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16話 いなくなった貴方

 やっと身体が楽になって学校に通えるようになったのは、倒れてから5日が経った頃だった。一週間近く休んでしまったが、幸い最終学年である7年生は卒業課題さえクリアしていれば問題ないのですでに課題を終えていた私は安心して学院に戻った。


 3日間の間に起きた怒涛の婚約解消ラッシュはかなり大きな話題を呼んでいたらしく、学院に戻ってからは色々質問責めにされた。兄はこうなることは予想していたらしく、婚約解消についての質問対策用の冊子を用意してくれていたのでなんとかなった。まったく頼れる兄は頼もしい。

 ヘンリーとは同じクラスだったので気まずい空気にはなったが、私が婚約解消の件にはまったく気にしていないですよといった感じの様子で過ごしていたのでこちらもなんとかなった。

 私はヘンリーに想い人がいたことがショックで体調を崩していたことになっていたのでヘンリーは怪訝そうにしていたが、兄と相談して療養していた間に吹っ切れた設定にしたので無視をした。


 一つ学院に戻って気になることがあったのは、全然ジョシュアの姿を見かけないことだった。

 一番にジョシュアに報告したいと思っていたのに朝から彼の姿はどこにもない。私は気になって先生に聞いてみた。


「先生、アダムズ様は今日はお休みですか?」


 すると先生は不思議そうな顔をしていた。


「アダムズ?誰のことだい?」


 頭が真っ白になった。

 先生は何を言っているのだろう。


「昨年私たちのクラスに転入してきた黒髪の紫紺の目をした青年、ジョシュア・アダムズ様です。悪い冗談はやめて下さい」

「ジョシュア・アダムズ…とは一体誰のことだい?それに昨年は転入生などいなかったよ?セルヴィッジさん、あんな騒動があったしまだ疲れているんじゃないのかい?君は卒業課題を終えているし、もう少し休んでいた方がいいんじゃないか?」


 先生が何か言っている。だけど私の耳にその言葉が届くことはなかった。

 私はまた、意識を失ってしまった。





 ◇ ◇ ◇





 目が覚めると見慣れた天井が見えた。どうやら自室にいるようだ。

 起き上がろうとすると声が聞こえてきた。


「エマ、起きたの?」


 兄が私の顔を覗き込んできた。

 心配そうな顔をしている。最近私は兄にこんな顔をさせてばかりだ。


「お兄様…?あれ、私学院にいたはずでは…」

「突然倒れたんだよ。学院から連絡をもらったとき僕は心臓が止まるかと思ったよ。大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」


 学院で何か大切なことを話していたような…。

 その時頭をよぎったのは愛してやまない、優しい笑顔。


「ああ!」

「エマ!?」


 焦燥感に駆られてベッドから飛び起きる。


 どうしてどうしてどうして!

 どういうことなの!?


「お兄様!ジョシュアが!ジョシュアがいないのです!」

「ああ…」


 悲しそうな顔をした兄の胸に縋りつく。


「お兄様は何か知っているの!?ねえ教えて!?どうしてジョシュアはいなくなってしまったのですか!?」


 半狂乱になりながら兄に答えを求める。


『ジョシュア・アダムズ…とは一体誰のことだい?』


 そう言った教師の言った言葉が頭にこびりついて離れない。

 教室の様子を思い出す。あんなにジョシュアに夢中だった女生徒たちが何もジョシュアのことを話していないのがおかしいと思っていた。あんなに目立つ彼の姿が見えないのがおかしいと思っていた。教師に聞きに行く前に友人たちにジョシュアのことを聞いても不思議そうにしていたのがおかしいと思っていた。


 夢よ、きっとこれは悪夢の続きなんだわ。


 兄にきっとこれは夢なのだと肯定してほしくて同じエメラルドの瞳を見る。だけどいつもより少し陰ったその瞳には肯定してくれる気配などない。

 辛そうに顔を歪め、少し躊躇ってから兄は口を開いた。

 兄の顔はいつもの優しいイーサンの顔ではなく、サラがよく知るルイスの顔をしていた。


「サラ、よく聞いて?ジョシュアはサラの魂を救うためにこの世界に干渉していた。そしてサラの魂は無事課題を達成した。だからジョシュアはこの世界に干渉する必要がなくなったんだ。元々あくまで担当になった世界の管理をするのが役目だったのだから、目的を終えたら元に戻らなくちゃいけない」


 兄の言葉を理解しようとするが、私の頭は理解することを拒む。


 だって私、まだ伝えてない。

 やっと伝えられそうだと思ったのに。

 修道院に入る前に、愛してるって伝えたかった。


「ジョシュアはサラの魂を救った後、この世界に干渉していた痕跡を消して天上界に戻ったよ」


 受け入れ難い事実を突きつけられて私の心は色を失った。

 様々な色で溢れていた私の心は、涙となって色を落した。涙が流れていくたびに、私の心は無色に近づく。感情は抜け落ちてしまって涙を流していることの意味が分からない。

 兄は私の涙を拭いぎゅっと私を抱きしめた。兄の体温だけが、私を現実に引き留めていた。





 兄に抱きしめられたまま、どれくらいが経ったのだろう。いつの間にか明るかった室内には夕日が差し込んでいた。その仄暗いオレンジは私に過ぎた時間を教えてくれた。


「ねえ兄さん…私たち、この世界で一生を終えたら天上界に戻れるんだよね」

「ああ、そうだよ。また神様になって管轄内の世界を管理する」

「じゃあ、戻ったらまたジョシュアに会える?」


 口にして気付く。

 ああ、ちゃんと伝えられるじゃない。戻りさえすれば言えるじゃない。

 諦めることなんてなかったんだ。


「…どうかな」

「どういうこと?」


 兄はゆっくり抱きしめてくれていた腕を解き、私の肩に手を置いて私の目を見た。

 なんて、哀しい目をしているのだろう。


「ジョシュアはこの世界に干渉するにあたって、ペナルティを課せられた。それはね、俺たちの管轄からの移動。ジョシュアは別の管轄に移ったんだ。俺たちの管轄からは遠い所に。だから…戻っても、会えない」


 いつかのジョシュアとの会話を思い出す。


『ペナルティって…大丈夫なのですか?』

『うん、気にしないで。まあ僕にはちょっと…かなり辛いけど、それでもこうするだけの意味はあると思ってる。何より、僕がそうしたいんだ』


 ああ、あれはそういう意味だったのか。

 兄の言った現実は、私の心にすとんと落ちた。


 立っていたはずの床がなくなったような気がして、膝から崩れ落ちる。

 私の体も心も、支える場所を見つけられない。


 もう、ジョシュアに伝えることは叶わない。

 ジョシュアの微笑む顔を見ることもできない。優しい声も聞けない。

 頭を撫ででくれたあの感触を、繋いでくれた手の優しさを、包み込んでくれたあの体温を思い出すことしかできない。


 これが、私が逃げ続けた結果だというのか。


 もう枯れたと思っていたはずの涙はなおも溢れる。

 目が痛い、喉が痛い、肌が痛い、心が痛い。

 ジョシュアに会えなくなることが、気持ちを伝えられないことがこんなにも辛いことだなんて。


 記憶を忘れてしまう前に、人間に堕ちてしまう前に伝えておけばよかった。

 どんなに自分が汚らわしく感じても、言っておけばよかった。

 そうすればこんなに胸が痛むことはなかったのに。苦しむことはなかったのに。


 自分の愚かさを呪った。

 自分の臆病さを呪った。


 それでも私の心が晴れることはなかった。



サラさん意識失い過ぎぃ!

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