雷堂こなた 007
僕と妹は昔っから仲が良く、遊んだりもしていた。もともと内気な性分だった姉はどちらかというと部屋にこもって本を読んでいるイメージしかないが、姉は優しいので、一緒にやろうと声をかけて、断られた試しがない。
だからこそ、そんな、あまり関わらない姉より、昔っから遊んでいた妹の方が深く関わる中で、やはり兄妹なのか、喧嘩することもしばしばあったし、その度に兄である僕が勝っていた。よほど酷くならない限り、姉が仲裁に入ることはなかった__まあ、春休みの一件の引き金となった兄妹喧嘩は、姉が思うところの『よっぽど酷いもの』だったのだろう。
やがて僕に勝ちたいと願うようになった千鶴は空手を習い始め。
やがて千鶴は国体にも出場するほどの実力者になり。
その身内ということで、僕もテレビのインタビューを受けたこともある(オンエアはされなかったが。そんなに面白くなかっただろうか、僕の受け答え)。
それでも、試合中でない、身内に拳を振るうのは、彼女の中に微かながらにある、武道の心が許さなかったのか、あまり本気で僕にその技術を使うことはなかった__あまり、だが。これを使うことが、姉が仲裁に入る、一つの要因となるのだろう。
そして、春休み。
吸血鬼となった、曲間千鶴のようなものに僕は幾度となく殺された。
殺されて、殺し続けた。
両の手の指じゃ数え切れないくらいに。
確かに、千鶴の言う通り、あれから僕は__僕の姉妹に対して、何か、変な、モヤモヤとした感情を持っていた。
それは言うところの__トラウマ、というやつだろう。
当たり前だ。
自分の姉妹を何度も殺して、トラウマにならない方がおかしい。
自分の姉妹を何度も殺して、何も感じない奴なんていない。
自分の姉妹を何度も殺して、何も感じない奴なんていない。
もしそんな奴がいたとしても__そいつは少なくとも、僕じゃ、ない。
だからこそ、あの時から僕は__千鶴の言う通り、僕の姉妹を避けていたのかもしれない。
思い出すから__
「おい、どこ見てんだクソ兄貴」
千鶴の一言で一気に目が覚める。今の僕らは例の公園にいた。幼少期、よく御門と遊んだ公園だ。児童向けの遊具がちらほらとある、そうだな、ストリートバスケならぬストリートサッカーが出来る程度の広さの公園。だが七月なのに、あまり、いや、一人も人はいなかった。
千鶴はさすがに屋外で下着というわけにもいかないらしく、かならラフなシャツとホットパンツを着て、僕と対峙する。僕の服はもちろん長袖長ズボンだ。長袖カッターシャツに、裾が足首まである黒ズボン。
僕の持っている服はみんなこんなものばっかりだ。
暑い。
だが。
問題ない。
僕が、僕の妹に負けるだなんてことは、万に一つもありえない。
「ルールは? どうするんだ。お前の得意な空手にしようにも審判がいないぞ」
「いらねェよ審判なんて。ガキの頃みてェに、泣いたら負けにしようぜ」
泣いたら、負け。
懐かしいな。
「一応言っておくが、まだ中学生のお前と違って、僕は医療費が__」
神速の一撃。
それはまさに達人の所業だった__千鶴の回し蹴りが顔面目掛けて飛んでくる。咄嗟に防ぐが__骨にヒビが入った。
おいおい。
マジか。
僕じゃなかったらお医者様が儲かっていたところだった。
「医療費がなんだって?」
「__別に。お医者様に世話になることがあったら、お前が面倒見ろって、そういう話だ」
らしく、指をポキポキと鳴らしてみる。まあ、威嚇にもなっていないのだが。
というか、そもそも僕に医者はいらないのだが。
だがまあ、どうしたものか。
今の僕に千鶴を泣かせるのはほぼほぼ不可能だと言っていい。
あいつは意地でも泣かないだろう。涙腺が失われているのではないかと思うほど、あいつの涙を見たことがない。
そもそも、僕がもし、あの時のように、彼女と相対したら__いくら国体優勝経験を持つあいつでも、あっさりと__死ぬだろう。いくらイキっていても体はひ弱__ではないが、普通の中学二年生なのだ。吸血鬼でもなければ、永遠の命を持っているわけでもない。
詰まる所、奴は言ってみればガキなのだ。
何も知らない子供であり、何もかもを忘れた子供というものが、曲間千鶴という人間なのだ。
なんて僕が考えているところで、鳩尾にキッツいストレートが叩き込まれた。
「__いってぇな。何すんだよ」
千鶴の腕に軽く触れる__
触れただけなのに、なぜか頭がモヤつく。
このまま、捻って腕を折る__
「__ダメだ」
「何がダメなんだよ!! 極めねェんだったら離しやがれ!!」
千鶴の肘打ちが綺麗に半円を描き、僕の頬骨にヒビを入れた__おいおい、なんだこいつは。人間兵器かよ。
というか、やっぱり、僕は無意識で__彼女を殺そうとした。
不死身じゃない、ただの人間を。
殺そうとした。
「どうした? かかって来いよ」
「いやだ」
「あ? ふざけんなよ__何で」
「取り敢えず、人が待ってるんだ。喧嘩はよして、ここはお互い、円満に、穏便に終わらそうじゃないか。な? 頼むよ」
「____だからァ!! そういうのがガキ扱いって__」
「頼むよ」
ゆっくり。彼女に歩み寄り、それこそ、腹と腹が擦れるくらい近づいて、彼女を見下ろした。
「僕は、お前が、曲間千鶴が嫌いだ」
「__ああ、そう」
そして何より。
僕は、僕が大ッ嫌いだ。
千鶴の頬に涙が伝っていた。
だがどうやらこの勝負は、僕の負け。




