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『鴉の試練』と『待ち続ける日々』。


そこは木造りの家々が並ぶ小さな村。村には多種多様な種族達が住む。スプリガン・シルフ・ウンディーネ・ケットシー・サラマンダー・レプラコーン・インプら妖精族エルフ。そして巨人族ドワーフ小人族パルゥム。獣人に区別される者の中には狼人ウェアウルフ犬人シアンスロープ猫人キャットピープル狐人ルナール等がいる。

ファンタジー知識を齧った程度でしか知らない虎鉄でもそのくらいの区別はつくし、知っている。

緑豊かな自然に囲まれた村で、虎鉄は老人ラムゥと出会った。ラムゥは鴉のような黒い羽根を生やし、一本の魔道杖を所持していた。

虎鉄は自らの宿す力が反応したことから彼にアタリをつけ事情を聞く。


どうやら召喚獣側の早合点でそれぞれ別々の場所に転移されてしまったらしい事を知る。

ラムウの計らいで『他の召喚獣と話し合って早急に戻る目処を立ててやるから少しの間待っておれ』と一時的に村に滞在することになった虎鉄だったが。

ラムゥに言われるまま、村で過ごし始めて既に半年が経とうとしていた頃には村の生活に慣れ、獣人達と仲睦まじく暮らしていた虎鉄だった。

この頃には虎鉄はしっかり洗脳されていた。ガイアでの事もテラでの事も忘れ、まるで『最初からここで生活していた』と言わんばかりに。


ラムゥの主な能力は雷を器用に使うことで他人の脳に干渉することだった。


何も覚えていない虎鉄は亜人達の世界で過ごし、そしてシャーロットという恋人も作った。

自らの本能に任せてその恋人と夜をも共にしていた。李紗の知らない所で『初めて』を捧げていた。


「信じられません…………」


とは虎鉄が洗脳されて夢現になったと共に虎鉄の身体から強制的に切り離されたケツァクウァトルの一言だった。


「手は出すなよ。これは奴の試練なのだ。奴がいつ自らの違和感に気づき、どう打開するか。それを試させてもらおう」


「……分かっています。これはこの子の試練ですもの……」


歯痒さを噛み締め、ケツァクウァトルは身を引いた。

以降は静観するに徹していた。



それから更に半年以上経つ。


「シャーロット……。俺は一生お前を愛してるぞ」



虎鉄は未だ夢現のまま、遂には村で恋人だった女性と結婚までして幸せに過ごしていた一一。



一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一



半年程で試練を終えて怜奈の元へ行った竜矢と竜矢に助けられる形で試練を突破し、一緒に遺跡に戻ってきた怜奈。


「……まだ誰も戻って来てないわね」


「そうだな。虎鉄何かは戻って来てると思ったんだけどな」


「そうですね。私は李紗が心配ですけどね」


「…………」


「もし同様の試練に付き合わされていたんだとしたら一番危険なのは李紗でしょうし」


「…………」


「李紗、いつ帰ってるんでしょうね……」


「…………なあ、敬語やめね?」


「……ふっ」


まだ戻って来てない三人を慮りつつ心配する怜奈の目には依然光が宿ってない。竜矢は青い顔をして、怜奈の敬語での言を無言で聞く。が、我慢出来ずに提案するも鼻で笑われる。


「なあ……頼むよ……」


「……はあ、……覚えていますか?竜矢さん」


「…………おう、『戻ったら話がある』んだよな」


「ええ、まずはこれを見てください」


怜奈が竜矢に渡したのは試練の最後に怜奈がマリリスから受け取ったワルキューレからの手紙。その内容はまるで竜矢と彼女の淫行の日々を思わせるような語弊を招く文章で……。

それで怜奈の機嫌が悪い理由を悟った竜矢。


「……………………!くそ、ワルキューレのやつ…………」


「ある程度脚色されているのは分かっていますが。さて、では何処までが真実なのでしょうか」


「なあ、もう一回言うけど。敬語やめね?」


「そんな事はどうでもいいので真実を教えてください」


「…………はい」


怜奈に凄まれてワルキューレの手紙から怜奈の癪に障っただろう部分を掻い摘むように話し始める竜矢。



『私の大事な所を撫でながら慰めて』

→「頭を撫でただけだぞ」


『とても濃厚で毎日のように身体をぶつけ合って汗を流しました』

→「そりゃ毎日死ぬ気で戦ってたからな。戦ってんだから身体もぶつかるわ」


『私は彼を抱き締め、彼も私を抱き締めてくれました。互いの性器と性器を擦り合わせて互いの呼吸と鼓動を重ね合わせました。とても気持ち良くて思わず逝ってしまいそうでした』

→「……これはワルキューレが『意識を擦り合わせるために必要だ』って言うからやったことで……。戦闘の後で下着姿になってた時にワルキューレが突然服を脱ぎ始めて、それで抱き合って……。確かに何かが当たってたけど……。でもそれは不可抗力というか……っていうか下は履いてた訳だしノーカンだろ?」


「抱き合ったのは事実だし、彼女に色々と感じちゃってるのも事実なのね……」


「…………ごめん」


話を聞いて誤解が解けて、ようやく怜奈の目から翳りが消える。しかし、先程のような凄みはなくともやはり呆れた様子で言い募る怜奈に頭を下げる竜矢。


「でもそうよね、健全男子だったら裸の銀髪美少女に抱き着かれたりしたらそれは興奮もしちゃうわよね」


「…………ほんっとに、ごめん」


「いえ、別に怒ってるわけじゃないのよ?男の子なんだから仕方ないとも思えるし、何よりこれだけいやらしく竜矢に迫って、挙句に竜矢を騙して利用して、自らの蘇生を目論んで、しかも私にこんな虚偽の手紙を残したあの女が全て悪いんだし。ただね、ただ彼女としてはやっぱり悔しいのよ。ただそれだけなのよ」


「怜奈…………」


「私、あの子に負けたくない。あの子に勝てるくらい可愛くなりたい……かも」


「お前は可愛いよ。世界一だ」


「…………すっごく嬉しい。ありがとう竜矢」


やっと怜奈がいつもの表情に戻り己が欲を吐露する。そして『世界一だ』なんて言って慰めてくれる彼氏に満面笑みを浮かべた。

そして勢いのまま竜矢に抱き着いた。

竜矢もそれを抱き留め、思いっきりに抱き返した。

それから誰も居ないのをいい事にイチャイチャいちゃいちゃしていた二人。



身体的精神的共に交わって、時間を過ごした怜奈は竜矢の真横にちょこんと座り、今度は竜矢から聞かれるでもなく試練での日々を事細かに話し始めていた。

怜奈はギルガメッシュに手も足も出ずに軽く遇われて、かと思えば一撃で殺されそうになって悔しさしか残らなかった事を。そして竜矢があの瞬間に自分を助け、殺そうとした彼奴に対して憤怒してくれた事が嬉しかったのだと、伝えた。



「生前、全くと言っていいほどに『恋』が出来なかったあの子が初めて恋をしたのが貴方だってことは嬉しいし、彼女として凄く誇らしいの。性格悪いあの子の事は嫌いだけど、応援もしてあげたい。けど、嫉妬しちゃうから素直に応援も出来ない。私って凄く面倒くさい女だ」


「そんな事ねえさ。誰だって嫉妬くらいするさ。俺も一時期は虎に嫉妬してたんだ」


「なんで虎鉄?」


「普段ぶっきらぼうな癖に怜奈と話す時には楽しそうに話してただろ。あん時は李紗と一緒にそれを見て焦ってたんだぞ」


「もしかして私と李紗がすれ違ってたあの日?」


「そう。後所々虎の方を頼りにしてたりとか、《虎徹》を渡してた時とか……」


「……あれは別に竜矢が頼りないとかそういう事じゃなくて。あの時竜矢に頼っていたらそれに勘づいた李紗が変な気を回す気がして……。そうならないように虎鉄を頼っただけなのよ」


「そうだったのか。確かにあの時の李紗は俺には話し掛けられても虎には話しかけられなかったもんな。意識のし過ぎというか、気を遣いすぎというかで」


「そうなの。あとちなみに虎鉄に《虎徹》を送ったのは一一」


「今の流れで分かったよ。李紗から頼まれたんだろ?」


「そう、どうして知ってるのか知らないけどあの日虎鉄の誕生日だったらしいの。本人は照れ隠しにリィリスとはしゃいでやり過ごしてたけど」


「んで、怜奈はそれを誰から聞いたんだ?」


「そのリィリスからよ。『今日はね、虎鉄くんの誕生日でね。おめでとうって言いたかったけど、恥ずかしくて言えなくて。だからせめて何かプレゼントしたいなって思って怜奈に頼んだの。虎鉄くん喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいな』って言ってたみたい。リィリスが嫉妬心満々に教えてくれたの」


「なるほどな。流石は怜奈だな」


「私を褒めるのは何か違わない?ただ李紗がリィリスになんでも話すって知ってたから訊いて教えてもらっただけよ」


「そうじゃねえよ。信頼されてる事を褒めてるんだ。お姉さん(李紗)大好きっ娘で、これまたその気持ちを伝えられていない恥ずかしがり屋のリィリスが怜奈にはそれを話したんだろ?それって『この人は絶対に余計な事は言わない』って信頼があってこそだと思うし、第一信頼してなきゃ自分の心境を赤裸々に語ったりしないだろうさ」


「……そっか。そういう捉え方もあるね」


「怜奈が『これ、李紗から頼まれて作ったのよ』なんて言ったら台無しだもんな」


「それはね。ただ、貰った張本人は『名前が被ってるからか』とか思って深くは考えてないんだろうし、終いには『今宵の虎徹は血に飢えている』とか呟き出すしでそれどころじゃなかったのよ。まあ、嬉しそうだったけど」


虎鉄が嬉しいそうにしていたと聞いて竜矢は刀身に彫り込まれていた黄金の雷龍のことを思い出した。


「今聞いて思ったんだけどさ、刀に金の彫り入れてただろ?あれも李紗の注文なのか?」


「ええ、虎鉄が蒼雷を扱えばああなるようにデザインしたのも李紗だし、彫り方にアドバイスをくれたのも李紗。彼女曰く、『優雅』をイメージしたらしいの」


「優雅……?でも優雅と言えば日本色だと桃色から紫色だよな?なんで金なんだ?」


「それは全く関係が無くてね。李紗が思い描いた虎鉄にとっての『優雅』は温かさを指しているの。『ゆう』と『みやび』っていう虎鉄の二人の母をね」


「それ李紗が前に言ってた、産みの母親と育ての母親か」


「そう。虎鉄が《虎徹》に雷を宿すのは戦う時で、つまりは生きようと思った時。温かい青い光に包まれて浮かび生まれ出でる金色の光。それは優しい母親達に育てられて、今を必死に生きている虎鉄の命の光を象徴してるんだって」


姉の想い人への想いの強さから涙を流して秘話を語る怜奈。そしてそれを感服したように聞き入る竜矢。


「『生きている限り、貴方の母達はいつでも傍にいる。だからいつまでも生きて幸せになって』。それが《虎徹》に込められたメッセージなのよ」


「これ、虎鉄は知らないんだよな」


「ええ、知ったら虎鉄はこの刀を使わないだろうし」


「李紗はどう思ってんだろうな。伝わらなくて歯痒く思っているのか。それとも伝わらなくても良いと思っているのか」


「多分、保険みたいなとこあると思う。いつか伝えられたらそれでいいし、もし自分に何かがあって伝えられなくなったなら誰かに伝えてもらえばいいって」


「それ絶対後者にしかならないだろ……」


「私もそう思う。…………そう思うともしかしたら、非力さを痛感している李紗だから『私が守ってあげられない代わりに虎鉄くんを守ってください』って意味も込めているのかも」


「よし、絶対李紗を危険な目には合わせねえ」


「李紗は剣の腕なら私達の中の誰も敵わないし、大丈夫だとは思うけどね。でも、私も李紗を守ってみせる」


怜奈の言葉を聞いて竜矢は少し考え込んだ。『なにか不味いこと言ったかな』と怜奈は少し考えるも次の発言で顔を顰める。


「…………なあ、李紗が剣しか扱えないのってなんでなんだろうな。俺達は魔法も召喚獣の力だって扱えるのに。そう言えば虎が李紗の身体に居た時も魔法石を使った魔法しか扱えなかったんだよな」


「確かに。剣は上達したけど魔法はどれだけやってもからっきし。今までは《バハムート》と同化したことでそうなってるんだって思い込んでたけど、それだけじゃない」


身体が死んでいたからだとか記憶を無くした事が原因だとか無属性の《バハムート》と同化したことが原因だとか、今まで色々と言い訳がましく流していたまるで魔力を拒むような李紗の身体の事。

召喚獣の過去を見て、知ってしまった今はもう適当な言葉で思考停止する事は出来ない。


「だってエキドナが知っている《バハムート》は竜王で、《メガフレア》って五属性混合の咆哮ブレスを放つはず。いくら無属性と謳われているとは言え、他属性が扱えないわけじゃない」


「俺がサーラの記憶から見た召喚士は《バハムート》を纏って雷炎も爆風も扱ってた。無属性どころか全員属性への適応があった」


「やっぱり何か他に理由があるはず」


「ルナアークさんに要相談だな」


「そうね。皆が戻ってきたら話さなきゃ。この事も、そして私達が知った『クレセリア』の事も」


「そうだな。だから一一」


「皆、早く戻って来て」



遺跡の傍で一週間程過ごすも誰かが帰ってくる気配はなく、怜奈と竜矢は約束通り待ってくれていたらしい輝夜カグヤに乗り巣へと向かった。元々銀竜は知能が優れているので、李紗の通訳無しでも一方通行なやり取りならば行える。

だから怜奈が指示すれば輝夜はある程度意味を把握して実行してくれた。


遺跡の岩壁に『怜奈と竜矢は既に戻って来てるよ。また明日輝夜に乗ってここに来るからもし戻ってきたなら少し待っててね』とだけ書き残して。


輝夜は出会った当初よりも何倍も大きくなり、人を二人乗せても余裕なくらいに成長している。


もし他の竜達も成長しているならばあの巣は手狭だろう。

怜奈は不意に疑問としてそれを投げかける。が輝夜は意味を解さない。


「『巣は狭くない?』」


『とても狭いです。私達も幅を取るようになりましたから』


竜矢が自身に《ワルキューレ》を降ろし、会話をする。

突然の事に怜奈は吃驚するも、今は言い合うべきでないと理解し、通訳をしてもらう事にした。


『お二人が無事に戻られて良かったです。琥珀コハクユイも喜びますよ』


「『ありがとう輝夜。長く待たせちゃってごめんなさい』」



竜矢ワルキューレの通訳を通して話をする怜奈と輝夜。


しばらくして巣に辿り着き、怜奈は一言告げた。


「ありがとう、ワルキューレ」


照れを隠しもせずに竜矢ワルキューレに言い放ちそのまま巣へと入る怜奈。


「こちらの台詞ですよ。私を受け入れてくれてありがとうございます。怜奈さん」


ワルキューレもそれだけ言い残して竜矢の身体から消えて行った。



怜奈と竜矢は一日の大半を遺跡で過ごし、輝夜の迎えで巣に帰ってきて寝る。そして翌日起床後はまたすぐに遺跡へ向かう、という日々を繰り返す。



そうして三ヶ月程だった頃にリィリスが戻ってきた。


リィリスだけは従来通り普通に召喚獣に挑んで普通に帰ってきたらしい。

詳しい話を聞くと、三人が転移され、李紗のみが暗闇に飲まれたあの日。リィリスだけは何も起こらなかったらしい。突然四人が消えてとても寂しい気持ちになったという旨を聞かされた怜奈と竜矢は頭を下げて詫びた。リィリスは手を振って『二人は悪くありませんから』と謝罪を拒否した。

取り残されたリィリスは今の怜奈達と同じ事をしていたらしい。ルナに運んでもらい巣で寝起きして遺跡に通っていた。


半年経った頃、いつも通り遺跡通いをしていると突然光に飲まれて転移させられた。

飛ばされた先は深海だった。流れに身を任せ進んでいると城が見えた。城に駆け込んだリィリス。

そこで待ち構えていたのはリヴァイアサンだった。

戦闘に突入するもリヴァイアサンを下せずにすぐに帰ってきて今に至るらしい。


「つまりは私達とすれ違いで転移したってことね」


「俺達四人の誰かがクリアするまでリィリスはお預けを食らってたってことか?」


「いえ、リヴァイアサンは『ようやく四つの輝きが揃った……』とか言っていたのでそれは違うかも、知れません」


「四つの輝きってなんだ……?」


「四つがリィリスを除く私達四人の事だとしたら……」


「でもそれだったらリィリス以外が転移された時にでも良くないか?」


「そうよね……」


「リヴァイアサンはその輝きを色で表していました。『蒼』、『藤』、『黒』、『翠』の四色で」


「何だそれ?何の色だよ……」


意味が分からない色の配列に悪態を付く竜矢。リィリスも『さあ〜?』と首を傾げる。怜奈だけは必死に記憶の中を探りながら考える。


そして一一。


「もしかしたらこれ……、私達の魔力の色じゃない?」


「えっ?」


「虎鉄のケツァクウァトルの蒼雷から『蒼』。『藤』は置いといて、私はギルガメッシュが元黒龍って点から『黒』」


「そしてエデンの『翠』か」


納得の表情を見せる竜矢。リィリスは空白の『藤』について考えて、怜奈の方を向く。怜奈もその視線の意味を理解して言う。


「恐らくは最初の段階では無色だった李紗が『藤』色の魔力を手にした事でリィリスの行く道が開けたってことかな……」


「もしそれが本当なら李紗さんは何か新しい力を手にしたってことなんですか?」


「まだ分からないけどね……、そうであって欲しいとは思う」


「私、李紗さんの悲しい顔はもう見たくないですから」


「そうだね。私も同じだよ」


「怜奈さん、話し方変わりましたね」


「…………嫌?」


「いえ、こう言うのもどうかと思いますけど、寧ろ話し易いです。以前は語気の強さに怯えてしまっていたので……」


「この何ヶ月かで色々と思う事があったの。今までごめんね」


「…………いえ」



謝りながらリィリスの頭を撫でる怜奈。それは李紗が日常的にやっていたそれと同じで。途端リィリスは我慢していた涙を溢れさせた。

今まで寂しい中を一人で耐えてきたんだろう。そして一人で召喚獣と戦って、けれど勝てなくて。自らの知っている怜奈よりも少し柔らかくなった怜奈が居て傍に竜矢も居て。けれど二人も寂しいはずだからと気丈に振舞って。


そうして気を張り詰めていた時にこうして最愛の姉《李紗》と同じ事を同じくらいに優しい顔をした怜奈がしてくれていて。

こんなの我慢が出来るわけ無い。


「半年間待たせちゃってごめんね。これからは一緒に李紗達の帰りを待つからね」


「……はい、……はい!」



もう出会ったばかりとは違いすっかり大きくなったリィリス。

『李紗が帰ってきたらビックリするだろうな』とそんな事を思いつつ泣き続けるリィリスの背中を擦る怜奈。



その日は輝夜と琥珀、ルナに囲まれ姉妹で仲良く眠った。

竜矢は羽と一緒にそんな光景を眺めつつ、起こさないよう外へと出た。


羽に跨って空を飛ぶ。

目指すは遺跡。虎鉄か李紗のどちらかでも帰ってきていないかを確認するため。

初めて遺跡を訪れた日からもう十ヶ月が経つ。そろそろ帰ってきてもいいんじゃないか。


遺跡に到着。昨日とそう変わりのない様子で佇んでいるそれは心做しか脆くなってきているようにも見える。

竜矢はまる一日をそこで過ごし帰りを待っていた。


四時間を過ぎた辺りで怜奈とリィリスが来た。竜矢の様子から察した二人は気落ちするも諦めることはせずに待ち続けた。

定刻になり、帰る準備を始めた一行だった。


しかし、踏み止まることになる。



何故なら、遺跡から突如としてネコ科動物のような神獣が千匹程の神獣が飛び出してきたのだ。

何事かと構える三人。


しかし、神獣達は威嚇をするでもなく、まるで甘えるように三人を取り囲んで鳴いている。中からうち一匹が背に何かを乗せたまま怜奈とリィリスの下へ歩いてきた。

怜奈は何かに気づきその神獣を優しく抱き抱えた。


神獣が持っていた何かは怜奈が李紗のために繕った髪留めの装飾品だった。


「これってつまり……!」


「李紗さんは生きているって事ですよね!」


「ええ、そして恐らくは崩れる空間の中からこの子達を逃がしたのも李紗なんでしょうね。あの子らしいし」


「俺、《ワルキューレ》の力借りて話をしてみる」


「お願い!」


竜矢は意識を集中させ、鼓動を安定させる。呼吸を調え自分の中に居る《ワルキューレ》に話し掛ける。


そして。


「『李紗って女の子を知らない?』」


『李紗様はグリーヴァ様から力を託された後にインドラの所へ向かいました』


「『グリーヴァってあの白獅子の?』」


『はい。彼は私達一族の救世主でした』


「『そう、力を託した、という事はもう……』」


『はい。李紗様に力を託されて天に昇られました』


「『私はあの子に何もしてあげられなかったから、せめて祈りを捧げさせて』」


『はい。グリーヴァ様も喜ばれると思います』



狐の様な容姿をした神獣と竜矢ワルキューレは話しながら涙したり祈る様な格好をしたりしていた。

怜奈は何の話をしているのだろうか、と気にはなっても邪魔はしない。

それは竜矢ワルキューレの顔が至極真剣だったから。


竜矢ワルキューレは少しばかり話しを弾ませた後でこちらに振り返り仙狐との話しの内容を教えてくれる。

李紗は生きて何故だか次の試練に挑んでいる事。李紗は神獣達を口にした影響からか見た目が変貌している事。李紗がグリーヴァという召喚獣に与えられている力は強力だが、永続しないらしい事。李紗はインドラという召喚獣を手にして戻ってきても死んだグリーヴァを蘇らせるために奔走するだろう事。


知らされてもあまり理解が進まない。李紗はどうしてそんなにもその召喚獣を気に掛け、蘇らせようとするのだろうか。

竜矢ワルキューレの言い方だとまるで李紗が『グリーヴァの為になら死んでもいい』とでも思っているようにも聞こえる。もちろん、彼女がわざとそういう言い方をしている訳ではなく、伝えられる言葉がそれを伝えてくるのだ。


「以上です。李紗さんは生きて試練を突破しインドラの下へ行っています。インドラは物言いはいい加減ですし、面倒くさい奴ですが人を殺すような事はしませんから安心してください」


話を無理矢理に終わらせる竜矢ワルキューレ。まだ何か話していない事がある様子。だが、『以上』と彼女が言ってしまったのならそれ以上は追求出来ないだろう。


「ありがとう、ワルキューレ」


「…………いえ、すみません」


『全てを話すことが出来なくて……』と小声で呟いた彼女は逃げるようにして怜奈の傍を離れた。

神獣達の下へ行き、何かを話す。すると神獣達が一斉に動き出した。列を作り真っ直ぐ何処かへと向かい始めた彼ら。


「少しの間、竜矢さん(この体)を借りますね」


そして竜矢ワルキューレはそう言うと輝夜に跨り、列の先頭に行き神獣達を誘導する。


「あの子、何処へ行ったのかな」


「恐らくは他所の迷宮へ連れて行ったのでしょう。魔獣が蔓延るこの辺りでは神獣達を住まわせることが出来ませんから」



神獣らを見送り、一週間ほどを遺跡で過ごした。

中々帰っても来ない竜矢ワルキューレを待って時間を持て余していた怜奈はリィリスに提案した。

『私も一緒に行くからリヴァイアサンにリベンジしよう』。

リィリスはその提案を飲んで怜奈と一緒にリヴァイアサンの下へと向かった。



怜奈とリィリスか転移したのは海の中。リィリスの案内で進んで行く。


「なに、これ…………」


凄く幻想的な光景だと思った。

現実の世界でも海に行ったことの無かった怜奈は綺麗な海の眩い青さ、海底の魅了されていた。

青焔せいえん燃ゆる大円盤の彼方』、そんな抽象表現を思い出していた。


「怜奈さん、こっちですよ」


リィリスに手を引かれて海底を泳ぐ。

珊瑚礁が手を振ってくれている。行き交う魚のような神獣達がこちらに敵意を見せるでも襲ってくるでもなく、楽しそうに気持ち良さそうに泳いでいく。

怜奈も空を飛ぶような気持ちで海の中を泳いでいた。とても身体が軽く、気持ちが良い。ゆったりとした流れに身を任せてしまいたくなる。




「着きました、あそこです」


リィリスが指で示した場所。

竜宮城一一首里城でも良いかもしれない一一を思わせるいたく和製な建物がそこにはあった。


そこでとある童話を思い出した怜奈。そう言えば転移されてからどのくらいの時間が過ぎたのだろうかとそんな事を考える。

そう言えばリィリスは『リヴァイアサンに負けてすぐに戻ってきた』と言っていたはず。けれどリィリスが戻ってきた時には既に三ヶ月も経っていた。もしかすると実際には自分達の体感以上に時が流れてしまっているのではないだろうか。


「浦島太郎状態になるのはごめんだからね」


「うらしま……たろう……?」


怜奈は想像してしまった現状に不満を漏らす。

他所の世界の童話など知るはずもないリィリスは頭上に『?』を浮かべていた。


門のそばまで来て恐る恐るといった様子でゆっくり丁寧にそれを押し開き城内へ進んで行く。

木製の扉という物にリィリスはひどく驚いていた。


『ようこそ、おいでくださいました』


これまた和装に身を包んだ半魚人女性達にお出迎えを受けてしまう。

和製が馴染んだ場所に訝しみを覚える怜奈だが、一旦頭から離してリィリスと共に半魚人達の案内に従った。


向かった先、巨大な海蛇が二人を待っていた。



「召喚獣と対峙するってやっぱりこれが普通なんだよね」


自らの試練、竜矢から聞いた試練の事を思い出し比較して、そして安堵した。


「一一一一一一っ!」


海蛇が鳴き、それを合図にと臨戦態勢を取って戦いが始まる。


「おいで!《カーバンクル》!」


リィリスは自らの肩にフェネックの様な召喚獣、《カーバンクル》を召喚した。

《カーバンクル》の放つ光には浴びたものに一定時間全てのデバフを跳ね除ける状態異常完全無効状態を付与する力がある。

時折被ダメージを弾く事もあり、バフ系最強の召喚獣だ。


「貴方もお願い!《フェンリル》!」


その喚び声に灰黒色の狼が顕現した。犬のような見た目をしているのにも関わらず何処か刺々しい。黒妖犬ヘルハウンドと言った方が近い気もする。


「一一どうして今日も『黒』なの」


リィリスが呟いた。

《フェンリル》はその姿によって扱う属性や技が変わる特殊な召喚獣。

『白』は大地や風そして自然を、『黒』は燐火を操り敵を葬る炎を操る。

生と死の二面を象徴しているような陰陽なその力。リィリスは『白』は自在に操る事が出来ても『黒』は上手く扱うことが出来ない。


『今日も』と言っている辺り、恐らく前回海蛇(リヴァイアサン)に挑んだ時にも『黒』を引き当ててしまったのだろう。


「しかも水を操るリヴァイアサン相手なのに一一」


「大丈夫、サポートするから」


リィリスを励ますように怜奈も自らの力を喚ぶ。


「《剣の雨Ver.グガランナ》!」


掛け声と共に空中に無数の剣が隊列した。しかも全てにグガランナの力が篭っている。『初めて使う割には上手く出来た』とそんな歓びを表情いっぱいに写して一一。


「穿て!」


勢い良くそれらを叩き付けた。

《グガランナ》は火属性の槍兼弓だ。一撃をぶつけた所で効果は望めない。そう思い至った怜奈は《剣の雨》にその力を付与し、『特大の一撃より特中の一撃を無数に放つ』事で相手に与えるダメージ量を増やしたのだ。


「やりましたか……?」


「リィリス、それ言っちゃいけないやつ……。それにあんなので倒せるほどヤワじゃないわよ」


お決まりの台詞を吐くリィリスに『ナイナイ』と首を振る怜奈。



「怜奈さん、さっきの技は……」


「私の中の《ギルガメッシュ》から貰い受けた力と新たに手にした《マリリス》の力を合わせたものよ」


「…………かっこいいです」


「ありがとう」



蒸気が晴れて再びリヴァイアサンが顔を出す。

所々焦げ手はいるもののほぼ無傷。


「本当にまだ生きていた……」


「まあまだ初撃だしね、その程度で死なれちゃ面白くないもの。たっぷり煮て焼いて焼き魚にしてやるわ」


「怜奈さん怜奈さん、口調と語調が元に戻りつつありますよ……」





リヴァイアサンとの戦いが本格的に始まろうとしていた。



一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一




「よいしょ、っと。やっと戻ってこれたね」


《インドラ》の力を手に入れて無事遺跡に戻ってきた李紗。

辺りを見渡すも誰も居ない事に落ち込む。


「みんな、まだ帰ってきてないのかな……。何となく怜奈が待ってくれていて帰ってきたら『おかえり!』って出迎えてくれる光景が頭の中を過ぎってたんだけどな」


遺跡の中、壁に刻まれた文字が目に付いた。だいぶ時間が経っているのか文字は消えかかっている。しかし、大事な部分はきちんと読み取れた。


「『怜奈と竜矢は戻ってきて竜の巣に』……?そっか戻ってきてるんだ。良かった……」


安心して突然身体の力が抜ける。壁に寄りかかって座った。

初めて遺跡に来た日からどのくらい経っているのだろうか。四人とも容姿が変わってたりしてないか。こんな見た目になってしまっているのが自分だけなら良いのにな、と思いを馳せる。


虎鉄くんには虎鉄くんのままでいて欲しい、とか。

怜奈は元々私よりも色々と少し大きかったからもっと大きくなってたら嫌だな、とか。

竜矢は自分を見てどう思うだろう。ケモっ娘だとか訳のわかんない事を言ってきそう、とか。

リィリスは成長期真っ只中だから以前よりも背が伸びてるんだろうな、とか。


皆の変化を想像しつつ一一。


「早く皆に会いたいな〜」


ボヤきながら、また皆とやいのやいのと過ごせる日々を想像して顔をニマニマさせる李紗。


そんな時にふと、李紗の身体を蒼い雷が伝った。 《インドラ》の力を持っている今、多少の電流ではビクともしない李紗だが、その雷の色から思う事がある。


「これ《ケツァクウァトル》の雷……、虎鉄くん戻ってきたの?」


そう言って慌てて立ち上がると再び辺りを見渡した。しかし、何処にも想い人の姿は見当たらない。


そして再び雷が李紗を伝い、挙句の果てには身体中を覆った。

そこで漸く気づく。内なる《ケツァクウァトル》の力がそうしているのだと。

李紗は目を閉じて集中して《グリーヴァ》の力を喚び出す。そして眼前に思い切りぶっぱした。


「よく気づかれましたね」


放った雷の中から突然そんな声が囁かれ、一人の女性が姿を現す。


「貴方は……、ケツァクウァトル……?」


「はい、初めまして。わたくしケツァクウァトルと申します」


赤い和装束に身を包んだ美麗な女性。黒く長い髪は艶やかに真っ直ぐ伸びている。黄金の瞳はとても綺麗で満月を思わせた。

お伽噺のかぐや姫のよう。

そんな第一印象。

華麗な人だなとしばらく見惚れていた。


しかし、彼女が放った一言に李紗はそれどころじゃなくなっていた。




「貴方にお願いがあります。どうか虎鉄様をお救い下さい」


虎鉄編、全然書けず怜奈と竜矢のやり取りに大半を持っていかれてます。


リィリスと怜奈&竜矢、怜奈&リィリスと李紗ですれ違っていますが恐らくはきちんと会えます、多分大丈夫です。


《追伸》

ルビ振りにハマりました。

大目に見てやってください。

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