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青春アスハラク  作者: 城鐘 狐月
文月編
26/39

雷堂こなた 003


 それは、いつものように、中庭で弁当箱を広げていた時のこと。


「よっ」


 片手のひらをひらひらと踊らせて僕の前に立ったのは喜界島だった。喜界島が「よっ」なんて挨拶をしてくるなんて思いもよらなかったので一瞬、誰かと思ってしまった。これが、「よっ」ではなく、「よきにはからえ」だとかだったら、数秒考えた後に、「__喜界島か」とでも返せそうなものだが、あいにく「よっ」なんてあまりにもフレンドリーな挨拶をされては、今の僕の脳みそでは即座に対応することができなかった。申し訳ない限りではある。


 僕に「よっ」なんて挨拶を仕掛けてくるのは、思い当たる中で僕の中学時代唯一の友人くらいのものだったのだが、あいつは僕とは違う高校に行ってしまったのでそれは頭がごく自然なこととして除外したのであろう、今になって気がついた。


 いやまあ、僕も、あの友達のいない、孤立した中学時代に比べたらだいぶまともになったと思う。まともになったというのは友人の数である。決して友人個人個人の性格が、ではない。

 喜界島巴。西彼杵オリヴィア。扇灯。雷堂こなた。海老原御門。


 まともな人間が少なすぎる。少なすぎるどころか、西彼杵先輩くらいのものだ。

 これについては頭を悩ませるべき難題なのだが、今回はそれを全て棚に上げて語るとしよう。


「日本一」


 日本一。

 地の文のせいで大分間が空いてしまったが、喜界島は、「よっ、日本一」と言った。

 日本一の、なんなのだろうか。


 つまり、さっきの「よっ」は、親しい間柄の友人に対して贈る挨拶ではなくて、「日本一」に向けての布石だったということか。なるほどそれなら合点が行く。日本一、と声を掛けるにはその前に、よっ、と言うのが日本人の通例だからだ。日本一、では締まらないものを、よっ、という下準備、言ってみれば予備動作のおかげで、締まりを帯びているといっても過言ではない。だから、これは喜界島に限らず、日本全国どんな人でも、よっ、日本一、と言う機会がある限り、それがいきなりのことでも、よっ、と挨拶をしてくることはあり得ることだということを、知った。


「何が日本一なんだよ」

「それはまあ、日本一の____おはよう、水面くん。今日も良い天気ね。やっぱり、夏! って感じがするわ」


 日本一の、それからは考えていなかったらしい。それに続き、喜界島は白魚みたいなことを言った。今日も良い天気。ああ。全くその通り__夏、って感じがする。


 そういう喜界島の服は夏服になっていた。頑なに夏服に衣替えをしなかった喜界島が、だ。そういう僕は流石に詰襟は着用していないが、それでもシャツは頑なに、長袖だ。

 なぜなら、長袖長ズボンが、僕の得心だから。


 TPOを弁えず。


 別に伏線でもなんでもないよ?

「じゃーん。どう、これ。私、かわいい?」

「ポマード」

「うっ、そのツッコミは少し面白いわね」


 お気に召したらしい。

「ああ。似合ってるよ」

「ありがと」


 それから喜界島は、いつものように、さも当たり前かのように、僕と肩を並べて、弁当を広げ始めた。

「あ、そうだ」

 と、いきなり声を発する。それはどことなく芝居がかっていて、思わず僕が身をすくめるほど。


「今日はね、遅れて私の友達も来るみたいなの」

「ああそう__喜界島の友達か」


 というのは、喜界島みたいな、つんけんしたつかみ所のない人間との友達だなんて、僕だけだと思っていたからに他ならない。そんな喜界島に、他に友達がいるということに、どことなく安心できて、どことなく嫉妬しているような、そんな気持ちにさせられた。


 喜界島の友達。

 どんな人間なのだろうか。喜界島みたいな性格の人間なのだろうか。それはちょっと敬遠したいな。これ以上、こんな扱いにくい人間と関わっては僕の身がもたない。


「あ、やっほー」

 と、僕たちに向かってなのか、それとも遥か彼方の山脈に向かってなのかともつかない挨拶と共に現れたのは、一人の女子生徒。なるほどこいつが喜界島の友達か、と、心のどこかで得心がいった。


 眼鏡をかけた、いかにも、勉強できます、私。みたいな風体の女子生徒。高校生かと疑いたくなるほど育った胸部。ああ。僕はこの女を知っている。

 雷堂こなた。僕の恩人である。


「あ、あれー、そこにいるのは、いつぞやのー」


 と、芝居がかった口調で。

「かわいいかわいい巴ちゃんと、メッザルーナ君ではないかー」

「そんな、人をチョップドサラダ用の包丁の名前で呼ぶな。僕は曲間だろう」

「そうだった、そうだった、で、マッガルーマ君が巴ちゃんのお友達かー」

 こいつ__


「あら、知り合いだったの」

「ああ。まあ、春休みに__」

「失礼しまーす」


 と。それは、喜界島がいつもやっているくらい、ごく自然に、それが当たり前かのように、雷堂こなたは、僕の隣に座った。これで僕は女子生徒二名と肩を並べたことになる。つまり、挟まれている。より詳しく言うのならば、僕の右隣に喜界島が、僕の左隣に雷堂こなたが座る形となった__


「雷堂、喜界島の隣に座ってくれないかな」

「んー? あれあれー? 曲間くんったら、女の子に挟まれて照れてるのー? このチェリーボーイさんめー」


「な!?」

「安心して、水面くん。高校生で未体験は恥ずべきことではないわ。かく言う私も未体験だから」


「なぁっ!!??」

 なんだろう。男としての尊厳を投げ打った気がする。

 急に飯が不味くなってきた。始めから、味なんて感じないはずなのだが。

 結局、雷堂こなたは喜界島の隣に座って、元気よく、いただきますを決めた後、とても女子高校生が食べる量とは思えないくらいの量の弁当を食らい始めた。


 女の子に食らうだのといった言葉を使うのはいただけないが、まあ、実際そんな表記が正しいだろうし。


「水面くん、半袖は着ないの?」

「着ない」

「飛行機の中?」

「それは機内だ」


「何で?」

「__別に。僕のポリシーだ」

「いいねぇ! ポリシーは大事だよー!」


 と、雷堂こなたが横槍を入れてくる。こいつ。白魚のモノマネなんて、僕たちの間でしかわからないようなネタを突っ込んでくるな。


「ところで水面くん。この髪の色、どう? 似合ってるかしら」

「おまっ__」


 楔無は校則が少ない__だが、髪の着色はたしか、違反だったはず__


「染めたのか!?」

「染めたといえば、嘘になるわね」


 __なんだ。

 脅かしやがって。


「染めたといえば、うそぴょんになるわね」

「なんでそんな古い言い回しを__」

「まあ、染めたのだけど」

「えぇっ!?」

「たかが白髪染めよ。セーフセーフ」


 それはセーフなのだろうか__というかこいつ、若白髪なんてあったのか。気が付かなかった__というか、気付く術もないのだが。


「__本当に、色、わからないのね」

「試したのか」

「ごめんなさい」

「まあ、許す」

「あっ!? そうだ!」


 と、いきなり、これまで黙っていた雷堂こなたが叫ぶ。

 __いつの間にか、あの膨大な量の弁当は消えて無くなっていた。どこに消えたのだろうか__


「曲間くん、白魚さんがね、また来て欲しいって言ってたよー」

 それは。


 十中八九面倒ごとだろうな__


「あと、このメッセージは五秒後に爆発するってー」

 いや、どうやって。それこそインポッシブルだ。

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