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青春アスハラク  作者: 城鐘 狐月
文月編
34/39

雷堂こなた 011


 もう外はすっかり暗くなってしまっていた__いや、外というよりは、空は、といったほうがいいかもしれない。周りは電灯により明るく照らされて、夜のような暗さをまるで感じさせない。ショッピングモールから、髪留めを二つ購入し、雷堂こなたを家に送り届けている最中のことだった。


 髪留めを選ぶ際には苦労した__何色だとか、どんな意匠が入っているだとか、いちいち雷堂こなたに聞かなければならなかったし、そのやり取りを見る周りの人に視線が冷たかった。


「きっと喜ぶよー。ともちゃん」

「ああ。今日はありがとう、雷堂。なんか、雷堂には世話になるばっかりで、何にも恩を返せちゃいないな、僕」


「恩なんて感じなくていいんだよー。これくらい当然だからねー。ああ、そうだ。曲間君とともちゃんって、どうやって出会ったの?」


 それは言ってしまっていいのだろうか。


「決まってるだろ。籠女にまつわる話だよ。白魚が絡んでるんだ、それくらいしかありえないだろ」

「ああ、籠女さん! 最近見てないなー。というか、あれっきり会えないなー。この__目のお礼、言いたいんだけど」

「目のお礼、ねえ」


 今となっては、澄んだ、綺麗な、日本人かくあるべし、というような黒い目をしている雷堂だが、数年前は違ったらしい。

 先天的な、緑内障と白内障の合併症状が、小学三年だかそこらの時期に宣告され、雷堂は絶望の淵に立った。

 濁った目を理由とする壮絶ないじめ、日々狭くなっていく視界、様々な圧力に押し潰された雷堂は自殺を決意した。首をくくって、終わらせようとした、その時だった。


 現れたという。籠女が__あの背の高い、化物が。


 そして雷堂は目と引き換えに、夢を失った。


 将来はお嫁さんになって、ゆくゆくはいいお母さんになりたい__そんな夢を奪われた。

 雷堂には子宮が無いらしい。事実、雷堂の下腹部は、まるでボーリングでもされたかのように、ぽっかりと大穴が開いている。それでも、子宮以外の機能は無事なようだが、そんな人間離れした__まるで化物のような姿を晒すわけにはいかないと、プール授業はいつも見学らしい。

 喜界島曰く。


「ん?」

 そんな抜けるような音を、雷堂こなたの喉は奏でた。

「あれ、誰かな?」

 訝しげな顔をして、まっすぐ前を見据える雷堂こなたにつられて、僕も思わず前を向いてしまう。そういう人間の行動を同調効果だとか、なんだとかっていう名前が付いていたけど、僕はそれを思い出せなかった。


 思い出そうとすれば思い出せたかもしれない。

 それこそ、雷堂に尋ねるなりなんなりして。だけど僕はそれをしなかったというだけの話だ。


 僕の目の前に、いや、僕たちの目の前に、人影を見た。淡く街灯に照らされる人影を。

 違うとはわかっちゃいるけれど。それでも冷や汗が止まらない。


「雷堂、道を変えよう」

「え? どうしたの?」

「いや、なんか__まあ、なんでもないのだろうけれども」


 なんとなく、嫌な感じがする。そう思った矢先、あの街灯に照らされたいた人影が消えた。

 そして、背後から声が聞こえた。


「よう、久し振りか? クソガキ」


 思わず、振り返った。

 僕じゃない。雷堂が、だ。

 振り返るが早いか、雷堂の喉元には、鋭利な爪が突きつけられる__それを捻れば、雷堂は死ぬだろう。


「__ひ」


 雷堂が声を漏らす。

「落ち着けよ、雌肉。変なことしてみろ、一瞬で喰いやすいように加工してやるぜ?」

「__何が目的だ、アイディアンソロジー」

 そいつは、僕が春休みに殺した吸血鬼。


 狡猾の吸血鬼__アイディアンソロジーだった。

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