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3話 前世と乙女ゲーム

 前世では荒川香澄(あらかわかすみ)という、ごくごく普通の18歳の高校生だった。これといって特筆することがない一般的な家庭で生まれ育ち、気付けば18年という時を過ごしていた。容姿はごく一般的で頭も良いわけでも悪いわけでもない。テストでは常に平均的な点数をキープし、得意科目は点数が伸びたが苦手科目は点数が落ちたので結果的にいつも総合的な順位に収まっていた。


 そんな私は恋愛を綴った物語が大好きだった。恋愛ものであれば小説でも漫画でも映画でもゲームでものめり込んだ。その中で特に好きだったのは『フラジール』という乙女ゲーム。設定はよくある感じではあったがシナリオが面白かったし、キャラの作り込みが凄かった。隠しキャラである宰相の息子以外には婚約者がいるのだが、攻略対象たちはヒロインに出会った時に皆ヒロインに一目惚れをする。恋愛婚が広まりつある国ではあるが、攻略対象たちは自分たちの婚約者のことを思い、そして己の責務を果たす為にヒロインに対して生まれた気持ちに一度封をし、ヒロインとは距離を置くようにするのだ。

 だけど運命とは恐ろしいもので、偶然出会ったり委員会が同じになったりと攻略対象たちはヒロインと会わなければいけなくなる。心の弱い攻略対象たちは自分の気持ちを優先するのか、婚約者と己の責務を果たすのかを長い間葛藤することになる。その間、なんと4年間。そしてその4年間に好感度をどれだけ上げたかによってヒロインと結ばれるかそうでないかが決まるのだ。


 ヒロインと結ばれる場合、隠しキャラ以外では必ず婚約破棄イベントが起きる。それぞれの攻略対象の婚約者であるライバル令嬢がヒロインに嫌がらせや虐めを段々するようになっていくからだ。4年間もの間自分の婚約者とヒロインが徐々に恋に落ちていく様を見ることになるのだ、婚約者が大好きなライバル令嬢たちにとってそれは拷問のような日々なのだろう。当たる相手が違う気がするが。

 そしてライバル令嬢たちは婚約破棄をされ、修道院に送られるのだ。二度と恋に狂うことのないように、と。

 私はライバル令嬢含め『フラジール』のキャラクターの皆が大好きだった。それぞれのキャラにドラマがあり、一人の人間がそこにいるんだということを感じさせる作り込み。他では中々味わうことの出来ない物語だった。『フラジール』を買ってから数年が経っていたが私は月に一度は必ずどれかしらのシナリオを堪能していた。


 そんな私にある日大きな事件が起きた。後々にもかなり引きずることになる、忌まわしい記憶となる事件が。

 それは雪がちらつくようになった、冬のある日の休日。私は受験の為大好きな『フラジール』も封印してひたすら勉強をしていた。その日は兄である和也が毎日の受験勉強で疲れる私に甘いお菓子を沢山買ってきてくれた。兄と仲が良かった私はありがたく糖分をいただき、お菓子を食べる間だけだと自分を甘やかして寒い自室を出た。そしてほんのり暖かいリビングにいる、恐ろしい魔物である炬燵にその身を委ねたのだ。ぬくぬくしたその四角い暖かな空間は中々私を離してはくれず、炬燵の持つ魔力に当てられて動けずにいた私は脱出の機会を逃していた。


「香澄、お菓子全部食べたのにまだ炬燵にいていいのかー?自分の部屋に戻るんじゃなかったのか」


 炬燵から抜け出せない私を見て兄は面白い生き物を見るみたいな目で見てくる。


「いいんですぅー。受験生には休息も必要なんですぅー」

「そうかそうか」


 いつもみたいに下らない会話をして兄とリビングで過ごす。両親は用事があって出掛けている。今日は帰ってこられないからとカレーを作ってくれていたな。


「そういえば香澄、こないだの彼氏?」

「ん、何の話?」


 唐突に訳の分からないことを言って少し険しい目で私を見る兄。私に彼氏などいないぞ。今は恋愛ものを漁るのもやめて『フラジール』一筋だよ。


「同じ制服の男子と歩いてただろ?」

「ん?…あー雄介君か。同じクラスの友達だよ。私の苦手科目が得意でさ、教え方上手だから教えてもらってたんだよね。たまたま向かう方向が一緒だったから一緒に帰っただけだよ」

「そうか」


 何故か険しい顔をしたままの兄。今日の兄は何かがおかしい。一体どうしたというのか。正体不明の悪寒が私の体を駆け巡る。どうやら今日は私もおかしいらしい。


「それがどーしたの?」

「…香澄はその雄介君が好きなのか?」


 ちょっとドキリとした。雄介君は優しいし、頭がいい。少しだけいいなって思っていたのだ。まあ女子人気が高い男子なので私は端から彼女になろうなんては考えていない。あくまで憧れだ。

 でも何故兄がそんなことを気にするのだろう。別にシスコンという程兄に溺愛されている訳でもないし、なんだか心配するようなそれとは違う気がする。悪寒が激しくなる。


「いいな、と思ったことはあるけど別に彼女になれるとかは思ってないよ。雄介君人気あるしね。てか急にどうしたのお兄ちゃん」

「なあ香澄…」


 兄が口から言葉を落とす度、私は体が震えるのを止められない。こんなことは初めてだった。覚えのない震えのはずなのに、私は何故かこの震えを知っている。体が覚えている。怖い。怖くてたまらない。


「俺はさ、ずっと可愛い妹が俺に懐いてくれるのが嬉しかったんだ。だけど大きくなるにつれて可愛い妹は可愛い女の子になっていくんだ。そして懐いてくれるだけじゃ物足りなくなっていくんだよ。俺はそれが怖くて、香澄と距離が近くなり過ぎないように一定の距離を保ってきた」


 確かに兄は私が中学生になったくらいの頃からある程度距離を保って接してきてくれていた気がする。だけどあれは思春期特有のものだと思っていた。実際私は両親や兄が煩わしく思える時期があり、それを過ぎた今ではあれは思春期ってやつだったのかと思っている。だから兄も同じなのだと。


「だけど香澄があの男と歩いて嬉しそうにしているのを見たとき、俺の中で何かが弾けたんだ」


 震えが激しさを増す。炬燵に入っているはずなのに体は冷たくなっていき、冷や汗が大量に出る。この感覚、知っている。その先の言葉は知りたくない、聞きたくない。誰か、誰か。



「俺は、香澄を妹としてじゃなくて、一人の女性として好きだったんだって」



 私の頭は真っ白になった。だけどその後のことは忌まわしい記憶となって鮮明に覚えている。

 兄が私の体に触ろうとしてきたのだ。家族が触れ合うスキンシップとは違う、恋人にするような感じで。乙女ゲームのヤンデレキャラみたいな恐ろしさを兄から感じる。どうして。


「い、嫌!お兄ちゃんやめて!」

「香澄…」


 私の言葉は届かない。炬燵を抜け出した私は自室に逃げようとするが兄に捕まる。そして後ろからぎゅっと抱きしめられ、床に押し倒される。抜け出そうにも、兄の抱きしめる腕の力が強くてビクともしない。兄はうつ伏せの状態の私の服を少しずつ脱がし、露わになった私の背中にキスをした。キスをされた部分の私の皮膚はぞわっと泡立つ。キスの位置は徐々に上がり肩、うなじ、頭にキスを落とす。その度に私の体は体温を失いどんどん冷たくなっていく。


「やめて、やめてお兄ちゃん!お兄ちゃんってば!」

「香澄、香澄…」

「お兄ちゃ…和也!馬鹿和也!」


 名前を呼ばれた兄ははっとする。飛んでいた理性が戻ってきたようだ。兄の顔はみるみる青くなっていく。私はその隙に兄の腕の中から抜け出す。


「ごめん、こんなつもりじゃ。香澄、ほんとに…」

「うるさい!お兄ちゃんなんて大っ嫌いだ!」


 私は泣き叫び、自室へ駆けた。自室に入ったら鍵を閉め、ベットに潜り込んで体を縮める。まだ体は震えている。兄に触られたところが未だに泡立つような感覚を残している。兄のドアの前で謝るような声が聞こえる気がする。だけどもう限界だった。私は意識を手放した。





 ◇ ◇ ◇





 目が覚めた私は携帯を見る。時間は朝4時を回ったところで、どうやら一夜が明けていたようだった。いつの間に眠ってしまったのだろう。静かな音のない部屋にいると昨日の記憶が甦る。

 あれは悪い夢だったんじゃないか。ドアを開けて、おはようって挨拶すればいつもの優しい兄がいるんじゃないかって。だけど夢ではないのだと、震える身体が私に訴えかけてくる。


 両親が帰ってくるのは今日の夜。私はそれまで兄と2人きりの家にいなければならない。逃げたい、ここから逃げたい。どうすれば、どうすれば兄から離れられる。その言葉は自分の気持ちのはずなのに、自分のものではない誰かのもののようにも感じられた。

 私は部屋を見渡した。何か使えるものはないかと。逃げ出す手立てはないものかと。


 その後はどうしたのかあまり覚えていない。意識は朦朧としていて、身体が勝手に動く。この後の自分のすべきことを知っているみたいに。私はどこから取り出したのかいつの間にかロープを持っていて、いつの間にか首を吊っていた。朦朧としていた意識は徐々にブラックアウトしていき、私はそのうち意識を手放した。

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