1話 プロローグ
一度書いてみたかった乙女ゲームに転生ものに挑戦です。でもどちらかというと前世ものの要素が強くなった気がします。宜しくお願い致します。
私は死んだはずだった。なのに何故か今意識がある。だがどこかぼんやりとしていて頭が上手く回らない。
体は無傷で白いワンピースを着ている。確か死んだときは違う服を着ていたはず。いつの間に着替えたのだろうか。いや、着替えさせられた?
周りを見渡すと白一色で何もない。その白い部屋の中にはドアも窓もない。箱の中のようなその白い部屋の中に私は倒れていたようだった。
ここはどこなのだろうか。
すると突然、目の前に男が現れた。
「やあ、目を覚ましたようだね。気分はどう?」
そう問いかけられても突然のことで言葉が出てこない。
今一体何が起きている?
「意識がはっきりとしていないようだね。これでどう?」
男は指をパチンと鳴らす。するとどこか曖昧だった意識が鮮明なものになり、頭に情報が流れ込んでくるような感覚を覚える。
私は死んだ。そう、確かに死んだのだ。自ら命を絶って。首を吊って徐々に意識を手放したことを覚えている。
何故、生きているのか。
目の前の男を見ると、男は笑っていた。
「漸く思い出したようだね。でもその顔は何故生きてるの?って顔だね」
「…知っているんですか」
「ああ、知っているよ。まずはここがどこだか、僕が誰だか教えてあげよう」
そう言って男はまた指をパチンと鳴らす。するとまた頭に情報が流れ込んでくる。
その情報によるとここは確かに死後の世界であるらしい。そして私がいるのは神の間と呼ばれる部屋。
私の頭に情報を流し込んでいる男はどうやら神様のようだ。神様と言っても一人ではないらしく、沢山いる神様の一人らしい。そして男の管轄に私の元いた世界はあったようだった。私のいた世界は数ある世界の一つであり、他にも世界が存在するらしい。この男以外の他の神がそれぞれの管轄である世界を管理しているようだ。
「ここがどういう所か、貴方がどういう人物なのかは分かりました」
「信じられる?」
神様だという男はにやにやとした笑みを浮かべながらそう問いかけてきた。
笑みを浮かべている男のその顔ははっきりとしない。目を凝らしても、意識に靄がかかったように分からなくなる。
男がどういう顔立ちなのか認識できない。
神様だからだろうか?
俄かには信じがたいが、疑うには可笑しなことが起こり過ぎている。
「…信じます。死んだはずの私がこうして生きている。ここは色々可笑しい所のようですから」
「うんうん、お利口さんだね。では何故君が生きていてここにいるのか。それを教えてあげよう」
今度は指は鳴らさず、口頭で説明を始める。
「人間は輪廻の輪の中にいる。魂が生を受け、生を終えた後は一度肉体を失い、魂だけとなる。そしてまたすぐに生を受ける。それを転生と言う。そして魂には魂が生まれたときからの課題があるんだ。何も生を受けたその一回で達成しなきゃいけない訳じゃない。難しい課題だからね。何度も何度も転生して成長し、少しずつ課題を達成できるような魂になっていく。そしてその課題を終えたらここ、天上界で生きてゆくことを許されるのさ。ここで生きてゆくことを許されるということは輪廻の輪から外れる。つまり転生することはなくなる、ということだ。人間は己の魂の課題を終えるまでは繰り返し転生させられるからね」
では神の間にいる私は課題を終えたということ?
そう疑問を視線に乗せ、男を見る。
「だけど君は課題を終えたわけではないよ。君は自ら命を絶ったね?それはいけないことだったんだ。皆が自殺をしたら君と同じようにここに来るわけじゃない。君だから駄目だったんだ」
「私…だからですか?」
「君の魂は何度も同じような人生を歩んで同じような所で終わっている。それは君の魂が生まれたときからずっと。そして終わり方も変わらない。そう、毎回君は自ら命を絶っているんだ。これではいつまでも君は輪廻の輪から抜け出すことが出来ない。僕たちの全ての創造主たる最高神が君を心配してここに呼ぶようにって言ったのさ。それが君がここにいる理由だよ」
私はどうやらその最高神に呼ばれて、死後すぐに転生せずにここにいるらしい。
「君がまた転生する前に、課題に向き合えるよう少し魂に細工させてもらうことになったんだ。普通はこんなことしないんだけどね。君の場合は魂が成長もせずにずっと転生だけを繰り返しているような状態だったからね」
少しの憐れみを含ませた視線を感じる。
だけどやはり、私には男がどのような顔をして自分を見ているのか認識できない。
「君には前世の記憶とここでの記憶を保持したまま次の生を受けてもらう。辛い記憶だろうけど、また繰り返さない為にね」
「…次は自らの命を捨てるなということですか?」
「そういうこと。また命を絶たれたら同じことだからね」
「次の生でまた命を絶ったらどうなりますか?」
「また同じことの繰り返しだよ。今回持ち越す記憶と次の転生の記憶を保持したまま転生」
では私は課題を終えるまでどんどん記憶だけを持ち越して転生し続けなければならないのだろうか。
まるで地獄のようだと恐ろしさに体を震わせた。
「君が少しでも成長の兆しを見せたらそれまでの記憶は保持させず、また真っ新な記憶のない状態で転生させてあげるよ。もちろん、課題を達成したらもう転生はせずにここで生きていけるよ」
「その課題とはなんですか?」
「それは教えてあげられない。その魂が自分で気付いて、自分で終わらせなきゃいけないことだからね」
胸の中に絶望が渦巻く。
どういった課題なのかも分からないのにそれを終えるまで転生し続けなければいけないなんて。
しかも私の場合は魂が少しでも成長しなければ嫌な記憶だけをどんどん増やして持ち越すことになる。
今の私のような忌まわしい記憶を。
ああ、なんてこと。どうしたらいいのだろう。
「次の君の生は僕の管轄外に生まれ変わるから僕から言えるのはこれだけ。というか僕が管轄から外れるんだけど。君は今までの転生の中で一番辛い経験をしたよ。魂が擦り減るようなね。元々君の魂は少しずつ擦り減っていた。特に今回はそれが酷かった。今まで例はなかったけど、魂がこのまま擦り減り続けていくと君の魂はいずれ消滅してしまう。だから、君が課題を少しでも乗り越えやすいように君のよく知っている世界に生を授けるよ。君は自分の人生の道筋を知っているから、生きやすくなる。道筋通りに生きてもいいし、君らしく生きても構わない。好きに生きていいよ。次の君の人生は今の君の歩んできた人生より楽しく生きられるよ。そしてきっと、課題と向き合える」
その神様は笑みを浮かべる。何故かその認識できないはずの顔は悲しい顔をしているように感じ、そして私の胸を酷く締め付けた。それと同時に貴方にそんな顔はしてほしくない、と強く思う。
何故?
「だからどうか、次の世界では生きることをやめないで。君の幸せを祈っているよ」
男はパチン、と指を鳴らした。
私の抱いた小さな疑問は考える暇もなく、意識は深く沈む。意識が途切れる前にちらりと彼の顔を見ると一瞬だけ、顔が見えた。
初めて認識できた彼の顔は、酷く辛そうな顔をしていた。そして何故か酷く懐かしい気がした。
それが私のここでの最後の記憶だった。




