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15話 兄妹

 兄に優しく撫でてもらって眠った次の日、私は兄から私が眠っていた間に起きたことを知らされた。

 まず私は頭痛に見舞われ意識を失った後、3日ほど目を覚ますこともなく眠っていたらしい。その間に兄は準備していた資料を持って国王陛下やヘンリー殿下に会いに行き、私とヘンリー殿下の婚約解消の話し合いをしたようだった。


 恋愛婚が広まりつつあったこの国では今現在は恋愛婚が推奨されるくらいになっている。もちろん貴族で爵位が高ければ高い程それは難しくなるが、数年前よりずっと緩くなっているらしかった。

 故に私とヘンリー殿下の婚約は無事解消されたようだ。国王陛下はなかなか婚約解消を認めず渋っていたらしかったが、兄が持って行った謎の資料の力が大きかったらしい。最終的には解消を認めて下さったようだった。


 その時にヘンリー殿下が婚約を解消したのを少し嬉しそうに(本人は必死に隠していたらしかったが)していたのが憎たらしいと兄が忌々しそうに話していたので兄を(なだ)めるのが大変だった。

 ヘンリー殿下の想い人は様々な男性と仲が良いから多分ヘンリー殿下は苦労するよ、と言ったらやっと殴り込みにでもいきそうだった怒りを収めてくれた。

 なんだか兄がいつの間にかシスコンになっている?

 恋愛ではない、家族としての愛が深まったのは嬉しいが非常に複雑だった。


 そして私と殿下の婚約解消の流れに乗ってか、攻略対象たちの婚約者であったライバル令嬢たちも次々と婚約解消を攻略対象たちに言い渡し、無事婚約を解消して新たな婚約者を見つけたようだった。

 ライバル令嬢たちに関しては私が気にしていたのを知っていたらしく、兄が彼女たちになにか協力していたらしかった。

 流石隠れキャラ、若干チートくさい高い能力を発揮して暗躍しているらしい兄に私は遠い目をしつつ少しの誇らしさを感じた。

 たった3日間でこれらの出来事は無事終わりを迎えたらしい。兄が宰相になったらこの国は安泰だろうなと兄の話を聞きながらしみじみ思った。


 そして昨日やっと私が目を覚ましたと思ったら何やら泣き叫んでいて、憔悴していた私を眠らせ、今日に至る。それがここ4日間の出来事の全てらしい。

 私はそんなに休んでしまっていたことに驚き、何も自分で出来なかったことに後悔を感じたが、兄は私が眠っている間に全て用事を済ませられたとほくほくしていた。


「お兄様!私何も出来なかったわ…本来私が陛下と殿下に会いに行かなければならなかったのに…!」

「大丈夫だよ、エマ。エマはヘンリー殿下に想い人がいたことにショックを受けて体調を崩していたことにしたからね。その件に関してはヘンリー殿下は陛下にこってり絞られたようで、僕は笑いを堪えるのに必死だったよ」

「良い笑顔ですね、お兄様…。そうでしたか」


 自分の知らぬ間に全てが終わっていたというのは悲しいような余計なストレスを溜めなくてよかったような気がして複雑だったが、兄が機嫌が良さそうだったので良しとした。


 今日も私は学院を休んでいる。私はまだ体を上手く動かせなくてベッドに横たわっていた。

 兄は私が起き上がらなくてもいいように、とベッドに座って私にここ4日間の出来事を語って聞かせてくれた。


「では私はやっと、修道院に入れるのですね」

「そうだね…今まで苦しめてごめんね」


 兄は嬉しそうにしていたのに急に泣きそうな顔をした。

 突然どうしたというのか。


「お兄様?」

「僕は…俺は、今までずっとサラを苦しめてしまっていた」


 私は目を大きく見開いた。

 そんな、まさか。


 確かにサラの記憶を夢見ていた時、彼を見ると和也(お兄ちゃん)イーサン(お兄様)の顔がチラついた。似ていないはずなのに、どうしても思い出してしまった。声も、どこか似ていた。

 もしかしたら、とは心の底で思っていたと思う。だけどそんな訳ないという思いの方が強かった。


 だけど今、兄は私を確かに()()と呼んだ。

 やっぱり兄は…。


「俺もエマが倒れた後、頭が痛くなって少し寝込んだんだ。その時に、全て思い出した。サラにしてしまったこと。サラが人間に堕ちた後、後を追うように俺も人間に堕ちたこと。そして今まで転生してきた人生の全てを。俺は人間に堕ちるときに最高神から神様だった頃の記憶を忘れるのが条件だと言われてそれに従った。そして、俺は自分のしたことを全て忘れて人間に堕ちたんだ」


 苦渋の色を浮かべる兄の顔はとても痛ましい。


「記憶を取り戻した今だから分かるが、俺は人間に堕ちるとサラの魂と兄妹として生まれた。転生してもそれはずっと変わらなかった。そして俺はどの人生でもいつもサラの気持ちを考えず、自分の気持ちをサラに押しつけてた。欲望のままにサラを傷付け、拒絶されてやっと自分の仕出かしたことに気付く。そして謝ろうとしても謝る前にサラは俺の前からいなくなってしまっていた。サラが死んで、俺はいつも後悔した。どうして気持ちを押し付けてしまったのか。どうして気持ちを抑えられなかったのか。サラが死んだあとはいつも後悔して後悔して、俺はどの人生でも誰とも結婚せずにサラへの贖罪の為に生きて一生を終えた」


 今にも泣きそうな兄の表情。きつく食いしばる歯に、強く握り締める拳。

 兄の数え切れないほどの悔しさを痛いほどに感じた。

 兄は私の方を向いて話してくれていたのに急に背を向けてしまった。


「俺の課題は、きっと妹に自分の気持ちを押し付けないことだったんだと思う。そしてサラがいつもいつも俺の妹として生まれてきたのは、俺への罰だ。きっと最高神はサラを傷付けた俺がサラと結ばれないように何度転生しても兄弟になるようにしたんだろう。昔の俺ならそのことに怒りを感じたかもしれないが、今はこれで良かったんだと思ってる。きっと、それが俺にできるサラへの償いだと思うから」


 ゆっくりと起き上がり、私は兄の背中を抱きしめた。

 一瞬硬直した後、兄は慌てて私の腕を優しく振りほどこうとした。


「サラっ!?まだ起き上がったら駄目だよ!横になっていないと!」

「大丈夫よ、ルイス兄さん。そしてありがとう」

「ありがとうなんて言わないでくれ!俺はサラにありがとうと言ってもらえるようなことはしていない!」


 私の体に負担がかからないように優しく暴れる兄の体は、いつもより小さく感じた。そして頼れる兄のはずなのに、今はとても頼りない。

 なんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。


「兄さん、子供みたいに暴れないの」

「暴れてない!離してくれ、俺はサラに抱きしめてもらえるような奴じゃない。どうしようもなく最低で自分勝手な奴なんだ。お願いだ、離してくれ…」


 勢いのあった声は徐々に小さくなっていった。最後の方は今にも泣きそうな声だった。


「離しません。確かに私は兄さんにとても傷付けられたわ、それこそ死んでしまいたいくらいに。だけどこんなに長い時間人間に堕ちたままでいてしまったのは、私の責任でもある。私だって、兄さんにずっと向き合いもしないで逃げ出すことしか出来なかった。兄さんが必死に謝ろうとしてくれていたのに、私は兄さんの謝罪すら受け入れずにいつも兄さんの前からいなくなった」


 兄の身体は震えている。泣きそうなのを堪える小さな少年みたいで、少し兄が可愛く思えた。

 私もこの震えを知っている。とても怖くて怖くて仕方がない時の震え。

 私は兄の身体をぎゅっと抱きしめた。

 ジョシュアが私にしてくれたように。


「ねえ兄さん。私たち兄妹になるのにだいぶ遠回りしちゃったね」

「…そうだね」

「でももう、兄妹だよね?」

「ああ、兄妹だよ。…ごめんね、サラ」

「ふふ、許してあげる」


 背を向けていた兄の震えが止まり、私の方を向いて兄は優しく私の体を抱きしめた。

 私の体に触れる兄に、私はもう不快感を感じない。そこにあるのは陽だまりのような暖かい家族の温もり。

 抱きしめていた腕を解いた兄の顔は、もう泣きそうな少年の顔ではなくなっていた。


「ありがとう…愛しているよ、サラ」

「私も愛しているわ、ルイス兄さん」


 私を愛おしそうに見る兄の瞳には、もうあの熱情はなくあるのは穏やかな優しい色だけだった。



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