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『死闘の結末』と『王子の不倫疑惑』。

 

 李紗と手を繋いで遺跡に足を踏み込んだはずだった。それなのにここには怜奈独りだった。

 ここは火炎地獄とでも呼べそうな場所だった。イフリートのいた祠に似ている。ただし、暑さは感じないのでその辺から上がる炎は幻なのだろうか。自分達を分断し、このような幻影を見せている相手は一体どんな召喚獣なのだろうか。

 と、そこでまたも世界が暗転し、辺りが暗闇に包まれた。所々でキラキラと何かが輝いている。まるで宇宙にでもいるかのようだった。


「ここはどこかしら」


「ここは王の間だ」


「……!?」


 思わず零れた疑問にまさかの返答があり驚く怜奈。慌てて振り返るとそこには顔に傷のある四つ腕の男が立っていた。

 まるで羽根が生えているかのように背中から追加二本の腕が生えているだ。右上腕には全体的に包帯を巻いている。左上腕は肌の色とは全く違う黒々としていた。両下腕は人間のそれだ。


「うわ、酷い容姿ね」


「よく言われる。気にはせん」


 嫌悪を隠さずに告げる。気持ち悪いものは気持ち悪いのだから仕方がない。


「それで、貴方は?」


「我が名はギルガメッシュ」


「…………!貴方が……」


「左様。そしてここ『王の間』は、主が勝手に『宝物庫』と呼び、己が打った剣を放置している場所である」


 ここが宝物庫の中だとしたら、剣達があるはず。もしかしたらあの星の輝きがそうなのか。

 考えている途中、空から一本の剣が降ってきた。敢えて外されたのだろうそれは怜奈の目の前に降り立つ。そしてそれをしたであろう目の前の男はほくそ笑むような顔でこちらを見ていた。まるで『今から仕掛けるから覚悟せよ』とでも言うように。

 怜奈はその一本の剣を抜き取り構えた。


「いつでもどうぞ」


「ほう、面白い。我が住処を雑多に扱ったこと、後悔させてやろう」


 ギルガメッシュがそう宣言すると星々の輝きが増した。そして一本、また一本と怜奈の方へ飛来する。


「…………くッ」


 何とか一本の剣を用いて何とか躱しつつ、ギルガメッシュの下へと近づく。そしてギルガメッシュも落ちてきた剣を一本抜き取り、構えてみせた。

 全てを躱しきった時、暗闇だったそこはいつの間にか荒野へと変わっていた。無数の剣が乱立する剣の荒野。


「まるで無限の剣製ね。空に歯車は回っていないけど」


「ここは主の心象が反映されているからな。たとえ異世界の知識だろうと投影する」


「ますますそれっぽいね」


「無駄話はここまでだ。この中にたった一本だけ我の剣が混ざっておる。それを見つけることが出来れば主はようやっと我と互角に殺り合えるだろう。探してみるといい」


「でもまあ、探している間に何もして来ないなんてことはないのよね」


「当たり前だ」


 そう言ってギルガメッシュは握っていた剣を的確にこちらに投げてくる。

 そして怜奈も剣で弾く。

 しかし、強度の問題から剣は砕けてしまった。奴の放った剣は傷一つ着いていないのに。

 握った瞬間に何らかの強化を施せるのだろうか。そんな事を考えている途中も次から次へと剣は飛来する。そしてそれを地面から抜いた剣で何とか弾く。

 そんな繰り返しを続けていた。


 そして、どのくらい時間が経ったのだろうか。無限のようにあった剣も残り四十本近くしかなくなった。


「……はあ……はあ」


「もう息が上がるか」


「まだまだいけるわよ……」


「威勢だけはいいな。主の作った自慢の剣ももはや五十に満たぬ程しか残っておらん。所詮は贋作」


「どこぞの慢心王みたいなこと言うのね。貴方の性格にまで私の心象が反映されてるのかしら」


「否定はせん。我も奴は気に入っている」


「ちゃっかり人の記憶からアニメだけ切り抜いて見てんじゃないわよ」


「主も想像のみで剣が作れれば楽なのにな。可哀想に。わざわざ時間を掛けて贋作でしかない剣を打ち、しかもその強度はたかが知れている。あの少年のように魔力のみで剣を想像し創造出来、且つ強化も出来れば良いのにな」


「なら貴方を下してその力を全て心象として反映させるだけよ」


「そのようなことが主に出来るのか」


「やってやるわ」


 そう堂々宣言して傍らに刺さっていた魔剣 《ラグナロク》を手に取った。それは魔剣・グラムを真似て作った模造剣であり、細く黒い刀身に己が血を含ませることで最大の威力を発揮する。


「姉の居ないこの場所だからこそ使える己が誇る最強武器か」


「ええ、一応は『龍殺しの剣』だから、李紗が居る場所では使えない。何度か見たい見たいとせがまれたけど……、何とか断ったわ」


「ご馳走様、と言うやつだな。素晴らしい姉妹愛よ」


「褒められても嬉しくないわね」




 半竜の姉の前で使って影響が出てはしまってはいけないと頑なになっていた怜奈。そしてそんな怜奈の態度から逆に気になってしまった李紗。李紗が『見せて!』と執拗くせがんだ際、『あんまり執拗いと姉妹を辞める』と冗談で口にした。素直で無垢な姉はそれを信じてしまい、以降は全く言ってこなくなった。

 怜奈はこの時のことを割と気にしている。冗談でも『縁切りする』と口にしてしまった自分が許せない、と。




「主がそう来るなら我はこの武器で挑もうか」


「な……。何故貴方がそれを……」


 そう言ってギルガメッシュが取り出したのは《斬鉄剣》。本来ならオーディンが所有している決殺の剣。


「神獣オーディンは死ぬ前にこの剣をとある女に渡していた。そして流れに流れ、今召喚獣である我が持っている。それだけだ」


「主が異世界の『史実上でオーディンが所持し、後世に譲り渡した剣』を使うならば我も『神獣オーディンがクレセリアに託した剣』を使うまでだ」


「いいわよ。何でも切り裂く剣だか何か知らないけど貴方の腕ごと斬り裂いてやるわ」


「そんな贋作叩き切ってくれる」


 そう啖呵を切って怜奈は今も身体の至る所から僅かずつ流れている自らの血を《ラグナロク》に与えた。

 して、《ラグナロク》は形状を変化させ大剣に変わる。


「形態変化 《バルムンク》……!」


 突撃しながら大振りする。

 振った剣の刀身から黒い光が放たれ、荒野を抉りながらギルガメッシュ目掛け真っ直ぐ進む。受けるギルガメッシュは焦る様子もなく斬鉄剣を振るった。刹那、黒い光は霧散する。

 急接近した怜奈はその隙を見て《バルムンク》を振るう。そして今度はゼロ距離で光を放った。

 しかし、効果はない。《斬鉄剣》で全てを『斬っている』のだろうか。

 それでも懸命に、しかしの刀身には触れないように攻撃を重ねる。

 触れてしまえばこの剣も消えてしまうかも知れない、という不安からの行動だった。


「《斬鉄剣》を斬るのでは無かったのか?斬るどころか触れすらせんぞ」


「うるっさい……!」


 ギルガメッシュに煽られ、初めて互いの剣が切り結んだ。《バルムンク》は消えない。切れも割れもしない。

 驚きに顔を見張ってしまう怜奈


「はははは。やはりか。《斬鉄剣》に触れれば己が剣も消えてしまうと、そう思ていたのであろう。そんな訳ないのにな」


 そんな彼女の顔を見て笑い転げるギルガメッシュ。怜奈は悔しさに顔を歪める。


「この剣は何も常に《斬鉄剣》を発動出来るわけではない。言ってしまえば発動していない時はただの重いだけの剣だ」


「《斬鉄剣》はその剣自体の性質でも何でもなく、技の一つってこと?」


「そうだ。主らの言葉で言う『スキル』と言うやつだな」


「そう。発動すれば」


「このように何だろうと切断してみせる、というわけだ」


 怜奈の言葉を遮って言いながら剣を振るったギルガメッシュ。辺りに刺さっていた剣の(ことごと)くを一刀両断した。


「スキル使用の有無はどう見分けるの」


「それを我に聞くか?」


「…………いえ、今のなし」


「ならば見極めてみよ」


 そうして再び切り結ぶ二人。

 怜奈は敢えて光を放ち、《斬鉄剣》を使わせようと試みる。そして挑発するかのように敢えて《斬鉄剣》を使うギルガメッシュ。

 怜奈は必死に目を光らせた。何か通常との違いはないか。

 魔力維持のためと、今度は光ではなく地面に突き刺さる剣の欠片を投擲した。そしてそれは彼我の目の前で霧散する。繰り返し繰り返し行い、差異を判断する。



「そろそろ飽きたな」


 そう言ってギルガメッシュは徐ろに鍔を赤く光らせた。


「そこ……!?」


 思わず怜奈は大声を出した。


 そして


「…………え」


 《バルムンク》を真っ二つに、そして怜奈の右腕を切り落とした。


 痛みが全くないままに右腕を落とされた怜奈は何が起こったのか分からないままに呆然とする。


「《斬鉄剣》を解除するぞ、その痛みに耐えてみよ」


「ーーっっッ!」


 途端、腕を抑えながら歯を噛み締めるも耐えきれず蹲る。血は溢れ出し続け、荒野の一部を赤く染める。

 ついにはか細い悲鳴と喘ぎを漏らす怜奈。


 横たわる怜奈の目には退屈そうにそんな光景を見ているギルガメッシュの姿が映る。

 先程までの余裕など何処にもなく。今の怜奈は明らかな恐怖を彼に感じていた。


 もうこのまま、死ぬのかな。


 そんな一言が頭を過る。

 貧血から目眩が始まり、段々と意識は遠くなる。最期に考えるのは竜矢、李紗、虎鉄、リィリスの事だった。


「まだ死にたくない……」


 涙を流しながら一言呟き、そして怜奈の意識は途絶えた。




「これは『決殺の剣』。触れたものを殺す呪いの剣たとえそれが一瞬であっても」


 眠った怜奈に触れながら一人呟いた。その顔は悲哀でも笑顔でもなく、ただただ残念そうにしていた。

『お前も死んでいくのか』と。




「あれ、また知らない所に来ちまったな」


 そしてそこに新たな来訪者が現れた。

 多数の神獣を伴い、一角獣に跨って現れたその男。


 竜矢だった。


 そして彼は『何だこの剣の数。無限の剣製みたいだな』と彼女と同じ事を呟きながら周囲をキョロキョロとする。

 そして、初めてギルガメッシュを目に留める。傍らで腕をなくし眠っている少女の姿と共に。


 竜矢の顔に青筋が走った。


 ユニコーンを走らせ、急接近した竜矢は怜奈の傍に行くとエデンから教わった蘇生の魔法を行使した。それは奇しくも王女が行ったものに近い。ただし、長時間長らえさせる事は出来ない。

 なくなった腕は何とか元に戻る。そして怜奈自身は……。


「ギルガメッシュ。『あれ』を使ったのですか」


 蘇生と共に声を発した怜奈、もとい『戦乙女』。

 竜矢は怜奈の精神を繋ぐため、一時的に怜奈の身体へワルキューレを宿したのだ。


 初めての蘇生魔法の成功に竜矢は一安心した。



「お主は……、『サーラ』か」


「今は召喚獣ワルキューレです。私は死ぬ前に言ったはずです。この剣は誰にも触れさせてはならないと。既に召喚獣化しており、耐性のあった貴方だからこそ預けたというのに……。私は貴方を信用して預けたのです。決してこのような事をさせるためではありません」


「そうしなければ我が危なかったのだ。其奴は寄りにもよって『龍殺しの剣』を用いて来たからな」


「……!そのようなものが……」


 ギルガメッシュは一通り説明した。この空間の話と戦いの経緯いきさつを。


「待て、怜奈は《ラグナロク》を使って戦ったのか」


「ああ。しかも《バルムンク》の形態をな」


「あの、その『ラグナロク』というのは……」


 竜矢はワルキューレに魔剣 《ラグナロク》について説明をする。

 《バルムンク》は己が血を糧に滅龍の力を最大行使する剣。


 怜奈が姉に見せたくなかった理由はもう一つあった。散々、姉の『自己犠牲』を糾弾してきた怜奈がこんなものを作っていたなんて知られたくなかったのだ。

 ちなみに竜矢はデザイン的な指示をしつつ『流石姉妹だな』なんて言って製作過程の一部始終を見ていたのである。


 そして竜矢もギルガメッシュが握る『斬鉄剣』についての説明を求めた。

 説明を終え、微妙な顔を向ける怜奈……じゃなくてワルキューレ。


「実は彼、ギルガメッシュは生前古龍とも呼ばれたリンドヴルムという名の龍でした。『リンドブルム』という国がありますよね?あの国は元々彼を祀ってきた一族が作った国だったのです」


「だから国旗に龍が描かれてんのか」


「はい。話を戻しますとですね。怜奈、さんが使われたその《ラグナロク》という剣は触れた龍を殺してしまう、言わば『対龍限定の《斬鉄剣》』なんです」


「ギルガメッシュも必死だったと」


「ああ」


「それは嘘だな。たとえ敵が対龍用武器を用いてたとしても、あんたなら何とか出来たはずだろ。なんせ怜奈は『相手を拘束し、魔力吸収させるための鎖』を持っていたんだから。この世界が『宝物庫』そのものなんだとしたらそれが無いはずがない。そしてそれがある事を知っていて自らが追い込まれているという状況であんたがそれを使わない訳はもっとない」


 竜矢は指を突きつけて言った。流石は彼氏。何でも知っている。

 各武器の考案者本人なので当たり前と言えば当たり前なのだが。


「…………《エヌマ・エリシュ》とはまた数奇な名をつける」


 まるで白状するようにそう呟いたギルガメッシュ。


「ユナ様がギルガメッシュをクレセリアに縛るために使った『天の鎖』……」


 そしてワルキューレも頭を抱えた。


「クレセリア……?確かリィリスが昔のアレクサンドリアの国名だとかなんとか言ってた気が……」


「あまり使いたくは無いのだがな。まあ、いい」


「きゃっ……!」


 ワルキューレの足元から数本の鎖が伸びる。そしてそれは彼女の身体を下から上へと拘束した。


「これ以上余計な事を言われては堪らんからな。そろそろ消えてもらおうか」


「……その通りですね。少し喋りすぎたかもしれません。それにどの道そう長くは居られませんから。ただこれだけは言っておきますよ。私はこれ以上、貴方を嫌いたくはありません。たとえ、無理矢理に結ばれた相手だったとしても貴方のことは本当に愛していました」


 ワルキューレは一言と共に怜奈の中から消えていった。

 喋りすぎたと自覚した上に余計な事を言って去っていった彼女だったが、その最後の言葉はきちんと届いたらしい。ギルガメッシュは嬉しそうな顔をしていた。


「『英雄に愛された戦乙女』か。どこまで北欧神話なんだよ……」


 呆れた顔で竜矢は呟いた。





「初めまして」


 声がする。誰だろう。何も分からない。


「貴方が竜矢さんの彼女さんですよね。私、この度竜矢さんのお世話をさせて頂くことになったワルキューレです。どうぞよろしくお願いしますね」


 なんだか煽るように自己紹介された気がする。なんなのだろう。モヤッとイラッとする。


「負けませんから」


 それだけ言い残して何処かへ行く目の前の少女。


「ちょっと待ちなさいよ!」






「う、ううん……」

 鎖に拘束されている事態に驚くこともせず、当たりをキョロキョロと見渡した。

 そして、目の前で戦闘を繰り広げる男二人を見た。


「……竜矢?」


 彼はユニコーンに乗馬し、槍を振るいながらギルガメッシュと対峙していた。そしてギルガメッシュを見てやっと思い出す。一度自分が命を落としたのだろう事を。彼の《斬鉄剣》によって右腕を切り落とされ失血死した事を。

 しかし、右腕は何故か拘束されているものの無事だった。


 一体何が……。


「剣の力を借りねば危ないと思ったのは本当だ。だが、次第に鬱陶しく感じてついな」


「『つい』で人を殺してんじゃねえよ!」


「そう、怒るでない。こうして今奴は生きているだろう」


「結果論だろ。俺がここに来ていなかったらどうなっていた!言ってみろよ!」


「我が奴の身体を使って外に出ただろうよ」


「端からそれが狙いなのか」


「いや、途中で思いついたのだ。なに、我ならばもっと良いように生きられるとな」


「てめえ!」


 怜奈の存在を蔑むような言い方にブチ切れた竜矢は新技 《レイヴェルト》を放とうと槍を突き出した。

 そこで……



『そこまでだ』


 と槍が切り裂かれた。そしてそれを相手取っていたギルガメッシュの右腕も。

 突如現れた火を纏う何者かは瞬時怜奈の下へ行き、鎖を断ち切った。

 そして荒野の空間を火で燃やし始めた。



「我が名はマリリス。ラムウから話を受けて待っていれば中々来ず、ワルキューレは己が空間と共に姿を消した。流石に嫌な予感がして探しに来てみればこんな所に居たとはな。さ、始めるぞ」


「へ……?」


 怜奈はそんな彼女の物言いに不思議な顔をした。何を言われているのか分からない顔だった。


「あー、どうしてこうあんたらは俺らに事情を説明する前に色々と始めようとするんだよ」


 マリリスの登場で少し冷静になった竜矢は彼女にツッコミを入れる。

 置いてけぼりを食らう怜奈。そしてマリリスの乱入に舌打ちを打つギルガメッシュ。


「そうだったな。すまない」


 マリリスは怜奈にきちんと説明をする。不手際で分断してしまったこと。そして試練のこと。

 本来ならばマリリスの元へ直接転移する筈だったのに中々来ない怜奈を探し回ったこと。


「なるほど、そういうことだったのね」


 漸く今までの状況を把握した怜奈。そして本来の流れになっていない要因でもある男を睨む。


「我は一刻も早く主に文句が言いたかったのでな。やっと訪れた機会を利用させてもらったまでよ」


「ぬけぬけと……。どのみち貴公とは面会させる予定だったのだ。その時まで待てないのか」


「そんなもの待つ理由はない」


「この……」


「お二人さん、どうどう」


「貴公は母……、いえ、ワルキューレの……。この度は助かりました。この馬鹿の勇み足で一度でも大事な人を失わせてしまったこと謝罪します」


「いえ、悪いのはそこの四つ……、じゃなかった三つ腕の男なので。マリリスさんは謝らないでくださいよ」


 竜矢が取り持って何とか話は元に戻る。


「ごほん。つまり私は『事情を聞いた後で』ここに飛ばされる予定だったと。けれど誰かさんのせいで何も分からないままに転移して戦って死んで、竜矢のお陰で蘇って今に至ると」


「その通りだ」


「でも、それで言えば私は負けた訳だし、試練失格になるんじゃない?」


「いえ、ギルガメッシュが用いたのは彼本来の武具ではないのだから、反則だ。もし、きちんと相手取るならば彼本来の武器、『シャムハト』、『グガランナ』、『エンキドゥ』のいずれかを用いて戦わなければならん」


 マリリスが説明の最後、ギルガメッシュが所有する本来の武器の名を教えてくれたのだが。怜奈と竜矢は武器というよりはその名の方を意識して聞いてしまっていた。


「なるほど。ギルガメッシュ叙事詩か」


「娼婦の名前が宛てがわれた武器って……」


「エンキドゥは弓、グガランナは矢ってとこか。おそらくエンキドゥがイシュタルに向けて『お前を捕まえたらそれと同じようにしてやる』的な事を言いながら牡牛の足を投げたことに由来」


「いや、さすがにこの世界にそのままその話が流れてる訳ないでしょ」


「えっと、話の内容は理解出来ませんでしたが、エンキドゥが弓でグガランナが矢である事は正解です。正確には矢としても機能する槍ですが。そしてシャムハトは彼の背中から生えている『腕』ですね。あれは発動すると羽根へと変化します」


「ほら合ってた……ってシャムハトが腕って」


「まさか。元龍で今は人型で、そして四つ腕……。まさか、まさかね。そんな訳ないわよね。龍の召喚獣として蘇ったギルガメッシュが長い間シャムハトと夜を共にした結果人になり、そしてついにはシャムハトと融合したなんて……」


「いや、そんなまさか」


 エンキドゥの出で立ちを思い出しながら、『まさかそれと同じような事をしてギルガメッシュが誕生したなんてことはないな、うん』と勝手な妄想を否定しようと呟き、おそるおそるギルガメッシュを見る。


「…………おい。何故それを知っている」


 まさかの正解ですとでも言っているようなギルガメッシュからの返答。



「この世界、向こうの世界の知識混ざってない?」


 信じたくないような顔で竜矢は呟く。




「何だか色々と思うところはあるけど、兎に角私はそれらの武器を用いたギルガメッシュに勝たなきゃいけないわけよね?」


「ああ、そうなる」


「でも、私の武器はさっきの戦いで全て一刀両断されてしまっているわ。だから武器が何も無い。どうしたら?」


「我のエクスカリバーを貸してやる。主が手掛けた贋作とは違い、本物のこの世界の聖剣だ」


「ありがと。変な細工してないでしょうね」


「この期に及んでそのようなことはせん。だから頼みがある。ワルキューレにはこの事は黙っていてくれ」


「…………まあ、いいわ。私もあの子少し気に食わないし」


「なんだ?怜奈はワルキューレが嫌いなのか?凄くいい子だぞ?ただ、少し寂しがり屋で放ってて置けなくて」


「それよ。どうせまた笑顔振りまいたんでしょうね、頭撫でたりとかして」


「…………ま、まあな」


「この天然女ったらし」


「ええ……怜奈ぁ……許してくれよ」


「知らないっ……」


 許しを乞う竜矢にからそっぽを向き、再びギルガメッシュの方を向く。


「いいわ、黙っといてあげる。だから正々堂々勝負よ」


 そして正々堂々の一騎打ちが始まった。



「はあ……!」


 怜奈はエクスカリバーを振るい、グガランナの槍を捌く。形状変化したエンキドゥを剣のように振るうギルガメッシュは剣と槍の二刀流で向かってくる。一本の剣で捌くのは少し厳しい。しかも二刀流の上にもう一本の腕が伸びてくるのだ。先に腕を落としてやろうか。

 決断して動き出す。左上腕目掛けて剣を振るった。エンキドゥに阻まれ届かない。左がダメなら、と今度は右側から攻める。グガランナに阻まれる。グガランナを躱し、その槍の上に飛び乗った。そしてそのまま左上腕目掛けて剣を振るう。

 やはりエンキドゥに阻まれてしまう。


「……くっ!」


「甘いな」


「ならこれはどう?」


 怜奈は剣の構え方を変える。正面でエンキドゥと切り結ぶのでは無く、腕を上げながら顔の前で切り結ぶ形に持っていった。

 そして、


「…………なんだと!?」


 まるでエンキドゥをエクスカリバーの刃で滑らせたかのように受け流し、そのまま回転と共に左上腕を切り落とした。


「アリババ流剣術ってね」


 そして再び二刀流と対峙するわけだが、ギルガメッシュもいよいよ本気を見せてきたのかエンキドゥとグガランナを弓と矢の形態で構え始める。

 そんな構えに隙があるように思えて突撃するがエンキドゥの特性だろうか、これまた何か使っているのか分からないが近づくことが出来ない。


「勝負だ。主が我の放つ弓、もとい槍を切り落とせたなら主の勝ち。もしそうでなければ主は失格だ」


「…………いいわ。受けた」


 そして互いに集中する。

 ギルガメッシュは狙いを定めるように。

 怜奈は再び構え直して、不動する。


「穿て、グガランナ!」


 ギルガメッシュが槍を放った。勢い良く放たれたそれは回転し、風を纏いながら真っ直ぐに怜奈の下へと飛来した。

 怜奈はタイミングを見極める反射で手を動かしそうになるも『まだ、今じゃない』と叱咤する。

 そして


「今……!」


 飛来に合わせて剣を前に突き出し、構える。

 そして剣の腹を盾に飛来した槍を受け止めた。足に力を入れ踏ん張りながらもズルズルと少しずつ後方に押し込まれる怜奈。


「今……!!」


 再び叫び、剣を手放しながら怜奈自身は慌てて飛び退く。僅かに下向きに逸れている槍は剣を砕きながら荒野を削って行った。


「な……何を……」


 槍を切ってみせよ、と言ったはずなのにそうするでもなく、あろう事かそれをするための剣を捨て槍を大地へと着地させた。

 理解が出来ないとばかりに目を見張るギルガメッシュ。


 そもそも真っ直ぐに放ったはずの槍が何故地に落ちる事になったのか。


「剣で防いでいた時と剣を離す時に持ち方を工夫しながら槍の進路を少しずつ下へと誘導していたのよ。剣を下から上に持ち上げるように離すとね、槍は切れるしその進路は下に傾くわ」


「は…………?何を言っている」


「貴方が出した条件よ。『この槍を切り落とせたなら』って。『切り』、『落とす』でしょ。離す時に少し槍は切っておいたし、そしてちゃんと槍を落としたわ。どう?」


「……そんな屁理屈が通用すると……」


「言葉の捉え方は人それぞれだからな。うむ。この勝負は丹下怜奈の勝ちだ」


「なっ……そんな……」


 審判をしていたマリリスは判定を下した。彼女自身それが屁理屈だと承知の上で判定をしているのがタチの悪いところである。

 四つん這いになるギルガメッシュ。『ふぅ……』と安堵の溜息を零す怜奈。

 ギルガメッシュは「これで勝ったと思うなよ!」とだけ言って三角座りをする。


「さて、本来ならばここで私と戦ってもらわなければならないのだが……。身体は限界だろうし武器も無い。そんな貴公とは戦えない」


「えっ……、それってやっぱり失格扱」


「いや、今の決着を見て私は貴公が気に入ったからな。是非とも私を使って欲しい、とそう思ってな」


 というマリリスの結論から怜奈は無事突破した。

 感極まった怜奈は竜矢の元へ走っていくと、そしてそのまま彼の胸の中へダイブする。

 竜矢は戸惑いつつも嬉し泣く彼女を抱き締めた。


「ほら、マリリスさんと意識の擦り合わせを…………」


 胸の中できゃっきゃしてる怜奈をマリリスの元へ促そうとして、自らがワルキューレと行ったあれを思い出す竜矢。

 もし、あれと同じ事を女性のマリリスと怜奈がやるのだとしたら……。


「竜矢……、鼻血出てるわよ。どうしたの、大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。ほら、マリリスさんのとこ行って……しないと」


「え、ええ。それは分かったけど。本当に大丈夫?顔真っ赤になってるわよ」


「本当に大丈夫だから!」


「そ、そう……」


 心配そうにしながらもマリリスの下へ向かう怜奈。そして指示されるように横になると、目を瞑った。

 マリリスは怜奈の右手を取ってそれを額に当てると、詠唱を始めた。



 自分の想像していたような事が全く起きず、逆に戸惑う竜矢。

 そしてそんな竜矢の下に歩み寄るギルガメッシュ。


「お前、サーラと何をした?」


 ギルガメッシュは嫉妬心を剥き出しにぶつける。


「な、何もしてないぞ」


「あの女の事だ。好きな相手が出来ず悩み抜いて死んだようなやつだからな。惚れた相手になら自ら身体を許すような事でも平然とやってのけるだろうよ。主、奴とまぐわったのか?」


 惚れた女が惚れた相手だという嫉妬心と恋人がいる男が惚れた女に誑かされているということに喜ぶギルガメッシュ。


「な……、まぐわうとかそんなのはない。ただ、抱き合ってただけで……」


「ほう」


「ち、違うんだよ!ほら、鼓動を重ねる事で互いを繋げるって……」


「それはあれだ。『きゃー!この人の鼓動を感じられる』っていう奴の嗜好と主と抱き合いたいがための口実。そして、主らが行ったそれは本来の召喚獣のそれとは違う。召喚獣と言うよりは守護霊だな。奴は人として生き返る事を望み始め、それを実行しようとしている。人間として主と恋がしたいと隙あらば誰かの身体を依代として現界するだろう。あの時早々に鎖で奴を排除出来たのは間違いではなかったな」


「………………」


「しかし感慨深い。変態には変態が寄る。主らの世界の人間が考えた『類は友を呼ぶ』とはお前達にピッタリの言葉だ」


 実は騙されていた事ということを知り、ストーカーされているかもしれないと戦慄し、ギルガメッシュの類友発言に何も言えず黙認する竜矢がいた。


 そして一言。


「…………怜奈には言わないでくれ」


 と頭を下げた。

 ギルガメッシュは満足そうだった。自分も同じ立場なのだと言うことを忘れて偉そうに了承した。


 マリリスとの意識結合が終わった怜奈は慌てて竜矢の下へ向かう。


「竜矢く〜ん。戻ったら少し話しがあるから覚えておきなさいよ」


 顔を黒く染めた満面の笑みでそう言った。





 女性は母を大事にしていた。大好きだった。

 母ももちろん娘を愛していたし、大事に育てた。

 しかし、母は不満そうだった。

 不満の原因を尋ねると「私、男の人を好きになったことがないの」と口にした。

 母は伯母の不幸だった人生を憂いて男の人と距離を取り続けていたらしく、『男性』というものを恐れていた。けれど王女だった母にはどうしてもその時がやってくる。


「実は貴方は本当の娘じゃないの。本当のお母さんじゃなくてごめんなさいね」


 と母は言った。私は父の連れ子だったらしい。私はぶんぶんと首を振る。

『私は本当の母親を知らないのだ。だから貴方こそが私の母親だ』と一生懸命伝える。


「ありがとう、エキドナ」


 と、そう言って私を抱いてくれた母の事は一生、というか死んでも忘れていない。


 以降私は母と一緒によく祈った。


「私に好きな人が出来ますように」

「サーラお母様に好きな人が出来ますように」


 私が大人になった頃に母は亡くなった。結局、母は一度も恋という気持ちに巡り会えなかったらしい。




「何だか、不思議な話しね。好きな人が欲しいって願い続けて一生を終えるなんて。私は好きな人が居て、毎日その人の事を考えて……なんて当たり前にしてきたから分かんない感覚だけど。そんな人もいたんだなあって不思議に思っちゃう。貴方のお母さんは貴方のお父さんを好きにはならなかったってことよね?」


「はい、だってあれですから」


「あれ?」


「ギルガメッシュ。彼が私の父親だった男です」


「……そう。それは確かに」


「そして、母は……」


「待ってエキドナ。それは言う必要があるのですか?」


 そしてマリリスの言葉を遮ったのは怜奈……ではなくワルキューレだった。


「そうやって勝手に人の身体に出入りするのは良くないと思いますよ母上」


「でも、流石にね。私の身の上までこの子に話す必要はなくないですか?必要ですか?」


「必要だからこそ話しているのです」


 きっぱり言われてしまいしょげるワルキューレ。

『仕方がないな』とばかりに諦め顔をするとそれを察したのか


「何か彼女に言い残しておくことはありますか?」


 とマリリスに尋ねられる。


「そうですね。貴方の彼氏の貞操は私が頂きました、と。もしくはこのままこの子の身体であの人を襲うというのはどうでしょうか……」


「洒落にならないので辞めてください。恋を知って嬉しい気持ちは分かりますが落ち着きましょう母上」


「分かりました。では私の彼への気持ちを綴っておくのでそれをこの子に渡してください。お願いしますね」


「……はあ、分かりました」



 マリリスは終始呆れ顔のまま手紙らしきものを預かる。



「あの、ごめんなさい。途中で意識を失っていたみたい」


「ああ、大丈夫です。話の続きですが、私の母というのはあのワルキューレです……。これを」


 マリリスに手紙を渡される。

 なんだろう、と思いつつ開いた。


『私は相馬竜矢さんが大好きです。突然一人にされて長い間寂しく蹲っていた私の前にちゃんと帰ってきてくれて、そして私の大事な所を撫でながら慰めてくれました。彼と過ごした日々はとても濃厚で毎日のように身体をぶつけ合って汗を流しました。とても気持ちがよかったです。そして最後の日。私は彼を抱き締め、彼も私を抱き締めてくれました。互いの性器と性器を擦り合わせて互いの呼吸と鼓動を重ね合わせました。とても気持ち良くて思わず逝ってしまいそうでした。

 貴方には絶対に負けませんから。


ワルキューレ』


 所々、語弊の混じるその手紙を握り潰し、マリリスと話を付けて早々に渦中の彼の元へ走る怜奈。



「母上が幸せそうで何よりです」


 と呆れが少しと嬉しさを込めた言葉を残してマリリスは消えていった。







怜奈編でした。


サーラとギルガメッシュとエキドナの親子が主な話でした。


次は虎鉄編です。


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