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青春アスハラク  作者: 城鐘 狐月
文月編
38/39

雷堂こなた 015


 それから、の話だ。


「いえーい。おめでとう、私。また一歳、老人に近づいた事を祝って、いえーい」


 そう、気の抜けた音頭をとるのは喜界島巴。

 喜界島の家はとても綺麗なもので、いたって普通のマンションの一室だった。


 僕らは無事に喜界島のパーティに参加し、喜界島手作りというケーキを頂いた。

 雷堂はとても気まずそうな顔をしていたが、ケーキは美味かった。


 髪留めは結局、血に没してしまっていたので新しいものを買い直した__喜界島はとても喜んでいた。ありがたい限りである。


 死ぬまで大切にすると言ってくれた。

 そこまでせんでいい、と言った。


 それからは、カラオケに行ったり__友達らしいことをして楽しんだ。

 大いに。

 これまで、友達らしい友達のいなかった僕にとって、それは大層新鮮な経験だった__忘れられない大切な思い出になった。


 問題はここからだった。


 日が暮れる前に家に帰った僕は、玄関に見慣れぬ靴が置いてあったのが目に入った__千鶴の友達のもの、ではない。


 姉が。


 姉貴が、帰ってきている。


 その時僕は即座に、今夜、どこかしら泊まれる場所がないかという考えを巡らせるが、その前に。


「あ、みなちゃん、おかえり__」


 そんな、柔らかい声が聞こえた。

 母親譲りの垂れ目と、母方の祖父譲りの糸目の、姉貴が。

 雷堂に引けを取らない巨乳の姉貴が。

 千鶴以上に手のつけられない姉貴が。

 そこにいた。


 まるでそれが当たり前かのように。


「ちょっと、話があるんだけど、聞いてくれる?」

「__荷物、置いてからでいいかな?」

「駄目に決まってるでしょ? 何言ってるの」


 姉貴の糸目が少し開いたその瞬間、僕は目を伏せる。

 姉貴が開眼するのは、決まってブチ切れている時である。

 そして、姉貴はブチ切れている時には、手が付けられない。

 この家で一番強いのは姉貴である。


 父でも、母でも、ましてや千鶴でもない、姉貴である。


 曲間海亀、その人である。

 僕はこの一生の内に、三回、姉貴にブチ切れられたが、そのどれも、途中で死にたくなったのを思い出した。実際、精神的には数回死んでいたと思う。

 確か最初は、御門に連れられ山で遭難した件についてだった。それ以外は覚えていない。

 覚えていないというか、記憶を封印したというか。


 姉貴に連れられるまま、居間に通されると、ソファーの上で千鶴が寝ていた。

 目の下を腫らして。

 両親は、今日は遅いらしい。


「みなちゃん、お姉ちゃんの目を見なさい」

「__やだ」

「見なさい?」

「__はい」


 逆らったならば、死ぬより酷い。


 僕は姉貴と目を合わせる。静かに、力強く。

 開眼した姉貴は相変わらずおっかない__今にも背骨が砕けそうだ。


「ちーちゃんがね、帰るなり、私に泣きついてきたの。そりゃあもう、ひどいってものじゃなかったわ。えんえんって、何年かぶりの大号泣。みなちゃん、ちーちゃんに痛いことしてないよね?」

「__するかよ、そんなこと」


 むしろ、あっちがしてきたのだが。


「ちーちゃん、怒ってたよ。みなちゃんが、私を蔑ろにする、って」

「してない__」

「目を見なさい」


 姉貴は大学で心理学を専攻する傍ら、教育学も勉強しているようで。

 この人に学ばせてはいけない学問ツートップを、何の因果か、姉貴は履修してしまったのである。

 鬼の金棒、姉貴に心理学。


「みなちゃんさ、高校に上がってから、私に勉強教えてもらうこと、なくなったよね」

「そうかな」

「そうよ」

「別に何でもないよ。意識改革ってやつ? いつまでもおしゃぶり咥えてる訳にもいかないんだ、勉強くらい一人でやるさ」

「私が帰ってくる時、いっつも部屋に篭ってるよね?」

「そうでもないんじゃないかな」

「そんなことない」

「そんなことない」

「正直に言いなさい」

「__何を」


「春休みの__私とちーちゃんが覚えてない、あの三日間、何があったのか、隠さず、お姉ちゃんに言いなさい」


「何で__春休みが出てくるんだよ」


 そう僕が尋ねると、姉貴は__涙を流して言った。


「みなちゃんとちーちゃんの知ってることを知らないのが、お姉ちゃんは怖いの」


 確かに。

 もう、言うべきなのかもしれない。

 春休みのこと。


 僕が、中学生でも、高校生でも、厳密に言えば、春休みでもなかった、あの曖昧な時間の出来事を。


 僕が人間を辞めた、あの化物の話を。

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