雷堂こなた 002
しまったな。これは、しまってしまった。
現在僕は、瀕死の状態で、しかも命の危険にさらされているらしい。いきなりの展開で申し訳ない限りであるのだが、死にそうだ。まあ、僕が死ぬというのはそもそもありえない話なので安心してご覧いただきたい。が、まあ、多少グロテスクな描写があるのはご愛嬌だ。
まず一つ目のグロテスクとして、僕の腹部にいろいろなものが刺さっている。より取り見取りだ。まず、鉄パイプを主として、その他にも包丁やら何やらがたくさん突き刺さっている。
おいおい、僕は針山じゃあないぞ。
なーんて冗談を言っているが、どうにも痛くてしょうがない。当たり前だ。そりゃあ、鉄パイプが腹部に刺さって「やべ、鉄パイプが腹に刺さっちゃった。ははっ」なんて言う奴はいないだろう。いやまあ、事実、春休みの僕がその状態だったのだが、今は人並み以下には痛みを感じるようになっている。
だからまあ、ちょっと痛い。
しかも忌むべき事に、両手両足が番線によって留められている。ふむ。これはまずいな。
加えてこの、埃っぽい密室空間。廃工場のような雰囲気だ。
どうやら僕は監禁されているらしいな。
それよりどうしたものか、腹に刺さっちゃった鉄パイプから血がドックドク漏れている。大動脈を破ってしまったか__まあ、いいや。それより今はこの両手両足の番線をどうにかしないといけない。
身動きが取れないのではできることもできない。
いやはや、どうしたものか__そうだな、そうだ、とりあえず、番線を外そう。と思い立ってみるものの、どうやって外したものか__
あ、あーあ。サイコパスじみたことを思い浮かべてしまった。
なんとか首を伸ばして、左腕に口を近づける__で、一気に、腕を噛みちぎる。
血の味はしない__肉片を吐き捨て、もう一回。骨に噛みつき、顎に力を入れる。ググッと。
うむ__割れん。砕けん。骨は人体で一番硬い器官とはよく言うが、常人の二倍の顎力でも割れないのか。自分の頑丈さに呆れる。
腕を噛みちぎれば、そこからまた生えてくるから、抜け出せると思ったんだけどな__
骨は強敵だ__骨の構造は、意外と中身はスカスカだったはず。だったら、さっきみたいに歯全体で噛み砕こうとするのではなくて、犬歯のみに力をかけたらどうだろう__ということで、今一度肉を噛み切り、骨に、わんこよろしくかぶりついてみる。犬歯を突き立て、一気に噛み砕く。
気持ちのいい音がして、僕の腕の骨は砕けた。あとは体を捻って残りの肉を断ち切るだけ。ミチッ、といった音を立てて、すっぽ抜ける僕の腕。袖からニュルっと出てくるその様は、まるでカニの身のようだった。
なんとか。
抜けた。
僕の腕が再生していく。骨格から形作られ、追うように筋肉組織が出来上がり、皮膚で覆われていく__あとは簡単だ。空いた右手で鉄パイプを引っ張っていき、引っこ抜いていく。今分かったが、どうも床上数センチまで僕の血が溜まっていた。まるで水たまり、いや、血だまり、とストレートに形容したほうがいいのだろうか。
鉄パイプを放り投げると、小気味いい音がする。血のはねる音とともに。次々と包丁やらなんやら、僕の腹に突き立てられていたものを抜いていく。最後に残った包丁を手に取り、鉄パイプを噛み締める。
そして、左腕の関節を断ち切った。
続いて、両足。
「____つぅ__」
ああ、痛かった。
この手はあまり使いたくなかった__いくら七月とはいえ、ニヒルを気取る僕にとっては半袖半パンというのは避けたいコーディネートだからだ。
TPOを弁えず。長袖長ズボンが僕の得心である。
いやそれにしても、半パンで、片袖が無くて、もう一方には歯型の付いてる服なんて、僕は金輪際着たくない。帰ったら捨てよう__お気に入りだったが。仕方がない。腹部はずたずただし、とてもお天道様の下で着られるコーディネートじゃあなくなっている。
しかしまあ、ここは一体どこなのだろう。見たところ、廃墟のようだが。
とりあえずまあ、部屋から出てみるかと、部屋に一つしかないドアに手をかけた時だった。
ドアが開いた。それはごく自然そうなことだが、僕は力をかけちゃあいなかった。ドアがひとりでに開くなんてことは考えられないし、実際、今回もそんなことではなかった。
ドアの向こうから出てきた、不良青年のような見た目の男。
「あァ? 態々喰われにそっちから来るたァ、良い心掛けじゃねェか、えェ?」
そいつの顔を見た瞬間、こいつを殺さなければ、と、そう思った。
そいつは僕のよく知る人間__人間ではない、化物。
みんなには初めて見せるだろうか。
そいつは、僕が春休みに、僕が殺したはずのヴァンパイア。
アイディアンソロジーと呼ばれる、吸血鬼だった。
なぜ、こんな状況になったのか__説明がいるだろうか?




