12話 夢
私はイーサンの胸で散々泣き叫んだ後、急に頭が痛くなってその場にうずくまってしまった。ズキズキと痛むこの痛みは何かを私に思い出させようとしている。
心配したイーサンが私を部屋まで運んでベッドに寝せてくれた。
「エマ、大丈夫?」
「大丈夫ですお兄様。少し泣きすぎて頭が痛くなったみたいです」
頭が割れそうに痛い。頭に痛みが走る度、何かを思い出せそうな気がする。
だけど何を?
痛くて考えることができないまま、私は意識を手放した。
◇ ◇ ◇
目を覚ますと私は白い空間にいた。以前神様に転生について聞いた”神の間”だろうか。
私の目線の先には絹のように滑らかな髪が流れていたが、その髪の色はよく見知った色ではなかった。エマは綺麗なプラチナブロンドのはずだが、今見ているのは夜空のように深い紺色だった。
何が起こったのだろう。突然髪の色が変わった?
立ち上がろうとしたが、体は自由に動かない。金縛りというやつだろうか。
「サラ、大丈夫?」
知らない名前で私を呼ぶその声は、私を沢山励まして慰めてくれた優しい声だった。
「ええ、兄さんには困ったものだわ」
自分の意志とは関係なく口から言葉がこぼれ落ち、体が動いた。
起き上がると目の前にはジョシュアがいる。
これは…夢?
「仕方ないよ、ルイスは君のことを大事に思ってるんだ。君があんまりお転婆だから心配になったんだよ」
「だからって神の間にいきなり転移させることないと思うのよね」
「君が怪我なんてしたらルイスは耐えられないんだよ」
「まったく兄さんの心配性にも困ったものだわ」
「僕はルイスの気持ちが分からないでもないけど」
ジョシュアと笑い合う”サラ”と呼ばれた私は歩こうと足を一歩踏み出すとよろけてしまった。
倒れる!と思ったがサラの体はジョシュアの腕に間一髪で支えられたようだった。
「サラ!?君は病み上がりなんだから無理はしないで。僕も心配でおかしくなってしまう」
「ジョシュアも大袈裟ね。このくらい大丈夫よ」
「僕もルイスも心配してるんだからお願いだから今はゆっくり休んで」
「何よジョシュアまで…まあいいわ。ジョシュアがそういうなら今は休む」
「よしよし、いい子だね」
「子ども扱いしないで!」
「じゃあ妹扱い?」
「私の兄さんはルイスだけよ!ジョシュアは兄さんじゃないんだから」
「悲しいなあ。じゃあ僕はどういう扱い?」
「それは…」
頬に熱が集まっていくのを感じる。胸もドキドキして恥ずかしくてジョシュアから顔を逸らす。
ああ、サラはジョシュアに恋をしているのだろう。
この気持ちは私も知っている。
「と、ともかく私は休むわ!部屋に戻ります!」
指をパチンっと鳴らし、不思議な感覚がしたと思ったら違う部屋にいた。ベッドやソファが置いてあり、部屋は白で統一されている。私は体をベッドにごろんと転がした。恐らくここはサラの自室なのだろう。
ベッドに転がっていた私は徐に枕の下に手を伸ばし、何か紙のようなものを掴んだ。
それはジョシュアが描かれている紙切れだった。
「ジョシュア…」
彼の名前を呼ぶその声は、切なさと少しの苛立ちを感じさせる。
私に徐々にサラの感情や気持ちが流れ込んできた。
ジョシュアが恋しい。好きで好きで堪らない。だけど、それを言葉にする勇気を持たない自分に落胆する。どうして一言、好きと、愛していると言えないの。
そして自分の気持ちに気付かないジョシュアに、少しの苛立ち。
―――ジョシュアは私の気持ちを分かっていてあんなことを言うのかしら。
そんな風に思ってしまう自分に自己嫌悪に陥る。
そして私はこの問答を何度も繰り返しているようだった。
しばらくすると頭の中に声が響く。
それは、前世の兄である和也やイーサンの声によく似ていた。
『サラ、部屋に行ってもいい?』
『…どうぞ』
ベッドに転がっていた体を起こし、ベッドに座りなおして返事をすると突然目の前に”兄さん”が現れた。
「サラ、ごめん。サラが怪我でもするんじゃないかと思ったら居ても立ってもいられなくなって突然サラの許可もなく転移させてしまった。ジョシュアにも怒られたよ、ごめん」
「だったらもう次は突然転移させないでね。吃驚してしばらく気を失ってたんだから私!」
「ほんとにごめん…」
「まあいいわ。ルイス兄さんにも心配かけちゃってたみたいだし今回はおあいこね」
「ああ」
兄とサラが呼ぶ彼は、私と同じ紺色の髪で蒼い目をした青年だった。
だけど何故だろう、彼はどこかお兄ちゃんやお兄様を思い出させる顔立ちをしていた。
似ていないはずなのに、どうしても彼の顔を見ると思い出してしまう。
ルイスは私が握っている紙切れに気付いたようで、興味津々に聞いてきた。
「サラ、それ何」
「ん?それって…な!なんでもないわ!」
私は紙切れを握ったままだったことを思い出したようで、慌てて後ろに隠す。
ルイスはにやっと笑うと強引に紙切れを奪い取った。
「もーらいっ」
「あ、ちょっと兄さん!見ないでよ!」
「そう隠されると気になるだろ。で、何を見て…」
ルイスは紙切れを見るとピタリと動きが止まった。その隙に私は紙切れを奪い取る。
「何勝手に見てるの!兄さんの馬鹿!阿呆!」
「…」
「ん?兄さん?」
鈍い私は気付かない。ルイスの纏う空気が変わったことに。
私は知っている、この恐ろしく忌々しい、絡みつくような空気。
「サラは…ジョシュアが好きなのか?」
「ななな、何言ってるのよ!そんなわけ…」
否定しようとする言葉は口から出てくることはなかった。
否定しようにも、否定できない。彼女は自分の気持ちに嘘はつけないのだろう。
頬が熱を持ち、少し汗が出る。
頬は赤く染まり、汗に少し濡れた恥ずかしそうに俯く顔はきっと兄の理性を打ち砕いている。
ああ、駄目だよサラ。そんな顔をしては駄目。
そう思うも私はこの体を一つも自由に動かすことは出来ない。
「サラ…」
名前を呼ばれてルイスを見る。熱を孕んだ絡みつくようなその視線にサラは動けなくなていた。
ルイスが少し、距離を詰めた。
本能的に恐怖を感じたのだろう、私の体は後ろへと逃げる。だけどその間もルイスから視線を逸らすことはできずにいた。
兄がじりじりと距離を詰め、私は後ろへと少しづつ逃げる。いつの間にか壁際に追い込まれていた。
「に、兄さん?突然どうしたのよ」
私の声は震えている。サラは突然変わった兄の様子に困惑しているようだった。
「ねえサラ…ジョシュアが好きなの?」
「な、何よ!なんで答えなきゃいけないのよ!」
「サラ、ジョシュアが好きなの?」
有無を言わせぬ兄の視線と言葉に私の口は思わず動いた。
「ええ、好きよ。愛しているわ」
ルイスを睨むようにして告げた言葉にルイスはやっぱりという顔をしていた。
「ねえ、サラ…」
壁際にいる私は近づいてくるルイスから逃げることが出来ない。ルイスは私の顔の横に手を置き、口を私の耳元まで近づける。まるで私に覆いかぶさるような体制になり、もうどこにも逃げられない。
「俺はサラが好きだよ」
耳元で囁かれた声は余りにも艶やかで、知らない兄の一面を知ったサラの困惑は恐怖へと変わる。
「サラ、俺を好きになって。俺を愛して」
切なげな声で囁くその声は色気を増していて、兄妹ではなかったら陥落していたかもしれない。
だけどサラとルイスは兄妹だ。
サラは恐怖で声が出ない。汗が体温を奪い、心と体が冷えていく。
「ねえサラ。ジョシュアじゃなくて、俺を愛して?」
恐怖で動けないサラは、そのまま兄に唇を奪われた。




