのだと聞かされ、悲しくなる。
そして女性の夫であり、父親はひと月程前に女性を置いて旅に出てしまった。村人達の反対を押し切ってまで出ていってしまった彼はついには最期を見届けることはないまま未だ帰ってこないのだそう。
「あの、その赤ちゃんは何処に……?」
「シャーロットが亡くなった後にラムゥ様が引き取られました」
「そんな!」
血相を変えたケツァクウァトルが大声をあげる。
「李紗さん、ラムゥは元悪魔です。急がなければその赤子も…………」
「赤子も……?」
「喰われます」
「…………!!」
李紗も血相を変えてケツァクウァトルに案内を促し、彼の家へと急ぐ。
「赤子『も』って言ったよね。他に誰か喰われた人が居るの?」
「…………虎鉄様です」
「……………………えっ」
「言い方が悪かったですね、『喰う』と言うのは食べられる事ではなく、記憶や自意識を持っていかれるという意味で、同時に究極の洗脳状態に陥ることを意味します」
「じゃあ虎鉄くんはラムゥに洗脳されて……」
「死地へと追いやられました」
「そんな……!」
そこまで聞いたところで李紗はピンと来てしまった。
村人達の反対を押し切ってまで旅に出ると言って聞かなかったという男性というのはまさか一一。
そしてそうならばラムゥに囚われている赤子は一一。
「ケツァクウァトル、ごめん先に行くね」
黄金の光を纏い、文字通り光速で目的地へと向かった李紗。
「まさかあれはインドラの《瞬光》……」
ケツァクウァトルは『ありえない』とでも言うように愕然としていた。
「来たか」
瞬速で辿り着いた場所は古びた一軒家の中だった。鴉の様な黒い羽根を生やし、不気味な精気を放つ一人の老人と、それに抱えられて泣き叫ぶ赤子。
今正に何かをしようとしていたところなのだろう。杖を握った片腕が浮いたままだった。
「…………貴方がラムゥ?」
「如何にも」
「なら話は早い。その子を返して」
「嫌と言ったら?」
「その腕を叩き斬るまで」
「威勢がいいな。あの小僧の記憶とは少々齟齬があるようだ」
「…………!虎鉄くんと記憶の共有を!」
「そう。そして奴は儂の記憶から種族達の不遇さを知り旅を志した一一と言うよりは奴の脳を刺激してそう仕向けたと言うべきだな」
「貴方がそうしたことで寂しい思いをしたまま亡くなった人が居る。父親に会えないままでいる子がそこに居る」
「だからどうした。シャーロットは元々儂がこの村に連れて来て儂が育てたようなものだ。ならば儂がどう扱おうが儂の勝手だろう」
「許さない……」
その一言を皮切りに李紗の何かがはち切れた。
突如として強力な落雷がラムゥ宅を襲った。何とか形を保つも弊害として火に包まれている。
「もう一度言う。その子を返して」
「まあ、役ただず共の遺伝子を継いだ子などあればマシ程度でしかないからな、ほら」
ラムゥは赤子をボールのように放る。
《瞬光》で近づき見事にキャッチ。その後そのままの勢いでラムゥに近づき決殺の斬撃をキメる。
「……ふっ、これで終わると思うなよ」
召喚石だけを残しラムゥは消えた。
「李紗さん、さっき凄い落雷がありましたけど大丈夫ですか?」
今更ながらに到着してそんな無用な心配をするケツァクウァトル。
「ケツァクウァトル、村に戻ろう」
「ええ……、今やっと辿り着いたのに……」
「じゃあ私が連れて行くからいい」
涙目になって『疲れたよぉ』と嘆くケツァクウァトルを姫抱きして《瞬光》を行使する。
本来なら二十分程掛かるところを十秒で済ませる。
「あの、李紗さん身体が痺れるのですが……」
「ケツァクウァトル、雷耐性あるんじゃないの?」
「インドラと私の雷は性質が異なります!」
「へー」
「興味無さげ……」
「まあ、その話は後で聞くから」
手を地面に近づけて放電しているケツァクウァトルと彼女の言葉を適当に流し続ける李紗。
そしてそんな彼女は腕が空いたからと赤子を抱き直す。
「あれ、そう言えば赤子は痺れていませんね。この子インドラの雷に耐性を持って一一」
「ううん、その子には影響ないようにしといたから」
「あれ、ならば私は……」
「急だったし、身体大きいしで面倒くさかったので省きました」
「……李紗さん、色んな意味で変わりましたね。容姿といい性格といい何だか一一」
「一一何か言った?」
「……いえ、何も……」
「…………私だって色々と思うところがあるんだよ」
李紗の容姿や性格が変わっているのは確かだが、それを除いても想い人が知らないところで他の人と愛し合って子どもまで作っている事実は辛いはずだと、ケツァクウァトルは遅れながらに気づく。
多少イラついている程度で済ましている李紗が凄いと思ってしまうケツァクウァトルだった。
「すみません、この子の父親が何処に向かったか知っている方は居ますか」
「すまない、私達は止めるばかりで彼の目的は聞かなかったから……」
「そう、ですか。私達は彼を探します。すみませんがこの子を預かってもらってもいいですか?」
「ああ、我々が預かろう。だから彼の事を頼む」
「頼まれずとも必ず見つけ出して色々と問い詰めます」
それだけ言い残して李紗は村を去った。ケツァクウァトルは村人達に頭を下げて李紗を追う。
「あの狐人の騎士は一体何者なんだ」
巨人族の青年が呟いた。
「李紗さん、お待ち下さい。一体どちらに向かうつもりですか」
「虎鉄くんの魔力を辿って進むの。集中したいからしばらく話しかけないで」
「辛辣……」
冷静さを散らしながら取り敢えず村から北へと進む李紗。そしてそんな無謀な行動に対し糾弾してくるケツァクウァトルの言葉を無視して集中する。
虎鉄の魔力を探す。後ろから反応を得て後ろに進む。しばらく進んで再び探す。またも後ろからの反応。
無駄に何度も繰り返して漸く気づく。
「そういえば私が知っている虎鉄くんの魔力はケツァクウァトルのものだった。道理で真後ろにしか反応しない訳だ」
自らの失策に少し落ち込みつつ冷静さを少しずつ取り戻す李紗。
「ケツァクウァトル、八つ当たりで貴方を傷つけていたこと、本当にごめんなさい」
冷静さを取り戻して自分がケツァクウァトルに対して不義理な応対をしていたことを思い出す。
「私は少し嬉しいのです」
「…………えっ」
「違います違います。そういう意味ではなく、李紗さんが『八つ当たり出来るようになったこと』が嬉しいのです」
「どういう……」
「李紗さんは怒りを自分の中で抑え込もうとする人でしたし、もし抑え込めなくても怒りをぶつける対象は全て自分だったでしょう。だから貴方が自分の怒りを抑える事もせず、こうして表に出すことが出来るようになっている。約二年もの間、貴方と一緒に虎徹様の肉体を共有したからこそ分かる。貴方がこうして変わったこと、私はとても嬉しく思います」
「その、ごめん。私にはその時の記憶は無いから共感は出来ない。でもありがとう。私の事でそこまで思ってくれて、ただ八つ当たりをしただけの私にそこまで言ってくれて」
お互いに見つめ合い感謝を伝える。
と、そこで何だか変な空気になってしまう。二人とも顔が真っ赤だ。一体どうしたのだろう、気持ちが落ち着かない。
「ささ、虎鉄くんを探そう」
「そ、そうですね……!」
無理矢理話題を転換し、虎鉄探しを再開する。
と言っても振り出しに戻った現状では何も始まらず、結局足踏みをすることに。
「李紗さん、もしかしたらこれを使えば探せるかもしれません」
ケツァクウァトルが取り出したのはラムゥの召喚石だった。召喚石から発せられる魔力と近い魔力を遠方から感じる。
「ナイス、ケツァクウァトル」
距離を詰めるため《瞬光》の予備動作に入る李紗。ケツァクウァトルは少し怯みながら李紗に手を差し出す。
だが、先程のように身体が痺れることもない。
「今度は貴方と同質の雷を使って《瞬光》を使うから。だから大丈夫」
「…………はい!」
ケツァクウァトルは『どうして同質の雷を扱えるのか』については敢えて問わなかった。それよりもそうして気遣ってくれるだけでも嬉しかったから。
「ねえ、今更ながら貴方がこうしてここに居るってことは《ケツァクウァトル》は虎鉄くんから完全に切り離されているってことだよね」
「はい。今虎鉄様を生かしているのは《ラムゥ》の力なのだと思います」
「なら危ない状態だね。私がラムゥを石に戻しちゃったから」
「いえ、方法はあります。アレクサンドリアで李紗さんがされた施術のように」
「この召喚石を虎鉄くんに埋め込めばいい。なるほどね。虎鉄くんがアレと同化して老けないことを祈りたいね」
そんなこんな話しながら到着したのは木造りの巨大な一軒家。
ここに虎鉄が居るはず。
一目散に乗り込んだ。
ケツァクウァトルを離して今度は《インドラ》の力を纏い突撃する。
途中、《虎徹》を持つ火妖精を見つける李紗。
「……返して」
刹那の内に彼の傍まで行き、腕ごと《虎徹》を取り戻す。暴走した男は腰から刀を抜き斬りかかってきた。李紗は己が持つ騎士剣で男の刀と切り結び、楽々刀ごと敵を斬った。
ケツァクウァトルは周囲に雷撃波を放ち敵を次々と薙ぎ払う。
ラムゥの召喚石と同じ魔力は最上階にある。
そこを目指して敵を薙ぎ倒して進むのみ。
そして漸く辿り着いた最上階の最奥の部屋。
今正に拷問に掛けられていた虎鉄は何かに怯えるように頭を抱えていた。
「虎鉄くん!」
「虎徹様!」
呼び掛けるも彼からの反応は無い。ケツァクウァトルが召喚石を持って虎鉄の傍に行く。
「何者だお前ら」
李紗に剣を向けられた拷問官は勇敢にもまだ立ち向かう気でいるらしい。
こちらを馬鹿にするような目で睨み続けている。
「名乗る意味がある?」
「俺のお楽しみな時間を邪魔してくれたんだ。今度はあんたが相手してくれるって事でいいんだろ」
「……は?貴方の下衆な行為に怒りこそすれ、それに付き合う理由なんか何処にあるの」
そう言って李紗は躊躇いもなく男の胸を刺し貫いた。
「虎鉄くんを悪戯に傷つけたこと絶対に許さないから。とっとと死んで」
「…………はは、可愛い見た目しといて、やる事はまるで鬼だな……」
それだけ言い残して絶命した男。不気味にも笑みを浮かべたまま死んでいた。李紗は怒気から死んだ男を何度も何度も刺した。『死ね、死ね、死ね』とまるで狂ったように。
ケツァクウァトルはそんな李紗を見て異常を感じ、辺りの気配を探った。
「虎鉄様一一いえ、ラムゥ。皆に狂気を与えているのは貴方ですか」
「これだから人間というものは面白い。そうは思わぬか、ケツァクウァトル」
「貴方の悦楽に他人を巻き込まないで!」
ケツァクウァトルが最大の雷撃波を虎鉄にぶつける。
ラムゥはそれを弾き返すでもなくモロに受けた。
「ははは、こんな所まで助けに来ておいて自らの手で殺すか。よいよい」
「巫山戯るな!」
ケツァクウァトルもラムゥの狂気の影響を受け始めている。
攻撃すれば虎鉄を傷つけることが分かっているはずなのに怒りに任せ雷撃を放ってしまっている。
「俺の刀を持ってきてくれてありがとう、とでも言っておこうか」
虎鉄は《虎徹》に白い雷を纏わせた。それは李紗が望んだ輝きとは異なっており、本当に全てを忘れてしまっていることを象徴させる無の白を連想させた。
無に包まれる虎鉄の光。
李紗はそれを見た途端、懇親の一撃を持って虎鉄に斬り掛かる。そして一一。
「………………ぐふッ」
刀に刺し貫かれた。
斬ろうとして斬ることが出来なかった。何があっても大切な人だから。
長い間離ればなれになって漸く会えたというのにこんな悲しい再会なんて。
そんな事を考えて斬り掛かる手を止めてしまったのだ。
「…………ぶはッ、がはッ」
大量の血を吐いて崩れそうになる李紗。それでも懸命に足を動かし虎鉄の傍に更に寄る。
そして身体が触れる距離まで来て、痛みに耐えながらゆっくりと彼を抱き締めた。それに呼応するように虎鉄も李紗を抱き締め返す。
「…………ッ」
李紗が苦痛に表情を歪める。抱き締め合うことで刀が鍔まで李紗の身体に刺さり切ってしまったのだ。
おそらく今の状態以外にどんな体制を取ろうと《虎徹》は李紗を殺すだろう。
「ごめん、李紗。ごめん」
ここで初めて正気を取り戻した虎鉄。
「……ううん。虎鉄くんが無事で良かった……」
虎鉄を抱き締め、安堵の表情を見せた李紗。抱き締めているはずなのに彼女から鼓動が感じられなくなった。
虎鉄は慌てて自分の身体から李紗を引き剥がす。
引き剥がされた李紗は力無く腕を垂らした。口から胸から血を流し続け、完全に呼吸を止めている。
李紗は完全に死体と化してしまっていた。
彼女の胸に刺さって抜けない刀を膂力で無理矢理引き抜いた。それと共に傷口から血が溢れ出す。
ラムゥの力で身体中の電気信号を操ろうと試みる。
失敗。
もう一度。
失敗。
何度だって。
失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。
「虎鉄様!これ以上は、もう……」
「……まだだ。何としてでも助ける。一一無駄だ。この女はもう救えん。……まだだ。まだ何か方法があるはずだ。一一諦めろ。お前に誰かを蘇らせる様な力は無い」
ラムゥと言い合いながらも手を尽くそうとする虎鉄。
そこに……
「おい、小僧。協力しろ」
インドラが現れた一一。
「一一タイムリミットは後半日だ。半日で全てが終わると思え」
ラムゥが虎鉄の身体を使って宣告する。
インドラは背に李紗を抱え、右手でケツァクウァトルを抱き寄せ、虎鉄には身体の一部に触れるように指示する。
村へと瞬間移動した。
虎鉄は痺れる身体を動かして李紗の元へと寄る。
「誰か、この女を蘇生させるための贄になってくれる者はいないか」
インドラは声を張り上げ質問を投げかける。
突然戻ってきたかと思えばいきなり変な事を言われて戸惑っている村人達。
「お願いだ、誰か」
虎鉄もインドラを手伝って頼み込む。
「まず状況を説明してもらわないと、私達も何が何だか」
説明は全てを見ていたケツァクウァトルが請け負った。
ラムゥに惑わされた虎鉄を止めるために自ら刀に貫かれ死したこと。皆が恩人として崇めていたラムゥが村人達を利用していただけだと言うこと。
そして村人達から虎鉄へと報らされたシャーロットの死と彼女が命からがら産んだ紗路の事。
虎鉄は大事な人間を同時に二人も失っていた。
「それで事情を知ってもらった上でもう一度聞きます。誰か助けるために力を貸してくれる方、居ませんか」
存外に他人を助けるために命を捨ててくれませんかと言われているのだ。当然誰も挙手しなかった。
「……あい!」
唯一、無垢な赤子以外は。
紗路は自ら李紗の死体に近づいていき胸に出来た深い傷を撫でる。
インドラは問答無用と擬似的な儀式を始めた。
『我が名はインドラ。我が身を賭して主を助けんとする者』
インドラは以前には拒んだ精神の共有を行った。そして紗路を生贄として李紗の命を復元する。
紗路は手を振りながら笑顔で李紗の中に溶け込むように消えていった。
虎鉄は歯噛みする。この世界で愛し合った人の忘れ形見が今また失われてしまったことに。
そしてインドラの表情が芳しくないのを鑑みるに蘇生は上手くいっていないだろうことを悟る。
「…………ダメだ。何かが邪魔をして蘇生が出来ない」
「そんな……まさかまたラムゥが……」
「いや、奴は関係ねえ。李紗の身体自体が魔力の干渉を拒んでいる」
「そういえばルナアーク様も『李紗さんだけは蘇生が出来なかった苦肉の策を講じて……』って言ってましたね……一体……」
ケツァクウァトルは思慮に耽る。どうしてこうも魔力に対して反発する身体なのか。だって今はインドラの力も扱えて自分と同質の雷だって使いこなすことが出来ていて、以前の彼女とは違うはずなのに。なのにどうして一一。
「頼む『三人』を殺さないでくれ。何としてでも生かしてくれ」
一一この世界に来るまで苦楽や時間を共にして生きてきた彼女。
一一この世界に来て初めて出会い、記憶を弄られていたとはいえ、想い合っていた彼女。そしてその彼女との間に出来た愛の象徴。
ケツァクウァトルが頭を悩ましている間も虎鉄は必死でインドラに縋った。
「一一お前が持っている刀、それに込められた思いも何も知らず、操られていたとは言え、その刀で李紗を刺した。俺は遊び半分にこんな事をしでかしているラムゥもそれにのうのうと付き合わされていたお前のこともまだ許しちゃいないからな」
「刀に込められた思い……」
インドラは李紗の記憶から掻い摘んで説明した。《虎徹》を提案し怜奈に作成を依頼したのが誰なのか。虎鉄自身も忘れていた誕生日のこと。そしてその刀に込められた思いを。
「ただの粋なデザインだと思い込んで、気持ちにも気づかず終い。挙句製作者の意図を無視して白雷なんか纏わせやがって。李紗は『白』という色から『無』を連想し、お前が全てを失っていることを痛感し、絶望した。その結果に斬りかかるもそれも出来ず呆気なく死んだ。酷い話だな全く」
自らの手を血で染めながらインドラは皮肉に笑みを浮かべた。何度試しても起き上がる様子は無い。
「これはあれをやるしかないな」
「それってまた誰かの石を埋め込んで召喚獣と同化させることによって蘇生させるしかない、ということか?」
「ああ。ただしそれをするにしたってここじゃ何も出来ねえぞ」
「そうだな、兎に角元の世界に戻らないと」
「ただな。死体が『選択の間』を通り抜けられるかどうかは微妙なとこだ。もしそこで失敗すればこの死体は異空間に取り残されることになる。あの時でさえ半日かけてやっと突破したってのに、今度は死体だ。抜け出せるわけがねえ」
「なら私が李紗さんの身体を使って元の世界に戻りますよ」
そう言ったのは先程まで無言のままに思慮に陥っていたケツァクウァトルだった。
何だかとても複雑そうな顔をしている。
「長々と考えてたみたいだが、何かわかったか」
「推測程度でしかないですけど一一、はい」
「そうか、後で聞かせろ」
「ええ、分かりました」
返事をしたケツァクウァトルを見てインドラは自らの魔力を解いた。そして今度はケツァクウァトルが李紗に魔力を流し自ら李紗に溶けた。
「馴染みが良すぎますね、気持ち悪いくらいに」
目に光は篭っていないものの、確かに李紗は目を覚ます。
開口一番に発した一言に対しインドラは李紗の持つグリーヴァについて説明した。
「なるほど、道理で。だからこそ私と同質の雷を扱えるわけですね」
「主が手を貸してくれれば『グリーヴァを蘇生させる』という目的にだいぶ近づくだろうよ」
「グリーヴァの事情を聞いたことで彼女の正体に確信を持ちましたし、彼女の気持ちを思うならばそれも吝かではありませんが、今は」
「分かっている」
「一体どういう……、話しを聞いてても全然理解出来なかったんだが……」
召喚獣同士の高度な話し合いに全くついていけずに置いてけぼりを食らう虎鉄。
二人はそんな虎鉄を無視して転移扉を探す。
「おい、小僧。お前が転移してきたのはどの辺だ」
「あそこだ」
インドラに声を掛けられ案内をする。辿り着いたそこはシャーロットと出会った場所だ。泣きたい気持ちを抑えながら近づくと目の前に扉が現れた。
「おい、村人共。この世界は消滅する。死にたくないものはついてこい」
雑に説明しつつ村人達に声を掛けるインドラ。
しかし、それに従うものは誰一人としていなかった。
皆口々に言うのだ。
『私達はラムゥ様に与えられたこの村を大事にしている。たとえラムゥ様が本物の善人で無かったとしてもこの村で過ごした日々は本物なのだ。だから捨てたくはないのだ。村が消滅するというならば自分達も村と共に消える』と。
「そうか……」
虎鉄は悔しい気持ちを抑えた。
「じゃあな、妻娘共々お世話になりました」
そんな一言を残して李紗とインドラと共に扉を潜った。
ラムゥを半身とする虎鉄が消えたことで世界は、そこに住む人々は消滅した。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
「この蛇何で蒸発しないの!」
「怜奈さん……、私もう限界ですよ……」
「もう!腑抜けたこと言わない!」
相性の悪さというものを痛感しつつ海蛇相手に何とか持ち堪えていた二人。
怜奈はギルガメッシュの持つ『この世界に伝わるエクスカリバー』を使い戦っていた。
怜奈的にはエクスカリバーが無属性だということが面白くなかったのだが火属性以外の武器がこれしか無かったので仕方がない。
《剣の雨》による攻撃を行いつつ隙を見てエクスカリバーで斬り掛かる。
リィリスはリィリスで《カーバンクル》の力で怜奈を補助しつつ《剣の雨》を真似た技を《フェンリル》の燐火で再現し攻撃する。
属性を持たない敵になら大ダメージを与えただろう攻撃も海蛇相手だと弱い。
それでもめげずに攻防を続けること四時間ほど、怜奈もリィリスも体力的に限界を迎えている。
「あー、こんな時虎鉄が居たら楽だったのにな」
と諦め半分に呟いた怜奈。
次の瞬間、リヴァイアサンの頭上に穴が出現した。
「ちょっと待ってよ何だこれ。まてまてまてまて一一」
三人の人間がリヴァイアサンの頭上に急落下した。しかも三人とも雷を纏っている。
怜奈から見れば空中に空いた穴から突然落雷が落ちてきたかのように見えただろう。
「…………いたたた」
「何で急に穴が…………」
「てめえら余計な事言ってねえでさっさと俺の上からどけ!」
インドラ、虎鉄、李紗の順に落ちてきて、しかも同じ場所へと落下したために李紗は誰かしらの体重を感じていた。
「………李紗?」
怜奈は雷撃を受けて麻痺している海蛇に目も暮れず帰ってきた姉に目を向けた。
「あ、えっと怜奈さんあのですね…………」
李紗は弁明しようとするも怜奈は聞く耳を持たず彼女に飛び掛った。泣きながら抱き着く怜奈。
李紗は申し訳なさげに頭を撫でる。怜奈のセミの髪はボサボサに乱れていた。
「リィリス、ここはどこでどういう状況かって聞いてもいいか?」
リィリスは疲労からか今にも気を失いそうな頭で考え、漸く目の前に居るのが虎鉄だということを理解する。
「ここはリヴァイアサンの城で私達はあの子に負けかけて一一」
ハッとしたリィリスは目でリヴァイアサンを探す。そして麻痺が解けたのか虎鉄の真後ろにそれは居た。
虎鉄は己が刀を軽く一閃するとリヴァイアサンを真っ二つに斬り裂いた。
リィリスは手元へと落ちてきた召喚石を見た。
自分達があれだけ苦労していた相手をあっさりと倒してしまった。
「悪いんだが、リィリスに手伝って欲しいことがある」
折角の姉妹の再会に水を差してしまうようで苦惜しい気持ちを覚えながら虎鉄は李紗から怜奈を引き剥がす。
そして怜奈に対して土下座した。
「ごめん。俺は李紗を……殺した」
「…………は?」
怜奈は虎鉄が何を言っているか理解が出来ない。リィリスも唖然とした顔をする。
そして妹達は虎鉄の隣で立っている姉に目を向ける。立っている、話していた、抱いてくれた、頭を撫でてくれた。
『死んだ』と言われても納得出来るわけがなかった。
ただ、怜奈は引っかかった。
ついさっき、李紗は自分の事をなんと呼んだだろうかと。
『怜奈さん』と呼ばれていた。つまりそれは一一。
「虎鉄、教えて。李紗の中にいるのは誰なの」
「今はケツァクウァトルが李紗の身体を使っている」
ケツァクウァトルはその場で横になり、李紗の身体から離脱した。李紗の身体から出てきた和装の女性に目を惹かれ、瞬時に李紗の方へと視線を戻す。
李紗は一向に起き上がらない。目を瞑ったまま、眠り続ける。
「一一巫山戯ないで。なんでなんでこんな……」
ラムゥの世界で起こったことを二人に聞かせる虎鉄。
話しを聞いて更に顔を沈ませる二人。
そして話し終わったあとで再び土下座の姿勢に戻る虎鉄。
「……………………」
二人は言葉を発せない。沈黙を続け、虎鉄に怒りをぶつけるでもなくただただ黙り込む。
「李紗を生き返らせる」
インドラは黙り続ける二人に概要を説明する。基本的にはアレクサンドリアでクラウディアが行ったことと同じ事。ケツァクウァトルを李紗と同化させて助ける。
ただし、召喚獣である自分ではそれが行えないから手伝って欲しい。
そう告げる。
頼まれたリィリスはうんともすんとも言わない。多分頭の中は今までの李紗のことでいっぱいいっぱいになっているのだろう。
「ここに居ましたか」
竜矢がどうやって知ったのか怜奈達を補足してここまでやってきた。
「…………貴方は一一」
「今はただのワルキューレよ」
インドラが竜矢の身体から出てきたワルキューレを見て驚き何か声を発しようとした所を寸でで止めた。
「あの、サーラ様。もしかすると李紗さんは一一」
インドラを無視してワルキューレに耳打ちをするケツァクウァトル。
「グリーヴァから力を与えられた存在だと聞き、もしかしたらとは考えましたが……」
「ならばやはり……」
ケツァクウァトルは自らの考えを肯定されたことを嘆く。
「カーバンクル、フェンリル。貴方達も力を貸しなさい」
ワルキューレはこの場にいる召喚獣達を集めて何かを話し合い始める。蚊帳の外にされた三人は居ても立ってもいられずそこに混ざろうとする。
しかし、インドラが雷で三人を地面に磔にし、それを止める。
「いいから大人しくしとけ」
インドラはリィリスの顔を一度まじまじと見詰め、すぐに踵を返して話に戻る。虎鉄と怜奈とリィリスは突如の落雷により気絶させられた。
「フェンリル、ケツァクウァトル。貴方達の力を使ってグリーヴァを蘇らせる」
「「はっ……!」」
ワルキューレの指示に傅いて了承する二体の召喚獣。
ワルキューレが地面に黒い円を描きそこに何かを書き込んでいく。そこで眠っている竜矢が見たなら『錬成陣だ』とでも騒ぎそうなもの。
黒フェンリルは陣に燐火を灯す。ケツァクウァトルは陣に雷を巡らせる。
陣の中央に寝かされた李紗の中から一人の女性が現れる。召喚獣達は彼を『グリーヴァ』と呼んだ。当然李紗が出会った姿とは違う。今度は李紗と瓜二つの姿だった。
「…………これは皮肉だな」
李紗を生かすために消えたはずのグリーヴァが今度は死んだ李紗のために生き返ってきた。
「李紗を一一フェニックスを喚び起こすにはまだ足りない」
そう言って今度はこの場にいる火属性のイフリート、マリリスの助力を乞うたグリーヴァ。インドラはケツァクウァトルに手を貸す。
ワルキューレはその間蘇生魔法の結界で李紗の身体に覆った。
リヴァイアサンはただただ眺めていることしか出来なかった。
更に四時間ほど経つ。
李紗の身体から赤い羽根を持つ不死鳥が姿を現す。
『皆、立派になりましたね』
不死鳥はそう言って召喚獣達の頭上を飛び回った。皆から力の一部を吸収し、蓄える。そしてそれを生命力を持つ炎として変換し、その炎で李紗を燃やす。
「《転生の炎》か」
インドラは一人そう呟く。
最後にグリーヴァの前に羽根を下ろした不死鳥は慈しむように彼と見つめ合う。
『ごめんなさいね』
言い残し、不死鳥は李紗の中へと帰って行った。
限界に達していた黒フェンリルはグリーヴァへと吸収され、同化する。残った白フェンリルは逃げるようにして召喚石に戻る。
消耗したケツァクウァトルは自ら虎鉄の下に戻ることを選んだ。
彼女を手伝ったインドラは気に食わないからとグリーヴァとの合一を拒んだ。
マリリスは怜奈の下へと戻り、イフリートもまた召喚石へと帰る。
残ったワルキューレはグリーヴァと一言だけ言葉を交わし、竜矢の下に帰る。
グリーヴァは安定した呼吸で眠り続ける李紗の顔に左手で触れた。そして右手で李紗の右手を取り額に当てる。
再びの精神の共有だった。獅子としての記憶しか残っていなかった魂だけの存在ではない今、グリーヴァの本物の記憶を共有し、グリーヴァ本来の力を李紗に授ける。
インドラは横でそれを一瞬眺め、目を瞑った。
そこで目を覚ました怜奈達四人はグリーヴァとインドラに囲まれ、眠る李紗を見る。
きちんと呼吸をしており、顔色にも生気が伺える。
怜奈は泣きながらその場に膝をついた。
「良かった。ほんとうに良かった……」
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
僕には母親というものが存在しない。
父からは『あいつはお前を捨てた』のだと教えられた。
父は同い年の兄ばかりを可愛がり、僕に興味を示さなかった。だから僕は伯母さんにお世話になっていた。
伯母さんは父の妹で母の義理の姉だったそうだ。だからこそだろうか僕を可愛がってくれた。
「伯母さん!今日ね、エーちゃんと一緒に森に行ったよ!」
「そう、娘の面倒を見てくれてありがとね」
エーちゃんとは伯母さんの娘だった。僕よりも二つ歳下の女の子。まだ四歳だった。
「伯母さん!また明日も来るね!」
そう言って気分好調のまま帰宅すると、珍しく歓迎され出迎えられた。父と兄は豪華な肉を沢山用意して僕の帰りを待っていた。
すっかり忘れていたが今日は僕の誕生日だった。
そういえばエーちゃんもやたらに木の実やら何やらくれたな。
僕は豪華な肉に食らいついた。とても美味しくて、食べ応えがある。こんなに美味しいものを食べたことはないと自信を持って言えるほどに美味かったのだ。
流石に一日では食べきれずに何日かに分けてその肉を食べて、ようやくといった感じで食べ終わった頃には身体が人のそれではなくなっていた。
頭の上に白い耳がつき、お尻からは尻尾が生えていた。
誰かから聞いた猫という動物のような姿に似てきていた。
そんな姿で伯母さんの家を訪ねる。
『まさか神獣の肉を口にしたんじゃ……』と禁忌破りを言い渡された。
自分は何も悪いことはしてないというのにどうして。
そして日を追う事に変貌していく肉体。
兄に問い質し、初めて知った。
今まで僕が食べてきた料理には必ずと言っていいほどに神獣の肉が含まれていた、と。
何故そんなことをしたのかと問うてみると一言、『父さんの実験だってよ』と返される。
伯母さんの話から僕の母が神獣を愛していた人だったことを知っている。だからこそ許せなかった。母を知っているはずの父がそれを為したことを。
僕は父に文句を言いに行った。
どうしてそんなことをするのかと問いを投げかける。
『一一は神獣の力を使い、一人で生きた。この国に招いた時にはその力で戦争に勝ち抜いていた』
軍事力。
父が母に求めたのはそれだけだった。
母が消息を絶ったあとに母の功績を国のもの、延いては自分のものだと主張し新興国の立ち上げを目論んでいた。
そして戦力の増強を図るために神獣の肉を人に与えることで強力な力を得られるのではないか、と実験するため僕に獅子神獣の肉を与えたのだと言った。
僕は銀の髪に紫紺の瞳を持っていた。それは父からの遺伝だ。だが、顔の形、目の作りなどは母からの遺伝。父は僕の顔を見るのを嫌っていたのだ。
後日僕は国王への不義を働いた罪で拘束され牢屋に放り込まれた。牢屋には僕のように見た目の豹変した者達が幽閉されていた。犯罪者を実験体にして居たのだろう。
おまけに国内の闘技場で化け物同士を闘わせる催しとして僕を除く半神獣化した人達が出場させられ、勝者は敗者を喰らっていた。
僕はとてもそうはなりたくなかった。けれど時が経ち駆り出される日はやってくる。闘い勝利し、他人の肉を喰らう。
いつしか闘奴と呼ばれるようになった僕らは殺し合う他生きるすべがなく、今度は闘技場以外でも殺し合いをするようになる。
十年後、僕は完全な獅子と化し、王となった。
父が死に兄が国を収めることになった。国は名を改め、大国となった。
兄の宣言から闘奴達は解放され野に放たれる。隣国とも協定を結び平和で戦争などない世界を作り上げる。
ただし、どれだけ国がそう提案しても人間という物は醜い生き物だ。
自らの不満を他者にぶつけ、人を傷つける。
男は女を下卑た目で見て、相手の意思など関係なく交合おうとする。
気に食わぬ人間を蹴落とし上に上がろうとする者もいるし、下の人間は八つ当たりから更に下を虐めて楽しむ捻れた性格になる。
小さな諍いから喧嘩に発展し殺し合う。
どれだけ平和を目指そうとも、彼らが本能のままに生きる限り何も変わりはしない。
法の束縛があるだけ更に酷くなる。
白獅子となった我は汚い人間達を何度も何度も目にした。
そして野に放たれ自由を得たはずの同胞達は再び戦争の道具として駆り出されるようになった。
我は可能な限りで仲間を集め、避難誘導をする。
二十年ほど経ち、人型に戻ってからは神獣達に襲われることが多くなった。
我は何とか神獣達が彼らのみで生活する場がないかを考え続けた。
そして迷宮を作ることを思いついた。
人型に戻ったのを良いことに国内に潜入して情報収集にあたる日々。
集めた情報を下に迷宮の製作を着々と進めていく。
仕上げの段階に入る頃には百年近い時が過ぎていた。
我の作った迷宮はきちんと機能した。
百年の時を何とか生き延びた神獣達を誘って。
そして彼らに喰われ、命を落とした。
魂だけの存在となって神獣達を見守り続ける日々。
長く過ごすうち、次第に生前の事は半分を忘れ、獅子になった以降の話を大まかに覚えるだけとなった。
興味を持って迷宮を訪れた者が幾人か居た。しかし、誰一人として我の棲むこの広間には辿り着かなかった。
気まぐれに広間から出た日があった。その時偶然一人の青年と出会う。
彼は国の騎士に憧れ剣の腕を磨くために旅をしていたらしい。旅の途中で迷って何故かここに来たのだと、そう告げた。ならば、とこれまた気まぐれに言ってみたのだ。『其方の望む力を与えてやろう』と。
この時の我は本当にそれが出来てしまうとは思っておらずからかい程度の戯言で言った訳だが。
我が与えた首飾りにより、棒を振るように剣を扱えるようになったらしい。おまけに憧れた聖属性の力を手に入れ、独自の剣術を編み出す始末。
己が力の開花に驚いてしまう。
悶々と考えに耽ける日々が始まる。時折神獣達と会話し力を開花させる。だが、魔力に耐えられずに死んでいった。
この力は一体なんなのだろうか。思いつつ自分の勝手な好奇心から殺してしまった神獣に頭を下げ祈った。
それからたったの三十年後。
小さな神獣達の案内で我が広間に訪れた少女。神獣化が進み所々に人外の特徴を持つ彼女。
何だかとても安心した。
遠い昔に一度だけ見たような誰かの姿を思い出した。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
長い夢を見ていた。
何処かで一度見た事のある獅子の夢。
「…………グリーヴァ」
そう呟きながら目を覚ます。
古びた遺跡、ここはグリーヴァが作った建造物だった。
そして時が経ち、自然と近場に作られた異空間が引き寄せられ、迷宮への入口へと相成った。
「身体が重い」
というか力が入らない身体を無理矢理に持ち上げようと踏ん張る李紗。
やはりダメだった。
もう少し寝ようか。
そんなことを思った時だった。
「今日は私が当番なので!きちんと美味しいご飯を用意しますね!」
「そう言って美味しいものを作ってくれたことないんだけどな」
「な!失礼な!」
「落ち着けリィリス、俺が手伝うからさ」
「竜矢さんに頼るのは悔しい……。けどお願いします」
「竜矢も料理下手だった気が……」
何だか楽しそうな声が聞こえる。
私も混ざりたい、けど身体が動かないんだよなあ……。
『ぐぬぬ……』と歯噛みをしていると。
「目、覚めたのか」
「はい」
傍に居たらしいインドラが声を掛けてきた。
彼の見た目は正しく、あの時の青年だった。
「今も師匠……、グレーテルさん達に伝わっている《聖剣技》ってグリーヴァが託した力が基だったですね」
「…………ああ。あれから俺は剣の腕を認められアレクサンドリアの騎士となった」
「全ては繋がっていた」
「ああ、そして今もな」
インドラと話している間に怜奈がこちらに気づいた。そして怜奈の反応から他の三人も気づき駆け寄ってくる。
「………………李紗!」
腰の辺りまで伸びたポニーテールを揺らしながら怜奈が飛びついて来た。抱き着かれ、身体が軋んでる気がする。抱き返してあげたいのに腕に力が入らない。
「おい、まだ本調子じゃないんだからあまり強く抱き締めるなよ」
インドラが怜奈を叱りつけハッとした怜奈は慌てて飛び退く。
「えへへ、ごめんね怜奈」
「いいよ、目を覚ましてくれただけでも嬉しいから」
李紗は寝たきりのまま怜奈を見詰める。怜奈は傍に座り李紗を見詰める。
「…………ただいま」
「おかえりなさい…………」
怜奈は李紗の手を握りながらそう返した。
その後、虎鉄が色々な謝罪を込めて何度も謝った。
全てを許せる訳では無いけど今はいいよ、と頭を上げるように懇願する。
もう李紗と同じくらいの身長になっていたリィリスは李紗にくっついて離れないし、怜奈は嫉妬して反対側に抱きついてくるしでてんやわんやだ。
インドラが二人を引き剥がし、虎鉄の頭を無理矢理上に上げていたり。
何だか今だけはインドラが皆の父親のようだった。
「本当に戻ってきてくれて良かったよ」
竜矢が説明してくれた。インドラからの又聞きだが、召喚獣が寄り集まってグリーヴァを復活させたらしいこと。グリーヴァが色々と上手く取り持って李紗を生き返らせたこと。
その後、インドラの配慮から敢えてこの遺跡に住処を作りここで暮らすことに決め生活していたこと。当初は毎日のように怜奈とリィリスが心配で眠れない日々を送っていたこと。
結局半年以上眠り続けていた李紗の世話のほとんどを虎鉄が受け持っていたこと。
「そっか、たくさん心配掛けちゃったんだね」
「ああ、だからさ。もうごめんだぞ、こんなのは…………」
「…………はい。ごめんなさい」
それは李紗の性格を理解した上の竜矢の優しい叱責だった。
どれだけ時が経とうが、記憶をリセットされようが、力を手に入れようが。やはり李紗は李紗なんだと、そう存外に伝えられ、もうやめてくれと懇願されている。
「気分転換に外出てみるか?初めて来た時よりはまあ、いい所になったぞ」
「うん、行く。連れてって」
「はいよ。ほら背中に乗って」
「何かまた背中広くなったね」
「試練で頗るしごかれたからな。その後も色々あったし」
「そっか」
李紗は竜矢の背中に乗せてもらい日差しの元へと出た。陽の光が眩しくて目が眩む。砂漠地帯だったこの辺の土地は見違えるほど自然に溢れる場所へと生まれ変わっていた。
竜矢が言うに迷宮に住んでいた神獣達、そしてグリーヴァの意見からこの辺の土地を皆の力を詰め寄って開拓したらしい。
巨大な湖も出来ていて、海蛇が気持ち良さそうに泳いでいる。
迷宮から逃がした神獣達があの時とそう変わらない様子で生活している姿は李紗としても嬉しく思った。
「『神獣達の楽園』か。良かったね、グリーヴァ」
何処にいるかも分からない彼にそう告げた。
「あー!竜矢さんずるい!」
リィリスが騒ぎながら駆け寄ってくる。
「リィリスちゃん、本当に大きくなったよね。今身長どのくらい?」
「164です」
「へー!私と1cmしか変わらないんだ!早いね」
「まあ、リィリスももうすぐ十五歳だしな」
「…………えっ、もうそんなに経ってるんだ。やばい時間の感覚が」
「伸び悩んでいた虎鉄くんもいつもの間にか170cm超えてるし……、どんどん置いてけぼり食らってるね私」
「まあ、それなりにはあるんだから気にしなくていいだろ」
「そう言われればそうだけど……」
皆でテラスで食事会という名の昼食を摂る。
李紗は身体が上手く動かせないので怜奈に食べさせてもらう。時折、その席をリィリスに譲り自分の食事を摂る。リィリスは満面の笑みで「李紗さん、あ〜ん」と給仕した。李紗も自然に口を開けてそれを受け止める。リィリスの顔は華やいでいた。妙な色気さえ感じてしまうその歓喜の表情は虎鉄と竜矢を靡かせてしまうほどに恋する乙女の顔だった。
『変わらないなあ』と眺める三人。
竜矢とリィリスと成長に関しての話が出た事を他二人に話し、やいのやいの騒ぎつつ迷宮での時間について皆口々に話した。
話を総合した結果にそれぞれが挑んだ迷宮は時間の流れが早い場所、遅れている場所、一定の場所があった。
ワルキューレの所は流れが比較的早く、マリリス、ラムゥの所は一定。グリーヴァ、インドラ、リヴァイアサンの所は遅れていた。
だからこそ竜矢は時と比例しない筋肉量を得たし、リィリスとリヴァイアサンの所に潜った怜奈は髪の伸びが早い。そのリィリスは二度もそこへ潜っていたがために身体も二倍ほどの勢いで成長した。
李紗に関しては最初の半年で半神獣となってしまったがために成長が止まってしまい以降成長はしてない。現在はグリーヴァのお陰で人の姿に戻っているが。
虎鉄に関しては同じ速さでただただ長く迷宮に居座っただけなので時間に比例した変化しかない。
「そういえば、あの世界ってラムゥが虎鉄くんの理想を少し脚色して作り出した世界だったんだよね」
昼夜二色の世界があること。亜人の住む世界であること。平和な日常であること。
そしてシャーロットは虎鉄の鬱憤を再現して作られ、子を為すところまでが理想だった。
もしラムゥに良いようにされていたら理想の世界でその生涯を終えてしまっていただろう虎鉄は内心を思わぬ形で暴露され、縮こまっているのだ。
「もう、別に虎鉄くんがどんな理想を描いていようと私は気にしないから」
「李紗、そうは言ってもな。男はこういう事されるとキツイもんなんだよ」
「竜矢は自分からそういうのを言っちゃうけど、虎鉄は照れてそういうとこ言わないからね。新たな一面ってことで私達は受け止めてあげるし」
「リヴァイアサンを一刀両断した虎鉄さんかっこよかったですよ!」
皆口々に虎鉄をフォローする。逆に居た堪れないのか頭を押さえながら悶々とする虎鉄。
そんな様子を見て四人は小さく笑った。
インドラはそんな五人の姿を見守っていた。
「目を覚ましたんだし、そろそろ渡してもいいんじゃね?」
「そうですね」
「ちょっと待ってね。はいこれ」
そう言って竜矢はリィリスの肩を叩いた。リィリスは怜奈に頼んで宝物庫から小さな箱を取り出してもらった。
「李紗さん。これを受け取ってください」
そう言って小さな箱を開けてみせ李紗に見せた。
見た目はインドラが依代として李紗に与えたペンダントそのものだった。
「これは……?」
「グリーヴァさんからの贈り物を私達なりにアレンジしたものです」
そう、加工されている。
三日月に剣、その背景に四つの花弁が追加されている。
一つ目は蒼と白。
これはおそらく虎鉄の魔力色。
二つ目は黒と紅。
これは怜奈の魔力色だろうか。
三つ目は翠と銀。
これは竜矢の魔力色だと確信できた。
四つ目は紫銀。
これはリィリスの魔力色だ。
「この花弁の一枚一枚には私達の魔力が篭っていて『いつでも、皆が傍にいる。だから生きて欲しい』ってそういう思いが込められています」
「……怜奈、もしかして《虎徹》のことを虎鉄くんに?」
「虎鉄に《虎徹》に込められた思いとかを教えたのはインドラ。そして意味を知っていた虎鉄が何か贈りたいって提案し、私達は協力した。渡す役をリィリスに譲ったのは少しいただけないけどね」
「最後は私が魔力を込める番だね」
「手伝うぞ」
今まで黙りこくっていた虎鉄は動いて李紗の腕を優しく掴み、リィリスの手に握られた箱に手が届くよう腕を持ち上げる。
虎鉄の介助のお陰でペンダントに触れることが出来た李紗は軽く魔力を流し、仕上げをする。
綺麗な金と藤の色が流れ込み、グラデーション豊かになる。
「一一ありがとね、皆。大事にするよ。このペンダントも私自身も」
李紗は表情筋を力いっぱいに動かして満面に笑みを浮かべた。
遠征終わりです。
次は李紗のリハビリ込みで少し滞在してから一度村に帰った後、アレクサンドリアに向かいます。
銀竜達が居るので移動にそう時間は掛かりません。
以前一瞬だけ載せたクレセリアの成り立ちとかその他の事とか書き始めます。