雷堂こなた 011
もう外はすっかり暗くなってしまっていた__いや、外というよりは、空は、といったほうがいいかもしれない。周りは電灯により明るく照らされて、夜のような暗さをまるで感じさせない。ショッピングモールから、髪留めを二つ購入し、雷堂こなたを家に送り届けている最中のことだった。
髪留めを選ぶ際には苦労した__何色だとか、どんな意匠が入っているだとか、いちいち雷堂こなたに聞かなければならなかったし、そのやり取りを見る周りの人に視線が冷たかった。
「きっと喜ぶよー。ともちゃん」
「ああ。今日はありがとう、雷堂。なんか、雷堂には世話になるばっかりで、何にも恩を返せちゃいないな、僕」
「恩なんて感じなくていいんだよー。これくらい当然だからねー。ああ、そうだ。曲間君とともちゃんって、どうやって出会ったの?」
それは言ってしまっていいのだろうか。
「決まってるだろ。籠女にまつわる話だよ。白魚が絡んでるんだ、それくらいしかありえないだろ」
「ああ、籠女さん! 最近見てないなー。というか、あれっきり会えないなー。この__目のお礼、言いたいんだけど」
「目のお礼、ねえ」
今となっては、澄んだ、綺麗な、日本人かくあるべし、というような黒い目をしている雷堂だが、数年前は違ったらしい。
先天的な、緑内障と白内障の合併症状が、小学三年だかそこらの時期に宣告され、雷堂は絶望の淵に立った。
濁った目を理由とする壮絶ないじめ、日々狭くなっていく視界、様々な圧力に押し潰された雷堂は自殺を決意した。首をくくって、終わらせようとした、その時だった。
現れたという。籠女が__あの背の高い、化物が。
そして雷堂は目と引き換えに、夢を失った。
将来はお嫁さんになって、ゆくゆくはいいお母さんになりたい__そんな夢を奪われた。
雷堂には子宮が無いらしい。事実、雷堂の下腹部は、まるでボーリングでもされたかのように、ぽっかりと大穴が開いている。それでも、子宮以外の機能は無事なようだが、そんな人間離れした__まるで化物のような姿を晒すわけにはいかないと、プール授業はいつも見学らしい。
喜界島曰く。
「ん?」
そんな抜けるような音を、雷堂こなたの喉は奏でた。
「あれ、誰かな?」
訝しげな顔をして、まっすぐ前を見据える雷堂こなたにつられて、僕も思わず前を向いてしまう。そういう人間の行動を同調効果だとか、なんだとかっていう名前が付いていたけど、僕はそれを思い出せなかった。
思い出そうとすれば思い出せたかもしれない。
それこそ、雷堂に尋ねるなりなんなりして。だけど僕はそれをしなかったというだけの話だ。
僕の目の前に、いや、僕たちの目の前に、人影を見た。淡く街灯に照らされる人影を。
違うとはわかっちゃいるけれど。それでも冷や汗が止まらない。
「雷堂、道を変えよう」
「え? どうしたの?」
「いや、なんか__まあ、なんでもないのだろうけれども」
なんとなく、嫌な感じがする。そう思った矢先、あの街灯に照らされたいた人影が消えた。
そして、背後から声が聞こえた。
「よう、久し振りか? クソガキ」
思わず、振り返った。
僕じゃない。雷堂が、だ。
振り返るが早いか、雷堂の喉元には、鋭利な爪が突きつけられる__それを捻れば、雷堂は死ぬだろう。
「__ひ」
雷堂が声を漏らす。
「落ち着けよ、雌肉。変なことしてみろ、一瞬で喰いやすいように加工してやるぜ?」
「__何が目的だ、アイディアンソロジー」
そいつは、僕が春休みに殺した吸血鬼。
狡猾の吸血鬼__アイディアンソロジーだった。




