『白い世界』と『重ねる鼓動』。
遺跡に足を踏み入れた途端、光に包まれる。気持ちがいいような悪いような……、そんな感触だった。
身体からの違和感が消え、瞼を持ち上げる。
そこは白しか存在しない神殿だった。
『よくぞ参られました』
そう言って突如眼前に姿を現したのはこれまた真っ白な女性だった。小さい羽を持ち、鎧に身を包んだ姿は戦乙女・ヴァルキリーを彷彿とさせる。腰には僅かな彩色のみの白い剣を携えていた。
竜矢が彼女の姿に既視感を覚えたのは何故だろうか。
「我が名はワルキューレ。光の騎士です」
「マジでヴァルキリーだった……」
「何を言っているんですか。私の名はワルキューレです」
「あ、すみません。こっちの話です」
不思議顔をするワルキューレと空想的存在に会えたことが嬉しい竜矢だった。
竜矢はワルキューレに促されて神殿の個室に連れていかれた。個室には大きな鏡が置かれているだけで、他には何も無い。
「ここは?」
「ここは『彼らと語らう』ための場所。貴方にはここで『彼ら』と向き合ってもらいます。鏡に触れ、目を瞑ってください」
「ちょっ、待ってくれよ。突然そんな事言われても」
「説明が必要ですか?」
「お願いします!寧ろそれが無きゃ何も分かんないし」
「分かりました。何が聞きたいですか?」
「まずここは何処なんですか」
「ここは聖域です。神獣達の住処でもある」
「聖域……?俺達がいた-テラ-って世界とは別の世界なのか?」
「いいえ。ここは-テラ-の中に複数存在している異空間の一つです。名をグラズヘイム。そしてここ唯一の建造物であるこの神殿の名はヴァルハラ」
「北欧神話か……」
「何か言いました?」
「いいえ、何も!」
「そうですか。続けますよ。ここグラズヘイムには聖属性の神獣達が集まっています。ユニコーンまたはバイコーン。フェンリルやスコルなどが居ます。もちろんそれらだけではありませんが。彼らは人間達の迫害から逃れてきた存在であり、当然人間を好みません。そのため、貴方をこの神殿へとお連れしたのです」
「俺がこのヴァルハラにいる理由は分かったけど、グラズヘイムって空間にいる理由はなんだ?俺は仲間達と召喚石を求めてここに来たんだ。それは……」
「私達は来訪者の才覚に合わせて力を与えます。体力筋力精神力気力魔力、そして属性等から判断を下します。貴方が所有する召喚獣は《エデン》ですか。中々すさまじい力をお持ちのようですね。他には……」
「ちょっと待ってくれ、俺は召喚士じゃないし、召喚魔法は使えないんだ。《エデン》だって俺の力じゃない……」
「…………は?」
必死に弁明した。一から全てを話して聞かせた。転移のこと、生き返ったこと、入れ替わりのこと、冒険者として生きてきた日々のこと、アレクサンドリアでのこと、ここまでのこと。
「そのような事情があったのですね」
「ああ。そして俺達は召喚士である仲間の為にとここに来ただけなんだ」
「本来ならばその者の為協力して召喚石を得る予定だったと。……しかし我々の早とちりで別々にされてしまった、とそういう訳ですか。それは悪いことをしましたね」
事情を理解し、自分達の不手際だったと素直に認めて謝るワルキューレ。
「ま、そうなってしまったんだからしょうがない。本当なら召喚士はここでどんなことをするんだ?」
「触れることで『対話の間』へと誘い、召喚獣との対話を可能とする。それがあの『鏡』なのです。先ほど貴方に指示したのもそのためでした」
「なるほどな」
「はい。ですが、召喚魔法の使えない貴方には何も起こらないと思います」
「んじゃ、試しに触ってみてもいい?」
「はい、どうぞ」
「んじゃまあ少しだけ触ってみ…………」
剽軽な様子で鏡に触った竜矢。
「…………消えた?」
ワルキューレの目の前から居なくなった。
竜矢が転移したのは真っ白な空間だった。本当に何も無い、けれど明るい場所。光に包まれているような感覚。
「『ここは何処だPart.2』だな。おそらくは『対話の間』って場所なんだろうけど」
「やあ、やっと君と話が出来るね」
「…………!?」
背後から聞こえた声に驚き、バッと振り向く。背後には乳白色の羽根を生やした水色の亀っぽい何かがいた。
「初めまして、で良いのかな。ボクの名前は」
「《エデン》か」
「そう。君の中にいる『召喚獣』だ。ボクはずっと君と話しがしたかったんだ。だから会えたことが凄く嬉しいよ」
「俺と話したかった?」
「そう。ボクは今誰よりも君の事を知っていて見て来てもいるからね。君の長所も短所も全部知っている。だから指摘をって訳じゃないけど力の上手い使い方とかそういう事はアドバイス出来るかなって思うんだ」
「力の使い方か。確かに俺は中途半端に白魔法覚えたり聖属性魔法扱っていたり、今度は杖を改造した槍を使って戦い始めてって極めるって事は出来てないよなあ」
「そうだね。けどさ、それはどれをしたって可能性があるって事だと思うし、全てを極めたら最強だと思うんだ」
「全てを極めるってそんなこと……」
「出来るよ。少なくともボクはそう思ってる」
「まあ、一心同体のお前がそう言うなら信じてもいいかな」
「身を寄せる相手はとことん信頼する。君のそんなところボクは大好きだよ」
それからはエデンの指導の下、ある意味スパルタな教育が始まった。
回復から蘇生まで全ての魔法を強化するための創意工夫からそれの実践までを行う。魔力が回復するまでの間に槍を振るう練習、そして槍に聖属性を付与する練習。そして魔力が回復したら自らを癒しつつ強化した回復魔法の実践、聖属性魔法の強化。魔力が尽きればまた槍の特訓。
それの繰り返しだった。もちろん睡眠時間も休憩時間も取った。休憩時間中には二人で技の考案をする。竜矢の記憶から異世界のアニメを『見ている』エデンは竜矢の『あのアニメのああいう技を使えないか』、『こういう感じで使えたらカッコいい』など無茶な要求に必死で頭を巡らせた。
そしてそれを取り入れた戦い方をまた練習する。
そうして竜矢の体感で三ヶ月程が過ぎた頃にエデンとの特訓の日々は終わった。
白馬の王子様風騎士が出来上がっていた。『帰ったら怜奈に《ロンゴミニアド》を作ってもらおう』、とは竜矢の呟きである。
「あとはワルキューレに託そうか」
「少しの間だったけどありがとな」
「水臭いな。ボクらは『一心同体』でしょ」
「はは、だな」
「本当に、君と話せて、一緒に過ごせて良かったよ」
「また会おうな」
「…………うん」
お互い笑いあって手を繋ぐ。そしてエデンは手を振るかのように羽根をパタパタとさせた。
空間が少しずつ消失していく。
「もうすぐボクらは『この世界』そして『君の下』に居られなくなっちゃう、なんて。そんなこと伝えられる訳ないじゃないか」
空間と共に散っていくエデンはそんな事を呟きながら涙を流した。
「おかえりなさい」
目を覚ましたそこには白銀の少女がいた。ワルキューレだ。彼女は鏡の前で三角座りをしながらずっと待ってくれていたらしい。存外寂しがり屋なのだろうか。少し目元に雫を零しているようにも見える。
「今まで訪れた者達は精神だけを『対話の間』へ転移させていました。なので身体ごと消えた貴方が少し心配だったのです。帰ってきてくれて良かったです」
「心配掛けたみたいで、悪かったな」
「んっ……。いえ、無事で、良かったです……」
笑顔を作ってそんな彼女の頭を撫でる竜矢はそれをされて少女が頬を赤らめている事には気が付かない。
「俺はエデンから『ワルキューレに託す』って言われたんだけど、まだ何かあるのか?」
「……はい。私達の仕事は来訪者に力を与えることですから。『対話の間』にて召喚獣に認められた者には力を与えます。ただし、その前に私と戦って……もらいますけど」
尚も頭を撫で続ける竜矢。ワルキューレは毅然とした態度で話そうと心掛けるが頭に乗る柔らかい感触のせいで所々で照れが出てしまう。
『戦う』と聞いて初めて手を離した竜矢。
「あっ……手が……」
ワルキューレは離れていく感触に声を漏らす。
「戦うってどういう?」
「はあ……。言ってしまえばただの腕試しに過ぎません。与える力に見合っているかどうかを調べるための」
「なるほどな。なら別に……」
「本気でやらなきゃ死ぬと思ってください。私は手を抜けませんから」
「…………はい」
『本気を出さなくてもよくね』と続けようとしたところに、ドスの効いた暗い声で脅しが飛んできた。
今度はワルキューレとの戦いもとい特訓の日々が続く。
日を重ね、日常的には竜矢にモジモジし始めたワルキューレも武器を取ると人が変わったように相手をする。そしてそんなワルキューレと毎日毎日本気で戦い、傷を作りながらも研鑽を重ねていく竜矢。
三ヶ月が経ち、色々と様になってきた竜矢。
「一一お見事です。技を仕上げましたね」
「ふはあ……、きっついわ」
「エデンはいい感じに貴方を育ててくれましたね。気づいてます?貴方の身につけた技術は全て私に合わせだったものだと」
「そういう事だったのか」
ワルキューレは剣を振るい、自らを癒す事も出来る騎士だった。
「つまり貴方は《ワルキューレ》を宿すに相応しい身体に仕上げられた。そういうことです」
「でも男である俺が戦乙女を宿すってなんか……」
「安心してください。なにも女性用装備を纏う訳ではありませんから。あくまで力として私を扱えるようになるだけです」
「でもワルキューレがってことはここグラズヘイムは……」
「消滅してしまいますね」
「エデンがここまで貴方を仕上げたということは、彼女は私に『そろそろ遺跡を離れて旅立ってもいいんじゃないか』と言ってくれているのでしょう」
「…………彼女?」
「エデンは雌ですよ」
「は!?」
「エデンは元々一人の女性。所謂天使というやつでした。確か名はヴィヴィアン……だったと記憶しています」
「『湖の乙女』か」
「……!!!どうしてそれを……」
「え……?」
「死地から逃れるため、彼女は湖に飛び込みました。それが島亀の背中だとは知らずに。そして湖の深部で身を隠しながら長く過ごす内、島亀そのものなってしまったのだと……。それで着いたあだ名が『湖の乙女』でした。どうしてあだ名を……?」
「いや、俺のいた世界に『湖の乙女』って伝説が残ってて、その女性の名前がヴィヴィアンだったってだけで……」
「私、その話興味があります」
竜矢は知っている範囲で『アーサー王伝説』という物語を聞かせた。ふんふん、と頷きながら真剣に話を聞くワルキューレ。アーサーの即位、乙女が育てたランスロットが後に円卓を乱したことから彼のヴィヴィアンは反逆者なのではないか、などの考察を交えながら。円卓の騎士が持つ各剣の史実などを聞かせた。そこからアニメの話に流れていき、『俺の彼女は円卓の騎士らが持つ剣の模倣武器を持っている』と自慢しながら話す。その時ばかりは直前まではしゃいでいたワルキューレの声も1トーン落ちた。
ワルキューレは話題を切り替えるために竜矢の知っている『ワルキューレ』について聞いた。ヴァルキュリャ、ヴァルキューレ、ヴァルキリーと言語によって呼び方は変わる戦乙女の史実を。
自分の事でも無いのに自分の事のように一喜一憂するワルキューレの事をとても微笑ましく思う竜矢だった。
『そろそろだろう』と頃合いを見計らってかワルキューレは。
「では、始めましょうか」
そう言って彼女は身につけている外装を全て脱いだ。そして下着姿になる。
竜矢は慌てて後ろを向いた。『これは見ちゃいけない』と。
「待ってくれ待ってくれ」
「こ、これは必要なことなのです……!」
そう言いつつ胸部の下着を脱ぎ、大事なところだけは慌てて右腕で隠す。股の下着を剥ぎ取ると、これまた慌てて左手で隠す。
「目を瞑ったままこちらを向く!」
こっそり見ていた竜矢に気づきワルキューレは儀式のため、あと見られたくないがために回れ右をさせる。竜矢は指示通りに慌てて目を瞑りくるっと回る。
ワルキューレは顔を真っ赤にしつつ竜矢の首に手を回し、胸の内に抱き着いた。裸のままで。
「あた、当たって……」
「……し、静かにしてください。これは鼓動の波長を合わせるために行う儀式のようなものです。それに私にだって何か当たってますし……。と兎に角、我慢してください」
「いや、無理だわ」
「お願いです!……私だって恥ずかしいんですから!」
取り敢えず互いに冷静を保とうとする二人。
竜矢は何とか理性を保とうと懸命に努力する。ワルキューレは身体を密着させ男を抱いているという事への羞恥を我慢。
お互い熱を持った身体を密着させ合っているわけで、汗がだくだくになっている。
どのくらいそうしているのか曖昧な程に時間が経ち、ようやく互いに互いの鼓動を意識することが出来始めていた。
「一・二・三・四……」
ワルキューレが細い声で鼓動の回数を数え始めた。竜矢の胸が脈打つ度に一つ、一つと数が増えていく。
「「二十五・二十六・二十七・二十八……」」
途中から竜矢も一緒になって数え始めた。
数える度、互いの呼吸が揃い、鼓動が重なっていく。互いが引き寄せられるように繋がっていく感覚に瞑っている目を眩ませる竜矢。
「「三百七十二・三百七十三・三百七十四・三百七十五…………………………
五百。あれ、ワルキューレ?」
五百まで数えたところで、竜矢は初めて胸の中からワルキューレが消えていることに気がついた。いつから居ないのかも気づかないほどに集中していたし、二人で奏でるリズムが気持ち良く感じていたため気がつかなかった。
「これが繋がったって事なのか。せめて別れくらいはさせて欲しかったな」
竜矢は哀しい顔をしつつ軽く感じる身体を持ち上げ、帰路を目指す。ヴァルハラから出るとそこは砂漠のような黄土の世界だった。そして眼前には大きな門のようなものが見える。あそこに入れば帰れるのだろうか。
そしてその周辺にはワルキューレが言っていたように一角獣や多角獣、白狼や白獅子などが居た。竜矢は『残すのは可哀想だから』、と神獣達を連れて一緒になって扉へ向かう。
途中でユニコーンの背に乗り、身につけた乗馬技能を駆使して大地を駆けた。
主を失ったヴァルハラは上から崩れていき、その衝撃から発生した砂雪崩が押し寄せている。
『人を恨んでるはずの彼らが協力してくれるのはどうしてだろうか』
一瞬そんな事が頭を過るが、今はそんな時ではないと頭を振るった。
ユニコーンと共に門を潜った。
少女は戦争の只中に生まれ、物心着く頃には血も繋がっていない男の養娘となっていました。毎日毎日盗みを働き、命からがら生き延びた少女。
ある日、王子が迎えに来ました。『貴方は私の妹が産んだ娘だ』とそうして彼女は小さい国の王城へと招かれます。今度は勉強と社交を叩き込まれる日々が始まった。貴族方相手に笑顔を繕い接する練習から女王として身につけておくべき作法、ピアノなどの教養や絵画などの芸術に関する知識や技能も身につけました。騎士達相手に剣の稽古もつけてもらいます。
忙しい毎日を過ごしながら成人を迎えた彼女でしたが、そこで執事の口から初めて知らされたのです。
『間違えて連れてこられただけなのだ。本当の姫はあの養娘の中にいる』と。
それを知った少女は姫探しに奔走します。そして、自分が去った後に養父が捕まり、義姉妹たちは皆奴隷にされたと知りました。発狂しました。曲がりなりにも命からがら生きていた義姉妹達の人間として生きる道を奪ってしまったのは自分なのだと、自らを攻め続けます。それでも姫を探し続けました。そして次々と義姉妹等の死を知り、焦り始めます。
二十歳を過ぎた頃にはもう姫を探すという目的は忘れて、『義妹を何としても見つける』それしか頭にありませんでした。
三年が経った頃には戦争も終わっていて、行方不明の二名以外全員の死体が見つかりました。そんな折、堕ちていた彼女は他国の要請で重傷者の治療を請け負う事になります。
そこでようやく見つけたのです。状態はとても悪く、酷い扱いを受けてきた結果に動けない身体になってしまっていた義妹を。少女は涙ながらに治療を施し、完治したと診ると抱きつきました。『良かった、良かった』と。そうして国に帰ると、もう一人の妹を叔父が見つけてくれていました。後に叔父はその妹と結ばれ、子を成しました。
そして女性の命は娘へ。娘から孫へと受け継がれます。
平和になった国で老女となった女性は願いました。『義妹が。そして私達義姉妹の子孫が幸福に生きられますように』と。そして付け足して言うのです。『私も誰かと恋をしてみたかったです』。
女性は義妹達が愛した神獣の元で永き眠りに着きました。
「一一私はいつでも貴方の中に、傍に居ます……」
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
竜矢が門を潜るとグラズヘイムは跡形もなく崩落した。
門潜った先で竜矢が転移されたのは折れた剣が無数に並ぶ砂漠を連想させる世界。
「……無限の剣製みたいだな」
そう零して辺りを見渡した。
そして人の存在を確認して、気づいてしまった。
ガタイのいい男の足下で地を赤く染め横たわっている怜奈の姿に。
今後、《ワルキューレ》がどんな風に登場するかお楽しみに。